「イッシュ地方からポケモン及び違法薬物密輸について捜査のため来ました、ヒオウギポケモン相談所のヒュウです」
「同じくキョウヘイです」
「ご丁寧にどうも。ガラルヤードシュート本部捜査二課密輸事件担当のポピーです。トレーナーカードとジムバッジの確認にご協力を」
「どうぞ」
「ありがとう」
シュートシティにあるガラルヤードのシュート本部にて、ヒュウとキョウヘイはガラルにおける活動のための手続きをしていた。シャガからの推薦状、イッシュ地方における捜査協力許可証のコピー、殿堂入り登録がされたトレーナーカード、パスポートなどを提出する。
やがて、二人にネックストラップ付きのカードケースに入った、ICカードが渡された。
「捜査資料が必要な場合は職員にこちらのICカードキーを提示してください。期間は一ヶ月間となり、それを過ぎると使えなくなります。万が一紛失した場合はすぐにご連絡を。各地のジムリーダーにご用の場合は、一度所轄の警察署を通せば話が早いと思います」
「ありがとうございます」
「ま、そんな余裕があるとは思えないけどな」
「お恥ずかしながら……」
ガラルヤード本部には多くのマスコミが特ダネの瞬間を今か今かと待ち侘びていた。トップジムリーダー・キバナの違法薬物使用疑惑による緊急逮捕という大スキャンダルがあったのだ、無理もない。
本部だからこそ集まっているのはマスコミ程度で済んでいるが、リーグ本部やナックルシティのジムがどのような惨状であるか、考えるだけで二人はうんざりしてきた。その二つに避けられない用事があるので、なおさら。
気を取り直して、ガラルヤード本部での仕事を思い出す。
「事前にメールで申請していた、過去十年の密輸事件における捜査資料の閲覧を希望します」
「わかりました。準備できています、こちらにどうぞ」
案内されたのは、奥の方にあるこじんまりとした会議室だった。編纂された資料が積み上げられているが、“少ない”というのが二人の感想だった。つい最近までプラズマ団が大暴れしておりいまだに元幹部が潜伏しているイッシュと、十年近く前に大規模犯罪組織が検挙され平和そのものであるガラルとでは、母数となる密輸事件の数そのものが三倍程度違っているのだが。
「部屋の外に部下を待機させておきます。退出の際はお声がけを。また、資料の閲覧は十六時時までとさせてください」
「十分です、ありがとうございます」
現在時刻は午前八時。きっかり八時間の余裕がある計算となる。
持参していたミネラルウォーターと携行食を取り出すと、二人は猛然と記録資料をめくり始めた。
携行食とミネラルウォーターによる補給も最低限に、八時間みっちりと資料を確認した二人はお礼もそこそこにガラルヤードシュート本部を後にした。
少し離れて、尾行や聞き耳がないことを確かめた上で、二人ははあっとため息をつく。
「……少ねえ!」
「ものすごく内容薄かったね……でもほら、収穫はあったし!」
「喜びたくねえだろ……これで資料が全部か確認しても『イッシュと違って平和なので』って薄ら笑い返されたじゃねーか」
「まあ事実だけど、あれはないと思う」
キョウヘイが真顔で言い切った。あの部屋での収穫は確かにあったが、記録の薄っぺらさや、そこはかとなく二人を見下した態度に心の中で何度舌を出したことが。
明日以降も必要なら協力すると、一応ポピーからの申し出があったが、頼る気にはなれないというのが二人の総意だった。
シュートシティを歩いて、次は約束のリーグ本部を目指しているが……困ったことに、気温が下がりつつあるこの時間でも、リーグ本部周囲には多くの人だかりができていた。
説明責任を、リーグの怠慢、そんな叫び声を潜り抜け、警備員に自身の名前と約束がある旨を伝える。やがてやってきたスタッフによって中に通されるが、その背中にも余所者のヒュウとキョウヘイのみが通されることに対する罵倒が飛んできた。
「すげえな」
「申し訳ありません、まさかこんな事態になるとは」
「大丈夫です、気にしてませんから」
「俺もです」
「お飲み物のご要望はございますか?」
「お任せします」
重厚なアンティークの家具で統一された応接室に通される。委員長をお呼びします、少々お待ちくださいという言葉と共に案内人がいなくなる。人間の代わりにイエッサンが器用に二人に紅茶とケーキを出してくれた。
白をベースに薄いグリーンで縁取られた貝殻を思わせるデザインのティーカップとソーサー、ティーポット。
シュガーポットにたくさん入った角砂糖。ほどよく温められたミルク。
生クリームを少々添えた甘さ控えめのガトーショコラ。
持ち手に精巧な細工がなされたスプーンとフォーク。
二人は物怖じせずにティーカップを手に取ると、紅茶を飲み、ケーキを口にする。頭をフル回転させた直後のために甘いものが欲しかった。
一杯目は角砂糖を五つ、おかわりの二杯目の紅茶は角砂糖を一つとミルクを多めに入れて。イエッサンの耳を気にしつつ軽い雑談のように現状を整理しつつ待つこと二十分。
約束の時間を大幅に過ぎた頃にようやく、目当ての人物が応接室に顔を覗かせた。即座に二人が立ち上がる。
「待たせて申し訳ない!」
「初めまして、ヒオウギポケモン相談所のヒュウです」
「同じくキョウヘイです」
「ガラル地方ポケモンリーグ委員長のダンデだ。このような事態だが、会えて嬉しいよ」
ダンデと握手を交わし、改めてソファに座る。ダンデの秘書役にアデクとシャガの共同署名が入った紹介状を手渡した。
「……確かに。ガラルヤード、及びイッシュ地方のポケモンリーグからの要請も確認している。我々ポケモンリーグは、君たちの捜査を全面的に支援しよう」
「ありがとうございます」
「とはいえ、正直かなりバタバタしていて、どこまで手伝えるか分からないんだが……」
「仕方ないですよ。此方の自由にさせていただけるだけで十分です」
「そう言ってもらえると助かる」
肩を落としたダンデに、立場のある大人って大変だなあと、二人はポケモン相談所を立ち上げてから何度目になるか分からない感想を持った。
ポケモン相談所は、露悪的に表現していいなら“ポケモンリーグの下請け”だ。大きな組織にはどうしても付きまとう面倒な手続きや申請、それらをスキップして即座に動けるために敢えて別の組織として作られた事務所。
その分報酬など様々な便宜は図られており、責任というものもリーグ上層部やジムリーダー四天王などよりはだいぶ軽いため、ある意味気楽ではあった。
細かな条件を軽く詰めて、ダンデは早々と応接室を立ち去った。それを見送って、二人もソファから立ち上がる。イエッサンが外まで見送りに来た。
「マスコミが沢山いる」
「リーグ本部でこれから、ナックルのジムって……」
裏口を通り、フライゴンとサザンドラが盾になるようにして、二人はマスコミのカメラを遮りつつアーマーガアタクシーに乗り込んだ。ブラッシータウンまで移動し、あらかじめ予約しておいたホテルにたどり着いた頃にはどっぷりと日が暮れていた。
「予約していたメルヴィルです」
「お待ちしておりました」
ホテルマンの案内を受けて到着したのはよくあるタイプのツインの部屋。ポケモンを出すのは明日にして、チキンが挟まったサンドイッチを齧りソーダ水で流し込む。
「明日の予定、どう思う?」
「すごく大変なことになると思う。明日の予定は、午前はマグノリア博士に会ってヌメラの健康診断を任せて、その間にワイルドエリア用のキャンプ道具を揃える。昼食後にヌメラを回収して、午後にナックルシティの予定だったけど」
「ひどい騒ぎだろうな」
ヒュウがホテルに備え付けのテレビをつけた。どこもかしこも特番でナックルシティのジムリーダー、ドラゴンストームについて放送している。
憶測、事実、糾弾。ありとあらゆる感情が目まぐるしく飛び交いながら、一人の青年についてひたすら追求している。
買ってきた新聞をめくりながら、ヒュウがつぶやいた。
「無敵のダンデの長年のライバルが、ドーピング疑惑なあ」
「でも、そもそも僕たち、キバナさんのこと何にも知らないよね」
「今検索しても検索結果は汚染されてるだろうしな」
「ナックルシティに行った後は古本屋に行こうか。きっといろんな雑誌が投げ売りされてるよ」
熱心なファンほど裏切られたときの反応が怖いものだよ、と語っていたのは、ここにはいない彼らのもう一人の幼馴染。彼女はジムバッジを八つ集めたが、その後四天王に挑むことなく、ポケウッドで女優の道を歩んでいる。
イッシュに残っている幼馴染を思い出しながら、二人はテレビの過熱報道を流し見つつ、順番にシャワーを浴びるとベッドの中に潜り込んだ。
ポケモン研究所で、挨拶もそこそこにマグノリア博士にヌメラを預ける。このヌメラは極めて珍しい先天性異常を持つ個体であり、ヌメラが生息する地方のポケモン研究所で本格的な検査をしてもらった方がいいという結論に至ったのだ。
先天性技不全。
ポケモンというものは、たとえたまごから孵った直後でも、なにか一つは技を覚えているものだ。しかしこのヌメラはそれができない。何一つとして技を覚えていない、極めて珍しい先天性疾患を抱いたヌメラだったのだ。
この疾患についてマグノリア博士に問われ、二人揃って「違法トレーナーでも制御しやすそう」という回答をしてしまい、冷ややかな目で見られたのはつい先ほどの話だ。
「とにかく、午前中いっぱい、このヌメラは預かります」
「よろしくお願いします。それと、この辺りでキャンプ用品を扱っている店を教えてください」
「ワイルドエリアに行くつもりですか?」
「はい」
「そうですね……」
マグノリア博士に教えられた店で、二人は金に糸目をつけず必要なものを買い揃えた。こういう時に金を出し惜しみすると後々大変なことになると、決して長くない相談所の活動で嫌というほど知っていた。
それから、やや悪趣味な気配を漂わせる雑誌を購入した。もちろん一番上にキバナの記事が大きく載っていた。
「【トップジムリーダーの闇!】だって」
「サカキみたいな扱いだな」
ロケット団のボスでありながらジムリーダーを務めていた悪の傑物のことを思い出しながら、その雑誌を会計した。
ヌメラの迎えに行くと、カバンから頭だけはみ出した雑誌を見て、マグノリア博士は悪趣味だと言わんばかりに顔を顰めた。ヌメラはそれなりにヒュウとキョウヘイに懐いているようで、ヌメヌメ言いながら二人の元へとえっちらおっちら駆け寄ってきた。
「受け取ったカルテと相違ありません。バトルにさえ気をつければ問題ないかと」
「進化もできるんですか?」
「ええ。しかしバトルによる経験値の獲得は極めて難しいでしょう。飴やポケじゃらしを使うのが現実的でしょうね」
「ありがとうございます」
ヌメラはイッシュの時に入っていたバケツがよほど気に入ったらしい。自分でバケツを引っ張ってくるとその中に自ら入り込んだ。ヒュウのケンホロウが持ち手を嘴で咥えて持ち上げると、まるでブランコで遊んでいるかのように喜んでいる。
「この後の予定はあるのですか?」
「昨日時間が押して店に行けなかったので、今日これからスマホロトムを契約に。それからナックルシティでジムに顔を出します。明日は一日休んで、明後日からワイルドエリアにおける調査を開始する予定です」
「そう。気をつけて」
マグノリア博士に見送られ、ようやくブラッシータウンの店でスマホロトムを契約した。ふわふわと周囲を飛び回るスマホを興味深く観察しながら、アーマーガアタクシーに乗る。行き先を告げると乗務員に露骨に嫌な顔をされたが、割増料金でなんとか納得してもらった。
そうして、乗り込んだナックルシティ。
「……なんだこの混沌」
余所者である二人が唖然とするほどに、古都ナックルが混乱状態に陥っていた。
キョウヘイの手持ち
ジャローダ
ルカリオ
キリキザン
ゾロアーク
サザンドラ
ウルガモス