常務室での熱い議論から数日後、イヤミPこと木下の策略が本格的に動き出していた。
プロジェクトクローネの知性派アイドル、鷺沢文香は、木下が用意したスパルタ特訓の嵐に巻き込まれていた。
静かな会議室には、鉄道関連の分厚い資料が山積み。文香は眼鏡をかけ直しつつ、膨大な知識を頭に叩き込むべく奮闘していた。
「鉄道公安職員と警察官の違いは分かっているよね?」
イヤミPが腕を組んで、鋭い視線を投げかける。
「はい。鉄道公安職員は主に鉄道施設や列車内での秩序維持を担当し、警察官はより広範な治安維持を担います。ですが……」
文香が少し声を小さくして続ける。
「何か分からない点でもあるのか?」
イヤミPが眉をひそめる。
「私、銃とか持つのは……ちょっと……」
文香が本を手に持ったまま、困ったように目を伏せた。
「はぁ………」
イヤミPが盛大にため息をつき、額を押さえる。そこへ、武内Pが穏やかな声で割って入る。
「そろそろこれぐらいにしてはどうでしょう?」
「そうだな……ってバカかお前は!」
イヤミPが突然声を荒げ、武内Pを睨みつけた。
「これじゃ鹿島乃亜に負けてしまうぞ! オイ武内、何で鷺沢文香に鉄道知識を身につけさせてるか分かるか? 対抗心だよ、対抗心! アイドル業界は次々と新しい奴が出てくる。新顔に押されて売れない奴は夜の世界に流れるか、最悪AVデビューだ。売れてる奴なんてほんの一握りなんだよ! 最初は売れてても、時代の流れで埋もれちまうんだ!」
「ハイ」
武内Pは静かに頷くしかなかった。
イヤミPは勢いを止めず、さらに畳み掛ける。
「だからこそ、万が一に備えて鹿島乃亜のスケジュールを盗み見て、それを写して書いたんだよ!」
「な……なんという下種な事を」
武内Pが思わず声を漏らす。
「俺は手段を選ばないよ。正論じゃこの業界は生き残れないんだ。最も下種な事でもやらなきゃ、アイドル業界自体が崩壊するんだよ! 分かってるのか?」
イヤミPの目がギラリと光る。
「そこでだ! 君にやってもらいたいことがある」
「何でしょう?」
武内Pが恐る恐る尋ねると、イヤミPはニヤリと笑った。
「偵察だ。鹿島乃亜のマネージャーは本物の鉄道公安職員に警護を頼むらしい。その中に、女性が2人いるって噂だ。武内! お前がその2人をスカウトしてこい」
「はぁ……ですが」
武内Pが戸惑いの声を上げかけるも、イヤミPは容赦なく遮る。
「俺が行けって言ったら行くんだよ! さっさと行け!」
「はい。木下さんは?」
武内Pが一縷の望みを込めて尋ねると、イヤミPは平然と答えた。
「俺? 俺は後から行くから」
「……」
武内Pは無言で肩を落とし、深いため息をついた。
一方、文香はというと、目の前の資料に目を落としたまま、内心で呟いていた。
「(私、こんな特訓を受けて本当に鉄道公安機動隊隊長になれるのかしら……? 本を読んでる方がずっと落ち着くのに……)」
こうして、イヤミPの無茶苦茶な策略が加速する中、武内Pは渋々ながら偵察任務へと向かうことになった。
鹿島乃亜の陣営に潜む女性鉄道公安職員をスカウトするなんて、どう考えても無謀すぎるミッション。
果たして、このアイドル戦争の行方は――そして、文香の運命はどうなるのか!?