RAILJACK番外編   作:マブラマ

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光の第一歩

東京、警視庁本部。朝の陽光がガラス張りのビルに反射し、喧騒の街に静かな威厳を与えている。神長香子は黒いスーツに身を包み、緊張した面持ちで正面玄関を見上げる。彼女の手には、警視庁の採用通知。ロストック港での出来事から半年、ベアトリクスの言葉が彼女をここまで導いた。だが、暗殺者として生きてきた彼女にとって、この場所はあまりに眩しすぎる。

「警察のトップ、か…冗談じゃない――よな」

香子は呟き、眼鏡の奥で小さく笑う。クローバーホームの追っ手を振り切り、ドイツ連邦情報局に救われたあの夜。ベアトリクスの言葉は、香子の心に深く刺さっていた。「あなたならできる」。その一言が、彼女に新たな道を選ばせたのだ。だが、過去の傷は消えない。慕っていた先輩を失った記憶、黒組での失敗、そして自分が蒔いた爆弾の爆音――それらは今も彼女の夢を苛む。

玄関をくぐると、若い警察官たちが忙しなく行き交う。香子はキャリア組として採用された新入職員だ。彼女の履歴書には、明星学園での優秀な成績と、海外での「特殊な経験」が記されている。クローバーホームの暗殺者だった過去は、ベアトリクスの手引きで巧妙に隠された。だが、香子自身、その過去を忘れることはできない。

「神長香子さん、こちらです」

事務員に案内され、香子は会議室へ向かう。そこには、彼女と同じキャリア組の新入職員たちが集まっていた。皆、名門大学出身のエリートたちだ。香子は彼らの視線を感じながら、静かに席に着く。規律正しい姿勢、鋭い眼差し――明星学園で黒組の委員長を務めた頃の癖が、彼女を自然とリーダー然とさせる。

「ふむ、なかなか面白い経歴だな、君は」

声をかけてきたのは、隣に座る男性。名札には「佐藤健太郎」とある。法学部卒の彼は、香子に興味津々の笑みを向ける。

「海外での経験って何だい? スパイでもやってたのか?」

冗談めかした口調に、香子は一瞬だけ凍りつく。だが、すぐに冷静さを取り戻し、微笑む。

「ただの留学です。少し…刺激的でしたが」

彼女の声は穏やかだが、その裏にはワルサーPPKを握る指の記憶が隠れている。佐藤は笑って話を流すが、香子は内心で舌打ちする。

「迂闊な質問はご遠慮願えませんか?」

会議室でのオリエンテーションが始まる。講師は警視庁警備部のベテラン管理官、田中誠一。香子たちの任務は、単なる書類仕事ではない。テロ対策、要人警護、組織犯罪の摘発――キャリア組には即戦力が求められる。田中の厳しい視線が新入職員たちを貫く中、香子は静かに彼の言葉を分析する。

「クローバーホームみたいな組織…日本にもあるかもしれない」

彼女の脳裏に、かつての暗殺者養成機関の記憶が蘇る。あの冷酷な訓練、仲間を裏切ることを強いられた日々。そして、涼に託した首輪型の爆弾。香子は無意識に首に手をやる。あの時、涼はどう思っただろう。信頼? それとも裏切り?

オリエンテーション後、香子は田中に呼び止められる。

「神長君、君の経歴には注目している。警備部で働いてみないか?」

田中の声は静かだが、どこか試すような響きがある。香子は一瞬、ベアトリクスの眼差しを思い出す。

 

「あなたならできる」。

 

彼女は小さく頷く。

「はい、検討します」

その夜、香子は警視庁近くの寮で一人、窓の外を眺める。東京の夜景は、ロストック港の闇とはあまりに対照的だ。彼女の机には、明星学園の卒業アルバム。開けば、黒組の仲間たちの顔がそこにある。兎角、晴、涼――そして、クローバーホームにいた彼女が失った先輩の笑顔。香子はアルバムを閉じ、眼鏡を外す。

「暗殺者を辞めたかった…でも、この道で本当にいいのだろうか?」

自問する声は小さく、夜に溶ける。だが、彼女の心には、微かな火が灯り始めていた。警視庁での生活は、彼女に新たな戦場を与えるだろう。クローバーホームの亡魂を振り払い、自分の罪を償うための戦場だ。

翌日、香子は警備部の面接に向かう。そこには、彼女の想像を超える試練が待っていた。警備部の訓練場で、彼女は模擬戦闘のテストを受ける。対戦相手は、佐藤を含む同期たち。だが、香子は気づく。訓練場の端に立つ見知らぬ男の視線――それは、クローバーホームの刺客を思わせる冷たさだった。

「まさか…ここまで追ってきた?」

香子の手が、無意識に腰に伸びる。だが、そこにワルサーPPKはない。彼女は深呼吸し、眼鏡を押し上げる。暗殺者としての本能が目を覚ます。

「いいだろう。私は、負けないから」

彼女の唇に、かつての皮肉な笑みが戻る。警視庁という新たな戦場で、香子は自分の居場所を掴むため、一歩を踏み出す。

 

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