蒼い月 -Remake-   作:雨にんじん

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焼け跡の街並みの中、赤ん坊の小さな泣き声が静寂を破るように響いていた。
煙の臭いがまだ残る瓦礫の中で、それは静寂を切り裂くように、切実に響き渡る。

男はその音を頼りに足を進め、瓦礫の積もった場所へと辿り着く。

かつて大きな屋敷があったはずのその場所、
今はただ崩れ落ちた廃墟が広がっていた。

瓦礫を払い除けると、使用人らしき中年の女性が
赤ん坊をしっかりと抱きしめるようにして倒れていた。

その手には、命を守ろうとした強い意志が色濃く刻まれており、
大切なものを守り抜いた決意が感じられた。

女性は光にようやく意識を取り戻すが、すでに息絶える寸前であった。
ブツブツと最後の言葉を振り絞る彼女の口元に、男は耳を近づける。

「この子はルイアーナ一族の一人娘…パラスお嬢様です…お助けください…。」

男はその赤ん坊を慎重に拾い上げた。
男が赤ん坊を慎重に抱き上げると、女性は安堵の表情を浮かべ、静かに力尽きた。

腕に抱いたまだほんの小さな身体。
それなのに、この腕の中に確かに息づく鼓動は、あまりにも尊く感じられた。



Episode:始動Ⅱ 天使の導き

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

パラスは元々、この場所から遠く離れた南の国、

魔法大国「セルクシエ」の高貴な魔法使い一族の一人娘だった。

 

北の軍事大国「ロードレー」との絶え間ない戦争に参戦していたパラスの両親は、

まだ赤ん坊だった彼女を残し、戦死してしまう。

 

中立国ランスニュイアの国王は、この史上最悪の戦争を終結させるため、

ギルド"蒼い月"と共に兵を出兵させ、ようやく停戦に成功した。

現在も北と南の間柄は、一触即発の緊迫した状態が続いている。

 

停戦後、大きな傷跡を残したセルクシエ北部の首都近郊の都市で、

戦災孤児となったパラスを見つけたのは、

偵察任務中だった当時ギルド蒼い月の幹部、ゼファ=ユイオンだった。

 

ゼファはその場で彼女を保護し、ギルドへ迎え入れることを決めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

暫く考え込んで呆然とするパラス。

その様子を気にしたアテナが、パラスの肩をそっと揺さぶると、ハッと我に返った。

 

そして、頭の中に響いた不思議な声とのやり取りをアテナに話し始める。

その話を聞いたアテナは、少し戸惑ったように眉をひそめた。

 

「ふぅん…願いを叶えてくれるって…夢のような話だね…。」

 

アテナは半信半疑ながらも、真剣にパラスの話に耳を傾けていた。

しかし、考え込んでいるパラスにどう声をかけるべきか分からず、

その後は静かに見守ることしかできなかった。

 

暫くして、静かに一点を見つめていたパラスの口が開いた。

 

「アテナ、私…ちょっと行ってくる…。」

 

「パラス!?こんな深夜に外出たらオルファリスに怒られるよぉ…。」

 

「父様と母様に会いたいの…お願い、アテナ。」

 

「……わかった…私もついてく…。」

 

二人はベッドから抜け出すと、別室のオルファリスに気づかれぬよう、

そっと簡単な身支度を整え始めた。

 

アテナの脳裏には、心配するオルファリスの姿がよぎるが、

「親のいない自分と同じ境遇のパラスの気が済むようにしてあげたい。」

その気持ちの方が勝ってしまっていたのだった。

 

 

二人の少女は真夜中の大雨の中、皮のフードコートをかぶり、

走りながら目的地へと向かう。

 

「パラス!?一体どこへ向かうの!?」

 

行き先を告げられず、アテナはパラスの後を追いながら、

すさまじい雨音に負けないような大声で問いかけた。

 

「うんと…白い大きな建物って言ってたの!」

 

やがてたどり着いたのか、パラスは雷雨の中、

息を切らしながら足を止め、その建物を見上げた。

 

「パラス、ここって…!」

 

「うん、この村の研究所。この施設じゃないかなって思って。」

 

「確かに、真っ白い大きな建物ってここ…。」

 

人の気配がほとんどない村の一番奥に、その白い建物が佇んでいた。

建物には、「Dr.ボラージュ研究所」と書かれた看板が掲げられている。

 

二人は入口までたどり着き、周囲に人影がないかと慎重に確認する。

 

幸い、雷雨のせいか、周囲には誰もいなかった。

しかし、入口の鉄扉にはグルグルと巻きつけられた鎖と、

頑丈な施錠がかけられており、二人の行く手を阻んでいた。

 

「これじゃ、中に入れない…。」

 

けたたましく降る豪雨に打たれながら、パラスは茫然と立ち尽くす。

 

すると、アテナは懐から短剣を取り出し、力いっぱいその柄で鎖を叩きつけた。

 

「アテナ!それってお母様の形見じゃ…!?」

 

その声が雨でかき消されることはなかったが、

アテナは無心に鎖を叩き壊そうと振るっていた。

 

パラスも近くにある石を握りしめ、アテナと一緒に鎖を叩きつける。

 

その努力が実を結んだのか、

思いのほか古い鎖の錆びた部分が脆く破れ、鎖が外れた。

 

アテナとパラスは顔を見合わせ、喜びに満ちた表情を浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

うす暗い施設の中を、少女二人は恐る恐る手探りで進んでいく。

 

冷たく固い床、そして木の棚にずらりと並んだ、

無骨で異様な形をした器具や装置が、静かに彼女たちを見下ろしていた。

 

その闇の中でひときわ目を引くのは、怪しく光る液体が満たされたガラスケース。

青白い輝きは、まるで生き物のように脈打って見える。

 

アテナは思わず顔を近づけた。

 

「わぁ…綺麗。水が光ってる。なんか書いてあるけど…なんだろう?」

 

ガラスケースに刻まれた文字をじっと見つめながら、アテナが首をかしげる。

するとパラスは、少し得意げに口を開いた。

 

「うんと…14L0208RC954。オルファリスとのお勉強、サボりすぎよ?アテナ。」

 

「うっ…だって、つまんないし…。」

 

アテナがむくれたように答えると、パラスは思わず小さく笑った。

 

そんなやり取りを交わしながら、二人は研究所内を歩き回る。

しかし、室内には人の気配もなく、誰かが閉じ込められている様子も見当たらない。

 

パラスは少し焦り気味に、薄暗い空間を見渡した。

 

「……ここじゃないのかしら…。」

 

パラスの頭の中に響いていた声は、もう応答がなかった。

手がかりのないまま、二人は施設の隅から隅まで、うろうろと歩き回っていた。

 

そんな時――

 

「うわぁあっ!」

 

突然のアテナの声に、パラスはびくりと身構える。

が、アテナが何かにつまずいただけだと気づき、ほっとして駆け寄った。

 

「大丈夫?アテナ。」

 

「お…おん…。なに…?何につまずいたんだろ…?」

 

床に取り付けられていたのは、小さな取っ手のようなもの。

よく見ると、そこには人ひとり通れるほどの床下扉が隠れていた。

 

二人は顔を見合わせて、こくりと頷く。

小さく喉を鳴らしながら、そっとその扉を開いた。

 

ギィ……と鈍い音をたてて開いた先には、

真っ暗な地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。

 

さすがに、何も見えないその先へ踏み出すには、少し勇気が要る。

 

しかしアテナは、ひとつ息をついて覚悟を決めると、言った。

 

「むー…。ちょっと行ってくる!パラスはここで待ってて?」

 

そう言って、壁伝いに階段を降りようとするアテナ。

 

「アテナ、待って…!私も行く…。」

 

パラスはアテナの腕にしがみつき、肩をすくめながらも、

彼女と一緒に暗闇の中へと進んでいった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

二人が階段を降りきると、上の階と同じ液体の光が、通路の奥で淡く輝いていた。

 

その光を頼りに進むにつれ、周囲は次第に明るさを増していく。

 

壁のあちこちには、配管や用途のわからない装置が無造作に並び、

空気中には微かに魔力の粒子が漂っていた。

 

天井に吊るされた結晶灯たちは、まるで眠るように光を落とさず、

闇の中から静かに二人を見下ろしている。

 

やがてたどり着いた先には――巨大なガラスケース。

その中で、例の液体が青白く脈打ち輝いていた。

 

ケースの周囲には、液体を循環させるための装置のほか、

見たこともない魔法陣がいくつも刻まれている。

 

「うわ……でっか……。」

 

アテナがその神秘的な光景に魅入られ、ぽつりと呟く。

 

その時だった。

 

『……ヨク来テクレタネ。助カッタ。』

 

静かに、しかし確かにその声は、二人の頭に直接響いた。

液体の中――そこに“ある”とは言い難い、

うっすらとした人影が、ゆらりと浮かび上がっていく。

 

アテナの背中に、驚いたパラスがぱっと身を隠した。

だが、その声に聞き覚えがあると気づき、顔を覗かせながら口を開いた。

 

「もしかして…あなたが、私に助けを求めてきた人…?」

 

しばしの沈黙の後、人影は答える。

 

『ソノ通リダ。…済マナイガ、時ガ無イ。マズ――コノ入レ物ヲ、壊シテクレナイカ?』

 

アテナがちらりと振り返り、背中のパラスに目を向ける。

パラスはしばらく躊躇した後、液体の中の影を見つめ、静かに頷いた。

 

「……わかった。やってみる。」

 

その返事を聞いたアテナは、

自分にしがみついたままのパラスの両肩をそっと掴み、後ろへ引きはがした。

 

「パラス、離れてて……。」

 

アテナは母の形見である短剣を握りしめ、ガラスケースへと振りかぶる。

 

一撃ごとに亀裂が広がり、ついにケースは耐えきれず、

あちこちから液体を噴き出し始めた。

 

青白い液体が床に流れ落ち、ケースが空になっていくにつれ、

うっすらとしか見えなかった人影が、次第にその輪郭をはっきりとさせていった。

 

『フム……ヨウヤク、動ケル。久シイナ、コノ感覚。』

 

真っ白なローブの袖から、ゆっくりと右手を伸ばした男は、

手首をコキコキと鳴らしながら、その長身の身体の感覚を確かめていた。

そして、辺りの空気を大きく吸い込むと、深く、静かに呼吸を整える。

 

液体はやがて床へと流れきり、ガラスケースの光も失われ、

辺りは再び暗闇に包まれていく。

 

『ンー……見エヅラクナッテシマッタネ。』

 

ぽつりとそう呟いたその人物は、次の瞬間、背中から光る翼をゆっくりと広げた。

 

思わぬ閃光に、アテナとパラスは思わず目を閉じる。

そして――恐る恐る目を開けると、そこには幻想的な光景が広がっていた。

 

男の背から羽ばたいた光の羽が、きらきらと舞い散りながら辺りを照らし、

まるで昼間のような明るさをもたらしていた。

 

少女たちは言葉を失い、その光景にただただ息を呑んでいた。

 

『ハハ。怯エナクテイイ。私ノ名ハ天使ミカエル。君タチノ名ハ?』

 

ミカエルがそう問うと、アテナは目を瞬かせ、少し戸惑いながら答える。

 

「…私はアテナ。えっと、この子が友達のパラスっていいます…。」

 

ミカエルは無表情のまま、目も口も閉じたまま語り続ける。

 

『アテナ…全知全能ノ、女神ノ名カ…。トてモ素敵ナ名前ダ。

ソシテパラス…君ノオカゲデ、私ハ助ケラレタ。アリガトウ。』

 

アテナの後ろで引っ付いたままのパラスは、まだ怯えながらミカエルに言う。

 

「ミカエル…さん。あの…!願いを叶えてくれるって…。」

 

一言を噛みしめるような間で、ミカエルはゆっくりと応答する。

 

『アア…モチロン覚エテイル。君タチニハ恩ガアル。叶エヨウ。』

 

喜びとほっとした表情を浮かべるパラスを見つめ、アテナもつられて笑顔になる。

パラスの望みが叶うことが、今は嬉しくて仕方がなかった。

 

『パラス。君ノ願イハ?』

 

そのミカエルの問いに、パラスは少し喉を鳴らして答えた。

 

「お…お父様と、お母様に会わせてください…っ!」

 

しばしの沈黙。

 

ミカエルへ言い放ったあと、パラスは真剣な眼差しで返答を待っていた。

やがてミカエルは、わずかに眉だけをひそめ、こう答える。

 

『フム……シカシパラス。君ノ両親ハ、スデニ亡クナッテイルヨウダガ?』

 

「……はい。両親は数年前に私を置いて戦死しました。」

 

ミカエルはしばらく口元に手を当て、思案するように沈黙した。

そして今度は、諭すような静かな声で語りかける。

 

『パラス。人ノ幸不幸トハ、スデニ運命ニヨッテ定メラレテイル。

私ニデキルノハ、ソノ運命ヲネジ曲ゲ――

ヒズミヲ生ミ――アリエナイ幸福ヲ現出サセルコトダ。』

 

『……理解デキルダロウカ? スマナイガ、

スデニコノ世二ナイ者ニ、生ヲ与エルコトハデキナイノダヨ。』

 

期待に輝いていたパラスの瞳は、その言葉とともに絶望の色に変わる。

その場に膝をつき、泣き崩れるパラスの背に、

アテナがそっと寄り添い、背中を優しく撫でた。

 

「パラス……」

 

パラスのすすり泣きだけが、この地下に静かに響いていた。

その姿を見つめていたミカエルは、やがて再び口を開いた。

 

『パラスヨ……ナントカ、ソノ願イヲ叶エテミセヨウ。』

 

パラスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、

きょとんとした表情でミカエルを見つめる。

ずっと無表情だったはずのその顔には、

ほんのわずか、慈しみに満ちた優しい笑みが浮かんでいた。

 

『タダ、今ハソノ時デハナイ。

少シダケ時間ヲクレナイカ。必ズ、君ヲ両親ニ会ワセテアゲヨウ。』

 

「……うぅ……はい……」

 

その言葉が、少女パラスの心に、新たな希望の火を灯す。

涙をぬぐおうとしても、次々とあふれてくるそれを止められず、

ただただ嗚咽するばかりだった。

 

本当に良かった、とアテナも微笑みながら、そっとパラスを抱きしめた。

 

 

 

『サテ・・・。』

 

ミカエルは静かにアテナを見つめ、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

 

『女神ノ名ヲ持ツ者ヨ。アテナ、キミハ何ヲ願ウ?』

 

アテナは困惑した表情を浮かべ、指を弄りながらしばらく考え込んだ。

 

「う?あ、え~っと…。」

 

一瞬だけ母アルテミスが脳裏をよぎる。

言葉を選ぶように黙り込むアテナ。しばらくして、ようやく口を開いた。

 

「う~ん…。わたしもママに会いたいけど、大丈夫です!」

 

ミカエルは少し眉をひそめ、思案するように黙ってから、改めて言葉を続けた。

 

『願イハ無イノカ?』

 

アテナは自信を持って頷き、にっこりと答える。

 

「はい。だって、私にはパラスもオルファリスもいますから!」

 

ミカエルはその答えに少し驚いた様子で目を見開くが、

すぐに笑みを浮かべ、天井を仰いだ。

しかし、その笑みも束の間。唐突に、真剣な表情で話を切り出す。

 

『二人トモ、ヨク聞イテ欲シイ。』

 

その声は低く、威圧感を伴う。アテナとパラスはその声に緊張しながら耳を傾ける。

 

『コレカラ君達ニハ、様々ナ災イガ襲イカカルダロウ。』

 

アテナはその言葉に驚き、目を見開いてすぐに質問を投げかける。

 

「え!?災いって・・・???」

 

ミカエルはその答えを受け、真剣な表情で続ける。

 

『君タチノ未来ニハ、死ノ影ガ見エル。』

 

その言葉に、アテナは息を呑んだ。

その横で言葉を失ったパラスが悲痛な表情でつぶやく。

 

「そんな…せっかくお父様お母様に会えると思ったのに…。」

 

ミカエルはそのまま、深く静かに天井を見上げ続けていた。

 




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

改めて見るとオリジナルの1話長すぎてビックリです。
2話くらいに分けてと思っていましたが、3話またぎにしました。

次回、二人はついに転機を迎えます。どこまでかけるかな?
楽しみながら書いていきます。
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