「それでね、結局その人、迷宮跡地の遺跡群までフィールドワークに行ってたってだけだったの!ひどくない?!」
「は、はあ・・・それは災難でしたね」
マルシルはメリニ国の王城にある一室で、先日調査に赴くことになった案件の話でくだを巻いていた。
「おまけにその人、勝手にアトリエに踏み入っただの、大事な絵に手を加えただのってクレームつけてきたらしくてね」
「うわあ」
「でも私があのマルシル・ドナトーだって知ったら、がらっと態度変わってインタビューしたいって!」
「・・・自分で言います?それ・・・」
「あなたのことも教えておいたからそのうち話聞きに来るんじゃないかな?元カナリア隊長補佐さん」
「なんでですか?!」
相手はかつて迷宮内でひと悶着あったカナリア隊の元隊長補佐にして、今はメリニと西方諸国との橋渡し役兼外交特使であるエルフだった。名前はパッタドル。
王国お抱えの顧問魔術師であるマルシルはメリニ王城内だと一文官の扱いであり、広く言えば外交官も同じ括りだとマルシルは思っている。
そして同じく長寿のエルフであり当時のことも知るパッタドルは、昔話ができる数少ない相手の一人だった。
「大体、最初に捜索した人達もそれぐらい突き止めてくれても良いんじゃっていうか・・・部下ってわけじゃないから言い辛いんだけどさあ!」
「いや、私の部下というわけでもないですよ・・・」
やるせなさに丸テーブルに突っ伏しながらマルシルはぼやき、ばたばたと足を動かす。
向かいに座るパッタドルは頷いてはいるものの、そんなマルシルの愚痴を聞かされ続けてやや引き気味になっていた。
たまらずといった感じの溜息を一つ吐いてから、彼女は呆れ半分、諦め半分といった感じの視線を寄越す。
そんな表情をしながらも、彼女はどこか安心したような声音で言った。
「貴方はあの時からずっと変わらないですね。内面も外見も」
「え、そう?」
マルシルは意外に思って身体を起こす。
城下町で近所に住む人々からはよく言われていることだが、冒険者時代からの知人、それもエルフに言われたのは初めてのことだった。
パッタドルは少し憂いるような顔をして視線を落とし、小さな呟きを漏らす。
「この歳にもなるとほんの少しハーフエルフを羨ましく思います・・・あっ、いえその、これは素直な気持ちですからね!」
「・・・まあ、流石にそれは分かるけどさ」
混血を蔑視するのは既にそろそろ時代遅れになりつつある風潮だったが、西方では未だに根強い価値観なので、パッタドルが慌てて付け加えたのはそういうことだ。
とはいえ今更そういう間柄でもないし、パッタドルが言った意味も分かっていたのでマルシルはひらひらと手を振って流す。
他種族に比べて隔絶した寿命を持つエルフだが、それでもハーフエルフとは倍近くの差がある。
またハーフエルフは加齢と外見の成長度合いが全く安定しない傾向があって、マルシルなどは今や、エルフ目線ですらいつまでも若いように見えるらしい。
「でも、そんなに悲観することないでしょ?あなたはもう立派な大人のエルフって感じするし」
「そうは言っても、カナリア隊のころに比べればそう精力的には動けなくなりましたから・・・ところで忘れてるかもしれませんけど、一応私の方が年上ですからね?」
まあ我々の感覚だと誤差レベルではありますけど、と呟きつつもそんな小言を付け加えるパッタドル。
対してマルシルは長い付き合いなんだから良いじゃないと全く気にしていない風なので、彼女はまた嘆息していた。
「魔物と戦う日々はもう過ぎたわけだし、時代に沿ったってことでいいんじゃない?外交に威厳は必要でしょ?」
「それはそうですが」
「私なんか逆に大変だよ、頭の固いトールマンやドワーフ相手だと今でも小娘ってナメられるんだから」
「ドワーフは誰に対しても髭がなければ同じですよ。この間の国際会議の時なんて・・・」
話題はエルフにありがちな苦労へとシフトし、溜息が増える二人。
時としてそれぞれの国の顔として表舞台に出ざるを得ない二人からすると、多種族が混在するメリニは戦いの場だった。
と、そこでパッタドルがふと思い出したように顔を上げる。
「ハーフエルフと言えば、フィオニルはどうしていますか?」
「ああ・・・あれ、あなたって彼女と面識あったっけ」
「・・・えーと、まあ色々ありまして」
彼女もマルシルの数少ない旧友であり、度々会う仲だった。
「あの子もこのメリニにいるよ。学校の先生をしているの。相変わらず・・・いや、前以上に泣き虫になっちゃったけど、元気は元気」
そう近況を伝えると、そうですかとパッタドルも軽く頷くに留める。
理由を深く訊こうとはしないのも、それがエルフには珍しくもない境遇だと察しがついたのだろう。
「そっちこそ、カナリア隊の人達は元気?」
「え、いえ、まあ・・・多分?」
「多分て」
「あの囚人たちが全員今でも私に連絡寄越してくると思います?そもそも半分は今でも収監中ですし、残りもどこで何をしているやら・・・」
悪さをしていなければいいですけど、とパッタドルは遠い目をしつつ顰め面という器用な真似をする。
「でも、取ろうと思えば連絡できないわけじゃないんでしょ?」
「・・・今度、その残り半分の釈放祝いだとかで集まるそうですよ。何故か私も呼ばれました」
「へぇ・・・」
「マルシルさんも来られますか?」
囚人と看守というカナリア隊の構成からして「かつての仲間たち」と気兼ねなく言えるわけではないのだろうが、少し羨ましいなという気持ちがマルシルの反応に滲んでしまったらしい。
「え、っと・・・部外者だけど、いいの?」
「部外者だなんて。囚人たちも此処での事があったおかげで刑期が縮んだのですから、嫌な顔はしないかと」
「ふ、ふーん・・・それなら混ざっちゃおうかな・・・あ、場所は?」
「それはもちろん、ミスルン隊長・・・じゃなかった、ミスルン
「う」
珍しく素直な笑みを浮かべるパッタドルとは対照的に、マルシルは呻いた。
正直に言えばマルシルは彼のことが苦手だった。
勿論今では悪い人ではないと分かってはいるが、なにせ出会った当時の状況が状況である。
土手っ腹に風穴を開けられたり、逆に頭を吹っ飛ばしたりしたのだから、気まずいとかいう話ではなかった。
「あの方はまったく気にしてませんよ」
「そりゃそうだろうけど」
「あの方のお店、最近繁盛しているんですよ!なにやら独創的な新メニューが出来たとかで!」
「・・・ま、いっか」
元隊長のこととなると一転して声が弾むパッタドル。
そんな様子に、マルシルは細かいことがどうでもよくなったのだった。
「ねえ、今度フィオニルにも声を掛けて、エルフとハーフエルフの同窓会なんてどう?」
「・・・そうですね、話が弾むかどうか微妙な気はしますが。その辺りをマルシルさんにお願いして良いのなら」
「まっかせて!」
マルシルはそう言って笑う。
メリニが復興してからあっという間に過ぎ去ったような日々でも、積もる話はたくさんある。
私達からすれば、それは昔というほど昔のことではない。
けれどその僅かな時間には多分語りつくせないぐらいに色々な事が詰まっていて、思い出話に花を咲かせるだろう。
きっとみんなの話もするに違いない。
その時には誰もがあの頃を思い出して、多分フィオニルが涙ぐんでしまって、私もうっかり貰い泣きして、元囚人たちがそれに呆れ、パッタドルが彼らを叱りつけ、最後にミスルンが威圧して、そしてそれらを見て私達は笑うに違いない。
これから先、そんな事が何度もあるだろう。あると良いな。
マルシルは短い過去を振り返り、まだまだ長い未来に思いを馳せる。
・・・それは思っていたよりもきっと、悪くない。
「それではまずは・・・その日が空けられるように仕事を片付けておかなくては、ですね」
「・・・そうね」
それが今のマルシルがメリニで過ごす日常、その切り抜き。
一人のハーフエルフの、平穏な日々だった。
~あとがき~
1章はこれにて完結となります。有難う御座いました。
未来のマルシルが過去のみんなと出会ったら?という着想から始まる話に、生ける絵画という魔物は大変都合の宜しい存在でした。そこまで万能でもなかろうとは翼獅子の言う通りではありますが。
概ねこの話で区切りとなっていて、以降の話にライオス達は登場しないため、人によっては此処で終わりとしても良いかもしれません。かしこ。