「こちらヒオウギポケモン相談所です」   作:サブレ.

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ヌメラ事件【1】

ヒオウギシティの片隅に、大きな庭を持った古い家が一軒立っている。プラズマ団の活動が鎮火した今でも、奪われたポケモンや誘拐されたポケモンなどに関するトラブルは残っている。

そういったトラブルの解決を請け負うのが、ヒオウギシティに居を構える相談所だ。メンバーは二人ともジムバッジを八つ集め、四天王を倒し殿堂入りを果たし、各地のジムリーダーや元チャンピオンともコネクションを持っている実力者である。

二人のトレーナーと十二匹のポケモンは、今日もルーチンワークとなった「仕事が入りませんように」という願掛けをしてから、事務所の鍵を開けるのだった。

 

 

「キョウヘイ、仕事だ」

「うーわ……誰から?」

「ヤーコンさん」

「じゃあ依頼主は元プラズマ団の保護施設か」

 

朝の祈りも虚しく仕事が入ったことに若干うんざりしつつ、キョウヘイがキッチンから朝食を運んでくる。

仕事の都合上で同居しているため、料理は交代で行っているがメニューは毎日ほとんど変わりない。

 

インスタントコーヒー、ミルクとシュガー。

トーストしたベーグル、たっぷりのバター。

大ぶりのソーセージ、粒マスタード添え。

強い酸味のあるピクルス。

真っ白なヨーグルト。

 

作業といえば買いためておいた冷凍ベーグルをトースターで焼き、電子ケトルでお湯を沸かし、フライパンで決まった数のソーセージを焼くことくらいだ。あとは冷蔵庫から毎日同じものを出すだけ。

ポケモンたちにもフーズをそれぞれ出して並べる。十二匹のポケモンがそれぞれご飯を食べるのを横目に、ヒュウとキョウヘイは、会話をしながら淡々と目の前の朝食を詰め込み始めた。

 

「出発っていつになる?」

「十時だな。対象はドラゴンタイプの幼体のポケモンらしいぜ」

「ああ、金になりそうな」

 

ヒュウが頷いた。

悲しいかな、このような仕事をしていると発想が常にそちらに引っ張られる。そして、その思考に慣れていた方が、持ち込まれる事件の解決も早いのだ。

ドラゴンタイプの発言を聞いて、食事をしていたヒュウのフライゴン、キョウヘイのサザンドラがそれぞれ首をトレーナーに向けた。

 

「密輸?違法繁殖?」

「密輸。パスポート必要になりそうだな」

「念のため着替えも用意しておくか。すぐ出発できるようにしておこう」

 

食事と会議を同時に終え、コーヒーを流し込む。即座に立ち上がり、食器を食洗機にセットしてスイッチを入れると、二人はそれぞれの自室に駆け上がった。

大きな旅行鞄に当分の着替えや道具などを詰め込み、貴重品をまとめてウエストポーチにしまう。

ポケモンたちもこのような事態に慣れきっているため、二人が降りてきた時にはすでに準備ができていた。ヒュウのフライゴンとキョウヘイのサザンドラを残して、全員がボールに入っている。ヒュウがざっと部屋を見渡して戸締りを確認している間に、キョウヘイが留守の間のハウスキーパーの手配を行う。

 

「準備できたぜ」

「じゃあ、行こう」

 

空を飛ぶ用のハーネスを手早く取り付け、荷物と共に背中に乗り込む。

十時ちょうど、二匹のドラゴンがヒオウギシティから飛び立った。

 

 

 

「待っていた。すまない、世話になる」

「お久しぶりです」

 

元プラズマ団の保護施設、その大きな建物の庭先で待っていたのは、保護施設の代表であるロットだ。

ヒュウ自身は彼らに対して複雑な思いがあるものの、今の活動がポケモンたちにとって必要なものであることは理解している。ポケモン相談所を開設してから何度も彼らと関わることが増え、自分なりの折り合いをつけたのも随分と前の話だった。

二人は連れてきていたポケモンを全員ボールから外へと出した。ポケモンたちも慣れたもので、保護ポケモンの中にはキョウヘイたちの手持ちに遊びをせがむものも多い。

ヒュウとキョウヘイは、それぞれ最古参の相棒であるエンブオーとジャローダのみを引き連れて、建物の中へと入った。

 

「それで、密輸されたポケモンは何処に?」

「こちらです」

 

施設のメンバーの一人が、えっちらおっちら運んできたのはプラスチック製の、どこの町でも売っていそうなバケツだった。それが床に置かれる。ヒュウとキョウヘイが中を覗き込むと、ピンクと薄紫のまるい生き物が入っていた。

バケツはそれなりに身動きがとれる余裕があるため、ヌメヌメと左右に体を揺り動かしながら上機嫌に歌っている。

ジャローダとエンブオーが、興味深そうにバケツの中のポケモンと目を合わせた。

 

「初めて見るポケモンだ」

「ヌメラという。シャガさんに確認してもらった、間違いない」

「ヌメラ?イッシュにはいないポケモンだな」

 

キョウヘイが手元の端末でヌメラについて検索する。ポケモン図鑑の説明の音声解説機能を使いつつ、ロットにヌメラがここに来るまでの状況を質問する。

 

「健康状態は?」

「保護時点では胃の中に異物があったため弱っていた。すでに摘出済みであり、現段階では先天性の異常はあるものの概ね健康、という診断結果が降りている」

「異物は何ですか?」

「ドーピング系の違法薬物だ。ヌメラとは別で売る予定だったようで、瓶詰にされた上にビニールで梱包済みのため吸収された形跡は見られない」

「データ貰えますか」

「無論、用意してある」

 

ポケモンを密輸する際、胃の中に違法薬物や道具を飲み込ませることは珍しくない。ポケモン一匹を移動させるだけで儲けが増えるためだ。

ヒュウが自分とキョウヘイの端末にヌメラの体内から取り出された違法薬物のデータを転送している間に、キョウヘイが追加で質問を重ねる。

 

「どの地方から?」

「ガラルの方だな。証言も取れた、間違いないと見ていい」

「ヌメラの年齢などは」

「恐らく生後十日前後だ。ソウリュウシティのポケモンセンターのドクターに出張を依頼して確かめた。しかしヌメラを診たことはないそうで、恐らく、とのことだが」

「イッシュ地方におけるヌメラの末端価格は」

「この程度だな。最新相場だ」

 

善良なトレーナーなら眉を顰めるリストを手渡され、キョウヘイはざっと内容に目を通す。

ヌメラはそもそも最弱のドラゴンと図鑑に記載されるような種だ。また、シャガやアイリスといった著名トレーナーの手持ちというわけでもない。自然、イッシュ地方におけるヌメラの需要は低く、密輸してでも欲しがる人間がいないせいか、価格はドラゴンにしては最底辺に近かった。

 

「これだけなら、僕たちに依頼をするほどではないでしょう。何か他に気になることが?」

「まず、このヌメラはかなり人慣れ、ポケモン慣れしている」

「確かにそうですね」

 

キョウヘイがヌメラに視線を移す。ヒュウが端末で違法薬物についての情報を読んでいるが、ヌメラがそれを覗き込もうとしてバケツから落ちそうになり、ジャローダによってバケツの中に戻されていた。

 

「次に、予防接種の形跡がないにも関わらず、注射を理解していた」

「……それは奇妙ですね」

「嫌がってはいたが、逃げ出そうとはしなかったそうだ。これは伝聞になるが…」

「十分です。このヌメラはトレーナーの手で孵化した個体である可能性が高い、という訳ですね。念のため確認します、ガラルのポケモン孵化からトレーナー登録までの猶予期間は」

「十五日だ」

「範囲内ってことですか」

 

トレーナーがたまごからポケモンを孵した場合、生まれたポケモンのトレーナー登録が必要だが、地方で多少の差はあれど二週間から二十日程度の猶予がある。人間でも出生届の提出期間がある程度設けられているのと同じだ。

生後十日程度のヌメラのトレーナー登録がないのは、そうおかしな話でもない。

 

「君たちへの依頼は、ガラルでこのヌメラのトレーナー、そして密輸ルートの捜査だ」

「検疫などの手続きは済んでいます。こちらが委任状と紹介状、許可証です」

「話が早いな」

「ドラゴンだからシャガさんが噛んでるんですね」

 

キョウヘイがざっと全ての書類を広げ、全てにシャガのサインが入っていることを確認した。ヒュウにはロットの部下から、黒いクレジットカードを二枚、飛行機のチケット、ガラル全域と取っているホテルのある街の地図を差し出される。

 

「期間は?」

「最長で一月。ヌメラの保護に関してはキバナというガラルのドラゴンタイプのジムリーダーに委任できるよう手配済みだ」

「報酬は、いつもの相場で振り込みます。明日に前金をお支払いするので、ガラルで確認を」

 

その後、細かな報酬や仕事内容について詰め、ヌメラの仮トレーナー登録を済ませると、二人は再び二匹のドラゴンに跨る。

その数時間後には、二人は空港の保安検査を通り抜け、ポケモンではない手段で空の上にいた。

余談だが、二人はエコノミーで構わないと何度も主張しているにも関わらず、依頼時に手配される座席はファーストクラス、最低でもビジネスクラスである。

ガラル行きの便であるため、座席にはガラル地方の雑誌が置かれていた。キャビンアテンダントからドリンクを受け取りつつ、パラパラと雑誌をめくりながら、軽い雑談をする。

 

「へえ、ガラルのジムリーダーって芸能人みたいな立ち位置なんだ」

「興行化は進んでるよな。イッシュの興行バトルっていったらバトルサブウェイのイメージが強いか?」

「あれはどっちかというとガチ勢御用達だと思うけど……でも、他地方のプロトレーナーからも評判いいよね、バトルサブウェイ」

「あとはポケモンワールドトーナメントか。でもあれは年一のお祭りみたいなもんだし」

「他所様からゲストお招きしてやるお祭りだから、一地方で完結している毎年恒例のお祭りって意味では負けるか」

「そういやアレってガラルのジムチャレンジシーズン外か?」

「じゃないとガラルの人来れないよ。一昨年だっけ?ガラルのマクワさんとメロンさんが参加したの」

 

イッシュで言えばハチクやカミツレ、あとはホミカのような扱いを全てのジムリーダーが平等に受けている。バトルサブウェイのサブウェイマスターも名物トレーナーではあるものの、車掌という役割を持つため、ここまで派手な顔出しはしていない。

ガラルとイッシュのジムリーダーについて議論を重ね、機内食を軽く食べ終えると交代で仮眠をとる。

数時間に及ぶフライトは、そうやって過ぎていった。

 

 

 

ガラル国際空港。

二人はポケモンの検疫や手荷物検査を素早く終えて、アーマーガアタクシーに乗り込む。ファーストクラスの便に乗ったため、専用窓口を使い非常にスムーズに空港を出ると、アーマーガアタクシーを使ってまずはシュートシティへと赴く。

 

「えっと……まずガラルヤードに捜査許可証貰って、リーグ本部に顔出して、スマホロトム契約して……ブラッシータウンは明日だっけ?」

「……あー」

 

キョウヘイがイッシュで事前に打ち合わせた、捜査前の手続きや挨拶について復習している中、ヒュウの表情は浮かない。

訝しむキョウヘイを前に、ヒュウは黙々とスマホを操作していたが、やがて目的のページを開くと画面をキョウヘイに向けた。

 

「今回の事件、相当大荒れするぜ」

「えっ、……あー」

 

画面の文字を読んだキョウヘイが、きゅっと口元を歪める。

ヒュウのスマホにはデカデカと派手なフォントで、【ジムリーダーキバナ、ポケモンへの違法薬物使用容疑で逮捕!】と表示されていた。

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