謎の女性駅員
東京駅 東京中央鉄道公安室第四警戒班 AM8:30
「おはようございますっ!」
高山直人が元気よくドアを開けると、そこには見慣れた顔が一人だけ。
「おはよう、高山君」
奈々がいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた。でも、ちょっと待て。
「あれ? 他の皆さんはまだ来てないみたいですけど……?」
直人がキョロキョロと室内を見回すと、奈々が少し困ったように肩をすくめた。
「桜井さんは鳥インフルでしばらく欠勤。小海さんは豚インフルでダウン。岩泉君も同じくお休みね」
「えっ、マジすか……?」
直人の声が裏返る。いやいや、ちょっと待てよ、このタイミングで全員インフルって何!? 呪われた駅なの!?
「ということで、今日は一時的に新しく入った女性駅員が一緒なのよ」
奈々がニコッと笑うと、直人の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「誰です?」
「日系イギリス人とフランス人のクォーターの女性よ。ほら、入ってきて」
直人は目を丸くした。だって、だってさ、こんな展開ってあり!?
運転手志望の高山直人は、鉄道OJT研修を始めてから何日経ったか、もはや数えるのも面倒なくらいだ。普通の駅員は24時間勤務がデフォルトだけど、直人はまだ学生。学校感覚で朝来て夕方帰るのが基本で、給料だって訓練手当としてちゃっかり銀行に振り込まれている。親方日の丸、最高じゃん! って思ってたのに……。
今回はそうはいかないらしい。翌朝8:30までの長い勤務が確定した瞬間、直人の青春に暗雲が立ち込めた。長い闘いの始まりだ。
ドアが開いて、彼女が現れた。
直人は一瞬、息を呑んだ。驚愕。唖然。絶句。
だってその姿が、あまりにも――!
「アテラ国出身で、東京中央鉄道公安隊の新人。鈴蘭杏樹さん。今日はこの人と一緒に駅の巡回、よろしくね♪」
奈々が明るく紹介すると、彼女――鈴蘭杏樹がこっちを見た。
「高山……君だっけ? 杏樹よ。よろしくね」
その声は落ち着いてて、どこか品がある。直人は慌てて背筋を伸ばした。
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
「高山君、表情が硬いよ?」
奈々に指摘されて、直人はハッとする。確かに顔がガッチガチだ。
「何か、緊張してしまって……」
「高山君、ガンバ!」
奈々が応援してくれるけど、正直、心の中はもう大混乱。
「(桜井も岩泉もいないし、小海さんがいないのはマジで残念だな……でも、まぁいいか! これで親方日の丸、一生安泰の國鉄人生をエンジョイできるぞ! ヒャッホーイ!!)」
「高山君、表情が笑ってるけど……大丈夫?」
杏樹にジト目で見られて、直人は心臓が止まりそうになった。
「んなあぁぁぁぁ!!(しまったぁぁぁぁ!! 内面がダダ漏れじゃんかぁぁ!!)」
顔が真っ赤になる直人。でも、杏樹は意外にもクスクスと笑ってこう言った。
「私も高山君と同じ考えよ。だからのんびりいきましょう」
「ハイッ!(この人なら……この人ならやっていける!)」
高山直人は、心の中でガッツポーズを決めた。長い闘いの先に、かすかな希望の光が見えた気がしたのだ。
駅員の仕事は、大きく分けて二つ。
一つは改札での案内。乗客の「Suicaどこ!?」とか「新幹線何番線!?」に笑顔で答えるやつ。
もう一つはホームでの監視。電車が来るたび「白線の内側でお待ちくださーい!」と叫びつつ、酔っ払いやスマホゾンビが線路に落ちないか目を光らせるやつ。
この二つを交代制で回すのが、東京中央鉄道公安室第四警戒班の日常だ。
「おはようございます!」
高山直人が改札口で淡々と挨拶を繰り返す。朝のラッシュアワー、乗客の波がまるでゾンビ映画のエキストラみたいに押し寄せてくる。笑顔? そんな余裕ねえよ、と心の中で毒づきながらも、顔面は一応営業スマイルをキープ。だってこれ、OJTなんだもん。頑張らなきゃ。
「おはようございます!」
隣では鈴蘭杏樹が、同じく乗客に挨拶を投げかけている。彼女の声は落ち着いてて、どことなく優雅。日系イギリス人とフランス人のクォーターってだけあって、なんかこう……オーラが違うんだよな。
「おはよう!」
通りすがりのサラリーマン風の男Aが、杏樹にだけ軽く挨拶を返す。直人には完全スルー。
「(おいおい、俺にも返してくれよ! 俺だって頑張ってんだぞ!)」
直人の心の中で小さな嫉妬がチクチク疼くけど、まぁいい。どうせこいつら、顔も覚えてねえだろうし。
「おはようございます!」
直人が次の乗客に挨拶すると――
「おはようございます!」
今度は、返事が返ってきた。見ると、若い女性がニコッと笑って応えてくれた。乗客の中で唯一、ちゃんと挨拶を返してくれる彼女。名前は知らないけど、直人の中では勝手に「レディ・スマイル(L.S)」と命名済み。
その笑顔が、直人の疲れ切った心に小さな火を灯す。
「(うおお……この笑顔のためなら、俺、今日も頑張れる!)」
一瞬だけテンションが上がる直人。彼女の笑顔は、まるでOJTの過酷な現実を戦い抜くための原動力だ。
――だが、そんな甘い時間は長く続かない。
ここからが、真の「ストレスラッシュアワー」の幕開けだった。
改札を抜けた瞬間、乗客の群れが一気に豹変。
「電車遅れてるじゃねえか!」
「切符なくした! どうすんだよ!」
「早くしろよ、新人!」
怒号と文句が飛び交い、直人の耳にガンガン突き刺さる。
「(うわあああ! 何!? 何この急展開!? 俺、ただ挨拶してただけなのに!)」
隣で杏樹は冷静に「落ち着いてください」と対応してるけど、直人の心はすでにパニック寸前。
長い闘いの序章が、今、始まったばかりだ――!
「おっと、走らなきゃ……!」
サラリーマンKが慌てて改札に突進してきたその瞬間――
ガシャッ! ピンポーン!
改札のゲートが無情にも閉まり、彼の定期券が拒否音を鳴らす。
「あ~っ、こんな時に限って……!」
サラリーマンKが頭を抱える中、鈴蘭杏樹が冷静に近づいた。
「お客様、恐れ入りますが、定期券の期限が切れておりますね」
杏樹の声は穏やかだけど、どこか有無を言わさぬ雰囲気。日系イギリス人とフランス人のクォーターらしい品格が漂ってる。
「券売機で新しくお買い求めになりますか?」
彼女の提案に、サラリーマンKは焦った顔で手を振った。
「早く急がないと間に合わないんだよ! 明日でいいよ、明日! ねっ!」
そう言って、彼はそのまま改札を抜けようと強行突破を試みる。だが――
ガシッ!
杏樹がサラリーマンKの腕をがっちり掴んだ。
「ダメです」
「いやいやいや、いいでしょ!?」
「規則ですので」
「ったく、仕方ねえな……」
サラリーマンKが渋々引き下がったかに見えたその瞬間――
ドンッ!
彼、改札のゲートを飛び越えた。無賃乗車確定の暴挙だ!
「お客様!」
杏樹が叫ぶ中、サラリーマンKは勢い余って落としたカバンを拾い、逃げようとする。
「お客様! 困ります!」
「いいだろ!」
「切符買ってないじゃないですか!!」
「早く行かないと間に合わないんだよ! 俺、クビになっちまうよ!」
「ですから切符を!!」
その時――
汽笛の音がホームに響き、電車がスーッと走り去っていく。
杏樹とサラリーマンK、二人同時に「あっ!」と声を漏らす。
「おいおい、行っちまったじゃねえかよ……チッ、テメェどうしてくれんだよ!」
サラリーマンKがキレ気味に杏樹を睨む。
「(私が何かしたの!? 私はただ職務を全うしただけじゃないの!! こいつ、ヤバい目してる……)」
杏樹の心の中で警報が鳴り響く。冷静な表情の裏で、後悔の波が押し寄せていた。
「(あ~っ、お腹にモモカが作った料理でも食べておけば良かった……こんなストレスフルな朝になると分かってたらさぁ!)」
すると、サラリーマンKが急にトーンを変えてきた。
「あのさ、今から会社に電話するからさ。電車が遅れたって言ってくれない?」
「えっ?」
杏樹、完全に虚を突かれる。
「俺、マジでクビになっちまうんだ! だから頼む、お願い!」
「は? え……!? そんなこと言われましても、出来かねますので」
「何でだよ! それぐらい良くね!?」
「申し訳ございません」
「俺、クビになっちまうんだよ! ね、わかる? ね? 俺がクビになっていい訳!?」
一見困った顔をしている杏樹。でも内心はもう、怒りゲージが限界寸前だ。
「(何!? この人、何!? 規則を守れって言ってるだけなのに、なんで私が悪者みたいになってんの!?)」
それでも、女性としての品格を保つため、杏樹は必死に表情を隠す。怒りを爆発させたら負けだ。絶対に負けられない戦いが、ここにある!
「おねがいします………」
サラリーマンKが泣きそうな顔で懇願してくる。
「……(高山君、早く来なさいよ!)」
杏樹の心の叫びが、東京駅の喧騒に溶けていく。助けが来るまで、彼女の我慢大会は続くのだった――。
「もう、無駄な時間過ごした気分だったわ!」
杏樹がため息をつくと、直人が申し訳なさそうに頭をかいた。
「すみません、全然気づかなくて……」
「いいわよ。まだ学生だし、ゆっくりしたらいいわ」
「はい!」
直人がホッとした瞬間――
ブーッ!
券売機からけたたましい呼び出し音が響き渡った。
「はーい」
杏樹が改札に向かい、プロフェッショナルモードに切り替わる。
「お客様、どうなさいました?」
目の前には、ヨボヨボのおじいさん――老人Sが立っていた。
「あのさ! これ何? この……線、地図!」
老人Sが券売機の路線図を指さして叫ぶ。
「はい?」
「あの、どこで乗り換えんの! わかんないよ! どこで乗り換えんの!」
「申し訳ございません。ただいま伺いますので!」
杏樹が慌てて対応しようとすると、老人Sが急に声を荒げた。
「ちょっと! 大体あれか? 年寄りは電車に乗るなってことか?」
「いいえ、そんなことはございません!」
そこへ、直人が駆けつけてくる。
「どうしたんですか?」
「あのおじいさん、切符の買い方がわからないらしいのよ」
杏樹がチラッと老人を指すと、直人が即座に名乗り出た。
「俺が行きますよ!」
「高山君が? じゃあ頼んじゃおうかしら?」
交代決定。直人が颯爽と老人Sに近づく。
「すみません、どこの駅に行かれるんですか?」
「どこ行くか?」
「はい!」
「……どこだっけ!?」
ズッコケッ!
直人、盛大に心の中で転ぶ。
「(おいおいおい! 目的地忘れてんのかよ! 何!? 何この人!?)」
杏樹も無言で見守る中、二人の頭に同じ疑問が浮かぶ。
「(おじいさん、アンタ今何に怒ってるの?)」
それでも、二人の胸はなぜか穏やかだった。
「(最悪、勝てる! 絶対イケる!)」
そう確信した瞬間、老人Sがポツリと言った。
「駅員さん。富士見町だよ。富士見町」
「富士見町……富士見駅ですね。富士見ですと3,350円になります」
「3,350円か」
「はい!」
横で聞いてた杏樹が首をかしげる。
「何で3,350円なの?」
「乗り換え運賃案内で調べたんです。事前に東京から富士見までの経路を調べたら、乗り換え3回で遠回りすると7時間08分(乗車時間6時間17分)で5,080円。もう一つの経路は乗り換え2回で3時間47分(乗車時間3時間15分)で3,350円なんです」
「なるほど、3,350円ってわけね」
「小海さんから教わったんです。俺、ただの鉄道マニアで本当は運転手になりたかったんですけどね」
「ま、事情はどうあれ、先のことは自分で決めるものよ」
すると、老人Sがまた叫び出した。
「あのさ、これどう使うんだ!」
「はい!?」
「この機械どう使うんだ! ごちゃごちゃしてわからん!」
「え!? は、はい!!」
「早くしてくれないとレースが間に合わないんだよ! 急いでんの!」
「すみません! すぐ伺いますので!」
「急いでよ!」
「(競馬かよ!)」
直人のイラつきゲージが急上昇。杏樹に至っては、それ以上の怒りをため込んで爆発寸前だ。
「お待たせしました!」
直人が息を切らして駆けつけると、老人Sがキョトンとした顔で返す。
「おう、で? どうすんの?」
「まずはですね、こちらにお金を入れてください」
「入れるんだな?」
「はい」
老人Sが千円札を突っ込むと――
カシャッ!
お金が戻ってきた。
「何だ? 戻ってきたじゃねえか! 嫌がってるぞ!」
「あ、いえ、そうじゃなくて!」
「壊れてんじゃないのか!」
老人S、券売機をバンバン叩き始める。
「お客様!? ダメです!!!」
直人は慌ててしわくちゃの千円札を手に取り、真っ直ぐに整える。
「お客様、真っ直ぐに入れて、こちらのタッチパネルを押してください」
「押せばいいんだな?」
ピッ!
老人S、間違えて全然違う方向の切符を買ってしまう。
「役に立たねえなこれ! 何だこのタッチなんちゃらってのは!」
「タッチパネルです」
「あぁっ!? 」
「……」
「バカにすんな!! 金返せよ! 多く払ったろ?」
「すみません!! 今すぐ!! 申し訳ございません、少々お待ちください!!(切符の買い方わかんないって、アンタ普段何で移動してんの!? 爺さん貴族か何かかい? 下々の暮らしはわからんってか!? そんなわけねえだろ! ガツンと言ってやる!)」
直人が心の中で吠える中、再び老人Sに近づく。
「お待たせしま――」
「え? 何? 騰がった? 売りだ売り。これも全部テツ。テツに突っ込め。10億を全部テツに突っ込め」
「んなあぁぁぁっ!!?」
直人、唖然。言葉も出ない。
「これは勝つからな。時間とグラフを合わせろよ! ほな!」
「よっしゃ! 悪いな兄ちゃん!」
老人Sがニヤリと笑うと、直人はその財布に目を奪われた。
何!? 何!? 何重にもなった一万円札の束! 見たことないレベルの札束だ!
「……あ、俺がやります!」
「え? いいの?」
「失礼します!」
直人は券売機の前に跪き、老人Sのために切符を買う手伝いを始めた。
そして――負けた。
見たことない札束に、無条件降伏したのだ。
その情けない姿を見た杏樹が、呆れた声でこう言った。
「アンタって、札束に弱い人なのね」
「だってこんな札束見たら、誰だって腰降ろしちゃいますよ!!」
「あなたの事、見損なったわ」
杏樹の冷たい声が、直人の胸に突き刺さる。彼女の目はまるで氷の刃みたいに鋭い。
「だから、誤解ですって!」
直人が慌てて手を振って弁解するけど、その声はどこか虚勢っぽい。
「どーだか?」
杏樹がジト目で返す。彼女の言葉には、疑いのトゲがビンビンに込められてる。
「本当ですって!」
直人が必死に訴えるけど、杏樹の表情は変わらない。まるで「信じるもんか」って顔だ。
そして、一瞬の沈黙。
「……高山君!」
杏樹が急に声を張り上げると、直人はビクッと背筋を伸ばした。
「はい!」
彼女が一歩近づき、真剣な目で直人を見つめる。
「今日は、帰れないかもしれないわよ!」
「(何!? 何!? 何その不穏な宣言!?)」
直人の頭の中で警報が鳴り響く。誤解が解けないまま、長い闘いが続く予感に、心が震えた。
一方、杏樹は静かに微笑む。
その笑顔が、優しさなのか、それとも何か企んでるのか――直人には、さっぱりわからなかった。
AM11:00
「おい、高山、鈴蘭!」
健次郎のデカい声が、改札口に響き渡る。
「はい!」
直人と杏樹が同時に背筋を伸ばして返事。まるで軍隊の新兵みたいな反応だ。
「11時過ぎてるぞ! 鈴蘭! お前、ホーム監視の時間ちゃうんか?」
「あ、すみません、うっかりしてて!」
杏樹が慌てて謝ると、健次郎がドヤ顔で腕を組んだ。
「うっかりしてたら困るわ。ホンマどーしようもないやっちゃな~。そのタイムロスやと、乗客を危険に晒すことになりかねんやぞ! そーなったらどう責任取るんや?」
「すみません……」
杏樹が小さく頭を下げるけど、健次郎の説教は止まらない。
「ほら、もう2分40秒過ぎてもうた。次タイムロスやったらクビにするからな!」
「すみません」
「それと、クビ切られる前に自分で辞職届出すのもええかもな」
「……!」
杏樹の顔が一瞬でキレ気味に歪む。
「(何!? 何この嫌な奴! 若そうな性格に若そうな顔! 普通に注意できないの!? 殺すぞバカヤロー!!)」
心の中で怒りが爆発する杏樹。でも、品格を保つため、表面上は平静を装ってる。さすが日系イギリス人とフランス人のクォーターだ。
「……」
一方、直人はただ黙って立ち尽くすのみ。
「(言い返したい……けど、何もできねえ……)」
健次郎の圧に押され、何もやれないのが高山直人だった。
この瞬間、二人の間に微妙な空気が流れる。
健次郎はニヤリと笑って去っていくけど、直人と杏樹の胸には、静かな闘志が燃え始めていた――かもしれない。
二人はホームの監視業務へ向かった。
在来線地上ホーム。直人は9番ホーム、杏樹は10番ホームに分かれる。
すると、9番ホームでは、電車の写真を撮るのが生きがいの鉄道オタク――通称『撮り鉄』が絶賛撮影中だ。
「良いね。最高だね」
撮り鉄Aがレンズを覗きながらニヤニヤ。
「角度が。角度が良いね」
撮り鉄Bがうっとり頷く。
直人の胸が熱くなった。
「(おおお……同志だ! 同じ鉄道仲間じゃん!)」
心の底から喜びが湧き上がる。でも、待て。ここは研修中だ。業務を全うしなきゃ!
直人はそっとその気持ちを胸にしまい、グッと堪えた。
「お客様、危険ですので、あちらの内側までお下がりください!」
「大丈夫だよ! 白線ギリギリに下がってるから!」
撮り鉄Aが軽く手を振って返す。
「いえいえ、それでも危ないので!」
「何で偉そうなこと言ってんだよ!」
撮り鉄Bがムッとした顔で睨む。
「俺たち何年電車見に来てると思ってんだよ!」
撮り鉄Aがドヤ顔で付け加える。
「(あぁ……同じ鉄道仲間なのに……ダメだ! 耐えろ! 耐えるんだ!)」
直人の心が軋む。でも、ここで負けるわけにはいかない。
「しかし――」
「じゃあさ、青森行き新幹線はやぶさに導入されたグランクラスの座席数は一車両何席あるか?」
撮り鉄Bが突然クイズを出してきた。
「(何!? 何!? 試されてる!?)」
でも、これが高山直人だ。鉄道マニアなら絶対わかるはず!
シンキングタイム、スタート! 30秒!
「え~っと……確かはやぶさは編成定員731だから、グランクラスで一車両だと……」
頭フル回転。答えは――
「20席!」
ブッブーッ!
撮り鉄AとBが一斉にブザー音を口で鳴らす。
「あれ?」
「答えは18です。そんなんでよく駅員やってるな」
ガーーーーーーーーーーン!!
「(違う! 違うんだ! これはただの度忘れだ! 俺は本当に鉄道マニアなんだよ!!)」
直人のプライドが木っ端微塵に砕かれる。
「そんなのこの辺の中学生だって知ってるもんな」
撮り鉄Aがニヤニヤ。
「なぁ? ハハハハハッ!」
撮り鉄Bが爆笑。
「……」
直人、無言で立ち尽くす。
すると、横から別の声が割って入った。
「ちょっとアンタらうるさいよ! こっちは音撮ってんだから静かにしろよ!」
現れたのは、電車の音やアナウンスを収集する鉄道オタク――通称『音鉄』の男だ。
「(あ、この人、札沼と同じ音鉄だ!)」
直人が気づくと、音鉄Aが続ける。
「そーいえば兄ちゃん、もうすぐ電車来るんじゃねぇか?」
「あ、はい!」
直人は慌ててアナウンスマイクを手に取る。音鉄Aは録音準備を始める。
「まもなく1番線に普通電車が参ります。危ないですので黄色い線までお下がりください」
「なってねぇな……オイ」
音鉄Aが辛辣な一言。
「すみません……まだ学生なもので」
「ま、いいか」
そこへ、タイミング良く現れたのは――
「あ、高山君。アナウンスマイクなんか持って珍しいわね」
札沼まりだ!
「札沼! ちょうどいいところに来た。頼む! 音を撮ってくれないか?」
「いいけど、ちょうど機材揃ってるし」
「やった~ありがたい!」
直人、感涙。やっと味方が来た!
「いい? 音撮るわよ」
まりが準備を整える。
「頼む!」
「大丈夫か?」
音鉄Aが半信半疑で見守る中、アナウンス再開。
「まもなく、1番線に普通列車が参ります。危険ですので黄色い線までおさがりくだ――」
「下手糞だな! 貸せ!!」
音鉄Aが無理やりマイクを奪い取り、自分でアナウンスを始めた。
「まもなく1番線に普通列車が参ります。危険ですので黄色い線までお下がりください!」
その声は、プロ並みの滑らかさ。
直人、驚愕。まりも唖然とした表情で固まる。
「おぉ、いいね兄ちゃん!」
撮り鉄Aが拍手。
「あれ? シルバーのガンマイクに四国8000系か?」
撮り鉄Bが機材に気づく。
「あなた一体?」
まりが目を丸くすると、音鉄Aが「しーっ!」と制す。
「鉄道ジャーナルの人?」
撮り鉄Aがポツリ。
「言われてみればそうね」
まりが納得。
「札沼まりさんだね?」
音鉄Aがニヤリ。
「はい! いつも拝見させていただいてます!」
「これからもよろしくな」
「はい!」
直人だけが置いてけぼり。
「(何!? 何この盛り上がり!? 札沼も撮り鉄も音鉄も、みんなキラキラしてる! 俺だけ蚊帳の外じゃん!!帰ったら鉄道ジャーナル買って、鉄道関連のホームページチェックしよう……)」
直人は密かに決意する。
「もう一枚撮らせてください!」
まりが食い下がると、音鉄Aが渋々頷く。
「しょーがねぇなぁ……」
その頃、隣の10番ホームでは――
「何かしら、隣のホームで騒いでるんだけど……気のせいね」
杏樹が冷静に呟き、監視業務を淡々とこなしていた。
やっと、直人に休息の時が訪れた。
ホーム監視のドタバタを終え、直人と杏樹は二人で警四の事務所に戻る。昼休憩だ。
「二人とも、ご苦労様」
奈々がニコッと笑って出迎えてくれる。
「もう大変でしたよ……」
直人がグッタリ肩を落とす。
「まぁ……色々とね」
杏樹が意味深に呟く。奈々はそんな二人を見て、優しく頷いた。
「ハイ! 二人のために料理作ってきたわよ」
「ありがとうございます!」
直人が目を輝かせる。一方、杏樹は「……」と無言で様子を窺う。
奈々が皿に盛った料理をドンッと机に置く。
「駅員の食事はお金を出し合って、交代でまかないを作るのよ。ほら、冷めないうちに食べてね」
「やったーっ! チンジャオロースだぁ!」
直人が歓声を上げる。杏樹は静かに礼を言う。
「ありがとう。飯田班長」
「奈々って呼んでね。明日は杏樹ちゃんがまかない作るのよ」
「私、料理できないんです」
杏樹の衝撃発言に、直人が「えっ!?」と目を丸くする。
「あら? どーして?」
奈々が首をかしげると、杏樹が淡々と説明を始めた。
「海外暮らしで裕福に過ごしてたせいか。いつも付きのメイドに任せてたんです」
「色々あったんですね……」
直人がしみじみ呟くと、杏樹がジト目で返す。
「そうよ。今度はあなたが作る番よ。まだ学生だからって、いつまでも親と金があるって限らないからね」
「まぁまぁ、とにかく早く食べよう! 冷めないうちに!」
奈々が慌てて仲裁に入る。
「そうですね……では、いただきます!」
直人がガッツリ箸を手に取り、チンジャオロースに突撃開始!
「ぬおぉっ! うめぇっ!!」
はぐはぐはぐ!
杏樹も恐る恐る箸を伸ばし、一口食べて――
「え? こんなに旨いなんて……私、初めて食ったわ!」
モグモグモグ!
数分後
「ふぃーっ、食った食った」
直人が腹をさすって満足げに息をつく。
「ホント最高な飯だったわ」
杏樹も珍しく穏やかな顔で頷く。
その時――
「高山!」
ドカッと事務所のドアが開き、五能教官が登場。
「五能隊長、あれ? 公安機動隊の訓練だったはずじゃ……?」
直人がキョトンとする。
「今日は無しだ! 鉄道管理局がNRSATの車両を整備してるからな」
「はぁ……で、用は何です?」
「そうだったな。落とし物だ。タグつけて保管しろ!」
五能教官が傘を差し出す。
「はい! 傘か……誰が落としていったんだろう?」
「とりあえず遺失物センターに行きましょう」
杏樹が冷静に提案。
駅で見つかった落とし物や忘れ物は、1日だけ保管され、その後遺失物センターに送られる。
人と接しない作業。直人は嫌いじゃない。むしろホッとする瞬間だ。
「高山!」
またしても五能教官の声。
「はい!」
「今さっき電話あったが、車内にバッグ置いたままのお客様がいるらしい」
五能教官が紙切れのメモを差し出す。
「はい」
「もうすぐ電車が来るから、停車位置のピックアップ頼んだぞ!」
「はい!」
「(休息……終わりかよ!)」
直人の心の中で小さな悲鳴が響く。でも、奈々のチンジャオロースで充電した体力がある。
「よし、やるか!」
直人は気合いを入れ直し、杏樹と共に次の任務へと向かうのだった。
「え……と、ピンクのバッグ……3両目か!?」
直人がメモを確認しながら車内へ急ぐ。事前に連絡を受けた忘れ物は、こうして駅員が確保するケースもある。
でも、このバッグがまさか思わぬ引き金になるとは――!
網棚にそれらしきピンクのバッグを発見!
「(おっ、アレか!)」
でもその真下に座ってるのは、明らかに男。しかも、そのバッグとはミスマッチすぎる雰囲気だ。
鉄道OJT研修で運転手志望の高山直人、今日は冴えてるぜ!
「すみません、こちら忘れ物があるので回収させていただきます」
「ちょっと待ちなさいよ!」
乗客Cの声に、直人が「え?」と振り返る。
「それあたしのバッグよ!」
「(え? えええええええええええええっ!? お前、男だろ!?)」
直人の頭が一瞬フリーズ。オネエ口調の男性客が、堂々とバッグを主張してきた。
「すいません、今お客様の忘れ物探してまして、ピンクのバッグだったので……」
「それって、あのバッグじゃないの?」
オネエな乗客Cが、向こうの網棚を指さす。
直人が目をやると――もう一つピンクのバッグが!
そしてその下には……テンガロンハットをかぶった、まるでチャールズ・ブロンソン似の渋い男が座ってる。
「(何!? この人ヤバい! 白昼堂々テンガロンハット被るアメリカ人がまともなわけねえ! 絶対何か起こる……!)」
直人の危険察知センサーがビンビン鳴り響く。
「ちょっといつまでこの駅に停まってんのよ! 早く確認しなさいよ!」
乗客Cがイライラ声を上げる。
「あ、すいません。あ、これ」
直人がオネエな乗客Cに謝りつつ、チャールズ・ブロンソン似の男に近づく。
「あの、お客様」
「zzzzzzzz……」
「お客様」
「zzzzzzzz……」
「お客様!」
「もう! 何やってんのよ! ちょっとアンタ起きなさいよ!!」
乗客Cが我慢ならず叫ぶと、ブロンソン似の乗客Bが目を覚ました。
「ん……何だ、人様が居眠りしてる途中で起こすとは!」
「このピンクのバッグ、絶対アンタのでしょ!?」
「あぁ?」
「だから! このピンクのバッグ! アンタのでしょ!!」
「んなわけねぇだろ! このトンチキが! どこ目つけてんだ! この格好でパリス・ヒルトンみたいなド派手なピンク持つわけねぇだろ!! スカポンタンが!!」
「失礼ね! この髭面顔!」
「何だと! この胴長顔!」
「髭面!」
「般若顔が!」
「髭面!」
「チンチクリン野郎!」
「(うおおお! 二人が揉めだした! チャーンス!!)」
直人はすかさずピンクのバッグを手に取り、そのまま遺失物センターへダッシュ。
「(良かった……潰し合ってくれた! これって小学生の席替えでマドンナの隣引いた以来のツキだぜ!今度こそ札沼と一緒に國鉄只見線でキハ40系見に行こう! ……行ければいいけど、行けないんだよな……――――あれ? ちょっと待て。このバッグの持ち主、もしかして俺と同じ年……いや、まさかな。普通に考えれば30~40代の女性だろ。現実見ようぜ! でも、もしかして飯田さんのバッグだったりして?)」
直人、ちょっと期待しちゃう。
30分後
「高山君、バッグの持ち主が来たわよ」
杏樹の声に、直人が顔を上げる。
「はい(どんな人だろう……?) お疲れ様です」
「うん。あの人がそうよ」
直人がチラッと見ると――そこにいたのは、俳優の白竜似の男!
今にもドスか銃で撃たれそうなヤバいオーラ全開だ!
「……」
バッグの持ち主も無言で直人を見つめる。
「あ、こ、こちらのバッグで間違いないでしょうか?」
「おい……バッグの中身見てないだろうな」
「見てません……」
ガクガクブルブル
「ほんなか?」
「は、はいっ!」
「中身を見たって正直言ったらどうなんだ?」
「……見てません」
「中にあるスマホ壊れてなかったか?」
「はい、壊れてません……」
「しっかり見とるじゃろうが!」
「あ、いえ、あの、見てません……!」
すると、男が突然財布から札束を取り出した。
「こんなモンちり紙にもならんわ」
「……!!!!!」
男、直人の制服のポケットに札束をドサドサ突っ込む。10枚……20枚!
「!!!!!!!」
「良いんだよ。気にしなくていいよ。これはほんのお礼だ!」
「ええぇっ!!? そんな困ります!」
「気にするな! あ、そのお金は兄ちゃんの好きなように使ったらいいからな。そいぎな! 長生きせぇよ」
「ちょっと! ええっ!!!!?(漏れた……!)」
直人、制服のズボンがじんわり温かくなるのを感じる。
下半身の温もりと共に、生きてる喜びを噛み締める直人だった。
「(でも、この札束……どうすんだよこれ!?)」
帰宅ラッシュがピークを迎えるこの時間。
東京駅はまるで戦場だ。乗客がゾンビの群れみたいに改札を押し寄せ、ホームはカオス状態。
そんな中、高山直人と鈴蘭杏樹はただただ待っていた。
そう、あの天使が舞い戻ってくるのを。
桜井以上で小海さんに近い、清純で真っ直ぐで華やかな女性――その存在を、ひたすら待ち望んでいたのだ。
「おい、高山」
杏樹の声に、直人がビクッと反応。
「はい!!」
「何笑ってんのよ。気持ち悪い。何か良いことでもあったの?」
杏樹がジト目で睨む。確かに、直人の顔にはニヤニヤが貼り付いてる。
「え? まぁ……はい」
さっきの白竜似の男からもらった札束の感触が、まだポケットに残ってる。そりゃ笑顔にもなるさ。
「私が恋の相談乗ってあげようか?」
杏樹がニヤリと笑う。
「いえ、遠慮させていただきます!」
直人が即座に拒否。恋愛相談とか、絶対ヤバい展開になる予感しかしない!
「つべこべ言わず私に相談しなさい!」
杏樹がグイッと詰め寄る。
その時――
改札に、赤ちゃんを抱えた母親が現れた。
「(何だろう?)」
「すいません。赤ちゃんのおむつ替えたいんですけど、トイレが開かないんですよね」
母親Aが困った顔で訴える。
「はい、少々お待ちください!」
直人が即座に動き出そうとすると――
「私が行くわ!」
杏樹が一歩前に出る。
「いえ、ここは俺の仕事です!」
直人が譲らない。男としての意地だ!
「何言ってるの!? もし相手が女子高生だったらどう対処するわけ?」
杏樹の鋭い指摘に、直人が一瞬固まる。
「(確かに……女子高生だったら俺、どうすんだ!? トイレの鍵開けるなんて、変な誤解されたら人生終わるぞ!?)」
「その時は……」
直人の頭がフル回転するも、答えが出ない。
「(いや待て、冷静になれ。これは赤ちゃん連れの母親だ。女子高生じゃない。俺でもイケる!)……俺が行きます!」
直人が気合いを入れ直す。
杏樹が呆れた顔で呟く。
「まぁ、頑張りなさいよ。失敗したら私がフォローするから」
「(何!? その上から目線は何!?)」
直人の心の中で小さな反発が湧く。でも、ここで負けるわけにはいかない。
天使の帰りを待ちつつ、目の前のトラブルを解決する――高山直人の長い一日が、まだまだ続くのだった。
二人は母親が「開かない」と訴えた多目的トイレに到着。
「ここね」
杏樹が冷静に確認する。
「はい!」
直人が気合いを入れて頷く。
「よし、私が――」
杏樹がガンベルトからGLOCK17を取り出し、射撃準備を始めたその瞬間――
「ちょっと杏樹さん!! 冗談でしょ!!」
直人が慌てて叫ぶ。
「これが冗談に見える?」
杏樹が冷ややかな目で返す。
「……(ヤバい……この人、桜井とは違うけど、今にでも本気で実弾ぶっ放す気だ! 桜井以上にヤバすぎる! あぁ……終わった。俺の親方日の丸一生安泰國鉄人生が……!)」
直人の心が絶望で真っ暗になる。
「大丈夫よ! 実弾なんて入ってないわよ」
「へ?」
「全部訓練弾装填してるから。危害は最小限に抑えてるわ」
「(そーいう問題じゃねぇだろ!! あぁ……この人マジでヤバいよ!!)」
「それより、中。中を見ましょう」
杏樹が冷静に切り替える。
「はぁ……」
「(最悪だ……)」
直人がトイレのドアをノックする。
「すいません、お客様」
中から女の声が聞こえる。10~20代っぽい話し声だ。でも、返答はない。
「すいません、お客様」
もう一度ノックするが、やっぱり反応なし。
「(これはやはり……!)」
「トイレを占拠してるわね」
杏樹が断言。
「はい! 中にいることは確かですが返事がありません」
「かくなる上は――」
ジャキッ!
杏樹がGLOCK17を構える。
「だからダメですって!」
その時、ドアがガチャッと開き、中から女子高生が出てきた!
「何ですか?」
女子高生Aがムッとした顔で睨む。
多目的トイレがたまり場になるのはよくある話。でも、時間帯によっては一部の駅で同性愛者の溜まり場になることもあるらしい。
ここはビシッと注意しなきゃ!
「あの、こちらでは使用したいお客様がいらっしゃいまして、長時間の利用はご遠慮いただけますか?」
直人が正論をぶつける。
「ごめんなさい。長時間って何時間が長時間なんですか?」
女子高生Aが言い返す。
「え?」
「だったらお腹が痛くて入ってる人でも、あなたが長時間大便して途中追い出すんですか?」
「あ、いえ……」
「あなたに何の権限があってそんなことできるんですか? 人をトイレから追い出す権限なんて誰にもないと思いますけど?」
「……すいませんでした」
「うん、失礼します」
女子高生Aが去ろうとする。
「……(何!? 何!? 完敗じゃん!!)」
「あ~あ、やっぱり強行突破するしかないのね」
杏樹が呆れた声で呟く。
「……」
「もういい! 私が行くわ!」
杏樹がGLOCK17を手に、女子高生に立ち向かう。
「あの、他のお客様から苦情が来てるんですよ!!」
「は? 苦情って何? どこの誰が言ってるんですか? だったらその人に直接言わせてください。人のトイレ焦らすなって」
「アンタねぇ!!」
「杏樹さん! 耐えてください!!」
「どっちかの苦情受け付けないっておかしいですよね? それって民主主義じゃないですよね?」
「あ、なるほど民主主義ですね……申し訳ございませんでした」
「何納得してるのよ!」
「すみません……!」
「わかってもらえればそれでいいんです」
「はい」
「こらぁ!」
女子高生がまたドアを閉めようとするが――
「待ちなさいよ!」
杏樹が叫ぶ。
「!!」
「ここはトイレよ!! 公共の場で占拠するなんて恥ずかしいと思わないわけ!!」
杏樹が女子高生の腕をガシッと掴む。揉め事がスタート!
「ちょっと何なのよ! 離して!」
「出ていきなさいよ!」
「離して!!」
「ダメよ! 離すわけにはいかないわ!!」
「離してったら!!」
「高山!! 手伝って!!」
「ええっ!!? だって相手は俺と同じ年の女子高生ですよ!!」
「今は歳の差なんて関係ない!! 手伝いなさい!!」
「はいっ!!」
直人も加勢し、女子高生の右腕を掴む!
「ちょ……アンタまで!? 離しなさいよ!!」
「離しません!!」
「キモ過ぎるんだけど!!」
グバァッ!
女子高生が直人を振り切り、直人はトイレの外に吹っ飛ばされる。
「高山っ!」
「アンタもしつこいんだよ!!」
女子高生Aがキレた。ついに本性が露わに!
「行こう」
立ち去る前に、女子高生たちが直人に侮辱的な言葉を浴びせる。
「このオタクが」
「バーカ」
「うぜーんだよ」
「(くそぉっ!! 悔しい! 悔しい! 悔しい! 悔しい!俺、何もできずにバカにされて、こんな屈辱味わうのか!?)」
直人、落胆。
杏樹はGLOCK17にドラムマガジンを装填し替え、女子高生たちを追跡開始。
「どこへ行くんです?」
「飲み物買ってくる」
「(嘘だろ! 絶対嘘だろ!!)」
杏樹が去り、直人は呆然。
すると――
「大丈夫ですか?」
清楚で美しい声。振り返ると、レディ・スマイル(L.S)が立っていた。
「え、はい……」
「汚れてるわ。これ使って」
彼女がハンカチを差し出す。
「大丈夫です」
「遠慮せず使って」
「(^_^)」
「研修頑張ってね!」
「(え!? 何で俺が鉄道OJT研修してるって知ってるの!? いや待て、気にしたら終わりだ! 考えるな感じるんだ!――――――よし! 明日の朝ハクってみる!!)」
「告ってみるじゃないの? 高山君」
「ぬあぁぁぁぁっ!! 飯田さん!! いつからそこに!?」
「そうね……二人が多目的トイレで女子高生と揉めてた辺りかな~?」
「あぁ……ほぼ最初から見てたってわけですね」
「それより高山君は好きな人いるの?」
「ええぇっ!!? 何!? 何を言ってるんですか!? 警四には桜井と小海さんがいるし、それ以外にいませんよ!!」
「まぁいいわ。向こうで銃撃よ。被害者は女子高生4人よ」
「それってまさか……!?」
向こうから悲鳴が。
ガガガガガガガガガッ!!
銃声が鳴り響く!
「な、何なのアンタは!!」
「多目的トイレの長時間使用、及び理由もなく占拠するなんていい度胸ね」
「こいつヤバいよ!」
「キチガイよ! キチガイ公安隊員!!」
「逃げよう! 早く逃げないと! マジヤバいって!!」
ガガガガガガガガガガッ!!
また銃声が!
「(やっぱりこの人、桜井以上にヤバい! まるで獣を追うハンターだ!!)」
その時、レディ・スマイルのハンカチが直人の口元に触れ――
「……(あ、何かいい匂い)」
ラベンダーの香りが漂ってきた。
「(何!? この癒しは何!?)」
直人の心が一瞬だけ安らぐのだった。
帰宅ラッシュのピークが過ぎ、ホームには別れを惜しむカップルの姿がチラホラ。
「(イチャつきたいなら家でやってくれ!)」
そう思いながらも、ジロジロ見てしまうのが高山直人だ。だって人間だもの。好奇心には勝てない。
すると――
「ねぇ頼むよ。何とかわかってくれよ」
誠が必死に訴える。
「わかってないのはそっちでしょ! 誕生日は一緒にいてくれるって言ったじゃない! どーして……どーして桂さんの所に行くのよ!!」
世界が涙目で詰め寄る。
「違うんだ! あれは言葉が勝手に……!! だからさっきから俺が謝ってるだろ。何とか言ってくれ! 世界!」
「もう、知らない。桂さんの所に行けば!?」
鉄道OJT研修で國鉄リニアまたは新幹線運転手志望の高山直人、見抜いた。
「(アンタら、浮気だね)」
でも、明日告白を控える直人にとって、こんなドロドロした汚れた恋愛なんて興味ゼロ。
「(俺の青春はもっとピュアでキラキラしてるはずだろ!)」
「俺だって事情あるんだ!」
「聞きたくない!!」
バシィッ!!
世界が誠にビンタをお見舞い。
「……世界」
「もういい!! さっさと桂さんの所に行きなさいよ!!」
「……」
「(……ど、どうなるんだ!? この某ヤンデレ系のエロゲーみたいな展開は!!)」
直人の予想は「男が女を抱きしめる」。ベタだけど感動的だろ?
が!!
「!!―――」
グサァッ!
世界が包丁で誠を刺した。
「ぐはぁっ!!」
「(え、ウソだろ!?)」
「あたしを放っておいて、自分だけ桂さんと幸せになろうなんて!!」
「せ……か……い……」
「!」
世界が包丁を抜き捨てると、誠が血まみれで呻く。
「何!? え!!? まさかこの展開は!!!」
「心配してたんだぜ……俺、世界の事……」
「!!!!」
「世界のことを……を……」
「いやああああああああああああああああああっ!!!」
世界が悲鳴を上げて逃げ出し、誠がホームに倒れ込む。
「!!!!!!!! だ、誰か救急車を!!! 救急車を呼んでください!!!!」
直人がパニックで叫ぶ。
一方その頃、杏樹は――
「鈴蘭」
健次郎の声に、杏樹が反応。
「はい!」
「ちょっとこっち来て。あっちでお土産もらっちゃったから」
「お土産ですか」
「そうや。それとお土産の意味わかってるだろうな?」
「お土産って単なるお菓子か万頭でしょ?」
「ドアホ! んなわけあるか!! そんなに欲しかったらあげるわ。ほい、お土産な」
健次郎が渡してきたのは――清掃用具。
「お土産って言うのはな、まぁアレや。アレ、嘔吐物。ゲロや」
「はぁっ!!? 」
「ほな頑張ってや」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
仕方なく、杏樹は『お土産』を処理するハメに。おかくずを振りかけて水分を吸わせ、回収するのが王道の片付け方だ。
「何で私がこんなことを……」
愚痴りながら作業を終えた10分後、杏樹は思いがけない光景を目撃する。
「!!」
血まみれの服を着た女性――さっき直人が見たカップルの世界だろう。彼女が時刻表駅案内板に唇を重ねていた。
「(大人の恋って素直じゃないわね)」
杏樹が心の中で呟く。
そして、心の中でアナウンス。
「(泥沼関係発。地獄行き特急列車が参りまーす)」
数分後
世界は殺人未遂で逮捕された。
直人が研修中の第四警戒班は、ぶっちゃけ雑用だらけ。
特に終着駅の高尾駅では、寝てる乗客を起こすのがお仕事だ。
「お客様、終点です」
直人が穏やかに声をかけると――
「あぁ、ほなはよ言え! はよ!」
酔っ払い客Aが呂律の回らない口調で文句を垂れる。
「言ってますけど、申し訳ございません」
「おぉもう!」
「お気をつけて」
酔っ払い客Aがフラフラと去っていくのを見送り、直人は小さくため息。
「大丈夫? 学生さん」
杏樹が心配そうに声をかける。
「はい……何とか」
「はい、これ」
杏樹が栄養ドリンクを差し出す。
「ありがとうございます!」
「眠気が吹っ飛ぶ栄養ドリンクよ。これ飲んでもうひと踏ん張りよ!」
「はい!(杏樹さん、マジ天使……!)」
直人がグイッと飲み干し、気合いを入れ直す。
「車庫に入りまーす!」
「終点でーす。車庫に入りますよー!」
二人は見回りに突入。車内にまだ乗客が残ってないか確認するためだ。
が、中には――全く起きない乗客が!
「zzzz……」
酔っ払い客Bが爆睡中。
「……」
直人の顔が引きつる。
「お客様。お客様。起きてください! 終点ですよ!!」
杏樹が声を張るが――
「うっさいな! このアマ!!」
酔っ払い客Bが寝ぼけながら暴言を吐く。
ブチッ
杏樹の顔が「<`ヘ´>」に変形。怒りの臨界点突破だ。
「杏樹さん、耐えてください!」
直人が慌てて制止。
「……触ってません!」
酔っ払い客Bが急に弁解っぽいことを呟く。
「………」
杏樹、無言で殺意のオーラを放つ。
「……」
直人も言葉を失う。
すると、杏樹が突然動き出した。
酔っ払い客Bを背中に抱える!
「よっこいしょういちっと! 重い! くっ……!!」
「俺が抱えましょうか!?」
「あなたは見てなさい!」
「ですが!」
「いいから!」
「……はい」
「(私は一体、何をしてるの!? こんな汚らわしいハゲオヤジの髪の臭いを嗅がなきゃいけないの!? 不公平じゃない!!!)」
杏樹の心の中で悲鳴が響く。酒と汗が混じった強烈な臭いに耐えながら、彼女は必死に運ぶ。
「うぅぅっ!! ……」
「大丈夫ですか!!?」
「平気よ! 気にしないで……」
「はい………(何!? この状況何!? 俺、何もできずに見てるだけって……情けねぇ!!)」
直人の胸に無力感が広がる。
でも、杏樹の頑張りに比べれば、自分が動くなんておこがましい気さえしてきた。
終着駅の夜は、まだまだ長い――。
五時間の仮眠が終了。
絶対に遅刻が許されない駅員は、空気を膨らませる特殊な枕を採用してる。コレさえあれば朝はバッチリ起きられる!
「おはようございます」
直人が眠気まなこをこすりながら事務所に入ると――
「おはよう。24時間勤務お疲れ様。研修生ながら見事に感心したわ」
杏樹が珍しく褒めてくれる。
「え、認めてくれるってことですか?」
「まぁね。そーいうことになっちゃうかな。お客様が来るわよ! 行くわよ!」
「はい!」
24時間勤務最後の大仕事――それは通勤ラッシュだ!
「3番線に快速列車が参ります。白線の内側から黄色い線までお下がりください!」
杏樹がアナウンスを響かせる中、直人は戦場へ突入。
「すいません! 押しまーす!」
乗客を列車に押し込む作業、通称“ケツ押し”。直人が必死に押すと、車内はおしくらまんじゅう状態に。
「乗りまーす!」
乙哉と名乗る女性が叫ぶ。
「もう少し奥へ詰めてください!」
「くっ……きついよ」
「もうちょっと、奥へ詰めてください!」
「押して」
「え?」
「いいから押しなさいよ!」
「……(え~っ、何でこんな今にも桜井や小海さんを殺しそうな女性を押さなきゃなんねぇんだ!今押さなきゃ、散髪バサミで俺が刺される!)」
直人は覚悟を決め、仕方なく押す。
「し、失礼します!」
「ぐっ……」
「(世の中には触りたくないモノだってあるんだぜ! 池上彰も京本和也も、シバターですら知らない衝撃の真実だ!)」
鉄道OJT研修運転手志望の高山直人、ここで一つ学んだ。
「!」
「ひゃっ……どこ触ってんの……あぁっ」
「すいません!」
その時――
「すみません!」
ドサクサに紛れてキョウコと名乗る女性が車内に突入。
「うわぁっ!」
直人も巻き込まれ、車内に押し込まれる!
「すいません! 降ります! 降ります!」
「ちょっとアンタ! 降りるふりしてあたしのお尻触らないで!!」
「ええっ!!? 違います!! 俺はただ……」
「さっきから手に触ってんの、分かってんだから!」
「だから! 違いますって!!」
「あたしの体にベタベタ触るんじゃないわよ!! このド変態っ!!!」
「俺はただお客様を……」
ピンポーン
プシューッ
電車の扉が閉まり、直人は車内に置き去りに。
「ぬああぁぁぁぁっ!!!」
ホームで杏樹が「!!!!!」と目を見開く。
「降ります! 降ります! 杏樹さん!!! 何とかしてください!!!!(この状況何だ!? 何で俺、電車の中にいるんだ!?)」
その時――天使が舞い降りた。
あの清楚で美しいレディ・スマイル(L.S)が車内に現れる。
「……」
「(うおおお……まさかの再会! これって運命じゃね!?)」
そして、次の瞬間――地獄へ落とされた。
「お待たせ」
男性Sが彼女に近づく。
「遅いわよ!」
「ごめんごめん。大学で考古学の講習が長引いて」
「大学講師は大変ね」
彼氏らしき男は20代後半。ボサボサ髪に長年使った眼鏡、いかにも生田斗真系のイケメン。
直人にとっての勝算は……恐らくゼロ。
「う、ウソだ……」
愕然。
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
直人が誤って乗った電車はそのまま発車。目的地へと向かう中、ホームの杏樹はアナウンスマイクを手に取り、まるで惨めな失恋を見送るように歌を捧げた。
(高山直人、お疲れ様でした~♪)
直人の心は、通勤ラッシュの喧騒と共に遠ざかっていくのだった。
直人の24時間勤務が終わりを迎えたこの瞬間、彼の中で何かが響き合ってるかもしれない。
「始まりは理不尽な程愛おしく 終わりへと抗う姿試してる…?」
研修中の理不尽な出来事――酔っ払い客の罵声、女子高生との衝突、通勤ラッシュのケツ押し、そしてレディ・スマイルへの失恋。あれもこれも、愛おしくもありながら抗いたくなる試練だったのかも。
「何の為に産まれ生きていくのか もがくだけじゃ何も手に出来ない」
直人は鉄道運転手になる夢を追い、もがき続けてる。でも、今日みたいな日は「何も手に出来ない」虚しさを感じてしまう。電車に閉じ込められ、失恋のショックに打ちのめされた彼の心に、このフレーズが突き刺さる。
「運命のlogicに踊らされた虚夢の楽園 そこに、意味はあるのか?」
直人が追い求める「親方日の丸一生安泰國鉄人生」は、果たして楽園なのか? それとも運命に踊らされた虚夢なのか? 杏樹の過激な行動や、予想外の出来事に翻弄されながら、彼はそんな疑問を抱いたかもしれない。
「儚くも美しい絶望の世界で 砕け散った希望は 行き場を求めて」
失恋で砕け散った直人の希望は、確かに儚くて美しい絶望そのもの。でも、レディ・スマイルのハンカチのラベンダーの香りが、彼に新たな決意を芽生えさせた瞬間でもあった。
「I wanna fly! (high!) Fly! (High!) 生温い時間なんて切り捨て」
杏樹がくれた栄養ドリンクで眠気を吹き飛ばし、直人は「生温い時間」を切り捨てて立ち上がる。通勤ラッシュの過酷さも、飛翔への第一歩だ!
一方、杏樹の視点では――
「果てしなく深く広がる海のように 壊れても輝き放つ星のように」
彼女は女子高生を追ってGLOCK17をぶっ放し、ゲロ掃除までこなす過酷な現実を生きてる。でも、その中でも壊れずに輝こうとする星のような強さがある。
「瞳に映ってる その幸せは誰のモノなの…?」
直人がレディ・スマイルに惹かれる一方で、杏樹は「幸せって誰のもの?」とシニカルに眺めてる。泥沼のカップルを見て「大人の恋って素直じゃないわね」と呟いた彼女らしい視点だ。
「潔く飛び立とう 明日が待ってる 同じ朝は二度と訪れない」
直人も杏樹も、今日という過酷な一日を終えて、明日へと飛び立つ。同じ朝は二度と来ない――だからこそ、直人は失恋を乗り越え、杏樹はGLOCK17を手に新たな決意を胸に秘める。
「そして… 儚くも美しい絶望の世界で 砕け散った希望は 新たな決意へ」
二人の物語は、この歌詞のように絶望の中から新たな決意へと向かっていく。直人は「明日の朝ハクる(告る)」と決めたし、杏樹は「次はお土産押し付けられたらブチ切れる」と心に誓ったかもしれない。
「高らかに捧げよう 永遠への歌を」
そして、東京駅の喧騒の中で、二人はそれぞれの「永遠への歌」を奏で続けるのだ。
直人と杏樹は、終着駅のホームで最後の戦いを終えた。
酔っ払い客を無理やり降ろし、通勤ラッシュのケツ押しを乗り切り、失恋の痛みを胸に刻んだ直人は、それでも立ち上がった。
「I wanna fly! 高く飛びたいんだ!」
彼の叫びが夜空に響き渡る。
「(いや、飛べねぇよ! 現実見ろよ俺! でも気持ちだけでも飛んでやる!!)」
心の中でツッコミつつ、直人の顔にはどこか清々しさが浮かんでる。
杏樹が小さく笑う。
「You feel the beat! 響かせなさいよ、バカね(このバカ、叫ぶ元気残ってるなら掃除手伝えっての)」
彼女のジト目が直人の背中に突き刺さるけど、言葉には微かな優しさが滲んでる。
車庫へ向かう電車の汽笛が遠ざかり、ホームに静寂が訪れる。
直人は疲れ果てた体を引きずりながら事務所へ戻っていく。足取りは重いのに、顔はなぜか晴れやかだ。
「(失恋したけどさ……俺、今日一日頑張ったよな。親方日の丸、諦めねぇぞ!)」
その背中を見送りながら、杏樹がポツリと呟く。
「あのバカ」
呆れた声には、ほんの少しの温かさが混じっていた。
「(まぁ、こいつがいるから退屈しないんだけどね)」
儚くも美しい絶望の世界で、二人は新たな決意を胸に刻んだ。
紅に染まる記憶に涙を忘れ、高らかに捧げる永遠への歌――それは、まだ始まったばかりだ。
(劇終)
レディ・スマイル(L.S)は『舞-乙HiME~0~S.ifr』のレナ・セイヤーズですね。
清く正しく美しき女性です。