駅売店研修
AM6:00
駅のホームに朝の冷たい風が吹き抜ける中、札沼まりは緊張と期待を胸に秘めて立ち尽くしていた。
「おはようございます! 今日から研修させていただく札沼まりです。よろしくお願いします!」
彼女の声は少し震えていたけど、決意に満ちていた。そう、まりは食堂アテンダントになる夢を叶えるため、この駅の売店でOJT研修に挑むのだ!
すると、目の前に現れたのは一人の女性。
「ん? 今日から入った研修生かい。あたしはジャスミンだ。よろしくな」
ジャスミン、と名乗ったその人は、どこか貫禄漂う雰囲気。髪には白いものが混じり、目尻には年季の入った皺が刻まれている。
まりは一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して元気に返した。
「あ、はい! よろしくお願いします!(見た感じベテランっぽいし、結構年取ってる……? でも私、こんなことでへこたれるわけにはいかないんだから!)」
まりは心の中で拳を握り、自分を鼓舞した。
そう、この駅の売店のスタッフは9割以上が女性で、そのほとんどが熟練の域に達したお姉さま方ばかり。(一部の例外を除いて、ね)
そんな中、ジャスミンが口を開く。
「しかし、若いのが来てくれて助かったよ。早速だけど、新聞の積み方教えるから見てな。まずは10部ずつ、こうやってタケノコ状に並べるのさ」
彼女の手さばきはまるで魔法のよう。新聞が次々と、まるで竹の子が地面から顔を出すみたいに整然と積み上がっていく。
「おぉ……!」
まりは思わず感嘆の声を漏らした。
「こういうのは業界じゃ『タケノコ』って呼んでてね。見出しも見やすいし、たくさん入っても対応できるんだ」
ジャスミンはドヤ顔で説明を続ける。
「なるほど、すごい技ですね!」
まりの目がキラキラ輝く。
「ハハハハハッ! そりゃあ40年勤めてりゃ、このくらい朝メシ前だよ!」
ジャスミンが豪快に笑うと、まりは一瞬固まった。
「えっ!? 40年!!?(……ってことは……20歳で始めたとしても……〇〇歳ってこと!?)」
頭の中で電卓を叩くまり。衝撃の事実に目が点になる。
でも、なぜだろう。ジャスミンのその豪快さ、どこかお茶目な口調に、まりは妙な安心感を覚えた。
「(変わった人だけど……この人ならついていけそう!)」
お花畑のようにキラキラした瞳で、まりは確信した。
この研修、きっと面白いことになりそうだ――!
いよいよ営業スタート!
駅の売店に朝の喧騒が押し寄せ、まりは初めての接客にドキドキしながらレジに立っていた。
「160円です。200円お預かりしますので……えっと、お釣りは……」
まりが頭の中で計算を始めたその瞬間、横からジャスミンの声が響く。
「40円のお釣りだよ!」
パッと小銭を差し出すジャスミン。男性客は「どうも」と受け取り、
「いってらっしゃい!」とジャスミンが爽やかに送り出した。
その一連の流れ、まるで魔法を見ているかのようだった。
まりは目を丸くしてジャスミンを見つめる。
「あの……どうして一瞬でお釣りを返せるんですか!?」
するとジャスミンはニヤリと笑い、秘密のアイテムを取り出した。
「これがあるから、一瞬でお釣りを返せるんだよ」
「!?」
まりの視線の先に現れたのは――駅の売店の秘密兵器『おつりセット』!
そう、小銭があらかじめ小分けにされた、まるで戦士の武器庫のような小さなトレーだった。
「朝のお客さんってさ、電車にギリギリで飛び乗る人が多いだろ。一秒でも早くお釣りを渡せるように、これを使ってるのさ」
ジャスミンの説明に、まりは感嘆の声を漏らす。
「へぇ……! なるほど、これって何年前からあるんですか?」
「そうだな……」
ジャスミンは少し遠い目をして、ポツリと言った。
「あたしが初めて使ったのは、東京五輪の時かね?」
「!!!!!!!!?」
まりの頭の中で警報が鳴り響く。東京五輪!? え、待って、それって1964年!?
「ええええええっ!!!!?」
まりの心臓がドクンと跳ねた。
「あん時は東洋の魔女が金メダル取ってさ、すげぇ盛り上がりだったなぁ」
ジャスミンが懐かしそうに笑う中、まりの頭はフル回転。
「(東洋の魔女ってあのバレーボールチーム!? ってことは、この人一体何歳なの!? いやいや、そんなはずないよね!? でも、でも……!)」
混乱するまりだったが、ふと我に返った。
「(いや、待って! 年齢なんて関係ない! この人のスキルとカッコよさがあれば、何歳だって最高なんだから!)」
そう、札沼まりにとって、ジャスミンはまさに憧れの存在になりつつあった。年齢なんてただの数字にすぎない!
お花畑のような瞳でジャスミンを見つめるまり。
すると、ジャスミンが突然爆弾発言を投下してきた。
「そういえば、あの頃は赤木圭一郎にナンパされてね~」
「誰!?」
まりのツッコミが朝の売店に響き渡った。
「(赤木圭一郎って誰!? 歴史上の人物!? いやいや、この人の青春エピソード、絶対ヤバすぎるでしょ!)」
こうして、まりの研修初日は、ジャスミンの底知れぬ過去と共に幕を開けたのだった――!
AM7:00 売店、最混雑の戦場へ突入!
朝の通勤ラッシュがピークを迎え、駅の売店はまるで戦場と化していた。客の波が押し寄せ、レジ前には殺気立った行列がズラリ。まりの心臓はバクバクだ。
駅員Aが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「すいません! あっちの自動販売機が調子悪いんで、ちょっと見てもらえますか?」
ジャスミンは余裕の笑みを浮かべて答えた。
「あいよ。ちょっくら外すから、レジ頼むよ!」
「えっ!? ちょ……ええっ!!?」
まりの叫びも虚しく、ジャスミンは颯爽と去っていく。
「(ちょっと待って! 私、一人じゃ無理だってば!)」
すると、早速通勤客が押し寄せてきた。
「一万円お預かりします。少々お待ちください!」
まりが必死でお釣りを計算していると、通勤客Cがイラついた声で叫ぶ。
「早くしてくれ!」
「すみません! 東京スポーツが一点と……」
通勤客Aが割り込んでくる。
「そのくらい、ちょっと計算しろよ!」
さらに通勤客Bが横から乱入。
「ちょっとこれ取ったから、先やってくれよ!」
通勤客Aがキレ気味に反撃。
「みんなくそ並んでんだから!」
通勤客Bも負けじと返す。
「早くしないと乗り遅れちゃうだろ!」
「うっせーな、ハゲ!」
「何だと、デブ眼鏡!」
「(何! この修羅場!)」
まりの頭の中はパニック状態だ。
そこに、謎の三人組が加わってさらにカオスが加速する。
鳰がのんびりした声で呟く。
「前、詰まってますっスよ~」
しえなが苛立ちを爆発させる。
「おい、何やってんだよ!」
乙哉が眠そうな目をこすりながら言う。
「早くしてくんない? 仕事に遅刻しちゃうよ~」
しえなが即座にツッコむ。
「お前、何も働いてないだろ!」
乙哉がニヤリと反撃。
「しえなちゃんだって、いつもサボってるくせに~」
「サボってなんかない! フリーターの分際で偉そうに言うな!」
「ここで切り刻む?」
「ボクを殺すのか? 早朝の駅の売店で!?」
鳰が仲裁に入るも、
「まぁまぁ、二人とも仲良くやりましょうよ~」
乙哉としえなが同時に叫ぶ。
「「お前に言われたくないわ!!」」
鳰は肩をすくめて苦笑い。
通勤客Aがまりに矛先を向ける。
「何ボーッと立ってんだ! 早くやれよ!」
「は、はい!(朝の通勤客って、時間が命すぎて殺気立ちすぎじゃない!?)」
まりは内心で叫びながら必死にレジを叩く。
「235円になります!」
通勤客Aがスマホをかざす。
「kokukaで!」
「はい、こちらの機械で!」
ピピッ……ピッピッピッ!
「あ、申し訳ございません。残高不足ですね」
「え?」
通勤客Aが固まる中、しえなが冷たく言い放つ。
「一旦下がれよ!」
乙哉が追い打ちをかける。
「そうよ、アンタは引っ込んでなさいよ! このスカポンタンが!」
「(給料日前って残高不足の人が多すぎる……!)」
通勤客Aがブチギレモードに突入。
「何で足りねぇんだよ! 腹立つな……!」
「(何! 私がキレられる理由!? 平社員のくせに役者みたいな仕事して、すっかりスクリーンの端っこが定位置になってきたわね!)」
夢と現実が交錯する中、まりは内心で毒づく。ちなみに朝の売れ筋は新聞、煙草、栄養ドリンク、口臭予防タブレットあたり。中には意外なものも売れるけど……。
すると、聞き慣れた声が近づいてきた。
「あの……」
「いらっしゃ――って、桜井さん!? どうしたんですか? 何か事件でも?」
現れたのは、桜井あおい。少し疲れた顔でまりに近づく。
「特に今のところ何も。それより……ストッキング、ある?」
「あるけど……伝線しちゃったの?」
あおいがため息混じりに答える。
「高山が。あいつがバカだから、私の股座に当たって……」
「あらら……(桜井さんでも、こういうハプニングあるんだな……)」
まりはちょっと親近感を覚える。
「いくら? 電子マネーで払うわ」
「kokukaね。こちらの機械で!」
ピッ……ピッピッピッ!
「ごめんなさい、残高不足のようね」
「こんな時に!」
あおいが焦る横で、別の声が助け舟を出す。
「あおい、私が払うわ」
現れたのははるか。さっと電子マネーをかざす。
ピッ!
「399円ちょうどね。はい」
「すみません」
「いいのよ。こっちは売店の研修受けてるだけだし」
あおいが申し訳なさそうに呟く。
「ごめんね、はるか」
「気にしないで。それより、飯田班長が――」
「え? 何かしら?」
朝の売店は、予測不能なドラマの連続だった。まりの研修初日、まだまだ波乱が続きそうだ――!
10分後 売店に新たな波乱が!
朝の喧騒が少し落ち着いたかと思いきや、レジに新たな影が近づいてきた。
「私もストッキング頂戴!」
「はい、喜んで――って、ひぃっ!」
まりは思わず声を上げてしまった。目の前に立っていたのは、女装した男性だったのだ! しかも、その立ち姿は妙に堂々としていて、ストッキングが似合いそうなムッチリした太ももが印象的。
オネェAがキッと目を細める。
「は? 何よ、何か文句あるわけ?」
「いえ! 決してそんなわけでは!」
まりは慌てて手を振る。すると、オネェAがさらに畳みかけてきた。
「ちょ……ヤラシイ目で見ないでよ!」
「はぁ!!? (いやいや、こっちがビックリしてるんですけど!?)」
まりの内心はツッコミで炸裂だ。
そこに、オネェBが横から冷静に一撃。
「意識したらどうすんのよ?」
オネェCがさらに追い打ちをかける。
「絶対無理! 気持ち悪いわ!」
オネェAがバッサリ締めくくる。
「もう行きましょう!」
そう言い放つと、女装した三人組はヒールの音を響かせて颯爽と去っていった。
まりは呆然とその背中を見送りながら、ポツリと呟く。
「(ムカつくけど……割といい人かもね。あの太もも、めっちゃ鍛えてるのかな?)」
そう、札沼まりには新たな性を否定しない柔軟性が備わっていた。驚きつつも、どこかで相手を受け入れる心の広さが、彼女の隠れた魅力だったのだ。
「(まぁ、売店ってこういうサプライズもあるよね!)」
まりは気を取り直し、次の客に笑顔を向けた。研修初日、まだまだ何が起こるかわからない――!
AM8:00 朝の売店に新たなドラマが勃発!
朝の喧騒が一段落した売店に、一人の男が慌てた様子で駆け込んできた。
「すいません、ネクタイあります?」
まりは一瞬目を疑う。
「え? ネクタイですか?」
「はい」
誠、と名乗ったその男をよく見ると、すでにネクタイを締めている。
「……お客様。ネクタイされてるじゃないですか」
「……いや、そうなんだけど………」
誠が気まずそうに目をそらす。まりは無言で彼を見つめる。
「(何! この状況!?)」
すると、横から一人の女性――言葉が颯爽と登場。
「ネクタイありましたよ!」
「おおっ、さすが俺の言葉だな。どれにしようかな?」
言葉がニコニコしながら一つのネクタイを差し出す。
「誠君にはこれがお似合いだと思いますよ」
「これか~? 俺に似合うかな?」
「顔には似合うって顔してますよ」
「会社に行ったら笑われるよ」
「ふふ」
まりは首をかしげる。
「え? どういうこと?」
そこに、ジャスミンがドヤ顔で解説を始めた。
「あれは多分、朝帰りだね」
「えぇっ!?」
まりの目が飛び出しそうになる。
「見たところ、同じ会社の同僚って感じだよ。他の社員にバレないように、ネクタイだけ変えて出社するんだ」
「……!」
「(チクショー! 朝帰りかよ! 昨夜はさぞかしお盛んだったんでしょうね! 激しかったんでしょうね!)」
まりの頭の中では、誠の夜の冒険が勝手に妄想され、ちょっと混ざりたい気持ちが湧いてくる。
誠がネクタイを手にレジに差し出す。
「これお代」
「あ、はい、1050円になります」
「1050円か……」
言葉が誠にそっと耳打ちする。
「ね、誠君。念のために電車一本ずらした方が良くないですか?」
「え? それだと会社に間に合わないよ」
「大丈夫です。後で口裏合わせますから」
「……そうだね」
と、そのタイミングで新たな男が登場。
「お、誠!」
誠が振り返ると、そこには泰介と名乗る -
「澤永。どうしてここに?」
「は? 同じ電車の時間帯だろ? ありゃ? 何で桂と言葉と一緒にいんだよ」
言葉が慌てて言い訳を始める。
「え? あ、最近引っ越したばかりなんで!」
誠がフォローを入れる。
「そうなんだよ、な! ハハハハハハハッ!」
言葉がさっと退散する。
「じゃ、また後で!」
「ああ」
まりが冷静に声をかける。
「お客さん」
「?」
「ネクタイ忘れてますよ」
「!!!」
泰介がニヤリと笑う。
「あれれ? 俺が思った通りだ。やっぱ桂と誠は付き合ってたんだな」
言葉が慌てて否定する。
「ち、違いますよ!」
誠がキレ気味に返す。
「冗談は顔だけにしろよ!」
「(ざまぁみろ!)」
まりは内心でほくそ笑んだ。そう、他人の不幸を見るのが嫌いじゃないのが、札沼まりという少女だったのだ!
朝の売店は、今日も小さなドラマで溢れていた――!
AM11:00 売店の一息と天使の遭遇!
朝のラッシュが落ち着き、売店に一時の静けさが訪れた。すると、ジャスミンが小銭トレーを覗き込んで呟く。
「あら、500円玉が少ないね。悪いけど、駅の事務所まで行って両替してくれ」
「わかりました!」
まりは颯爽と立ち上がる。小銭が少なくなったときは、駅員さんに両替をお願いするのが売店のルールだ。
事務所に向かう途中、まりはふと足を止めた。
「?」
視界に飛び込んできたのは、近年増えてきた女性駅員の姿。そう、彼女たちの凛とした制服姿は、駅に新たな風を吹き込んでいた。
「(私が男だったら、こう言うね。『あなたが、心の綺麗な人だけに見える天使さんですか?』って……!)」
まりの頭の中で、ロマンチックな妄想が花開く。
すると、そのタイミングで事務所から声が響いてきた。
「小海!」
振り返ると、そこにはベテラン風の駅員・健次郎が仁王立ち。目の前には、少し気まずそうに立つはるか――小海はるかだ。
「はい」
「アナウンス! 声出すとき小さすぎるねん! もうちょい腹抱えて声出さんかい! 元・総裁の孫娘やからって特別扱いはせえへんからな!!」
「……すみません」
はるかがシュンとする中、健次郎がさらに畳みかける。
「ちょっと一回やってみい!」
「はい……続いてまいります……」
「違う違う! そうじゃない! こうや!」
健次郎が突然、大声でアナウンスを始めた。
「ご乗車ありがとうございます! まもなく0番線ホームから青森行きの新幹線が参ります!」
はるかが首をかしげる。
「え? 青森行きは確か……」
「ええねん! これは例えや!」
健次郎の豪快さに、まりは思わずクスッと笑いそうになった。
「お、小海さん!」
まりが声をかけると、はるかが振り返る。
「あ、札沼さん。どうしたんですか?」
「これ、500円玉の両替お願いしたいんだけど」
「両替ですね。少々お待ちくださいね」
はるかが小銭を手に取り、慣れた手つきで両替を始める。その姿を、まりはうっとりと見つめた。
「(あぁ……なんて美しいんだろう。スラリと伸びた指、豊満な胸、溢れる包容力、そして真っ白な肌……!)」
まりの心の中で、詩的な賛美が止まらない。
「(天使さん! 私には天使さんが見えてますよ!)」
はるかが小銭を渡しながら微笑む。
「はい、500円玉です。ご確認ください」
「あ、ありがとう!」
まりは両替を受け取りつつ、心の中で叫んだ。
「(やっぱり、この駅には天使がいるんだ!)」
売店に戻る足取りは、どこか軽やかだった。研修中の札沼まりにとって、日常の中の小さな輝きが、また一つ増えた瞬間だった――!
10分後 売店に波乱の予感!
売店に戻ったまりは、ふと怪しい影に気づいた。
「?(オイオイ! こんな真昼間から泥棒なんて! 何て大胆な奴だ!)」
札沼まりの内に眠る“刑事の血”が騒ぎ出す。目を凝らすと、その怪しい人物が何かを物色しているように見えた。
「…!」
グイッ!
まりは一瞬でその人物の腕をつかんだ。
「私に見つかって、運が悪かったわね!」
「え? ちょっと何すんのよ!」
その声は意外にも女性っぽい。だが、まりは確信していた。
「何言っても無駄よ! さあ、事務所に行くわよ!」
「ちょ…何! やめてよ!」
「(これで事務所に連れて行けば、私はヒーローよ! そして高山君にデート誘っちゃおう!) 」
まりの頭の中では、すでに勝利のシナリオが完成していた。
すると、ジャスミンが慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと何やってんだい! その人は仲間だよ!」
「え?」
「ちょ、離してよ! 何すんのよ! もう!」
つかまれた腕を振りほどきながら、その人物――結城奈緒が憤慨する。ジャスミンが冷静に説明を始めた。
「この人はね、休憩要員の結城さんだよ」
「休憩要員?」
そう、駅の売店では、一人で切り盛りする販売員がトイレや昼食休憩を取れるよう、交代専用のスタッフが各売店を回っているのだ。
まりは気まずそうに頭を下げる。
「……あの、さっきはすいませんでした」
奈緒はため息をつきながら手を振る。
「もういいわ。それよりさ、さっきのジャスミンさん。いくつに見える?」
「え…? いくつに見えるって…?」
奈緒がニヤリと笑う。
「相当イっちゃってるって噂なのよ。何でもね、あのロバート・ケネディと付き合ってたとか」
「ロバート・ケネディって、あのケネディ大統領の弟!!?」
まりの目が飛び出しそうになる。
「そう、ロバート・ケネディよ。知ってる?」
「知ってます! 図書館で歴史学書をちょっと見たぐらいですけど…」
「でね、それで――」
奈緒のゴシップ話が始まりかけたその時、おじさん客が割り込んできた。
「あのさ、ちょっと良いかな?」
まりと奈緒が同時に応える。
「いらっしゃいませ!」
おじさん客が新聞を手にぶっきらぼうに言う。
「今朝、ここで新聞買ったんだけどさ。この新聞おかしいから返品したいんだよ」
奈緒が首をかしげる。
「おかしいって、どういうことですか?」
おじさん客がまりにグイッと近づく。
「あの…ちょっと姉ちゃん」
「はい?」
「この新聞、大事なページが抜けちゃってんのよ」
「大事なページ?」
おじさん客がニヤニヤしながら続ける。
「分かんないかな~? エッチなページだよ! エッチなページ!」
「え…?」
まりが固まる。そう、スポーツ新聞にはお馴染みだったアダルト特集ページだが、最近は廃止する新聞が増えているのだ。
おじさん客がさらに畳みかける。
「ほら! 130円、さっさと返してくれよ!」
まりは無言で顔を引きつらせる。
「………」
奈緒が冷静に対応する。
「お客様、大変申し訳ございませんが、一度開かれた新聞は返品することはできないんですよ」
おじさん客が奈緒をジロジロ見て、ニヤリ。
「……そっちの姉ちゃんもいい体してるな」
奈緒も顔を引きつらせる。
「…」
「(人間の性欲って、いくつになっても衰えないんだな…) 」
おじさん客と女性駅員のやり取りを眺めながら、まりはなぜか少し安心した。
「(まぁ、私の研修初日も、これで一件落着ってことでいいよね!)」
売店の小さなドラマは、こうして幕を閉じた――のか?
(終?)