常務室の喧騒から少し落ち着いたオフィス。書類の山に囲まれたデスクで、ちひろが突然顔を上げた。
「プロデューサー!」
「あ、千川さん」
武内Pが穏やかに振り返る。
「鹿島さんのイベントの場所、分かったわ」
ちひろがメモを手に持つ。
「どこです?」
武内Pの声に、ほのかな緊張が混じる。
「南紀白浜」
「南紀白浜……?」
武内Pが一瞬固まり、遠くを見つめるような表情に。南国のビーチとアイドルのイメージが頭をよぎったが、すぐに現実に戻る。
「担当者に電話しますね」
ちひろがスマホを手に取ろうとすると、武内Pが慌てて止めた。
「いや、私が掛けます」
彼はポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきで番号を入力。緊張感を隠しつつ、通話ボタンを押した。
プルルルルッ
《はい、こちら日本國有鉄道総務本部広報部宣伝課イベント係です》
電話の向こうから事務的な声が響く。
「あの、346プロの武内と申します。担当者と話したいんですが」
武内Pは丁寧に、しかししっかりと伝えた。
《少々お待ちください》
チャラチャラチャラチャララン♪ チャラララン♪ チャラララン♪ チャララララン♪
保留音が流れる中、武内Pは無意識に足をトントンと鳴らす。やけに長い待ち時間に、内心の焦りが募る。
《はい、こちらお電話変わりました。担当者の渡部です》
ようやく繋がった声は、どこか疲れ気味の男だった。
「346プロの武内です。イベントの件についてですが」
武内Pが切り出すと、渡部健太郎が申し訳なさそうに遮る。
《あ~、申し訳ございません。先週、鹿島乃亜さんのマネージャーさんからお電話があって。もう手一杯なんですよ》
「そこを何とか」
武内Pが食い下がる。声にわずかな熱がこもる。
《と言っても……こっちは仕事なので》
渡部が困ったように言葉を濁す。
武内Pは一瞬考え込んだ。イヤミPの「手段を選ばない」という言葉が脳裏をよぎるが、彼はあくまで正攻法を選ぶ。
「南紀白浜以外ならイベント開かれるんですよね?」
《あ、はい。他に行けるところは……奈良駅の近くにある、なら100年会館だったらスケジュール空きまくりですよ》
渡部が少し明るい声で答えた。
「それでお願いします」
武内Pは即座に決断し、ホッと息をついた。
電話を切った後、彼はちひろの方を振り返る。
「奈良か……文香さんにはぴったりの場所かもしれないな」
頭に浮かんだのは、古都の静かな雰囲気の中で本を手に微笑む鷺沢文香の姿。
一方で、鹿島乃亜が南紀白浜の華やかな舞台で輝くイメージが対照的にちらつく。
「(負けるわけにはいかない……対抗心、か)」
武内Pは静かに拳を握り、次の作戦を練り始めた。