東方霊恋帖   作:冷ヤクミ

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「あの男、放っておいて良かったのですか?」

「博麗神社の件でしょう?まぁ、いいんじゃないかしら」

 

 ここは外界からも幻想郷からも隔たれた場所にある秘境。そこに住まう美女が二人。一人はフリルのドレスに道士風の前掛けに身を包み縁側で茶を啜るのが幻想郷の賢者、八雲紫。そして彼女の式神であり、今しがた紫に茶のおかわりを持って来た九尾の名は八雲藍。

 

 二人は博麗神社に増えた居候について話をしていた。

 

「ここ数日、彼の事を見ていたけど、特に害は無さそうだし、それに、」

「それに?」

 

 勿体ぶる様に茶を啜る紫。嬉しそうな、それでもちょっぴり寂しそうな主を見ながら藍は続きを促す。

 

「彼、霊夢に惚れてるっぽいのよね」

「はぁ」

「霊夢には博麗の巫女としての責務で女の子っぽい事なんて一つもやらせてやれなかったし、最近は異変も無くて忙しくも無いし、たまには良いんじゃ無いからしら?こうゆうの」

 

 それは八雲紫の親心の様な物であった。先代の博麗の巫女が予期せぬ形で居なくなった事もあり、霊夢には幼い頃から博麗の巫女となる為に厳しい修行を課してきた。それにより彼女は本来の少年少女達が送るべき多感な時期を修行のみで過ごしてしまっている。

 

 師として過ごし、親として接せれ無かった紫は霊夢の大切な時間を奪ってしまった事に以前から引け目を感じており、だからこそ、伊賀尚介という男の登場は霊夢にとってプラスに働いてくれるのでは無いかと思っているのである。

 

「まぁ、悪くはならないでしょう」

「紫様がそう、仰るなら」

 

 恋なんてものは経験でしか得られないのだ、どう転ぼうと見守ってやろうと考えながら賢者はスキマを開き二人を見守るのだった。

 

────

 

 博麗神社に尚介が居候を初めて数日が経った。尚介は霊夢の反対を押し切り神社の家事担当としてせっせと働いていており、最初はハラハラと見守っていた霊夢だったが、折れた足に負担をかけずに器用に家事をこなす尚介を見て諦めたのか完全に家事は尚介に任せていた。もうすぐ出来るであろう夕飯の匂いを嗅ぎながら茶を啜る霊夢。そんな彼女の前に現れた影に彼女は顔を顰めた。

 

「あら、話と違うのね。博麗の巫女が結婚した、なんて聞いたから見に来たけど、実際はコマ使いを雇っただけ?」

「レミリア、こんな時間になんの様?」

「おあいにく様、これからが私の時間よ。おはようございますってね。咲夜」

「かしこまりました」

「はいはい、こんばんわ」

 

 紅魔館の主レミリア。彼女が従者である咲夜に声を掛ければ咲夜は消え台所が騒がしくなる。彼女が抱えてたカバンには食糧が入っていたのを見るに晩飯にまで居座る気なのを察して霊夢は更に顔を顰める。

 

「そんな顔しなくていいじゃない。皆んな気になってるのよ貴方の旦那」

「旦那じゃ無いわよ、居候!なんでそうなるのよ」

「だって、咲夜!」

「はい、こちらです」

 

 レミリアが呼べば咲夜が現れ、霊夢に一枚の新聞を渡してくる。すぐさま台所がまた騒がしくなる所を見ると消えたり現れたりする咲夜に尚介は目を白黒させているのだろう。

 

 読めばそれは『文々。新聞』、日付を見ればあの鴉天狗との鬼ごっこの次の日である事が分かる。この新聞、実は霊夢の所にも投げ込まれていた。しかし、いつもの癖で投げ込まれると同時に燃やした霊夢は読んどけば良かったと後悔していた所であった。

 

「やっぱりこれのせいね」

「それの、ほらこれ」

 

 新聞の一面を飾る見出しを指さすレミリア。そこには霊夢と尚介の関係を邪推と妄想で固めた記事が広がっていた。

 

「何よこれ!フン!」

「あぁ、窓拭きに使うのに」

「あの鴉!次に会ったらただじゃ置かないんだから!」

 

 新聞を燃やし今すぐにでも飛び出そうとする勢いで怒る霊夢。レミリアはそれを見て少し変わったなと思った。どうやらあの男にだいぶ振り回されているらしい。少し前ならばこんなにも感情を露わにせず、飄々とした態度で根も葉も無い噂など数日で収まるとどっしりと構えるタイプじゃ無かっただろうか。

 

 レミリアは俄然、伊賀尚介という男に興味が湧いた。あの博麗霊夢が変わったのだ、よっぽど相性がいいのか、それとも変わり者なのか。この目で見定めてやろうと足をバタつかせながら笑うのだった。

 

 

 

「貴方、料理上手なのね」

「ん?まぁ一時期はこれで飯食ってたこともあるからな」

 

 台所では増えた分の晩飯を尚介と咲夜が並んで作っていた。

 

「聞いてるわよ?貴方、忍者なんでしょう?それが料理で稼いでたなんて、忍者も世知辛いのね」

「そんなんじゃないよ、昔ちょっとな」

「そう」

 

 尚介の寂しそうに遠くを見るような目を見てこれ以上咲夜は追及はできなかった。

 

 

 

 ちゃぶ台に並ぶ料理を見てレミリアは顔を顰めた。今晩の博麗神社の晩飯はハンバーグだった筈だ。それが()()()からわざわざ新聞を見ても数日開けたと言うのに、目の前にはそのハンバーグが緑の野菜に詰められてるでは無いか。

 

「今日はハンバーグって言って無かった?」

「咲夜が新鮮なピーマンがあるからと分けてくれたんだ」

「あら、随分とウチのメイドと仲良くなったのね」

「咲夜に料理を教えなが作ったからな。そしたら自然と」

「彼、料理お上手ですよ」

「ふーん」

 

 霊夢は尚介と咲夜、二人に目を配せながら手を合わせて食事を始めた。それを見て尚介、 あうん 、咲夜も続けて手を合わせ食事を始める。レミリアはハンバーグをピーマンから抜いては元に戻る肉詰めと闘っていた。元に戻る度に咲夜にニヤニヤと笑われているのに気づくと観念したのか齧り付いていた。

 

 

 

「それにしても、思ったより普通ね」

 

 食後の紅茶を飲みながらレミリアが呟く。霊夢を変え始めた人間。レミリアの目に視えた運命は確かに奇怪な人生だったが思ったよりは普通の男であるというのがレミリアの下した評価だった。

 

「別に変じゃ無くていいわよ。普通が一番なんだから」

 

 尚介の入れたお茶を飲みながら霊夢は答える。レミリアの後ろで紅茶の淹れ方を咲夜に教わる尚介はこちらの会話には興味を示さず咲夜に質問をしていた所だった。

 

 それを見ながら霊夢は尚介にお茶のお代わりを要求すれば尚介はそれに応え、穏やかな笑顔で霊夢のお茶を注ぐ。

 

「怪我人をそうコキ使うものでは無いでしょう。主人としてなって無いわよ」

「もう、諦めたわ。止めたって動き続けるし視界に入れとけば心配しなくて済むのよ」

 

 レミリアは目を見開き、そして「そう」と呟く。やはり霊夢は変わった。あの博麗霊夢が他人の心配などするとは思わなかった。それが良い変化なのか、悪い変化なのかは分からなかったが、悪い未来は視え無かったレミリアは咲夜を呼びつける。

 

「尚介、ちょっと気になる事があるのだけど」

「?どうかしッ!」

 

 直後、尚介の視界から飛んでくる銀のナイフ。突然の事に驚きこそしたが尚介はそれを交わすどころか2本の指で掴んで見せた。それと同時に部屋に充満する殺気。レミリアは立ち上がった霊夢に札を突きつけられ、神社の外では漏れた殺気にビビった あうん が悲鳴をあげていた。

 

「随分とこの人間がお気に入りなのね」

「神社の中での殺人は御法度よ」

「なに、冗談よ。彼の能力が本当か試しただけ」

「霊夢、俺は大丈夫だから」

 

 尚介を見、レミリアに視線を戻し、これ以上何もするつもりが無いのが分かったのかため息をつきながら構えを解く霊夢。それを見たレミリアは立ち上がり部屋から出る。

 

「二度は無いわ」

「分かってるわ。尚介、非礼の詫びにそのナイフはあげるわ。貴方今、何も持ってないでしょう?」

「いいのか?これ咲夜のだろう?」

「レミリア様がそう仰るなら構いません。まだ何本もありますので」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 靴を履き外に出るレミリア。真っ赤に染まっていた空は既に黒く塗りつぶされ、三日月が出ていた。

 

「それじゃあ私達はお暇するわ。あ、そうだわ。尚介ちょっと来なさい」

「俺?」

「レミリア」

「そう悪い事しようって訳じゃ無いわよ」

 

 霊夢の突き刺す様な視線を無視し尚介の耳元で囁こうと浮こうとした所ではしたないと思ったのか逆に尚介をしゃがませる。

 

「いい?尚介。霊夢は手強いわよ。今は貴方に肩入れしてる見たいだけど、それは珍しい客人だからというだけ。もっとアプローチしなさい」

「は!?チョ!?なんで知って!?」

「ふふっ、なんででしょうね。霊夢!今宵は楽しかったわ!それじゃあまた」

 

 笑うレミリアと顔を真っ赤に染める尚介。それを見てひとしきり満足したレミリアは咲夜と共に消えてしまった。

 

「レミリアに何言われたの?」

「え!いやぁ〜なんだろうな?」

「何それ」

 

 クスクスと笑う霊夢となんとか誤魔化そうとする尚介は博麗神社に帰って行くのだった。




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