ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-10- 絵に描いた魔物の絵の魔物

マルシルは魔物の群れに追い詰められているという状況にはややそぐわない、少し気の抜けた感じで一歩下がった位置から彼らの戦いを眺めていた。

二人のマルシルが逆だったら後方でハラハラしていただろうが、皆の力量をよく知っていることもあってもはや慌てふためく要素は今のところ見当たらず、ほどなく問題無く片付くだろうというのが分かっていたからだ。

 

ただ、知っている事と言えば、とマルシルは視線をパーティの皆からその前方へと移す。

人間には充分ながら魔物の群れが通るには明らかに狭い通路を、彼らはぎゅう詰めになって進んでくる。

多くても三匹程度までしか最前列には出てこれず、またその通路の出口でライオスたちが待ち構えているので、数的有利はもはや無いと言っても良い。

先程の脅威の襲撃から一転、出待ち同然の形で次々と倒されていく姿は迷宮攻略の無常さを感じさせた。

・・・隙を見てセンシがそれらを端から部屋の脇によけていて、しかも明らかになんらかの判断に基づいて置場が選別されているのをマルシルは見ないことにした。 

 

しかしそれにしても、とマルシルは首を傾げる。

最初に見たときから感じていたことだが、出て来る魔物たちにはなんの共通性もなく、歩き茸からガーゴイルまで多種多様な種族が入り混じっている。

本来の生息地を無視して現れた魔物の混成部隊が一斉に襲ってくるその光景は、やはりどこか異様だった。

少なくとも、こんな出来事はマルシルの記憶にはなかった。

それゆえこれが何らかの異常事態であるとは察せられたが、しかしそれが何なのか今のところマルシルにはさっぱり分からない。

考えられるとすれば、これは生ける絵画の中だからこそ起きている、ということだ。

例えば、マルシルがこの絵の部外者であるのと同様に、この魔物たちも外から来たのだろうか。

有り得なくはないのかもしれないが、ちょっと現実味がないような気もする。

・・・と、大きめの爆音と風圧が顔面を叩いてきて、思考はそこで中断させられた。 

 

「・・・マルシル、爆発魔法は最小限にしてくれ。もしこの通路が崩落したら俺達は生き埋めだ」

「ええ?生きてるダンジョンはそんなにヤワじゃないよ、大丈夫でしょ・・・」 

 

絵の住人の私が放った魔法はその時点で通路に詰めていた魔物を半ばまで一気に吹き飛ばしていたが、パーティの面々も怯ませていた。

ライオスの苦言には一度反論する彼女だったが、他の面々も反応はやや渋い。

チルチャックは部屋内に反響した音で耳を押さえていて、センシも通路を覗いて眉根を寄せる。

イヅツミに至っては総毛立っていた。 

 

「いや、ダンジョンは大丈夫でも俺達が大丈夫じゃねぇんだわ・・・耳が痛いし、終いには窒息しそうだ」

「やはり魔法では状態が駄目になってしまう」

「う・・・ごめん」 

 

彼らの言い分もさもありなんというところだったので、もう一人の私は素直にしょげていた。

ちょっと気の毒だったので、マルシルは歩み寄ってその背中を小突いた。 

 

「ねえ私、ちょっとだけ交代」

「え、うん・・・?」 

戸惑うように一瞬ライオスたちの方を見やるも、リーダーが頷いたのでおずおずと彼女は引き下がる。

 

入れ替わるように前に進み出て、杖をくるりと回すマルシル。

視線の先では、いったん一掃された魔物たちの後続が再び通路を進軍してくるところだった。

迷宮外では使用禁止である純粋な攻撃魔法を使うのは久しぶりだったが、皆の戦う光景を見て勘はなんとなく戻ってきていた。

一つ呼吸を挟んでから、マルシルは詠唱を始める。 

 

「――――」

「ん?」

 

 後ろの方でもう一人の私が怪訝そうな声を上げたのが聞こえたが、気にせずマルシルは魔法を放った。

標的は、通路を進んできていた集団の最前列、スケルトンとその隣の動く鎧。

直後、その二匹の肩や足首、肘といった関節にあたるいくつかの箇所に小さく火花が散ったかと思うと、極小の爆発を起こして四肢のみを吹き飛ばし、彼らを無力化した。

オーダー通りの、最小限かつ繊細な爆発魔法である。

 

ライオスとチルチャックが感心したような声を上げ、横で何事かを囁き合っている。 

「おおう・・・もしかしてあいつの方が魔法上手いのか?」

「マルシルの魔法はいつも頼もしいと思っているが、あれはあれで凄い技術みたいだ」

「・・・」 

と、そんなやり取りが聞こえたかどうか、不服そうな吐息が後ろの方で聞こえる。

 

この頃の強力ながら大雑把な加減しか知らない私からすれば、こうした結果は納得のいかないものだろう。

そもそもマルシルが使ったのは、今の彼女では知りようもない、現代で少し研究が進んだことで実用化した小技である。

これだけでは彼女のプライドに傷をつけるばかりだが、マルシルは振り向きながら、あえて不敵に笑って言ってみせた。 

 

「句の挟む場所さえ知っていれば、これぐらいあなたも出来るはず」

「・・・まあ分かったけど」

「じゃ、ちょっとやってみて。学校で習うのとは違うやり方でしょうけど、便利なものは吸収すべきでしょ?」

「・・・・・・望むところ」

 ぐっと杖を握りしめて、私が私の隣に立つ。

 

自分自身の焚き付け方は、よく分かっていた。   

 

 

それから数分もして、ようやく事態は収束を迎えた。 

 

「こいつでようやく終わりか・・・よっと」

 

とてとてと遅れてやってきた歩き茸が最後に倒され、今はチルチャックの両足の下で暴れているが、それ以外に動く魔物はもはやいなくなっていた。 

 

「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かった」

「フン、一匹ずつなら雑魚ばっかだ。余裕だったな」 

 

ライオスが額の汗を拭い、大してイヅツミは言葉通り余裕そうに腰に手を当てて、各々得物を仕舞っている。

マルシルとマルシルも途中からは小爆発魔法の練習みたいになっていたので、魔力消費はそこそこといった形に収まっていた。 

 

辺りを見回すと、死屍累々。

結局なんだったのだろう、と全員思っているのが分かったが、それはマルシルも同様だった。

私が呼び込んだなどと言われなければ良いなぁと思っていたところで、突如上がった感嘆の声にマルシルは驚く。 

 

「ははあ、これならば!」

「センシ?」 

 

皆が目を向ければ、センシが今ほどまで封鎖していた通路の反対側まで赴き、何かを眺めているところだった。

マルシルは少し気になって、通路に散らばる魔物の残骸を踏まないように気を付けながら、その傍まで様子を見にいく。

彼は妙に爛々と輝かせた目で、戦果たる倒した魔物たちの顔ぶれを確かめているようだった。

 

「ああ・・・」 

と、マルシルもまたそれらを見て、先程から感じていた違和感の正体になんとなく気がついた。

 

襲い来る魔物の集団。

それらを迷宮で見たことがあるという以上に、なんだかそのラインナップに見覚えがある気がしていたのだ。

ここは生ける絵画の中であり、そこには描かれていたものが反映される。

マルシルが取り込まれた絵には、自分を含めたライオスたちが中央にいて、いかにも暗い迷宮内を探索していますよと言った風に、石畳の通路で松明を掲げて進む姿があった。

そして、その外周である。

「のちの悪食王、冒険者ライオス一行はメリニの迷宮でこのようなものを退けてきたのだ」という表現のつもりなのだろう。

そこには様々な魔物達が外枠を囲うようにして、いずれもライオスを眺めるような形で描かれていたのだ。

目の前に広がる一見して混沌としている魔物たちの顔ぶれは、覚えている限り、そこにあったものと一緒だった。

 

つまりは、彼らもまた、絵画の登場人物として現れたのだろう。

 

「マルシルも気づいたか」

「・・・えっと」

 

まさかセンシも同じ結論に至ったのだろうか、と一瞬身構えたが、そんなはずはないと思い直す。

そして予想通りに、彼が次に発した台詞は、マルシルが考えていたものとは全く異なっていた。

 

「この成果であれば、鮮度の問題で不可能だった献立が出来るではないか!」

「え」 

 

一瞬、なにを言っているのか分からなかった。

しかしセンシの嬉しそうな顔を見て、マルシルはようやく思い出す。

彼が迷宮に求めるものなど一つしかない。

即ち————魔物食だ。 

 

「あ」

「そうか!保存が効かない食材でも、層を跨いでこうしてここに同時に現れたのなら!」

「一人増えて食材の量も心配だったが、これほどの量なら余るくらいだろう。いやはや重畳!」

 

にわかに沸き立つのは当然、ライオスとセンシ。

今更ながら、マルシルは自分達がどうやってこの迷宮を進んできたのかを思い出した。 

 

「う」 

救いを求めるように視線を巡らすも、他の面々はセンシたちほど喜ぶことはないにせよ、もはや魔物を食べることについては諦めの境地に至っているようだった。 

 

「どうしたマルシルⅡ、さっきから一文字ずつしか喋らないぞ」

「・・・いやツーって何よ、私の方が古いって言いたいの?」

「いやあ。そうは言ってないが、さっきの魔法からしてもあっちが強化版だろ?」

「ぐぬ・・・」 

 

などと二人が話しているのが聞こえるが、マルシルはそれどころではない。 

 

「あの・・・あのね、私はお腹空いてな・・・」 

 

そんなはずは無かった。

絵に取り込まれて紆余曲折、迷宮内で陽の沈みは分からないが現実ではおよそ今は夕方、今日一日何も食べていない。

そして丁度その時、マルシルの意思に反逆して、くう、とお腹も鳴った。

耳聡いチルチャックとイヅツミがわざと口端を上げてみせたのが見え、顔が赤くなる。

 

 「・・・じゃ、食事にしようか」 

そして、にこやかな笑みを浮かべたライオスの一声で、マルシルの逃げ道は完全に塞がれたのだった。

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