一国と渡り合うほどの戦力を誇ったギルド「蒼い月」。
だが、ギルドマスター「アルテミス」の死を機に、
組織は急速に衰退し解散を余儀なくされる。
その後、拠点であった酒場宿には、
最後のメンバーの一人「オルファリス」が、
アルテミスの娘「アテナ」と、孤児となって迎え入れた「パラス」、
二人の少女の面倒を見ながら、慎ましく暮らしていた。
ある晩──
助けを求める不思議な声に導かれるまま、少女たちは宿から抜け出し、
エンドラの村外れにひっそりと建つ「Drボラージュ研究所」へとやってきた。
その施設の地下で二人を待っていたのは、
光る羽根を背にたたえた「大天使ミカエル」だった。
ミカエルは二人へ、救出の礼として、
パラスには「失った両親との対面」を約束し、
アテナには血の契約を交わし、「パラスの運命を導く力」を授ける。
しかし、次の瞬間──
けたたましい地響きとともに、
ミカエルから「すぐにこの村を離れよ」との忠告が下される。
言葉の意味もわからないまま、夜の山道を駆け上がった二人。
振り返ったそこには、
炎に包まれて焼き尽くされる、故郷だったエンドラの姿があった。
少女たちの新たな運命は、その絶望の業火とともに、 動き出す──。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの日、育った村が炎に包まれる光景を目の当たりにしたアテナとパラス。
パラスはオルファリスの無事を案じ、
泣き叫びながら村へと引き返そうとした。
しかしアテナは、ミカエルの忠告が頭を離れず、
必死にパラスの腕をつかんで止めるよう訴えた。
もちろんアテナ自身も引き返したかった。
だがそれ以上に、
今は目の前の大切な人を危険な場所へ向かわせるわけにはいかない。
そんな思いで、アテナは必死にパラスをなだめ、
自分自身もどうにか冷静さを保とうとしていた。
獣道のような山道を登り続け、すでに丸二日が経っていた。
アテナは眠ることなく、
意識が朦朧としたパラスを背負いながら歩き続けていた。
足の感覚はとうに失われ、
限界を迎えたパラスを励ましながら、ただひたすら、あてもなく進んでゆく。
「んしょ……パラス、しっかりして……っ」
返事もできないほど衰弱したパラスは、
アテナの背中でただ小さく揺れているだけだった。
どれほど登ったのだろうか。
登っても登っても、見えてくるのは果てのない木々ばかり。
だが、再び顔を上げたアテナの視界に、
木々ではない“空の光”が差し込んでいるのが見えた。
はっと目を見開き、「もしかして……」と、
最後の力を振り絞って光へ駆け出した。
そこは──
静かに水音を響かせる、山の渓流だった。
山頂には届かなかったが、ようやくたどり着いた、一息つける平地。
そしてなにより、数日ぶりの"飲み水"が、そこにあった。
アテナは水辺まで進み、パラスをそっと下ろすと、手のひらですくった冷たい水を差し出した。
「ほら、パラス。お水だよ!」
うっすらと虚ろな目を開けたパラスに、アテナは少しずつ口元へ水を流し込む。
そのほとんどは口の脇から零れてしまったが、喉が動き、
まだ飲む力が残っているとわかったアテナは、ほっと胸を撫で下ろした。
木漏れ日を浴びる日陰にパラスを横たえ、アテナは辺りの渓流を見渡す。
「何か…食べるものを探さないと…」
アテナは浅瀬に足を踏み入れ、魚を捕ろうと試みたが、
生きた魚を捕まえたことがないため、何をどうすればいいのか、わからなかった。
闇雲にバシャバシャと荒い音をあげて魚を追いかけていると…
渓流の音ではない、何かがうっすらと聞こえた。
アテナはその音に耳を傾ける。
すると遠くから、男たちが高らかに笑う声が聞こえた。
「人の声だ!」
アテナは咄嗟にその声のする方へ走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アテナが声のする方へ駆け寄ると、剣を腰に差した三人の男が目に入った。
彼らは水辺の大きな岩の上に腰掛け、下卑た笑い声を響かせながら雑談に興じている。
「ギャハハハ!おめぇ、それはどうかと思うぜ!」
「いや、本当なんスよ。あの娘にもう三十万も注ぎ込んでるんスから!」
声をかけるべきか迷ったアテナは、背後の木陰に身を潜めたまま、息を殺して様子を窺った。
「先輩、そろそろ城に戻らないとヤバいっスよ」
「おお、そうだな。あの面倒な教官にまた絡まれたら堪らねぇしな」
アテナは考えた。
このままあの人たちについて行けば、開けた場所へ出られるかもしれない。
しかし、パラスはここから少し離れた場所に寝かせたままだ。
迎えに戻れば、三人を見失ってしまう──。
覚悟を決め、意を決して声をかけた。
「あ……あの!」
三人は重そうに足を止め、けだるげに振り返った。
「あー?なんだ、このきったねぇガキ……」
「街の子っスかね?なんでこんな山の中に?」
アテナは少し震える声を押し殺し、必死で言葉を紡いだ。
「わたし、アテナって言います。山の下の村から来たんです。助けてください……。」
三人はアテナの元へ一歩一歩、大きな足音を響かせながら近づいてくる。
そして脂ぎった顎鬚をつまみ上げるようにしながら、冷たい目でアテナを見下ろす。
「山の下…? 最近焼け落ちたエンドラの村か…?」
アテナは小さく肩をすくめ、言葉を待つ。胸の奥で、鼓動が早鐘のように鳴る。
すると、男の表情が突然あざ笑うかのように歪んだ。
「ぶはっ!悪ィけどよ、俺らは城の“偉い偉い”兵士様なんだわ。
街の連中なら助けてやるが、村のガキは手に負えねぇ…つーか、あの村自体、もうねぇしな。」
隣の男が肩を竦め、むせ返る下卑た笑いとともに追い打ちをかける。
「ギャハ!先輩そりゃちょっと可哀想すぎないッスかあぁ?」
さらにもう一人が、不機嫌そうに顔をしかめて言い放った。
「ばーか。面倒事抱え込んでクビになったら、どうすんだよ」
アテナの頬を、一瞬、絶望がかすめた。
やがて胸の奥で何かが熱く燃え上がっていく。
唇を強く噛みしめ、震える拳をぎゅっと握りしめた。
「あぁ?なんだこのクソガキ、俺らを睨んでやがる…。」
「おっ、女だ!先輩、俺、ロードレーの奴隷商人にツテがあるっスよ。
このガキを捕まえて売っぱらえば、超金になるんス!」
「ほぉ…」
三人はおぞましい笑みを浮かべ、アテナにじりじりと詰め寄る。
アテナは身の危険を感じて、腰の懐から短剣を抜き放った。
「おいおい…ガキが刃物なんか持ってアブねぇなぁ…。」
男たちも一斉に身構える。次の瞬間――
一人が咄嗟にアテナへ飛びかかってきた。
反射的に短剣を握る右腕をつかまれたが、
空いた左腕で思い切り、その男の腹を殴りつけた。
メキィッ、と鎧がたわむ鈍い音が響いた。
アテナの拳は、男が身に着けた鎖帷子の一点を、その下の肉ごと深く抉り込む。
振り抜かれた腕が空を切ると同時、
男はくぐもった悲鳴とともに血反吐を吹き散らし、
木の葉のように軽々と後方へ吹き飛んでいった。
その、あまりに現実離れした光景を目の当たりにし、
残された二人の男の顔から血の気が引いていく。
「ひぃっ……! な、なんなんスか、コイツ……っ!?」
「ば、化け物か……っ!」
恐怖に駆られ、二人はようやく剣を抜き放ち、震える切っ先をアテナへ向ける。
対するアテナは、まるで狩りをする獣のように身を低くし、短剣を逆手に構えた。
――間髪入れず、地面を蹴る。
一直線に突進したアテナは、男の足元に滑り込み、
躊躇なくその太腿を切り裂いた。
「ぎゃあああっ!」
悲鳴と共に前のめりに体勢を崩す男。
アテナは間髪入れずに跳躍すると、くるりと身を翻し、
無防備に晒された後頭部を掴んで顔面へ容赦なく膝を叩き込んだ。
ゴシャッ、と生々しい音が響く。
だが、その一撃が男の意識を刈り取った瞬間――
「――ッ!?」
背後から迫った最後の男が放った、
丸太のような蹴りが、アテナの背中にめり込んだ。
ミシリ、と骨が軋む鈍い音が、アテナ自身の脳内にまで響き渡る。
幼く軽い身体は、まるで石ころのように地面を跳ね、
勢いそのままに大木へと叩きつけられた。
「……っ、かは…っ」
鼻からは生暖かい血がポタリ垂れる。
震える手を地面につき、どうにか起き上がろうと試みるが、
脳を揺さぶられた衝撃と、背中を貫く激痛で身体が言うことを聞かない。
その好機を、男が見逃すはずもなかった。
にじり寄りながら、無力に横たわるアテナへ、とどめの一撃を振り上げる。
「なめんじゃねえぞ……クソガキが……」
混濁した意識の中、アテナは死を覚悟し、目を固く瞑った。
(ここで…死ぬのか……パラスっ……)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
だが、いつまで経っても、振り下ろされるはずの刃が肉を裂く衝撃は訪れない。
おそるおそる瞼を上げると、信じられない光景が広がっていた。
振り下ろされる寸前だった男の腕を、見知らぬ誰かの手が、掴んで止めていたのだ。
「なっ……誰だてめぇ! 邪魔すんじゃねえ!!」
男が怒鳴りつけると、その人物は静かに、しかし凛とした声で問い返す。
「それはこちらの台詞だ。――お前こそ誰だ、何をしている?」
その落ち着き払った態度に苛立ったのか、
男は忌々しげに舌打ちをして剣を下げると、振り返り様にその人物へと詰め寄った。
「あぁ!? なんだお前、ずいぶんと偉そうにしやがって! 俺は国の兵士様だぞ!」
アテナの命を救ったその人物は、
男の威嚇にひるむ様子もなく、ただ静かに相手を見つめている。
男は値踏みするようにその姿を眺め、やがて下卑た笑みを浮かべた。
「ん? なんだ、女か……。へぇ、結構いい女じゃねえか」
燃えるような真紅の短い髪。中性的な顔立ちは、一瞬、美青年かと見紛うほどだ。
しかし、スラリと伸びた四肢や、しなやかな身体の線は、
紛れもなく女性のものであることを示していた。
女性は男の姿を足元から頭まで値踏みするように一瞥し、ため息交じりに静かに口を開く。
「その兵装、国章が付いていないようだが。正規の兵ではないな。――候補生か」
「あぁ? だったら何だってんだよ、姉ちゃん」
女性は男の悪態を意にも介さず、今度は倒れている仲間たちに視線を移した。
「なるほど。ロードレーの傭兵試験にでも落ちた輩か。いいか、よく聞け。
君たちの故郷では兵士の身分が市民より上かもしれんが、この国では違う。
兵は民を守るためにあり、その力を横暴に振りかざすためのものではない。」
「てめぇ……いったい何者なんだよ……」
男がたじろぐと、女性はふと、アテナに視線を戻し、はっと息を呑んだ。
「子供……!?」
まさか、と信じられないように、もう一度、意識を失っている男たちへと目を向ける。
「この惨状を、この子が一人で……?」
女性は改めてアテナを観察し、
その幼い容姿と、尋常ならざる力のギャップに何かを確信したのか、自らの素性を明かした。
「……君、私の名はアストライア。アストライア=クエスだ」
その名を聞いた瞬間、男の顔が驚愕に凍り付いた。慌てて剣を鞘に納めると、その場に膝をつく。
「ア、アストライア様!? 特別諜報部隊の……!
し、失礼いたしました! 上官とはつゆ知らず……!」
「もういい。それより、その子の身柄は私が引き取る。異論はないな?」
「はっ! ど、どうぞ!」
背中に走る激痛で、今にも気を失いそうな中、
アテナはそのやり取りをぼんやりと聞いて必死に考えた。
(この人なら……パラスを助けてくれるかもしれない……)
最後の力を振り絞り、アストライアに手を伸ばす。
「この先の場所に……パラス……が……。助けて…」
かろうじて友の名を口にすると、アテナの意識はそこで途切れた。
アストライアは気を失ったアテナをそっと抱きかかえると、
彼女が最後に指し示そうとした方向へと向かい、やがて衰弱しきったパラスの姿を見つけ出す。
こうして、心身ともに傷ついた二人の少女は、
謎多き女性アストライアに保護され、ランスニュイアの王城へと運ばれることになったのだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
アストライアー。かっこいいですねー。
大好きなキャラです。
さて次回は出会いが出会いを生んでいきます。
アナザーストーリーでも大活躍するあの子。
アテナにとって運命とも言える、そんな出会いです。