蒼い月 -Remake-   作:雨にんじん

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其処は、木々が生い茂る美しき世界。
魔法が息づき、夢のような不思議な世界。

広大な大陸には、古くからいくつかの祭壇が存在していた。
それぞれの祭壇の中央には、誰が祀ったのかもわからない
小さな「石柱」がそびえている。

夜になると、淡い光を放つその石柱は「神の柱」と呼ばれ、
人々に畏れと敬意を抱かせてきた。

だが、興味を持ち、石柱に近づいた者たちは──
生命の衰えを感じ、やがて命を落としていった。

それゆえ、誰も触れることはなくなり、
何千年もの間、謎に包まれたまま、石柱は静かにそこに在り続けている。


この世界には四つの大国があり、その一つが西の国「ランスニュイア」。
最先端の開発と機械技術で人々の暮らしを豊かにし、
山々に囲まれた平和で豊かな工業大国として知られている。

その首都を離れ、山を下ると、
都市の潤いが届かぬ「エンドラ」と呼ばれる小さな田舎村が広がっていた。



序章 - 回り出す運命の歯車 -
Episode:始動Ⅰ 蒼月の記憶


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「オルファリス!大変だ!祭壇でアルテミスが!」

 

拠点の酒場宿でそう叫んだのは、ギルド団員の青年、ライナーだった。

その場で給仕をしていた美しい女性、オルファリスは、

驚きに目を見開き、とっさに店を飛び出した。

 

オルファリスは今日、朝からずっと胸騒ぎがしていた。

まるで何か良くないことが起こる前触れのように、

落ち着かない気持ちが拭えなかったのだ。

 

 

やがて祭壇へと到着したオルファリスは、

地面に横たわるアルテミスの姿を見て、絶望の叫びをあげた。

 

「アルテミス!?やだ!!」

 

しかし、その声はもう届かない。

 

せめてアルテミスの遺体を見せまいと、

涙をこらえながらオルファリスの腕を押さえるギルド団員たち。

 

「ねえ!はなして!アルテミスーーー!!!」

 

その悲痛な叫びは、雲ひとつない蒼穹へと吸い込まれるように広がり、

静寂の中に溶けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

汗をかきながら、オルファリスは目を覚ました。

 

「……また、あの夢……。」

 

暗闇に包まれた寝室。深いため息をつきながら、

ベッドの上でゆっくりと体を起こし、長く美しい水色の髪をくしゃっとかき乱す。

 

あの悲劇から、どれほどの時が過ぎただろうか。

 

ぼんやりとしたまま窓の外を見つめる。雷鳴が近場でとどろき、

雨粒が無数の線を描いて流れていた。

 

「アテナ…。」

 

 

その頃、外では大雨の中、

真っ暗な夜道をフードを深く被った少女アテナが走っていた。

 

パシャ、パシャッ──水たまりを踏むたび、しぶきが足元を濡らす。

両腕にはしっかりと野菜を抱え、アテナは夢中で駆ける。

 

見慣れた角を曲がると、遠くに古びた酒場宿の灯りがぼんやりと光っていた。

 

ようやくたどり着いたアテナは、小さな体で体重をかけ、重い扉を開く。

 

暗がりの中、酒場宿の店内が広がる。

古びたテーブルや椅子には無数の傷が刻まれ、

長年の使用でくたびれたカウンターには高級そうな酒瓶がずらりと並んでいる。

 

湿った木の香りが鼻をくすぐった。

 

「ふぅ…ただいま。」

 

アテナは小さく息を整えた。

その場には、無精ひげを生やした一人の中年の男、ゼファが、静かに酒を飲んでいる。

 

酒場のくたびれた空気とは裏腹に、彼はどこか居心地が良さそうだった。

 

「またお酒飲みに来たんだ?ゼファ。」

 

アテナは腕いっぱいの野菜を床に置くと、びしょ濡れの皮のフードコートを脱ぎ捨てる。

そして癖っ毛で波打つ栗色の短い髪を振り払い、水を切った。

 

背が小さい少年のような容姿のアテナへ、

ゼファは酔っ払った目を細め、ニヤリと笑う。

 

「んぁ?おかえり。買い物か? 偉いなアテナ。」

 

グラスの氷をカラカラと鳴らしながら、ゼファは酒をあおる。

その隣に近づいたアテナは、思わず鼻をつまみ、顔をしかめた。

 

「うぇ…お酒くっさ…。」

 

ゼファは鼻で笑い、

アテナが逃げるように二階の自室へ駆け上がるのを見守っていた。

 

だが、彼女が階段を上り終えた瞬間、

別室の扉が開き、美しい女性がするりと現れる。

アテナの襟元を掴み、ぴたりと動きを止めた。

 

「もぉ…フード脱ぎっぱなしじゃないっ…!」

 

真っ白い肌、氷のように端正な顔立ち。

オルファリスは静かに、しかし鋭い口調でアテナをたしなめた。

 

「お使いはご苦労様。でも、コートは片付けて二階に行って。」

 

「お、おん…ごめんなさい、オルファリス…。」

 

オルファリスは軽くため息をつき、アテナの襟元から手を離した。

すると、床に散らばった野菜が目に入り、冷ややかな視線を向ける。

 

「アテナ…野菜もちゃんと食糧庫に運んで。痛んじゃうでしょ。」

 

「へ、へぃ…。」

 

アテナはシュンとした顔で口を尖らせ、トボトボと一階へ降り、コートを拾い上げる。

そんな彼女の様子を見て、ゼファはニヤニヤと微笑ましげに笑った。

苛立ったアテナは手を止め、仏頂面でゼファを睨みつける。

 

「なによ……ゼファ。」

 

しかし、その表情が余計に可笑しかったのか、ゼファはさらに腹を抱えて笑った。

 

「いやぁ、今日も二人とも通常運転。まるで親子だな。」

 

その一言に、今度はオルファリスがクルリとゼファへ向き直る。

 

「は?……私、そんなに老けて見える?」

 

冷ややかな視線を向けられた瞬間、ゼファは慌てて口を押さえ、目をそらした。

 

「え…いや!? 今日も綺麗だよ!? オルファリスを見ながら飲む酒は最高!!」

 

「……ふぅん。」

 

その言葉の真意はどうであれ、オルファリスは冷ややかにゼファを睨みつける。

どうやら、昔からゼファはオルファリスには頭が上がらないらしい。

ゼファは嫌な汗を拭いながら咳払いをし、慌てて話題を変える。

 

「ところで、オルファリス……体の具合はどうなんだ? 無理すんなよ?」

 

オルファリスは目を細めて微笑みながら答えた。

 

「アテナたちも大きくなって、頑張ってくれてるから。

助かっているよ。ただ、さすがに長時間、店を開ける元気はないけれどね。」

 

オルファリスの言葉が、嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったい。

アテナはにやける顔を隠すように、そそくさと野菜を拾い上げて

カウンター裏の食糧庫へと運んでいった。

 

 

アテナが去り、静寂に包まれる店内。

 

ゼファの手の中で、グラスの氷がカラリと鳴った。

 

暫くして物思いにふけっていたゼファは、ふと我に返ると、

酒の勢いもあってか、ため息をつきながら口を開いた。

 

「お前も、もうここを離れて、誰かと自由に暮らしたらどうだ?

子供たちの面倒は俺が見るしさ。もう、ここに縛られる必要はないだろ?」

 

それはゼファが何度か口にしてきた言葉だった。

オルファリスがいつかそれを受け入れる日が来ることを願っていた。

 

オルファリスはその言葉をじっと受け止め、

しばらく沈黙の中で、その意味を噛みしめるように目を伏せた。

ゼファの心配を痛いほど理解しているからこそ、

穏やかな微笑みを浮かべて、静かに答えた。

 

「まるで、もう私がここに必要とされていないみたいじゃない。

いいの。私が今、一番居たい場所は、ここなんだから。」

 

微笑んだオルファリスの瞳は、どこか寂しそうに見えた。

 

「でもよ…」

 

そうゼファが切り出すと、オルファリスは優しく言葉を紡ぐ。

 

「もうわかったってば。ありがとね、ゼファ。」

 

その一言に込められたオルファリスの気持ちを感じたゼファは、それ以上何も言えなかった。

 

ゼファはしばらくそのまま席に座っていたが、やがてまた深いため息をつき、

ポケットから丸めた紙幣を取り出してテーブルに置いた。

何も言わずに席を立つと、背を向けたまま手をひらひらと振り、無言で店を後にした。

 

ゼファの姿が店の外に消えた後も、店内には重い静寂が残った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その昔、この酒場宿はギルド「蒼い月」の拠点として、多くの活動を行っていた。

ランスニュイア国王公認の中規模ギルドの一つとして、

村の些細な依頼から国からの重い指令に至るまで、幅広い任務を遂行していた。

 

そのギルドのマスターこそ、

数年前に事故で命を落としたアテナの母、「アルテミス=パルティナ」だった。

 

彼女の身のこなしはまるで隼のように俊敏で鋭く、

振るう拳は大地を揺さぶるほどの威力を誇った。

その圧倒的な身体能力に加え、知力も並外れ、

特に能力強化魔法の分野では天賦の才を発揮していた。

 

怒りの感情が湧くと、栗色の瞳が群青色に変化し、

その目を見た者は誰もが身震いしたという。

それが彼女の異名、「群青の月姫」を裏付ける証しだった。

 

アルテミスの死後、ギルド「蒼い月」のメンバーは次々と散り散りに去り、

かつての活気は失われていった。

今では、サブギルドマスターを務めていたオルファリス=ルアイルが難病を抱えながら、

アテナと「もう一人の少女」と共に、この静かな酒場宿でひっそりと暮らしている。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

外は雷雨。激しい音が響き渡っている。

 

野菜を食糧庫へと運び終えたアテナは、

グラスを片付けるオルファリスに「おやすみ」と告げると、二階の自室へと戻っていった。

 

真っ暗な部屋に入り、着込んでいた服を脱いでいく。

肌着と下着1枚になると、アテナはそのままベッドに潜り込んだ。

 

毛布の中、暖かいぬくもりに触れ、そっと手を握った。

 

「ただいま…パラス。」

 

男の子のようなアテナの容姿とは対照的に、

まるで人形のように可愛らしい顔立ちの少女、パラス。

金色の長い髪をさらりと揺らしながら、その大きな瞳を細め、目をこすりながら目覚めた。

 

「ん…お帰りなさい、アテナ。……雨、大丈夫だった?」

 

パラスが心配そうに見つめると、アテナはニコリと笑った。

 

「うん! ちょっと寒かったけど、全然だいじょびだよ、パラス!」

 

パラスは小さく息をつき、むくりと起き上がる。

外では雷雨が激しさを増し、窓がガタガタと震えていた。

闇の中、彼女は不安そうに窓の外を見つめる。

 

アテナもつられるように視線を移し、ぽつりとつぶやいた。

 

「確かに、こんな大雨、この村じゃ初めてかもなぁ…。」

 

その瞬間、ピカッと雷の閃光が走り、部屋が一瞬だけ白く照らされる。

パラスの驚いた表情が、淡く浮かび上がった。

 

アテナはそれを見て、口元を緩める。

 

「あ、もしかして…パラスってば、雷こわいのお?」

 

「そ、そんなことないもん!」

 

パラスはぷいっとそっぽを向くが、微かに肩がこわばっていた。

アテナはクスクス笑いながら、毛布を引き寄せる。

 

「ふぅ~ん。」

 

にやにやと笑うアテナに、恥ずかしくなったパラスは

バサっと自分の顔を毛布にかぶせ寝転んだ。

そうして潜ったままモゾモゾとパラスは語り出す。

 

「昔はこの酒場宿もすごく賑わってたのに…寂しくなっちゃったね…。」

 

雷雨の音だけが響く部屋の中、

アテナは物思いにふけるように1点を見つめて、我に返った。

 

「そお?私は寂しくないよ?パラスやオルファリスがいるもん。」

 

そのあったかい言葉に、パラスは毛布から顔をスルリと出して、優しく微笑んだ。

 

「アテナ…。」

 

アテナはそのままパラスを見つめ、無邪気に微笑み返す。

 

「さぁ、お買い物はしたけど、明日お店開けられるのかな?寝んこしよ!パラス!」

 

「うん。おやすみなさいアテナ…。」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『タすケテ…』

 

深夜、アテナとパラスが寝静まった頃、耳元にかすかな声が響く。

その声は、まるで頭の中でかすかに囁かれるように、

部屋の隅から、まるで耳元に迫るように響いた。

 

パラスはその声に目覚め、寝ぼけたまま、ぼんやりと目を擦りながらつぶやいた。

 

「んー…?アテナぁ?なんか言ったぁ…?」

 

外では相変わらず雷が激しく鳴り響き、雨音だけが静寂を破る。

パラスは眠そうな目をこすりながら起き上がり、隣のアテナの方を見つめた。

しかしアテナはぐっすり眠っている様子だ。

 

『タスけテ、此処かラ、出シテくレ。』

 

その声が再び、今度は少しだけ大きく、耳元で響いた。

パラスの心臓が跳ね上がり、顔色が青ざめ、手が震え始める。

目が見開かれ、息を呑んだ。

 

彼女はすぐに隣でいびきをかいて寝ているアテナを揺さぶる。

 

「アテナ!起きて!ねぇ!」

 

「んぁぁ…?んもぉ、パラス?おしっこなら一人で行ってきてよお…。」

 

そんなアテナの勘違いを受け入れている余裕が無いパラスは、

彼女の腕をひしり掴み、自分の頭に響く奇妙な声の説明をした。

 

アテナは首をかしげ、耳を澄ませた。

 

「?…何も聞こえないよぉ…???」

 

どうやらこの声は、パラスの頭の中だけに響く、テレパシーのようなものらしい。

 

『…此処かラ、出シてハクレナいカ?』

 

語りかけてくるその声に、パラスは気味悪さを感じながらも、恐る恐る応じた。

 

「アナタは誰…?」

 

アテナは寝ぼけながらも、パラスを心配そうに見守り、そのやり取りに付き合っていた。

しばらくの沈黙の後、声は再び響き出す。

 

『私ハ天ノ使イ。コノ村ニあル、白イ施設ヘ来テ、私ヲ開放シテホしイ。』

 

「天の使い…?」

 

その言葉に、パラスは一瞬、言葉を失った。

胸の奥で何かが震えるような感覚が広がり、心は揺れ動いた。

 

疑念が湧き上がるが、その声の響きはあまりにも切実で、

まるでパラスの心の隙間に直接語りかけてくるようなものだった。

 

『そウ、サスれバ、オ前ノ望ム願イヲ叶エヨウ。』

 

その誘惑にも似た言葉に、パラスの胸は次第に高鳴り始めた。

無意識に息を呑み、心臓が速く鼓動しだす。

 

「私の願いを…?」

 

パラスは胸の奥で静かに広がる興奮と、不安の影が交錯するのを感じた。

だが、疑う余裕はもう無かった。

 

彼女の心は、その声に引き寄せられ、

少しずつその声を信じたくなる自分を抑えきれなくなっていった。

 




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

もう何年もちょびちょびと書き続けているこの物語を、
リメイク版として直しながら、書いてみる事にしました。
(その内、もっとひどい原作のほうは削除かな…?)

更新は遅いかもしれませんが、物語や大好きなキャラ達が、
もっともっと輝ける様に、楽しみながら書いていこうと思います。

次回はアテナとパラスが天使と出会います。
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