蒼い月 -Remake-   作:雨にんじん

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故郷を業火に焼かれ、全てを失った少女、アテナとパラス。

二人は過酷な山中の逃避行の末、
ランスニュイア国の兵士候補生と遭遇するも、その下劣な振る舞いに、
アテナは怒りと共にその身に宿る未知の力を爆発させる。

壮絶な戦いの末、命の危機に瀕したアテナを救ったのは、
特別諜報部隊を名乗る謎の女性「アストライア=クエス」。

彼女に保護された二人の少女は、意識を失ったまま、
国の心臓部であるランスニュイアの王城へと運ばれるのだった。

目覚めた彼女たちを待つものとは、果たして安息か、それとも新たな運命の奔流か──。



Episode:決意

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

目を覚ますと、そこは気持ちの良いフカフカのベッドの上だった。

見慣れない高い天井の立派な装飾に、アテナは寝ぼけ眼で記憶を辿る。

 

(そうだ……村が焼けて、

パラスを背負って山を歩いて……それで、女の人に助けられたんだ)

 

むくりと体を起こすと、豪華な部屋の内装にギョッと目を丸くした。

額に張り付いていた濡れタオルが、ずるりと滑り落ちる。

 

どうやら誰かが看病してくれていたらしい。

たじろぎながら部屋を見渡すと、寝すぎたせいか目の奥がズキリと痛んだ。

 

「……ここは」

 

呟いたその時、扉の向こうから物音が聞こえた。

誰かが入ってくる。アテナは息を殺し、じっと扉を見つめた。

 

やがて入ってきた人物と、顔を見合わせる。

しばらく、見つめ合った二人は、お互いに硬直したままだった。

 

浅黒い肌に、肩まで伸びたつややかな黒髪。

修道服のような制服に身を包んだ、アテナと同じくらいの歳の少女。

彼女は何も言わず、ただ無表情のまま水桶を手にアテナを見つめている。

 

気まずい沈黙に耐えきれず、アテナは無理やり笑顔を作って口を開いた。

 

「ふへ……ど、どうも……」

 

少女はまだ無表情のままアテナを値踏みするように見つめていたが、

やがて「手順を間違えた」とでも言うように小さく会釈すると、

水桶を持ったままゆっくりと部屋を出て行った。

 

その意図の読めない行動に、アテナは冷や汗をかいて困惑する。

 

「えぇ!? なに!? なんなのー!?」

 

 

 

すると十秒後、今度は扉をコン、コン、とノックする音が響いた。

アテナが目をぱちくりさせていると、再びノックの音がする。

 

「え……なに。あ……は、入ってまーす……?」

 

扉から入ってきたのは、先ほどと同じ水桶を持った少女だった。

相変わらず人形のように表情を変えないまま、ようやく口を開く。

 

「失礼します」

 

ゆっくりと静かに扉を閉めると、少女はアテナのベッド脇にやってきた。

そして水桶をテーブルに置き、目を合わせず真正面を向いたまま話し出す。

 

「お体の具合は、いかがでしょうか」

 

「え……あ……もしかして、あなたが看病してくれたの……?」

 

「はい」

 

「そうだったんだ。ありがとう!」

 

「いいえ、大佐からの言いつけでしたので。お礼でしたら大佐へお願いします」

 

「たいさ……?」

 

「お客様をお連れになった、アストライア大佐のことです」

 

(助けてくれた、あの人か……)

 

アテナの脳裏に、燃えるような真紅の髪が蘇る。

しかし、目の前の少女はどこか苦手なタイプだった。

人形のように表情を変えず、淡々と話す姿は、

少しだけパラスにも似ているけれど……。

 

その時、アテナははっとして、一番気がかりな存在の安否を尋ねた。

 

「あの! パラス! パラスはどこ!?」

 

唐突に慌てだしたアテナを、少女はちらりと一瞥する。

そして、また真正面を向いて人形のように答えた。

 

「もう一人のお客様のことですね。ご安心ください。隣のお部屋にいらっしゃいます」

 

「よかった……! 元気にしてる?」

 

「……衰弱が酷く、数日は深刻な状態が続きました。

今では起き上がれるほど回復なさいましたが、

念のためもうしばらく安静にと、お医者様はおっしゃっていました」

 

「数日って……私、何日くらい寝てたの?」

 

「三日ほどです」

 

「三日!?」

 

自分がそんなに長く眠っていたことに驚きつつも、

パラスが無事だと知って、アテナは心の底から安堵した。

次に気になったのは、この奇妙な少女の素性だ。

 

「えっと……あなたは……?」

 

その言葉に、彼女の鉄壁だった無表情が、

わずかに崩れてハッとした顔になる。

 

「……大変、申し遅れました。

わたくし、大佐の使用人を務めております、アヤと申します」

 

「ふぅんアヤね! 私はアテナ! よろしくね、アヤ!」

 

アテナが屈託なく笑いかけると、

ポーカーフェイスを気取っていたアヤは、少しだけ頬を染めて顔を伏せた。

 

「……こちらこそ」

 

そう小さく返事をすると、彼女は礼儀正しく一礼し、

アストライアを呼びに部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

しばらくして、アストライアが部屋へやってきた。

 

「目覚めたか。気分はどうだ?」

 

その凛とした佇まいに、アテナは少し緊張して指をいじりながら応える。

 

「あ……はい。ありがとうございます。もう大丈夫そうです」

 

「ならいい。私はアストライア=クエス。この国の兵をやっている。君の名は?」

 

「アテナです。アテナ=パルティナ」

 

その名を聞き、アストライアは大きく息を吸い、ため息交じりに言った。

 

「やはり……。アルテミスの子か」

 

唐突に母の名が出て、アテナは目を見開く。

 

「ママを知ってるんですか!?」

 

「この国の衛兵で彼女を知らぬ者はいない。アルテミスは……私の師でもあった」

 

「ええっ!?」

 

アルテミスのことを語るアストライアの表情は、

少しずつ緩み、どこか誇らしげな微笑みを浮かべていた。

アテナは、自分の知らない母の姿を、胸をときめかせながら聞いていた。

 

ぎこちない空気も打ち解けた頃、アストライアは話を切り出す。

 

「ところでアテナ、一緒にいた少女は?」

 

「村で一緒に育った子で、パラスっていいます。パラス=ルイアーナです」

 

その名に、今度はアストライアが面食らった。

 

「 ルイアーナ!? セルクシエの、あの高名な魔導士一族の……!?」

 

「パラスの家族は有名な家柄だったって、オルファリスが言ってました」

 

「なんてことだ……」

 

名高き戦士と魔導士の血を引く子供たちとの巡り合わせに、

アストライアは言葉を失ったように苦笑した。

 

「あの……アストライアさん。村は……どうなったんですか?」

 

「……ああ。調査報告によれば、全焼だ。生存者は数名。

原因は調査中だが、化物が村を焼き尽くしていた、という証言があがっている」

 

「そんな……。オルファリスもゼファも……」

 

アテナの表情が悲しみに曇る。

それを見たアストライアは、アテナの両手を掴み、ぎゅっと握りしめた。

 

「オルファリス=ルアイルと、ゼファ=ユイオンか」

 

続けて、彼女は力強く言った。

 

「私の知る、蒼い月のオルファリスとゼファならば、

世界随一の支援魔法の使い手と、相当な腕を持つ魔術師だ。

あの二人が、そう簡単に死ぬとは思えない。きっと生きている」

 

「……はい!」

 

アストライアの言葉に励まされ、アテナは今はただ、その言葉を信じることにした。

 

やがて、アヤが食事を乗せたワゴンを押して部屋に入ってきた。

少量ずつの食パンと牛乳、温かいスープがアテナの前に並べられる。

 

「質素な食事で済まないが、食べられそうなら遠慮なく食べるといい」

 

その時、アテナは妙な違和感を覚えた。

村を飛び出して以来、何も食べていないはずなのに、空腹を全く感じない自分に。

 

震える手で食べ物を口にしていく。

 

『食べる』というよりも、ただの「作業」として口に詰め込み、胃へ流し込む。

そんな奇妙な感覚だった。温かいスープの味も、焼きたてのパンの香りもわかる。

なのに、心が少しも「おいしい」と感じない。

空っぽだったはずのお腹は、少しも満たされた気がしなかった。

 

(私の身体……どうなっちゃったんだろう……?)

 

食事をとりながら、じわりと冷たい不安がこみ上げてくるのだった。

 

「身体は大丈夫そうに見えるが……。もし動けそうなら浴場もある。使いなさい」

 

アストライアは浴場の場所を簡単に説明すると、その後部屋を去っていった。

 

 

 

なんとか食べ物を全て詰め込んだアテナは、ベッドから出て体の具合を確かめる。

 

「背中……すごい音がしたけど、なんともなさそうだな……」

 

アテナは自室の扉を開け、

まずは顔だけ出して豪華な廊下をキョロキョロと見回した。

 

「うわ広っ……! 廊下が私の部屋より広いんだけど!」

 

そして、隣の部屋へと向かう。

 

パラスがいるであろう部屋の扉をそっと開けると、

中は薄暗く、ベッドだけが月明かりに照らされていた。

パラスは、安らかな寝息を立てている。

 

「パラス……よかった……」

 

アテナは優しい笑顔を浮かべ、

パラスの前髪をそっと撫でると、起こさないように静かに部屋を後にした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アヤが用意してくれた着替えを手に、

アテナは生まれて初めて見るような大浴場にやってきた。

 

湯気が立ち込める広い石造りの浴室。

ゴージャスな内装に、アテナはしばらく硬直していた。

 

「なにこれ……池かよってくらい広いんだけど……」

 

挙動不審にキョロキョロしながら浴槽の縁にたどり着く。

腰を下ろし、そろりと湯に足を入れた瞬間、悲鳴を上げた。

 

「ひぅっ!! あっつ!!」

 

ただでさえ生活が一変し、何もかもが奇想天外なことばかり。

今度は湯の熱さに、アテナはもう訳が分からなかった。

立ち上がってオロオロしていると、そこへアストライアがやってきた。

 

「? ……大丈夫か。硬直しているようだが、風邪をひくぞ」

 

アストライアは通り過ぎざまにそう言うと、

木椅子に腰を下ろし、手際よく体を洗い始めた。

 

アテナはごくりと唾を飲み込み、再び足をお湯に入れる。

 

「うわっつ!!」

 

その叫び声に、洗髪中だったアストライアが驚いて体をビクつかせた。

 

「!? ……どうした! 大丈夫か、アテナ」

 

「だ……大丈夫です……」

 

ジーンとくる熱さに耐えながら、アテナはしばらく足だけを湯につけていた。

 

(そういえばオルファリスとも、よく一緒にお風呂に入ったっけ……)

 

チャプチャプと揺れる足を見つめていると、

その寂しそうな背中に、体を洗い終えたアストライアが近づいてきた。

 

「大変だったな」

 

そう言って、アテナの頭を優しく撫でる。

アテナはアストライアを見上げ、歯を食いしばって瞳を潤ませた。

 

その顔を見たアストライアは、

今度はアテナの頭をクシャクシャと少し乱暴に撫で回し、一喝した。

 

「泣くな。人前で涙を見せるな。つらい時こそ、凛と胸を張れ。それが強さだ」

 

「……はい」

 

アストライアの脳裏に、師との記憶が蘇る。

 

『アス。どうしても泣きたいときは、一人で泣きなさい。

決して誰にも見せるんじゃないよ』

 

『はい、アルテミス……』

 

愛し、尊敬した人の子へ、今、同じ教えを告げている。

そのことに、アストライアは運命を感じていた。

 

腕でごしごしと涙を拭い、強がった顔を見せたアテナへ、

アストライアはふっと優しい笑みを浮かべた。そして――

 

「うむっ!!」

 

彼女の平手打ちがアテナの背中に炸裂し、

その勢いでアテナは湯の中へと突き落とされた。

 

「うわああああっつああああああ!!!!」

 

アテナは慌てて湯から飛び出す。その光景を見て、

アストライアは楽しそうに笑いながら湯船に浸かった。

 

「こんな湯にも入れぬようでは、まだまだだな、アテナ」

 

ジンジンと真っ赤になった体を冷ましながら、

平然としているアストライアを見てアテナはぎょっとする。

 

「えぇ……なんで平気なの……」

 

「本当にあのアルテミスの子かと疑ってしまうぞ。ハハハ!」

 

その言葉にカチンときたアテナは、見事に挑発に乗り、そろそろと湯船に浸かりだす。

 

「ほぉ……」

 

「どうですか! 我慢すればこのくらい、どうってことないし!」

 

先ほどまでの寂しい空気は一変し、二人は年相応に笑い合った。

 

「ちょ……アストライアさん、限界です……。私、ちょっと体洗ってきます……」

 

「…………湯に浸かる前に洗え、アテナ」

 

「へ……?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アテナとパラスがアストライアのもとへ来て、一週間が過ぎようとしていた。

 

体調もすっかり回復したある日、アストライアに呼び出される。

二人はアストライアの自室の前に連れられてやってくると、

アヤは無表情のまま扉をノックした。

 

「いいぞ入れ」

 

「失礼します。大佐、お二人をお連れしました」

 

部屋に入り、そう言って頭を下げると、アヤは二人を残して去って行った。

 

アストライアは机に向かい、細かい字が並んだ書類にペンを走らせている。

 

「二人ともすまない。もう少しだけ待っていてくれ」

 

静寂に包まれた彼女の仕事部屋は、

アテナたちが与えられた豪華な客室とは比べ物にならないほど質素だった。

 

壁には難しそうな本がぎっしりと並んでいる。

二人はキョロキョロと部屋を見回しながら緊張して待っていると、

やがてペンを置いたアストライアが話を切り出した。

 

「よし、待たせたな。今日は二人に大事な話があって呼び出した」

 

真剣な空気に、二人はごくりと喉を鳴らし、話の続きを聞く。

 

「もう体調も良くなったようなので、二人の今後について話をしたい。

君たちは今、住む場所も、養ってくれる人も失った。

そこでだ。――私の使用人として、ここで仕える気はないか?」

 

話が唐突すぎて、アテナは状況が飲み込めない。

一方、頭の良いパラスはすぐにその言葉の意味を理解して尋ねた。

 

「……ここで、雇ってくださるということですか?」

 

「うむ。まあ、使用人というのは表向きだが。

将来、私直属の特務隊への入隊を目指せる道も用意しよう」

 

アテナは困惑した表情を浮かべた。

 

「???」

 

「つまり、私の下で働きながら、勉学や鍛錬を積んで国兵を目指さないか?

ということだ。贅沢は出来ないが、君たちが生きていくための衣食住は保証する。

給金も小遣い程度には出そう。どうだ?」

 

目の前の女性に、自分の知らない母の記憶がある。

優しくて、厳しくて、強いこの人に、アテナは惹かれていた。

 

自分としては受けたい申し出だ。

だが、気がかりは、他国の国兵であった両親を戦争で亡くしたパラスのことだった。

 

アテナはパラスに振り向き、その答えを待った。

 

「アテナがいいなら、私もいいよ」

 

「え……?」

 

「一緒なら、大丈夫でしょ?」

 

「……うん!」

 

こうして、アテナとパラスは、アストライアに仕えながら、

将来、ランスニュイアの兵士を目指して生活していくことを決意したのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(守ってくれるって言ったアテナだから。私は信じて……ついていくよ。)

 




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

ここから二人の新しい生活が始まります。
二人だからきっと補いながらここまでこれたのかな?

ちょっと体育会系なアス。
厳しいアテ虐が大問題になりそうですね。

まあ物語ですから…決して良い子は真似をしないようにお願いします。

次回から、てんてこまいな使用人生活が始まります。
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