二人は特別諜報部隊の女性「アストライア」に保護され、
ランスニュイアの王城で目を覚ました。
そこでアテナは、アストライアが亡き母アルテミスの弟子であったことを知る。
一方、食事をしても満たされぬ自らの身体の異変に、漠然とした不安を抱えていた。
やがてアストライアから、彼女の使用人として仕えながら、
将来は兵士を目指さないかと提案される。
戦争で両親を亡くしたパラスを気遣うアテナだったが、
パラスは「アテナと一緒なら」とその道を受け入れる。
こうして二人の少女は、王城での新たな生活と、
兵士になるための厳しい訓練の日々へと、その一歩を踏み出すのだった──。
Episode:新生
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ここは世界の四大国、東の国ランスニュイア。その王城の、さらに小さな一角。
アストライアと彼女に仕える者たちが住む、男子禁制のエリアである。
アストライアに使用人として仕えることを決めた、翌日の早朝。
アテナとパラスは、寝泊まりしていた客室で、同じベッドに寄り添い、
まだスウスウと安らかな寝息を立てていた。
ベッドの脇では、アストライアが腕を組み、険しい表情で二人を見下ろしている。
その一歩後ろには、相変わらず無表情のアヤが、背筋を伸ばして直立していた。
「……起こしたのか、アヤ」
「はい、大佐。扉を叩きましたが、一向にお目覚めになる気配がありませんでした」
その報告を聞くと、アストライアは深く、大きく息を吸い込む。
アヤはその動作を合図に、表情を変えぬまま、そっと両手で自身の耳を塞いだ。
「起床おおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!!!」
まるで地鳴りのような怒声が、部屋中に響き渡る。
窓の外では、驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。
体を大きく跳ねさせて飛び起きたパラスは、
状況が理解できずに息を荒げ、涙目で心臓を押さえる。
「起きろ! 貴様らはいつまで客人気分でいるつもりだ!」
「にゃ!? 」
アストライアの怒りに満ちた形相に、パラスは悲鳴を上げてベッドから飛び出した。
すかさずアヤがパラスに着替えとタオルを手渡し、洗面所へと向かわせる。
グシャグシャの寝ぐせ頭のまま走り去るパラスを見送り、
アストライアは再びベッドに視線を戻した。アヤも定位置に戻り、冷静に報告する。
「大佐。まだお一人が、安らかに眠っておられますが」
「…………」
先ほどの怒声などまるで意に介さず、
アテナは気持ちよさそうによだれまで垂らして眠りこけている。
その間抜けな寝顔を見下ろし、アストライアは怒りの沸点を必死に保ちながら、
一度だけ鼻で深く息を吸った。そして――
「……アヤ、やれ」
「かしこまりました」
アヤはワゴンに用意してあったフライパンとおたまを手に取ると、
熟睡するアテナの耳元で、力いっぱいカンカンと打ち鳴らし始めた。
幾度となく叩きつけるが、アテナは起きる気配すらない。
やがて、アヤの細い腕が限界を迎え、プルプルと震えだすのを見かねて、
アストライアは手で「止め」の合図を送った。
さすがにポーカーフェイスを保てないアヤが、
俯いてゼェゼェと息を切らしている。
すると、元凶であるアテナが、もぞもぞと布団の中で動き出した。
(ようやく起きたか……)
アストライアとアヤが、期待を込めてベッドを覗き込む。
「んん……パラスぅ……おしっこなら、一人で行ってきてよぉ……zzz」
おかしな寝言と共に寝返りを打っただけで、アテナは再び静かになった。
その瞬間、アストライアの堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。
彼女の口元には、怒りを通り越した、恐ろしい笑みが浮かんでいる。
チラリとその顔色を窺ったアヤは、恐ろしさのあまり目を見開いて二度見した。
「フ、フフ……。アヤ、バケツを持ってこい」
「か、かしこまりました……」
アヤが急いで用意した金属製のバケツを受け取ると、
アストライアはそれをアテナの頭にすっぽりとかぶせた。
そして、熟睡するアテナを睨みつけたまま、アヤに手を差し出す。
「よし、そのおたまを貸せ」
「は……はい……」
手渡されたおたまを、アストライアは力いっぱい振りかぶる。
アヤは両耳を塞ぎ、目を固く瞑った。
そしてついに、矯正の鉄槌が、かぶせたバケツをめがけて振り下ろされた。
「起きろ!!!!!」
「むぎゃああああっ!?」
凄まじい音と衝撃に、さすがのアテナも飛び起きた。
本来の使い方ではないおたまの先端は、
キラキラと綺麗な弧を描いて宙を舞い、床に落ちる。
アストライアは壊れた柄を無造作に放り投げると、
すぐさまアヤがその残骸を回収した。
「な、ななな、なんだぁ!?」
状況が理解できないアテナが、凹んだバケツを頭から外すと、
そこには鬼の形相のアストライアが腕組みをして立っていた。
「アテナ。貴様、今日から私に仕える身だな?」
「は、はい…… 言いました」
「主より遅く起きる使用人がどこにいる。初日から随分と豪気なことじゃないか」
「は、ハイ スンマセンシタ……」
「食事だ!さっさと準備して居間に来いッ!!」
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トボトボと洗面所へ向かい、顔を洗い、アヤから渡されたタオルで顔を拭く。
着替えはアヤと同じ、紺色の地味な修道服のようなものだった。
それに袖を通し、アストライアに言われた通り居間へと向かう。
そこでは、上座にアストライア、そしてパラスと、もう一人、
見知らぬ少女が席についていた。
どうしていいか分からず立ち尽くすアテナに、アストライアが席を示す。
「アテナはそこへ座れ」
「あ……はい……」
言われるがままパラスの隣に座ると、
焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
アヤがワゴンを押して現れ、それぞれの席にパンを配り、
スープを注ぎ、ミルクを置いていく。
アストライアの前だけは、パンと、コーヒーが用意された。
配膳を終えたアヤは、身に着けていた頭巾を外し、自分の席につく。
「お待たせいたしました、大佐。準備が整いました」
「うむ。では、祈ろうか」
皆が手を組み、静かに祈りを捧げる。パラスはすぐにその動作を真似た。
アテナも、皆の様子を窺いながら、一歩遅れてぎこちなく手を組む。
「では、いただこう」
その言葉を合図に、皆が「いただきます」と声を揃えた。
日頃からオルファリスの教えをよく聞いていたパラスは、
この礼儀作法にもすぐ適応した。
しかし、堅苦しい話が苦手なアテナは、皆についていくだけで精一杯だった。
生まれて初めての、慣れない挨拶。
「い……いただきます……?」
静かな食事の中、アテナはパンに手を付けず、じっと自分のお腹を押さえていた。
――食欲が、わかない。
あの日以来、全く食事をしたいと思わない。
その奇妙な感覚に、言い知れぬ不安が募る。
(でも、残したらまた怒られるかも……)
そう思うと、アテナは目の前の食事を、無理やり口に詰め込み始めた。
パンを食べ終えたアストライアが、コーヒーを飲みながら、
新しい使用人たちを紹介しはじめる。
「食べながらですまないが、紹介する。二人が新しく加わるアテナとパラスだ。」
すると見知らぬ少女は、パァっと明るい笑顔を見せた。
「わぁ! リゼット=リスタニアっていいますです! 仲良くしてくださいです♪」
オレンジの髪を後ろで二つに結び、
自分たちよりも幼そうな小柄な少女、リゼット。
ようやく現れた明るい雰囲気に、アテナは少しだけほっとした。
「私がアテナ! こちらこそよろしくね、リゼット!」
「えへへ、気軽にリゼとお呼びください。よろしくです♪」
「リゼちゃん!かわよいー!へへへ!」
アテナとリゼットが親しげにするのを、
パラスは少し面白くなさそうに横目で見ながら、黙々とスープを飲んでいた。
アストライアが続けて話し出す。
「アヤは、もう紹介は不要だろう。客人であった間、世話をしていたはずだ」
「改めまして、アヤと申します。よろしくお願いいたします」
立ち上がり、キリッと両手を前に組み、深々とお辞儀をするアヤ。
しかし相変わらず無表情で、その視線はどこか遠くを見ているようだ。
アテナは、この子がやはり苦手だと感じつつも、場を繋ぐために尋ねた。
「そいやアヤは、家名はなんていうの?」
その何気ない質問に、アヤの表情が、初めて明確に曇った。
わずかに視線を泳がせ、困ったように口ごもる。
すると何故かアストライアがため息交じりに口を挟んで返答した。
「……マキナーシブル。アヤ=マキナーシブルだ」
「そ、そっか……。改めてよろしくね、アヤ」
更にアストライアはその話を流すように、テキパキと指示を出す。
「まず、部屋を割り振る。アヤはアテナと、リゼは空き部屋へ移動し、
パラスと同室で生活してくれ。何かと不便であろうからな」
そして、アヤとリゼットに視線を送る。
「私は今日、会議で一日潰れる。午前中にリゼの荷物移動と、
新入り二人に城内の説明、簡単に仕事内容や、決まり事を教えてやってくれ。
それが終わったら、当番時間まで各自部屋で自習だ。いいな」
使用人4人は返事を返した。
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先輩二人に連れられ、アテナとパラスは上階の古びた部屋へとやってきた。
音を立てて開いた扉の先は、客間とは違う、質素な小部屋だった。
アヤが窓を開けると、光が差し込み、二つずつ並んだベッドと机、
そして大きな本棚を照らし出す。
窓から吹き込む爽やかな風に誘われ、
アテナは窓辺へと歩み寄った。そして、そこに広がる景色に、息を呑む。
眼下には、広大なランスニュイアの城下町が一望できた。
生まれてから村と酒場宿しか知らなかった少女は、
その光景に胸の高鳴りを抑えきれなかった。
「では、始めましょう。リゼは自分の荷物をまとめてください。
パラスとアテナは、私ともう一つの部屋へ。そこの掃除をします」
アヤがテキパキと指示を出す。
リゼットとパラスは即座に返事をしたが、アテナだけは一つ提案をした。
「アヤ、ちょっと待って! その……丁寧な言葉遣いは、もうやめない?」
「?……どういうことでしょうか」
「だってもうお客さんじゃないし、仲間でしょ?
もっと友達みたいに話したいなって!息詰まっちゃうなって!」
これからアヤとの共同生活を余儀なくされたアテナは、
ぎこちない笑顔を交えて、必死で自分の考えを訴えた。
しばらく口元に手を当てて考え込んでいたアヤ。
すると、リゼットがくすくすと笑いながら助け舟を出した。
「アヤは元々、誰に対してもこんな話し方なのですよ。
アヤはアヤらしい方が、リゼは嬉しいのです♪」
すると突然、アヤが何かを閃いたように顔を上げた。
「なるほど……確かにアテナのご意見、その通りかもしれませんね」
「でしょー!?へへへ!」
「まあ……」
「ん?」
「……前向きに考えておきますね」
ガクッと肩を落とすアテナ。そのやり取りを、
パラスはポカンと眺め、リゼットは楽しそうに見つめていた。
こうして、ぎこちないながらも、四人の少女たちの新たな生活が幕を開けた。
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その夜、アテナは一人、薄暗い洗面所で膝を抱えていた。
誰にも相談できない、この身体の異変。
昼間に無理やり詰め込んだ食事は、胃が受け付けず、
すべて吐き出してしまった。
冷たいタイルの感触が、震える素足から体温を奪っていく。
「はぁ……はぁ……うっ……」
こみ上げてくる吐き気と、得体のしれない恐怖。
小さな少女の身体は、誰にも知られず、必死にその苦しみに耐えていた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
今回はコミカルな回となりました。
アヤとアテナの共同生活はどうなってしまうのでしょうか。
アテナの身体の謎も気になります。次回へ。