伊賀尚介は愛を知らない。もちろん意味を知らない訳では無い。ただ、親からの愛を受けず、殆ど人との関わりを持たず、一人で生きてきたからである。
尚介の幼少期は今思い出しても地獄の様な日々だった。忍術の修行として過酷な環境でほぼ一人で過ごしていた。本来なら小学校に通う年頃だったにも関わらず、逃げようとすれば両親に殺されかけ、山奥で獣と争いながら過ごしていた。
敵は獣だけでは無かった。不規則に襲いかかってくる両親は容赦なく骨を折り、毒を盛り、殺しにかかってくる。
当時の尚介は怒りそして怨みだけを原動力に動いていた。獣の様に闘争心を高め、父親の動きを真似、母親の知識を掠め取った。
獣を殺し、山の頂点に立った
父親をなぶり骨を骨を折った
母親を罠にかけ、毒で苦しめた
数年もすれば山から降ろしてもらえた。次に待っていていたのは血生臭い世界だった。企業の小競り合いにからヤクザのカチコミにまで尚介は商品として使われた。
競合他社の弱みを握る。金持ちから身代金を巻き上げる。多重債務者を吊るし上げる。邪魔者を消す。
なんでもやった。正に地獄だった。何が正解かも分からぬまま道具として使われ続けた。
そうして完成したのが伊賀尚介であった。父親は喜びの声を上げた。尚介ならば、伊賀流の体現者ならば、また国の闇を司る暗部として伊賀流の復興が叶うと雄叫びを上げた。そして次の瞬間に血反吐を吐いて死んだ。尚介の手は父親の心臓を貫通していた。
それと同時に母親は声も無く倒れ死んだ。尚介の混ぜた毒に気づかずに酒を飲んだから。
杜撰な計画であった。両親の死はすぐさまに伊賀流に知れ渡った。謀反者として追われる日々だったがそれも直ぐに終わった。
全て退けた。風に煽られた新聞には集団行方不明の謎が一面を飾っていた。行方不明者の数は尚介が殺した数と同じだった。
尚介は泣いた。初めての涙だった。なぜ自分はこんなにも不幸なのかと、なぜあいつらは幸福な日常を送っていたのかと。叫びは風にかき消され、涙は雨に流された。
そうして尚介には何も無くなった。死のうかとも思ったが死ねなかった。死を感じると体が勝手に動いたのだ。首の縄を千切り、落ちると勢いを殺し、刃物は全て寸前で止まった。
尚介は仕方なく生きる事にした。日雇いを転々とし、その日暮らしが続いた。
ある日、仕事が終わると声をかけられた。いつもは仕事こそ出来るも無愛想で無機質な反応しかしない尚介を不気味がり、最低限の会話しかしてこなかった。
驚く尚介に告げられた言葉は完結にまとめればスカウトだった。
「多少無愛想でも構わんよ。どうだ?」
なんて事無い飲食店だった。でも仕事を探すのも面倒になって来ていた尚介はそれを了承した。
忙しい毎日が始まった。朝は料理の仕込みを行い昼と夜のはその日の出勤者によってホールかキッチンに立って客の相手をする。
昼は主人の娘の営む定食屋、夜は看板親父の居酒屋になる都合上、覚える事こそ多かったが尚介は直ぐに仕事を覚え、店の主力となったのだった。
徐々に尚介の心は変化していった。店のみんなも、常連達も暖かく迎えくれた。尚介の空っぽの心を満たしてくれた。
「最近どうだ?尚介」
「、、、楽しいですよ」
主人と尚介は閉めた居酒屋の中で二人で呑んでいた。尚介の言葉に偽りは無かった。本当に楽しかった。ここが自分の居場所だと。これこそが自分がずっと欲しかったものであると。
『愛』だと。
「出て行ってくれないか」
「どう、して、、、」
「頼む」
大事な話があると言われて集まった尚介に衝撃が走った。主人の目には恐怖が映っていた。尚介には馴染み深い目だった。
声が脳裏に響く。
怖い
許して
殺さないで
尚介は居ても立っても居られなくなり、逃げる様に店を後にした。
少し調べれば直ぐに分かった。付近を縄張りにするヤクザの仕業だった。何度か依頼を受けた事がある相手だった。彼らは尚介の正体について主人に教えたらしい。最初は主人も信じようとはしなかった様だが奴は尚介の殺しの証拠を持っていたらしい。そうして主人は尚介を恐れ、追い出した。
「ひぃ!やめてくれ!頼む!」
「どうしてあんな事を?」
「あの居酒屋か?そんなの決まってる!お前は影の人間だ!そうやすやすとお天道様のもとで呑気に暮らせる訳が無い!」
「、、、」
「どうだ?俺と組まないか?そうすればガッ、、、」
こうして尚介はまた一人になった。
尚介の心は絶望で満たされていた。初めて手に入れた愛は砕け散った。最初はまた一人に戻っただけだと、何も変わらないとその筈だった。
人の暖かさを知った心は孤独に耐えきれなくなっていた。こんな事になるならあの場所に行かなければ良かった。
孤独の日々が続いた。空っぽの心を埋めるように必死に働き、虚無感に打ちひしがれていた。
そんな日々を過ごしていた時。尚介は幻想郷入りをした。
尚介は恋をした。初めての事で戸惑いもあったがそれは尚介の心を少しだけ埋めてくれた。
尚介は愛を知らない。だから与える事が出来ない。出来るのは献身のみだった。自分の出来る事を必死にやって霊夢が笑ってくれた時、尚介の心はまた満たされるのだった。
夜、満天の星空の下、だんだんと寒くなって来た秋風を受けながら霊夢と尚介は恒例の晩酌を行なっていた。
尚介はこの時間が好きだった。二人で風流を感じながら酒で暖を取るこの時間が。
それと同時に尚介は負い目も感じていた。影の人間である自分がこんなに幸せでいいのかと。あの時みたいにまた幸せが崩れ去るんじゃ無いかと。そして尚介はついに耐えきれず話してしまった。
「俺さ、人を殺した事があるんだ」
「そう、」
「それも何人も」
「、、、そう」
一言喋ってしまえば後はスルスルと芋づる式に喋ってしまう。両親の事、仕事の事、そして失ったものの事。
霊夢はなんと無く気づいていた。あれほどの身のこなし、骨折の痛みに耐えうる精神力、そして纏う気配。ロクな人生では無かっただろうと。しかし、
「幻想郷は全てを受け入れる」
「えっ」
「知り合いの受け売りよ。尚介、あんた、やりたくてやったの?」
「そんな事はない!」
それしか知らなかった。
それだけが生きる道だった。
「これからもする気があるの?」
「そん訳無い!」
「じゃあいいんじゃない?」
「えっ」
「別に外の世界での事なんて興味無いし、尚介が外での事が嫌だったんなら、そうね」
生まれ変わっちゃえばいいのよ
「生まれ、変わる」
「そう、手を血で濡らした伊賀尚介から、スーパー忍者伊賀尚介にね」
尚介は唖然としていた。彼女は博麗の巫女。人間の守護者。最悪この場で人間の敵として切り捨てられる覚悟で話したと言うのに、それも興味無いと一蹴し、挙句の果てに、
「スーパー忍者って、プッ!なんだそれ!」
「なに?文句ある訳?」
「「アハハッ!」」
酔いが回り二人で笑う。尚介の心は満たされていた。
遂に見つけた。
ここが自分の居場所なのだと。
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