それは、廣井きくりの何気ないひと言から始まった。
「それぞれのバンドに他が指定した曲演らせるのって、面白そうじゃな〜い?」
つまり、シクハックなら他の参加バンドから指定された曲を強制的に演る、と。
その参加バンドとは
[シデロス][シクハック]そして、[結束バンド]
「…良いですよ。問題無いです」
大槻ヨヨコは気軽に受けてしまった。後でメンバーの皆に怒られるのを想像しないまま。特に長谷川あくびには「どうしてそんな面倒事を…ただでさえツアーの中日で練習してる時間的余裕なんか無いっすよ!」とクドクド怒られる。ヨヨコが涙ぐむ程怒られる。
「良いですねー!面白そう!」
喜多郁代は持ち前のノリで虹夏が言葉を発するより早く了承してしまった。後でリョウに散々文句を言われ、ひとりに文句を言う代わりにベッドの上でヒィヒィ言わされるのを気付かないまま。後藤、その憂さ晴らしは女性としてどうかと思う。
「じゃ、決まりね〜」
廣井きくりはおにころをイッパツキメてたのでもうどうでも良かった。面白けりゃい〜じゃん、の精神。後で死ぬ程志麻に怒られるのは理解していた。…だって志麻がこの場に居ないのが悪いんじゃ〜ん!
☆
発端は、新宿FOLTの設備の老朽化。
最早空調はガタガタ。ステージはヨタヨタ。音響設備だけは定期的にメンテナンス及び入れ替えをしているので問題は無し。
つまり、音響以外の所に無視出来ないガタが来た。
設備更新は…併せて三桁マンエン程。気軽に出せる金額では無い。
それでも銀次郎店長は銀行から融資を受けて設備更新工事をしようとしていた。財務状況は悪く無かったので、融資は問題無く通る筈。
まさに銀次郎が銀行に出向こうとしていたその時、ヨヨコと顔を合わせた。
何故か常にFOLTに居るヨヨコ。用も無いのに。ホームだからって限度はある。
「店長、お出掛けですか?」とヨヨコ。
そこでつい、ポロリと零してしまった。
「そうよ。銀行に融資を受けに」と。
言ってから、しまった!と思った。
決してプライドからでは無い。単純に、心配を掛けたく無いだけで。
ただ、ヨヨコは食い付いてしまった。根掘り葉掘り状況を聞き出す。そして終いには
「私が出します」
と宣言してしまった。
今やシデロスは超人気バンド。お金は次々と入って来る。しかもヨヨコは浪費家では無いので貯まる一方だ。
一千万位ならポンと出せる財力はある。
「…でもね、ヨヨコちゃん。それは借り先が銀行からヨヨコちゃんになるだけだから。」
「いえ!お貸しするのでは無く…」
「ヨヨコちゃん!」
「は、はいっ!」
「その先は言っちゃダメ」
「………はい」
こうなるから伝えては駄目なのだ。普段周りに対して攻撃的に見えるヨヨコも、性根はとても優しい女性だ。
そこに、面倒見は良いが自己資金常にゼロのきくりが現れた。
「や〜銀ちゃんに大槻ちゃん、何してんの?」
「あ、姐さん…」
「ん?大槻ちゃん、何かしょんぼりしてんじゃん。銀ちゃんに虐められたの?」
「私がそんな事する訳無いでしょ!?アンタになら散々してやるけど」
設備が劣化して来た一因はコイツにもある。コイツになら金を出させるのも吝かでは無いのだが…兎に角きくりは金を持って無い。未だに生きてるのが不思議なレベルで。
「姐さん、実は…」
ヨヨコがきくりに語って聞かせる。設備の劣化、そして更新。それに伴う資金の融資。自分の資金提供を断られた事。
「そっかぁ〜、………ヨシ!私にまっかせなさ〜い!」
「アンタに任せると碌な事が無いんだけど…何するのよ?」
きくりが能動的に動いて良い結果になった事は殆ど無い。最大にして唯一の功績は、後藤ひとりをロンドンに誘って「ギターの魔王」を誕生させた事くらいだ。
「それはね、銀ちゃん…チャリティーライブだ!」
「「チャリティーライブ?」」
銀次郎とヨヨコが揃って目を丸くする。
「それだったら一方的に受け取った事にならないでしょ?人気バンド集めてさ。お店嬉しい、お客喜ぶ、皆も貢献できる…ほら、良いトコ取り!」
「確かに資金の全部が集まる訳じゃ無いけど…それはアリね。でも、チャリティーって事はバンドにはお金いかないけど、参加してくれるモノかしら」
そこで、何かを決意した表情のヨヨコが手を挙げる。
「私、出ます!」
そのヨヨコの言葉に銀次郎はギョッとする。
「い、いやいや!ヨヨコちゃんのトコはダメよ!貴女達は押しも押されぬメジャーバンドよ!?そんな貴女達にタダ働きなんて…ヨヨコちゃんは良くても事務所がNGでしょ!」
そんな銀次郎にヨヨコはニヤリと笑みを返す。まるで勝算があるかのように。
「店長。私達にも打算はあります。…イメージ戦略です。」
その言葉を受け、銀次郎の表情に理解の色が浮かぶ。
「…ああ、成る程。そう言う事、ね」
「なになに〜?ど〜いう事?」
理解の及ばないきくりに、ヨヨコが説明する。
「つまり…寄附と同じだと考えて下さい。昨今、メジャーどころのバンドは比較的寄附やチャリティーに熱心です。シデロスとしても様々な寄附を行っています。そこで、ホームの危機に対してチャリティーを行う。何もおかしな所はありません。事務所も説得出来ます」
「危機って程じゃ…」
言いかけた銀次郎に、ヨヨコは笑顔で返す。
「…いえ、危機です」
「危機かぁ…言い様だねぇ」
きくりが得心した顔でヨヨコに伝える。
ただ単に「設備の更新」だけなら、「そんなモノは自分達で何とかせい」となる。しかし、「ホームの危機」なら「何としても助けなければ!」と民意が働く。正に「物は言い様」だ。
決して騙している訳では無い。解釈をほんのちょっと広げただけ。
「…店長。私はここで育ちました。ここには恩があります。それをちょっとでも返したいんです」
渋面を作っていた銀次郎も、やっと顔から力を抜いた。
「…ありがとう、ヨヨコちゃん。有り難く受けさせて貰うわ。…これでシデロスにシクハック…面子としては充分なんだけど…」
「え?私んトコ入ってんの?」
「言い出しっぺが出ないでどうすんのよ。何なら今迄の修繕費のツケ、払ってくれる?」
「はいは〜い!出ま〜す!」
食い気味にきくりが返事をする。そして何処かに電話を掛ける。
「も〜こうなったら祭りだ〜!全部巻き込んでやる〜!…あ、もしもしぼっちちゃ〜ん!大変なんだよ〜!助けてよ〜!」
ーーーーーーーーーー
何故か、ほぼノリだけで全部が決まってしまった。
出演は[シクハック][シデロス][結束バンド]
3組共、人気バンド。
特にシデロスと結束バンドは、全日本的に人気のバンドである。今の所シデロスの方が上を行っているが、それに負けじと結束バンドも追い付く。
アルバムを出せば、シデロスは瞬く間にCD売り上げ1位。
配信では、結束バンドが抜き返す…とシーソーゲーム状態。
早々に人気を獲得したシデロスは、今だにCD売り上げが強い(つまり、オヂサンのファンが多い。尚且つ海外のファンも多い)。
対して結束バンドは、若者からの支持が圧倒的。公式SNSで失恋女子のポエトリーエリアに成り下がっていたのも今や懐かしい話だ。
最近では[ハーメルンバンド•ハーメルンミュージック]と称されているらしい(その音楽で若者の心を掴んで、何処かに連れ去ってしまうという意)。
シクハックは、ファンからその2バンドの師匠的立場に認定されており、よりカルト的な人気を博している。
最も内情を良く知るファンからすると、「あの廣井きくりが!?ねーよ!」と愛情とも憐れみとも取れない目を向けられてはいるが。
兎に角、ルールは設けられた。
そのルールとは
──各バンドが他のバンドに演奏曲を決めて貰う──
●曲の決定は、シクハック→シデロスへ•シデロス→結束バンドへ•結束バンド→シクハックへ
因みに洋楽ロック縛り。どんどん自分達で自分達の首を絞めていく。
●普段各々が演らないジャンルを選択。
ここで更に自分達の首を絞めていく。
●衣装は、曲を決定したバンドが用意。余りに破廉恥な物は不可。
そこで、サイズを知られて泣き崩れた郁代が居たのを付記しておく。郁代、お前は自業自得だ。何せ面白がって衣装の件を振ったのは郁代。
●曲決定はライブひと月前までに。
普通なら、自分達なりのアレンジ、練習等で到底ひと月では間に合わない。その曲だけに時間を取っていられないから。ただこの3組には、各々超速作曲家が居た。そしてマスターする速度も尋常では無い。何よりシデロスと結束バンドには笑える位時間が無い。
やるしか無かった。
──その曲とは別に、それぞれギター•ベース•ドラムが特徴的な曲を自分達で選定──
つまりバンド毎にギター、ベース、ドラムが際立った曲を1曲。
これはクジ引きで決められた。
ギター───シデロス
ベース───シクハック
ドラム───結束バンド
これも洋楽縛り。ボーカルは無くても良い。
こうして、チャリティーライブの名を借りた「天上の者達の本気の遊び」が開幕する。
ーーーーーーーーーー
「ぼっち、この曲って結構大変だよね。技術的にはそんなじゃ無いけど」
「そ、そうですね。音数はそんなじゃ無いですけど…とにかくクセが強いです。ブルージーな音で、ピッキングハーモニクスを多用して…。それよりこれ、歌う郁ちゃんの方が大変かと」
「…だよね。郁代と余りにも対照的な声だからね」
「…もう、サイズを知られた私に怖い物はありませんっ!私の声で叩き付けてやります!」
リョウは少し醒めた視線を郁代に送る。
「全部自業自得だけどね」
「ふぐうっ!」
崩れ落ちる郁代。ひとりが駆け寄る。
「郁ちゃん!…郁ちゃん!?………郁ちゃーん!!!」
──へんじがない ただの しかばねのようだ…──
「まあ、それは良いとしてさ」
「あ、はい」
「ドラムメインの曲、どうする?」
「そ、そうですねぇ…」
「ひとりちゃ〜ん…構ってよぅ…」
ーーーーーーーーーー
「…こう来たか…」
「ヨヨコさん、暑苦しい男って、苦手っすよね」
「…大嫌い。でも、姉さん達からのリクエストじゃ…演るしか無いわ。多分姉さん…私に叫ばせたいのね」
「時に、ギター曲の方はどうするんすか?」
「…それについては考えがあるわ。それは任せて」
「ベルフェゴールちゃんが、波乱の空気を感じ取っているわ…」
ーーーーーーーーーー
「よりによってこれかよぉ〜!」
「良いジャン!楽しそうヨ?」
「…ボーカルはイライザだな〜」
「良いノ?」
「誰が歌うって指定されてないからね。そもそも廣井は英語出来ないし」
「そっか!楽しみだヨー!」
「で、廣井。ベース曲はどうするんだ?」
「それなんだよねぇ〜、ベースが目立つ曲っていくつもあるけど、これだ!って曲…中々浮かんで来なくてさぁ〜。志麻、何か思い付く?」
「…それならいっそ…」
ーーーーーーーーーー
こうしてライブ予定に合わせて練習も熱を帯び。
「はあっ!…はぁ…はぁ………ひとりちゃん…もうダメ…」
「郁ちゃん、まだまだですっ!もっと郁ちゃんの可愛い声を聞かせて…」
ひとりは郁代の上に跨り、郁代を責め立てていた。
「もう限界…それに、可愛い…声じゃ、無くて…格好良い…声、でしょ?…はぁっ!」
郁代の喘ぎ声を聞く度、ひとりの中に言いしれぬ感情が湧き上がってくる。これは何なのか。この感情の正体は…
ひとりは嗜虐的な笑みを湛え、郁代を見下ろす。
そんなひとりの右手の指には幾つもの絆創膏。血が滲んでいるものもある。
ギタリストの要の左手指では無く右手指。それの意味する所は。
「どうでも良いんです!さあ、郁ちゃん。もうちょっと頑張れますよね…」
「あぁ…私、ひとりちゃんにメチャメチャにされちゃう…はぁぁ…」
「それじゃ、いきますよっ!………いーち、にぃ、さん…」
「はうっ!んくっ!くぅっ!…」
…腹から声を出す為、郁代は腹筋を頑張っていた。
「虹夏、まだ行けるよね」
「うぇぇ…キツいよお。これ、ほぼアドリブ並の叩き方だよね。…でもさ、この曲ってちょっとズルじゃない?確かにドラム目立つけど、一緒にギターも凄く目立つ曲だよ?良いの?」
「それが良いんじゃない。課題はクリアしてるし、何より…ぼっちと本気で勝負したくない?」
「…うん。これがキマったら、すっっっごく楽しそう!」
「でしょ?じゃ、最初から」
「うぇぇ…」
虹夏は「ドラムが特徴的な曲」の為に練習を頑張っていた。
因みにリョウは、皆に譜面を書き終えた時点で「わたしの仕事は終わり」とばかり、後はほぼ何もしていない。
「この曲、リョウも入るんでしょ?」
「うん。ドラムがもうリズム隊を逸脱してるから、あくまでリズムとして。」
本当なら、キーボードが居るのだが…その代わりに郁代に頑張って貰う。
思い切りエフェクトを掛けて、「それっぽい音」で郁代に弾かせる。郁代の負担が半端じゃないが、勘弁して貰おう。
後でエフェクターの掛け方で、ぼっちに相談しよう。…何にしても…
「…郁代、ごめん。自業自得だと思って諦めて」
☆
「ヨヨコさん、何してんだろ」
ヨヨコは、シクハックから送られてきた本番用の衣装を着て…ジョギングしていた。最早汗だくだ。
「何か…「汗臭い男」を演出するとか…」
あくびの疑問に幽々が答える。
「相変わらず、ナナメ上っすね、あの人」
そんなメンバーの冷たい視線を浴びながら、ヨヨコは常人には理解出来ない努力をしていた。
☆
「…これはね〜わ…」
結束バンドから送られてきた衣装を着て、きくりはひとつ溜息。
「いーじゃん!可愛いヨ!私コレ好き!」
イライザはノリノリで答える。
「…あの、私、凄く恥ずかしいんだけど…」
そっと手を挙げ、俯きながら呟く志麻。
「志摩は殆どドラムセットで隠れてるからい〜じゃん!私なんかこれ着て客のすぐ前に立つんだよ!?も〜、飲まなきゃやってらんね〜!」
「お前はいつも飲んでるだろ」
その衣装の何処に隠していたのか、おにころパックを取り出すとジュルっとひと口。
破廉恥かそうじゃないかと言うと…破廉恥では無い。どちらかと言うとキュートな衣装。ギリギリで。確かに曲には合っている…かも。
「これ、絶対山田ちゃん辺りが面白がってチョイスしたな…」
リョウが腹を抱えて笑う姿を幻視する。…いや、確定だな。
もう、開き直ってやる!
幸せスパイラルをキメたきくりに怖い物は無かった。
ーーーーーーーーーー
ライブ当日
チャリティーの名目で、普段よりチケット代は高く設定していた。にも関わらず、プレミアチケット化。
それはそうだろう。
新宿FOLTの主──SICK HACK
今や超メジャー──SIDEROS
そして
人気鰻登り──結束バンド
この3バンドが、本気の遊びを繰り広げる。バンド好きなら観たくないヤツは居ない!と断言出来る。
一般客どころか名の知れたバンドマンさえ是非観たいと欲する、極上のエンタメだ。
有料配信も行われていた。
何故か(?)、配信に異様に詳しいスターリーのPAさんがライブ配信担当になった。
音戯アルト?…誰それ。
☆
「今日はありがとね。本当に嬉しいわ」
各バンドで別々の楽屋が割り振られ(ネタバレ防止の為)、その1室──結束バンドの楽屋に銀次郎が挨拶に来て頭を下げる。
1室、と言ってもそんなに部屋数がある訳では無いライブハウス、メインの楽屋をパーティションで仕切ってシデロスと共有していた。
ちなみにシクハックは物置に追いやられた。これもきくりの普段の行いのせいだろう。
「いえいえそんな!頭を上げて下さい!」
虹夏が両手をブンブンと振って銀次郎の頭を上げさせる。
「わたし達もココと…店長には世話になってる。だからそのお礼」
「定期的にライブをしてくれてるだけで充分有り難いのよ?その上、こんな事まで。…もう、泣きそうよ」
リョウの言葉に銀次郎はハンカチで目元を拭う。
「私達も、本気で楽しみに来たんです!だから店長も本気で楽しんで下さい!」
「そ、そうです。郁ちゃんの言う通りです。わたし達は今日ココに、遊びに来ました。…皆で演る、本気の遊びです」
銀次郎の頬を伝う涙が量を増す。
「…わかったわ!貴女達が本気で遊ぶ積もりなら、私達も本気で楽しませて貰うわね!」
「「「「はい!」」」」
ーーーーーーーーーー
銀次郎の声がマイクを通してフロアに響き渡る。
「皆、待たせたわね!これからやるのは、最高のエンターテイメントよ!後々まで語り草になるような、そんな伝説の夜。それじゃ、一晩限りのスリーメンチャリティーライブ、開幕よ!」
超満員の観客のボルテージが一気に上がる。客の歓声がうねりとなって、フロア全体を駆け回る。最早ひとつの生き物のようだ。
「最初はネタ枠、シクハック!曲は…アヴリル・ラヴィーンの「スケーター・ボーイ!」」
暗い中登壇した3人にライトが当たると、どよめきが起こる。その後、爆笑。
何せ3人の衣装はーーー
アッパーは[F◯CK!]とデカデカとプリントされたピンクのピチT、スカートはフレアミニ、ピンクのニーハイソックスを履いて真っ青なアディダスのスニーカーで締める。
志摩だけは「見え防止」の為にスパッツを履いているが他の2人は絶対領域も眩しい生足。
ーー廣井ー!お前も女だったんだなー!ーー
ーー初めて廣井にドキッとしたぞー!ーー
ーーイライザちゃーん、可愛いー!ーー
ーーイライザしか勝たん!ーー
ーー志麻さーん、もっと良く見せてー!ーー
ーー流石ネタ枠、完璧だー!ーー
ーーこの後、マトモにシクハック見れねぇー!ーー
観客には事前にルールの説明はしてある。ただ、どんな格好でどんな曲を演るのかは事前には知らせていない。
なので、出て来た時のインパクトが物凄い。
ただ、演奏はホンモノ。世のツウを唸らせる、シクハックの演奏、そのもの。
笑いの対象だった掛け声が、いつの間にか熱狂の歓声に変わる。
何よりイライザの存在感。キュートな格好にキュートな歌声。抜群に似合っている。最初からコレだったなら、メジャーデビュー待ったなしと観客に思わせる程。
そしてきくりのメーター振り切れた振る舞い。やはり彼女はエンターティナーだ。…酒が入っていれば。
そして、志麻の恥ずかしげな表情からの火の出るようなドラムワーク。新たなファンを獲得しそうだ。
そして、演奏が終わる。観客の熱狂は渦を巻いて、発した自らを焼き焦がしていく。
「ありがと〜!ヤケクソでやっつけた甲斐があるわ〜!」
言いながらもきくりの表情には、充足感が乗っている。
「それじゃ、次行くね〜。ウチらの課題はベースが特徴の曲。つ〜わけでぇ、コレだ!」
瞬時に静まった観客に向けて、きくりは挑戦的な瞳で睨む。キュートな格好と相まって、まるでコンカフェに居るような凄まじい違和感を見ている者に感じさせる。
きくりがベースを構え、奏で出す。
ゆったりとして、尚且つ有無を言わせぬ迫力の音。これは…
「やられた!」
リョウが映像を映していたモニターの前で叫ぶ。同時にひとりも
「こ、これが来た!」
つい、と言った感じで呟く。
「聞いた事あるけど…ひとりちゃん、この曲は?」
問われた郁代に顔を向け、答えるひとり。
「…クリーム。サンシャイン•オブ•ユア•ラブ」
「くりーむ?」
「エリック・クラプトンが在籍していた伝説のバンドです」
「え、あの!?」
ひとりの説明をリョウが引き継ぐ。
「クラプトンのギターに負けないジャック・ブルースの力強いベースライン。一度聴いたら誰も忘れられないリフ。その力強く歪んだベースを、廣井さん…完全にモノにしてる。…凄いな」
「イ、イライザさんのギターも凄いですよ。あの…クラプトンのギターですよ!?それをこうも…確かに軽さはあるけど、でも、自分のリフとして昇華してる…」
「はは…やっぱりシクハックは凄いね…」
「音楽バカ二人で盛り上がっちゃって、まぁ…」
虹夏が醒めた視線を送ってくるが、興奮気味のバカ2名には届かない。
「…ぼっち」
「は、はい」
「負けないよね」
「…はい!」
観客も、地鳴りのような歓声で3人の演奏を受け止める。
「や〜や〜ありがと〜!ど〜だったかな?ちょっとは楽しめた?」
ーー廣井ー!やっぱりお前は凄えぞー!ーー
ーーまさかクリームで来るとは!完全にヤラれたわ!ーー
ーーお前が大将!そのカッコが無けりゃーー
「カッコの事は言うなよ〜!こ〜いうのはイライザだけ着てりゃい〜んだけどね。あ、志麻も似合ってるよ〜」
「…廣井…コロす!」
「あはは…さて、それじゃ…ノルマはこなしたから、後は私達の曲やるよ〜!」
ノルマは2曲分。後は、自分達の持ち曲を演る事になっていた。
その後のきくりは何かから解放されたかのように、音を奔放に弄んだ。
ーーーーーーーーーー
「ぷあ〜っ!ぼっちちゃん、ど〜だった?」
出演を終え、ステージから降りてきたきくりは結束バンドの楽屋に顔を出した。
シデロスはセットチェンジの為、舞台袖に待機中。
「廣井さん!」
「おおう!…山田ちゃんか」
「やっぱり廣井さんのベースは凄い!あの古典とも言えるベースを完全に自分のものにして尚且つ新たな境地をウンヌンカンヌン…」
「相変わらずあち〜な〜。で、ぼっちちゃんはどうだった?」
「…す、凄かった…です。まさかクリームで来るなんて」
きくりは頬を掻きながら、照れ臭そうに話す。
「いや〜、志麻がね?決められないんだったら、いっその事古典まで行っちゃおう…ってね」
それこそ最近でも、良いベースリフの曲は幾らでもある。ただ…インパクトを求めればどうか。誰でも1回は聞いた事があり、且つ「それを持ってきたか!」と驚かせられる1曲。
「見事な選曲だと、思いました」
「ぼっちちゃんにそ〜言って貰えると、嬉しいねぇ。…君たちも仕込んでるんだろ?インパクトのある1曲」
そのきくりの言葉を受け、ひとりはチラリと虹夏を見る。その虹夏からサムズアップを貰い、ひとりも虹夏に笑みを返す。
「はい!負けません!」
「良い答えだ!…おっと、大槻ちゃん達が始まるね。それじゃ後で」
ーーーーーーーーーー
「さあ、ネタは終わったわよ!これからは本気も本気!次はお待ちかね…シデロスよ!1曲目はブルース・スプリングスティーンのボーン•イン•ザ•USA!」
何と、シクハックが選んだのはヨヨコとは対極の声質、ブルース・スプリングスティーンだ。
ライトを浴びたシデロスのメンバーに、またしても観客からどよめきが起こる。
ヨヨコは、白の半袖シャツを腕捲くりして下はブラックジーンズ。そして頭にスターズ・アンド・ストライプスのバンダナを巻いている。
他のメンバーもブラックジーンズにブラックのGジャン。見事に「アメリカの労働者の男達」の出現。
ヨヨコ的には、当初この格好とこの選曲にはとても疑問があった。
客観的に見ると、明らかに「笑わせに行ってる」と言うきくりの思惑が透けて見えるが、しかし…きくりの事を何でも好意的に取ってしまうヨヨコの悪癖が顔を出す。
「姐さんのチョイスなら、何かの思惑が働いている筈。それをきっちり受け止めないと!」
その思惑がお笑い方向だとは微塵も思わないヨヨコ。ヘタをすると、自分を成長させる為…とかナナメ上の感情さえ抱いていた。
ただ、そこで凄いのが大槻ヨヨコという女性。
受け取ったものをエネルギーに、それを前に進む原動力に出来る。
まるでドク•ブラウンが開発した、何でもエネルギーに出来るデロリアンのエンジンのようだ。
ただヨヨコはバック・トゥ・ザ・フューチャーでは無くゴー・トゥ・ザ・フューチャー。未来へと進むエネルギーを無限に取り込む。
何故か汗だくの顔を上げる。まるで直前まで走って来たかのようだ。
メンバーも汗だく。
後に、楽屋に入った人間から「楽屋がヒーターをガンガンに焚いてとても居られなかった」と言う話があった。
…まあ、いつものヨヨコである。
観客もヨヨコに釘付けだ。…決して、汗をかいたせいで白シャツが濡れてヨヨコのあるモノが透けてしまっていたせいでは無い。決して無い。
舞台袖に居た銀次郎が何かに気付いたように「あっ!」と声を上げたが、その後は黙っていた。武士の情け…いや乙女の情け。最早時既に遅し。
余談だが、ライブ後から[#ヨヨコ ブラ透け]と言うワードがトレンドに入ったが、メンバーがそれをヨヨコに見せない様に腐心していた。ただ、沈静化した頃偶々会った虹夏に「ダイジョブだった?」と聞かれ、本人に暴露。見事ヨヨコ、撃沈。
そんな事はともかく、演奏は始まる。
あくびの迫力あるドラムから、皆の演奏が合わさる。
そしてヨヨコの歌声。流石に本人のような掠れ声は出ないが、それが気にならない位の迫力ある叫び。
これが本当に二十代半ばの女性の声なのか…と言う程の「魂の歌」。
観客も、ヨヨコの新たな境地を見たとばかりに大盛り上がり。ここでもしスプリングスティーンの別歌の「Hey、Baby!」と言う掛け声が掛かれば、女性が失神してしまう事請け合いだ。
「や〜、やっぱり大槻ちゃんカッコイイわ!今度は勘違い男子どころか、勘違い女子を量産するね〜」
「元々声を張れるからね。あの子の格好良いところが出てるよ」
そう話し合うきくりと志麻の格好はピチTフレアミニのまま。ライブ終わりまでその格好しておくのがルール。
1曲目が終わる。
「どうかしら!ちょっとは様になってたかな!」
ーーヨヨコー、格好良かったぞー!ーー
ーー新たな魅力たぞー!俺は一生シデロスに付いて行くぞ!ーー
ーー良いぞ!透けマスター!ーー
「…?、それじゃ、次行くわよ!付いてきなさい!」
ギターが特徴的な曲。
本来なら、リードギターの本城楓子の出番だろう。だが、ここで出張るのが大槻ヨヨコ。
静寂の後、ヨヨコのギターが火を吹く。
ギャーン!と1発、あくびのカウントの後、ヨヨコの超絶テクが繰り広げられる。
あくまでドラム等はリズムの添え物。「私を見ろ!」とばかりのヨヨコの指捌き。
「アハハハ!マイケル•シェンカーか!」
またリョウが叫ぶ。続いてひとりも
「キャプテン・ネモ!か、格好良い!」
又々二人で興奮気味。
「ひとりちゃん、凄く格好良いギターだけど、これは誰?」
「こ、これはマイケル•シェンカーです!。ドイツ出身で、UFOとかMSGとかのバンドでリードギターをしていた、「神」と呼ばれるギタリストです!フライングVのギターが代名詞で…」
興奮気味に捲し立てるひとりだが、郁代にしてみれば最上のギタリストは後藤ひとりなので、「ふぅん」と言う気の無い返事。
後で、ベッドの上で懇々と説明してやろうと誓ったひとり。ベッドの上じゃ無いと郁代に勝てない物悲しさが滲み出ていた。
まあ、ベッドの上でも勝てないが。
「Oh!Michael Schenker!カッコイイね!」
ギタリストであるイライザも当然知っていて。
「大槻ちゃん、やるねぇ〜!」
こちらも盛り上がっていた。
「ふぅぅーっ………どうかしら」
演奏…と言うよりも、ほぼギターソロが続くギターインスト曲。そしてそれが終わり…
またもや観客が爆発した。
ーーうぉぉぉ!ヨヨコすげー!ーー
ーーここまでマトモなキャプテン・ネモ聴けるとは思わなかった!ーー
ーーすげー!とにかくすげー!ヨヨコ最高!ーー
「ありがと!それじゃ、続けて行くわよ!しっかり付いて来なさい!」
そしてシデロスのオリジナル曲が始まった。
ーーーーーーーーーー
「いよいよだねぇ」
直前なのに、何処か間延びした虹夏の呟き。緊張よりも、どこか楽しんでいるようにも聞こえる。
「ぼっち」
「あ、はいっ!」
「…カマそうぜ」
リョウから拳を向けられる。
それを見やってからすぐにリョウに向き直り
「…はいっ!」
拳をゴツリと合わせる。
「さ、いつものやるよー!皆、左手!」
結束バンドを巻いた左手を皆の中心で重ねる。
「いくよ!楽しもう!頑張ろう!せーの…」
「「「「オーッ!」」」」
「あ、ひとりちゃん待って!」
皆で楽屋を出て行こうとした所、郁代に呼び止められる。
「あ、はい。何ですか?」
「ちょっとネクタイ曲がってる。こっち向いて?」
ひとりとしては、ネクタイが曲がっているのを気にする余裕など無かった。
二組共凄い!凄過ぎる!課題曲をああも見事に纏めてきた。果たしてわたし達は通用するのか…観客にガッカリされないだろうか…
すっかり意気消沈しかけていた。それを見抜いていたのか、郁代が上目遣いで見上げてくる。
そしてネクタイをクイッと軽く引っ張り、ひとりの唇にキスを落とした。
「…行け!私のヒーロー!」
「………はい!」
全ての準備は終えた。
後は演るだけ。
ーーーーーーーーーー
「さ、いよいよ最後よ!この子達は強いわよー?今や飛ぶ鳥を落とす勢い、結束バンド!」
心臓の音が煩い。
ちょっと目眩がしそう。
薄暗い中、右を見る。若草色が輝いている。目が、語っている
ーーやるわよ!ーー
軽く頷く。それから唾をゴクリと飲み込む。
キャッツアイのサングラスを掛ける。
ピックを摘む。
ケイティを軽くひと叩き。
よし、行こう!
「ZZトップ!曲はシャープ•ドレスド•マン!」
スポットライトが当たる。
四人共同じ格好。ホワイトシャツ、ブラックタイ、ブラックスーツ。そして、「ニューシューズ」
一斉に観客が騒ぎ出す。
ーーうおおお!なんだ!格好良いぞ!ーー
ーーリョウもボッチもすげー似合ってる!ーー
ーー喜多ちゃん、ギャップ萌え!ーー
ーー虹夏ー!目立てー!ーー
虹夏のカウントから、曲がスタート。いつもの結束バンドからは想像つかない程の、ブルージーなサウンド。
そして、郁代の歌が入る
ーーClean shirt, new shoes
and I don't know what I am gonna do.
Silk suit, black tie,
I don't need a reason why.
They come runnin' just as fast as they can
'Cause every girl is crazy 'bout a sharp dressed manーー
ーーウォォォォォォォッ!!!ーー
嵐が巻き起こったような観客の声援。
本来のビリー・ギボンズは、嗄れた…荒野に風が吹き抜けるような声。
それを郁ちゃんは、その綺麗な声のまま…聴いている皆に風を叩き付ける。
元々流暢な英語を喋る郁ちゃん。その上で、無理に迫力を出そうとするのでは無く自身の腹からの声で聴いている者を高みに連れて行く。
ーーーーーーーーーー
「ZZトップかぁ…また、ウチと相性の悪そうなモノを」
リョウが呟く。
選曲はシデロス…間違いなくヨヨコだろう。
「い、痛いトコ付いてきましたね…」
「まあ、ルールは「そのバンドが演らなそうな曲」だからね。しょうが無い。なんとかモノにしよう」
「…1番の問題は、歌…ですね」
「そうだね」
それを聞いていた郁代が口を挟む。
「それって、私が下手…だから?」
セイレーンと呼ばれた歌姫の、何処に下手と呼べる要素があるのか。
「…郁ちゃん。それ、他所で言ったら嫌味ですよ」
「…てへっ」
おどける様子の郁代。それを見たひとりは、ぶるりと震える。…平たく言うと、感極まっちゃった。
ハイライトの消えた目のまま、郁代の腕を掴み物陰へと消える。
2分後
息を荒くした二人が帰って来た。
「…お前等、いー加減にしろ!」
案の定、虹夏に怒られた。
「…ま、つまりさ」
仕切り直し。
「これは郁代に掛かってる訳。成功するか、失敗するか」
成功すれば、結束バンドの引き出しが増える。
失敗すれば、只のおフザケで終わる。
聴いている者はシビアだ。例え人気バンドが演っていようと、上手く纏められなければ醒めた目…どころか、冷たい目を向けられる。
「責任…重大ですね」
ここに来て、やっと自らの役割の大切さを理解する。
「取り敢えず、1回聴いてみよう」
リョウはスマホを携帯スピーカーに繋ぎ、曲をダウンロードして流す。
〜〜〜♪
「リョウ…これってさ、ウチのサウンドと掛け離れてるよね」
「だから、さっきからぼっちとそう言ってる」
虹夏にも難しさを理解出来た。これは、「結束バンド」と掛け離れ過ぎている。
郁代の反応は…と、リョウは郁代の表情を伺うと…
「Clean shirt, new shoes and I don't know what I am gonna do…」
歌っていた。
「郁代…どう?」
つい、腫れ物に触るような聞き方になってしまう。何せ、この曲の生命線は郁代だ。
「…行ける…と、思います。…いえ、モノにします!」
決意の瞳。こう言う時の郁代は、強い。
「よし、聞いたよ。…それじゃ、わたしはアレンジを…」
「リョウさん」
リョウの言葉に被せるように、ひとりが発言した。
「…なに」
「このまま行きましょう」
ひとりの発言に、皆が目を丸くする。
「少しでもアレンジを加えた方が演りやすいけど、ぼっちの考えはそうじゃ無いの?」
「いえ、確かにリョウさんのアレンジが入った方が圧倒的に演り易いと思います。けどこれ、幸いギター•ベース•ドラムのスリーピースです。ウチに適合しやすい。しかも、アレンジありきで考えているだろう大槻さんの鼻を明かせませんか、ね」
それを聞いて、リョウが思わず噴き出す。
「アハハ!…ぼっち、お前も大概負けず嫌いだね」
「そ、そう言う訳では…」
いきなり畏まるひとりを無視、リョウが宣言する。
「よし!じゃあ、このままで行こう。
「わかりました!」
ーーーーーーーーーー
演奏が終わる。と。
爆発的な歓声。
まさに、「成功した瞬間」を味わう。
「…やった」
ひとりが小さな歓声を上げる。そして郁代を見る。
ちょっと上を向いて、少し荒い息を吐いて。どこか恍惚としたような。
美しい。
素直にそんな表現が飛び出す。
そんな郁代に見惚れていると、郁代も不意にひとりの方を向く。そして満面の笑顔でサムズアップ。
美しくて格好良いなんて、ズルいよ。
郁代が左手を自分の顔の前に。そして人差し指と中指で自分の両目を指差し、その指をひとりに向ける。
見てるよ。
うん、ありがと。次はわたしの…わたしと虹夏ちゃんの番。
「さぁ、次の1曲は…あたしがメインだ!」
虹夏のMCで、客が次曲に興味を移す。
シクハックもシデロスも、えらい曲をぶつけて来た。結束バンドは…どうだ!?
そこで観客は、ちょっとした異変に気付く。
ひとりがピックをスーツのポケットに仕舞ったのだ。
え?…と思う間も無く、虹夏が威勢良くドラムを鳴らし始める。
それはまるでフリースタイルのような叩き方。そしてひとりがギターで付いて行く。フィンガーピッキングで。
ーーうお!レッドブーツだ!ーー
ーーおお!また凄えのが来たーー
それはジェフ・ベックの「レッドブーツ」
ひたすらギターとドラムの掛け合いが続く。まるでギターとドラムが真剣勝負をしているような、刃で斬り結んでいるような…そのサウンド。
以前、スターリーの機材調整で虹夏とほぼフリースタイルで演り合った事がある。あれはお遊びだった。これはその、正式な勝負。
ーーーーーーーーーー
「うーん、きっつい!ぼっちちゃんは大丈夫?」
「あ、はい。指がちょっと辛いけど、何とか」
「…うあぁぁ!ぼっちちゃん、指から血ぃ出てる!」
「え?…あれ、ホントだ」
「ホントだ…じゃ無いよ!絆創膏絆創膏!」
「やっぱりピックを使ってるのと違う?」
虹夏に絆創膏を巻いて貰いながら、答える。
「そうですね。アコギだと普通のテクニックなんですけど、エレキでピックを使うと右手が一体になるような感覚と言うか。もちろん親指を引き摺ってハーモニクスを出したり、タッピングの時は指を使いますけど…常にフィンガーピックの時は、指をバラバラに意識しないと…」
「やっぱり特殊なんだねえ…」
この「ギターの魔王」がちょっと苦心する位だ。よっぽど特殊なんだろう。
☆
「それが…これかい」
思わず虹夏が独りごちる。
あたしの左前に立ち、時々あたしを意識しながら魔法のようにギターを掻き鳴らす「ヒーロー」。
左手指どころか、右手指も…もう、どうに動いてるのか理解出来ない。
ただ、そこから紡がれる音は、極上の音色。
ひとりと視線が絡む。
…笑ってる。
自分じゃ意識してないらしい、興が乗った時に見せる「プレイ中の笑顔」
ああ…ぼっちちゃんも最高に楽しんでるんだね!あたしも最高に楽しい!
スティックを握る手に熱が入る。
さあ!もっと「上」に行くよ!付いて来て!「ギターヒーロー」!
☆
「虹夏ちゃん、やっぱり凄いや」
つい呟いてしまう。
わたしがロンドンに行く前までは、言っちゃ悪いけど「ただ丁寧な」ドラマーだった虹夏ちゃん。
怪我をして、そこから立ち直って…いつの間にか1段も2段も登り詰めた。
今ではバックに虹夏ちゃんが居ないと安心出来なくなった。
まるで揺り籠。幼い時の、お気に入りの公園。
ここに居れば、何があっても護って貰えると言う「安心感」。
慣れとも違う、家族に見守られているような…不思議な包容力。
だから…ちょっとくらいヤンチャでも許して。
さぁ、行くよ!虹夏ちゃん。
もっともっと、高い所へ!一緒に行こう!
ーーーーーーーーーー
「…凄い」
つい口から零れてしまい、咄嗟に手で口を塞ぐ。
「ヨヨコさん、羨ましいでしょ」
あくびに指摘され、顔を赤く染めてしまう。
「…私も、羨ましいっす」
あくびの横顔をチラリと見る。モニターを見ながらも、何処か遠くを見ているような…そんな眼差し。
ヨヨコもモニターに視線を移して
「…そうね。楽しそう」
今度は意識して呟いた。
ーーーーーーーーーー
郁代は2人を見ながら、モヤモヤした気持ちを抱えていた。
…いや、これは嫉妬だ。
しても詮無い、純粋な嫉妬。
自分とは違う意味で、通じ合っている2人。
リョウとひとりが通じ合っているのともまた違う、双方向の安心感。
虹夏がひとりを護り、ひとりが虹夏を助ける。
多分バンドが終わるまで…いや、死ぬまで続くであろう…立ち入れない2人だけの心の遣り取り。
これがあって、結束バンドは成り立つ。
郁代目線で見ると、ひとりが「核」だ。そこから皆へ繋がって行く。
それが、その「核」が無くなれば…結束バンドはあっという間に吹き飛ぶだろう。
勿論メンバー誰一人として居なくなっては困る。それこそバンドが成り立たなくなる。
でも、と郁代は思う。ひとりはその中心に居る。
以前ひとりは「繋いた線、解かないよ」と歌詞に書いた。
「繋いた線、解かないで」と懇願した。
でもね、ひとりちゃん。
今は、貴女から伸びた線を、皆が離せなくなってる。離したく無くなってる。
例え掴んだ線が手に食い込んでも、血が滲んでも…絶対離してあげない!
だって貴女は…輝いてるから。眩しいから。優しいから。…暖かいから。
その暖かさを私に植え付けてしまった、その責任を取ってね。
だから、その線を…「絆」を…絶対離してあげないから!
それが私の「覚悟」
ーーーーーーーーーー
最後の1音が鳴り止み…静寂。
すぐに
観客が爆発する。もう皆が何を言ってるのか解らない。
ただ、叫ぶ。己の中の熱を逃がすように、喉を通じて発散させる。
轟音が渦巻く。まるで台風が来たかのように。
ひとりが虹夏を見る。虹夏もひとりを見る。
お互い満面の笑みで、サムズアップ。
それをメンバー2人が見守る。穏やかに。ちょっとだけ拗ねた表情で。
…さあ、これからは「4人の時間」だ。
ひとりが郁代を見遣る。郁代も視線を返す。
ひとりがリョウを見遣る。リョウも視線を返す。
フロントの3人が虹夏を見遣る。虹夏もメンバーを見渡す。
さぁ、行くよ!
ーーーーーーーーーー
「あ〜、楽しかったぁ〜!」
きくりが観客を見渡して、満足そうに語る。
今はステージ上。全員で登壇している。総勢11名。ステージがちょっと狭いくらい。
「皆〜、ど〜だったぁ〜?楽しめたかなぁ」
観客に問うと、反応が返ってくる。そのどれもが好意的。
ちなみにきくりはステージでドカリと胡座をかいている。演奏した衣装のまま。つまり…見えそう。
でも、幸せスパイラルを決めたきくりはそんな事どうでも良い。それに気付いた志麻がきくりの腰にタオルを掛けてやるが、きくりの頭にはハテナマーク。
お前は全裸でも酒をキメてりゃ気にならないんだろう。
「最後にさぁ〜、もう1曲だけ演らして!勿論皆で!客も一緒にノッてよね〜。それじゃ、行くよ〜!」
志麻とあくびが足を2回踏み鳴らして、手を1回鳴らす。同じリズムで虹夏もドラムで追従。それを続けると観客も気が付いたようで、同じ様にアクションを起こす。
ドンドンパン!ドンドンパン!
ーー[We Will] Rock You!ーー
郁代とイライザ、ツインボーカル
ギターソロでは、ひとりとヨヨコ、楓子のトリプルギター
そこにリョウときくり、幽々のベースが絡んで
まるでお祭り騒ぎ。
ーーWe Will We Will RockYou!ーー
最後、ヨヨコがひとりにギターバトルを仕掛ける。ひとりもそれを受け、2人して何とも豪華な競演。
観客も、残った熱を全て吐き出すような絶叫。
そうして、チャリティーライブの名を借りた最上の「遊び」は幕を閉じた。
きくりが自主的にこっそりと回していた募金箱を、内々に回収しようとして志麻にこっぴどく怒られたのは余談。
ーーーーーーーーーー
「ありがとう。本当に助かったわ!」
打ち上げが終わり、最後まで感謝していた銀次郎とも別れを告げて各々帰路につく。
結局、ライブと配信で設備改修費用は集まってしまった。
人気の3バンドの実力が伺える。
今はひとりと郁代、2人でタクシーの中。
「あー楽しかった!」
「郁ちゃん、やっぱり凄いです。あの歌を自分の物としてあれだけ歌えるなんて。」
ひとりの言葉に頬を染める。なによりひとりに評価されるのが嬉しい。
照れ隠しに、ひとりの右手を取る。そして指先をなぞる。
「…この手は不思議な手ね。必ず皆を救っちゃう、魔法の手」
今度はひとりが頬を染める。今日はお酒、飲んでないのにやたら熱いな。
「郁ちゃんこそ凄いよ。この口は、魔法の口。どんな状況でも美しい旋律を紡ぐ、わたしの詞を皆に伝えてくれる…大好きな声の出先」
郁代の唇を指でなぞる。
あぁ…ダメだ。溶けてしまう程の恥ずかしい気障なセリフを吐き出してるのは自覚してる。それでも、抑え切れない。
郁代の頬に手を添える。それから運転席をチラリと見遣る。
都合良く、ルームミラーは明後日の方向を向いている。…向けてくれたのかな。運転手さんも、口が固そうな年配の人。
…良いだろう。
何処か惚けているような郁代の顔に…その唇に狙いを定める。
「…ダメ」
「大丈夫」
郁代の軽い拒否をやり過ごして、その桜色に唇を落とす。
「………ん」
そっと唇を離し、郁代の耳に唇を寄せる。
「…郁ちゃん」
「…なぁに?」
「今回のルール、気軽に受けたの郁ちゃんだって聞いたよ」
「………え」
甘い雰囲気をブッ飛ばすひとりの言葉に、郁代の顔がサァッと青くなる。
「帰ったら、覚えといてね」
ニコリと満面の笑みを浮かべるひとり。
「あ…あのね?ひとりちゃん…その…私だけじゃ…」
「聞かない」
「お願い!聞いて!」
「聞かない」
「もぉ〜!」
スイッチが入ったひとりには、郁代の言い訳も耳に届かない。
こうして
欲望を乗せたタクシーは、真夜中の街を滑るように自宅へと向かって行った。