寝床は当然四人分しかなかったものの、代わりにマルシルはみんなから防寒具や替えの衣類の寄せ集めを貸してもらえた。
その集合を床に敷いて構わないということだったが流石にそれも忍びなく、マルシルはそれらを両手で抱えて自分の上に載せておくことにする。
「それじゃみんな、おやすみ」
そんなライオスの声で、就寝の時間となった。
かつてない長時間の戦いと調理と食事を越えて、一様に疲労感があったのだろう。
さほど時間も経たないうちに、そこかしこから寝息が聞こえてくるようになる。
・・・そうして、みんなが寝静まった頃。
「・・・」
マルシルは全く眠くなく、それを理由にして最初の夜の番を買って出ていた。
というより、寝てはいけないことを分かっていた。
本来は部外者であるマルシルに見張りを任せてしまう辺り、ライオスはそれほど信用してくれているか、あるいはすっかり忘れているのだろう。
チルチャック辺りは絶対に一言申したかったはずだが、ライオスの判断に任せたというところだろうか。
しかしマルシルは残念なことに、彼らのそうした信頼を今ばかりは裏切らなくてはならない。
自分でもふとした瞬間に忘れそうになってしまっていたが、ここは生ける絵画の中の世界であり、取り込まれてそろそろ半日になる。
長くて一日、と最初にマルシルが言った、ここにいられるタイムリミットが迫っていた。
身体の状態が現実に反映されない、というのは、ライオスがかつて実体験してみせた時の数少ない収穫だったかもしれない。
今のマルシルは贅沢に魔物達の素材を使った料理で満腹だったが、その充足感と栄養は現実世界には還元されないのである。
向こうへ戻って空腹で済むならまだしも、戻った瞬間に餓死などという危険があるとなると長居し過ぎるわけにはいかない。
睡眠欲や疲労なども同様であるはずなので、ここで寝入ってしまえば現実との乖離が大きくなりすぎ、危険な目に遭う可能性が高かった。
気配に敏感なイヅツミらが起きないように細心の注意を払って、毛布の山から抜け出す。
マルシルは長い廊下を歩き、その場を離れることにした。
迷宮内で夜風もなにもないが、少し、考えをまとめようと思ってのことだった。
彼らが見えなくなるところまで移動してから、マルシルは立ち止まり、ごく小さな光を灯す。
ここまでは一本道、そして曲がり角までいっても分岐路までを見通せる位置なので、これだけで見張りを放棄したことにはならない・・・はずだ。
ふう、と息を吐いて、マルシルは視線を壁に向けた。
気分的には、絵画に取り込まれてから何日も経ったような気すらしていた。
それだけこの僅かな時間が濃密で、大切だったのだろうと、自分でも思う。
生ける絵画の中の世界がこうまで広がっているとは、マルシルは全く予想していなかった。
自分達パーティが迷宮を探索している姿、そしてその周りを魔物達が囲んでいる絵。
その一枚の風景の中で、こうして記憶と寸分違わない姿をした皆と会え、一時でも共に冒険できたのは奇跡的な体験だった。
もちろん、マルシルが覚えているのとは迷宮の造りがだいぶ違うし、ライオスたちと交わした会話の内容も異なる。
しかしそれでも、彼らは本当に彼らそのままで、先程聞いた仮説通り、時間旅行をしたのだと言っても違和感がない程だった。
ふと移した視線の先には、魔物たちの群れに追い立てられて引き返し、全力疾走する羽目になった通路。
その向こうには魔物たちがひしめきあっていた、謎の広い空間がある。
全階層入り乱れる魔物集団には驚かされたが、あれはこの絵画の中だから起きた事件だろう。
そこまで考えて、マルシルはふと気になることがあった。
この世界はこれからどう進んでいくのだろうか。
マルシルが紛れ込んだことによって、この世界の歴史は変わってしまったりするのだろうか。
そもそも本当に、迷宮全てや、この先の未来全てが、生ける絵画の中に内包されているのだろうか。
食事の席でイヅツミのマナーの成長具合を眺めたり、出会った魔物たちの話をそれとなく聞いてみて、分かったことがある。
多分これは最下層のすぐ近く、狂乱の魔術師・・・シスルの家に辿り着く、その前日だ。
本来、明日にはライオスたちは最下層に辿り着き、そこで不死鳥やら首狩り兎やらと戦った後、シスルと対決し、そして・・・。
と、そこで、はたと思い至る。
先ほど思い浮かべた、絵画の全体像である。
生ける絵画にはそこに描かれた者達が登場するというのは、元々知っていたし、今日の出来事からもそれは明らかだ。
絵の主題であるライオスたちに出会えたのは良い。
外周に描かれた魔物達にも襲われたのは要らぬサプライズだったが、それももう退けた後である。
しかし、もう一つ。
そこには、まだここに登場していないものが描かれていなかっただろうか。
迷宮を探索する自分達、その自分達を見る魔物達、そしてそれらをさらに上から眺めるような構図で、絵画の外枠一辺そのものであるかのように描かれていた――――金色の。
『おや、ようやく気づいてくれたね』
「えっ」
突然聞き覚えのある声がして、マルシルは視線を下に動かす。
すると、そこには。
まるで最初からそこに・・・マルシルが絵画に取り込まれてからずっと、そのすぐ足元に侍っていたかのように。
『やあ、マルシル』
引きつった顔で絶句しているマルシルとは対照的に、彼は朗らかな笑顔で挨拶してみせる。
対してマルシルはといえば、喉が干上がるような驚愕で、叫ぶのにも時間がかかっていた。
「よっ、よ・・・」
その姿を忘れるはずもない。異形の眼、黄金のたてがみ、そしてその獣の種には本来有らざる――――翼。
「翼獅子ーーーーーっっ!?!?」