東方霊恋帖   作:冷ヤクミ

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 尚介が幻想郷に来て初めて季節が変わった。もはや霊夢すら気にしなくなった足は順調に回復に向かっており、あと数週間で治りそうだ。

 

 正直足なんて多少折れていても大丈夫だった。霊夢の治るまで居ていいという提案に乗ったのは霊夢の側に居たかったからである。

 

 最初はただの一目惚れだった。それから彼女と話し、酒を交わし霊夢の人なりを知り、ますます好きになっていった。

 

 それと同時に感じているものもあった。それは、

 

博麗霊夢は寂しさを感じている。

 

 共に住むモノもいる、尋ねてくる友人も居る。そういった時はなんだかんだ楽しそうにしている。

 

 でも霊夢の感じている寂しさはまた違う様に感じた。それと同時に尚介はなんとくその正体に気づいていた。自分も欲しくてついぞや手に入らなかったモノだから。

 

 お粥を作りながら尚介が思いに耽っていた。霊夢の欲しているモノを自分は与えられているのだろうかと。煮立った所で釜を外し塩加減を確認する。少し冷ましてから茶碗に移し、お盆に乗せて運ぶ。目的は霊夢の部屋である。

 

「入るぞ」

 

 確認を取り奥から聞こえる声にもならない声を聞いてから襖を開ける。そこには寝巻き姿で頭に氷嚢を乗せた霊夢が布団を被っていた。

 

 博麗霊夢は風邪を引いた。おそらく季節の分かれ目にやられたのだろう。喉がやられて殆ど喋れないが大した熱も無く、数日で治るだろうとタカを括っていた尚介が事の重大さに気づいたのはとある来訪者によってだった。

 

 

 

「邪魔をしているよ」

「どうも」

「あまり驚かないのだね」

「なんとなくは気づいたので」

 

 数日前、風邪を引いた霊夢の世話をし、家事を片付けている所に現れたのは八雲藍であった。まるでずっとそこに居たように縁側に腰掛ける彼女に一瞬たじろぐも敵意がない事が分かり、霊夢の知り合いかと考え、もてなす準備をしようとする。

 

「もてなしは結構。軽く話に来ただけだ」

「あいにくですが今、霊夢は風邪を引いてて、用があるなら出来れば後日に改めて欲しいのですが」

「用があるのは霊夢じゃない。いや多少は見舞いに来たが本題はそこじゃない。君に話があって来たんだ」

「はぁ」

 

 藍曰く、博麗の巫女の不調を無闇に触れ回らないで欲しいと、そうゆう話だった。

 

「博麗の巫女が不調と聞くと良からぬ事を考える奴がチラホラ居てね、最近は客人も多いから触れ回らない様にとね」

「そうゆう事なら。ここから出る予定も無いですし、ただ向こうから来られたらバレますよ?」

「最低限でいい、君は妖怪に手も足も出ないだろう?」

 

 そういって尚介に顔を近づける。尚介の頬に手を添え、身じろぎ一つで体が触れてしまいそうな程に。しかし決して甘いものではない。溢れ出る殺気に尚介が晒される。お前は弱者だと、強者の前ではただ食われるだけの矮小な存在だと。

 

 尚介は動けない。殺気を受ける事自体は慣れている。殺気程度で動けないのは忍者失格であるから、あの親とも師とも言えぬ二人から散々向けられて来た。しかしそれとはまるで比にならない程の殺気を藍は放っていた。

 

 尚介が感じていたのは純粋な恐怖だった。圧倒的な強者から受ける暴力的な殺意。初めて幻想郷に来た時に襲われた妖怪から感じた理不尽感を尚介は思い出す。

 

(ほうら、こんなものだ)

 

 藍はこんなものだとあざ笑っていた。我が主が「まぁ、いいだろう」と、軽い様に言ったがつまりは博麗の巫女に釣り合うと、だから試してみたくなった。主が冬眠を始め、博麗の巫女が弱まった今がチャンスだと。つまり藍も良からぬ事を考える奴の一人だった訳だ。しかしどうだろうか、目の前の男はこの程度の殺気に怯え固まっているではないか。期待ハズレだった、いっそのこと食ってやろうかとも考えた。しかし、

 

「お戯れを」

 

 尚介は勇気を出し、藍の手を剥がす。反対の手には咲夜から貰ったナイフを握り警戒する。確かにこの妖怪には敵わないだろう。しかし何かあっても一撃は入れる。そう覚悟して尚介は藍を見つめ返した。藍はそれをみて嬉しくなった。自分の目が節穴だったと、存外にやる男ではないかと。

 

「すまなかったな。何ちょっとした悪戯だよ。何せ狐なもんでな」

「悪戯も程々にした方が良いかと、ここで血が流れると霊夢が怒るので」

「身も弁えていると、何はともあれ、すまなかったな、霊夢にも君から言っておいてくれ、君に甘えている様だしな」

「はぁ」

「ふふ、まぁいい。それではお暇させて貰うよ」

「それでは」

「それではな、また会おうじゃないか」

 

 そう言った藍は尚介が瞬きする間に跡も無く消えていたのだった。

 

 藍の放って居た威圧感が消え尚介は体が軽くなるのを感じ、へこたれるように縁側に寝転がった。恐ろしかった、恐怖で動く事も出来ず、このまま食べられるのかと思った。しかし奥で寝ている霊夢を思い出し、彼女の為にと勇気を持って抵抗した。

 

 その結果なんとか彼女のお眼鏡に適ったらしい。額に滲んだ汗を拭き取り、乾いた喉を潤す為に尚介は台所に向かうのだった。

 

 

 

 霊夢が目を覚ました頃には既に外は真っ赤に染まっていた。熱で倦怠感のある体を起こし喉を潤す為に水を飲む。

 

「ゴホッ、ゴホッ」

 

 部屋には霊夢一人であった。それもそうである。尚介は今頃家事でもしているのだろうか、それとも書斎の本に興味を示していたから暇でも潰しているのかも知れない。

 

 霊夢はずっと一人だった。今でこそ あうん なんかも居るがそれも最近の話である。一人で暮らして、一人で家事をして、一人で寝ていた。

 

 それが今では隣の部屋にもう一人居て、ご飯を作ってくれて、寝る前におやすみと言い合って、たった数週間の事なのに、それが感じれ無いだけでこんなにも寂しくなるなんて思わなかった。

 

「入るぞ」

 

 襖の向こうから声が聞こえる。それだけで気持ちが少し楽になる。入って来た尚介は桶とタオルを持って来ていた。

 

「汗をかいて気持ち悪いだろう?ここに置いとくから、体でも拭いといてくれ。飯は食えそうか?食えそうなら持って来るけど」

「拭いて」

 

 霊夢は立ちあがろうとする尚介の裾を持って止める。尚介は言葉の意味を理解して固まってしまった。

 

「お願い」

「いやでもそれは、」

「ん」

 

 マズいだろうという尚介を無視して霊夢は寝巻きを脱ぎ始める。慌てて停めようとする尚介だが強情な霊夢に押されて結局、背中だけ拭く事になったのだ。

 

「、、、」

「、、、」

 

 お互いに一言も喋らない。霊夢は喉を痛めているし、それを知っている尚介も必要以上話しかけない。しかしそのせいで妙な雰囲気に拍車がかかっている。

 

 尚介は限界だった。好きな女の子の背中を拭いている。真っ白で磁器みたいな肌はタオル越しに女の子特有の柔さを伝えて来る。尚介は顔を真っ赤にしてなるべく霊夢を見ないように直ぐに終わらせようとしていた。

 

 霊夢は今心地良さでいっぱいだった。尚介に触れられて、まるで家族の様に甘えている。いっその事このままもたれ掛かってしまおうかなんて考えながら、こんな時間が続けばいいのにと思っていた。

 

「ほら、後ろは終わったから。後は自分で頼む」

「あっ」

 

 背中を拭き終わった尚介は恥ずかしさからそそくさと部屋を後にする。置いて行かれた霊夢は寂しさを覚え、尚介をつかもうとした手が空を切る。

 

 

 

 その後、霊夢は尚介の用意したお粥を食べ出せて貰った。ちょうど良い塩加減が身にも心にも沁みた。

 

「それじゃあ俺は片付けて来るから、霊夢はまた寝な」

 

 優しく語りかけて来る尚介。霊夢は心もお腹も満たされてまた眠気が襲って来ていた。

 

「一緒に居て」

「えぇ、、、?」

 

 今度こそ逃さまいと尚介の手を握る霊夢。自分より大きく固い手。しかし握っていてとても温かくなる手だった。

 

(あぁ、好きよ)

 

 好き。そう思えばストンと心に落ちた。最初は怪訝をしながらも手伝いをする姿に心配をした。何度か説得を試みたがテコでも譲らないと悟り好きにさせていた。一緒に暮らして共に同じ釜の飯を食い、たった数週間なのにいつのまにか隣に居るのが当たり前になった。

 

 ずっと隣でいて欲しいと。家族の様に、いやもっと近くにいて欲しいと。そうなればどれだけ素敵だろうと。そう考えながら霊夢は眠りに落ちた。

 

 

 

 翌朝。霊夢が目を覚ませば体の調子は絶好調だった。どうやら治ったらしい。見渡せば尚介は既に居なくなり食器も片付けられていた。

 

 昨晩の事を思い出す。尚介に背中を拭かせ、尚介への気持ちに気付き、手を握り心地よく眠りに落ちた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 恥ずかしさから来る霊夢の声にならない悲鳴が博麗神社に響くのだった。




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