ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-2- すーぱーまるしるろくじゅうよん

 

・・・そうしてアトリエに侵入して、おおよそニ十分。

 

 

何も描写することがないぐらいには、その間に得られた収穫というものはなく、今のところ疲労感だけがあった。

「うーん、人探しって言ったって、これじゃ調査するまでもないっていうか・・・」

ひととおり歩きまわってはみたものの、あまり広いスペースでもなし、そこに人が居ないのは一目瞭然だったのだ。

念の為、画材の山に埋もれてやいまいかと恐る恐る探ったりもしてみたが、幸か不幸か成果はなし。

 

しかしそもそもマルシルの下まで話がやってくる前にも、この程度の調査は誰かがやっているはずだった。

となると、これで調査終了ですというのもさすがに無責任だし、とマルシルは悩む。

思い返せば自分が頼られた理由には、魔術絡みで何か見つかりはしないかという観点が求められている。

「魔術・・・描かれてる絵に何かあるとか?」

一応、そこに魔法陣や古代文字が含まれていないか辺りは調べてみてもいいかもしれない。

とりあえず手近な絵を探すと、そこには緑と青のぐねぐねした謎の何かが描かれている。 

 

「うーん・・・」 

 

あいにく絵心のないマルシルにはそれが何なのかさっぱりだが、少なくとも魔術には使えそうもないことは確かだった。

念のため、騙し絵のようになっていやしないかと顔を傾けてみたりもしたが、それでも何らかの文字に見えてはこない。 

 

絵や文章の中にそういった仕掛けを巧妙に隠しておくというのは、後ろ暗い素性を持つ魔術師――――例えば他国のスパイだとか――――が使う手口としてはままあることだった。

なので、もし仮にそうであったらマルシルも気を引き締めてかからなければならないのだが、と思い当たったその可能性に一瞬憂鬱な気分になりつつ、今のところはどうもそんな気配でもないのでほっとする。 

 

他にありがちなケースとしては、歴史家や研究者といった文学に携わる人物がたまにやる事故がある。

古い文献の模写や書写などをする際に、それが魔術的な意味を持つ記号だと気づかずにそのまま書き写してうっかり魔力を流したり、あるいは誤って危険な記述に変えてしまったせいでそれを暴発させてしまう、というものだ。

魔法学校の教科書でもやらかした子がいたなあ、とマルシルは昔を思い出して苦笑してしまう。

ただ、こんなでたらめな絵具の組み合わせで偶々それを引き起こした人がいるとしたら奇跡的なまでの不運としか言いようがない。

まあ、絶対ありえなくはないかと思い直して、いままで見回った部屋に置かれている他の絵も改めて眺めてみることにした。

 

最後にマルシルの目に留まったのは、壁に立てかけられた見上げるほど大きなキャンバスだった。

ただ、そこに描かれているのも妙ちきりんな絵具の集合でしかなく、何か意味があるようには思えない。

というよりも、ここにある絵のほとんどが未完成のように思われた。

あんまり根気の無い人だったのかな、などとやや失礼なことを考えながらマルシルは眉根を寄せる。

この様子では、絵になにか仕掛けがある、というのも恐らく外れ。

 

 「もしも絵じゃなくて、このぐちゃぐちゃの床や壁になにか描かれてたら絶対一日じゃ終わんな・・・んん?」

と、壁に視線をやりつつ添えていた手を離そうとしたところで、マルシルは違和感を覚えた。 

 

キャンバスは壁に垂直に立てかけられているはずなのに、指先がその裏に空間を捉えたのである。

ふと足元に視線をやると、画材やら木板やらで埋め尽くされている床のうち、目の前にあるキャンバスの真横だけが意味深に空いている。

そこにはキャンバスから伸びた平行線に沿って、擦れたような痕。 

 

「・・・」 

 

少し考えてから、マルシルは思いきって、キャンバスをぐいと押してみた。

すると一見して重そうだったキャンバスは、滑車か何か仕込まれていたのか嘘みたいにスライドして脇に退けていく。

そしてその奥には、こことは全く異なる雰囲気の空間が露わになっていた。

 

「・・・隠し部屋?」

 

絵描きにしては物々しい仕掛けだなあ、というのが第一の感想。

でもまあ男の子ってこういう秘密基地とか好きだよね、というのが第二の感想。

そして行方不明という画家はこの中にいるんじゃないかと、最後にマルシルは合点がいった。

アトリエの雰囲気から察せられる失踪画家の変人具合から、なんとなくこういう場所に篭っていてもおかしくはない感じがしたのだ。 

 

やや躊躇したものの、せっかく見つけてしまった成果である。

ここで引き下がるわけには、とマルシルは半ば根性でその先に進むことを決意した。

・・・閉じ込められてたミイラとか見つけたら嫌だなあ。

などと思いながら、マルシルはやや狭いその穴をくぐっていった。 

 

 

 その隠し部屋の中は、まるで違う景色だった。

「わあ・・・!」

覚悟して踏み込んだマルシルが最初に上げたのは、感嘆の声。 

 

 

入ってすぐの部屋の散らかり具合とは打って変わって、そこには一定のルールのもとに全てが配置されていることが一目で分かる、綺麗な白い部屋である。

そしてどうやらアトリエ内のものは本当に全て未完成で、完成したものを此方に移動させていたらしい。

そこには見事な絵画が数点、整然と並べられていた。

何もかもが滅茶苦茶だった最初の部屋とは全く異なり、そこには確かな形として昇華された色彩の世界があった。 

 

そして、最もマルシルの注目を引いたのは、部屋の一番奥に、一番目立つようにして置かれている一枚の絵である。 

 

「・・・!」

 

 マルシルは一瞬自分がどこにいるかも忘れて、その絵の前に歩み寄っていた。

さほど大きい絵ではない。

しかしそこに描かれているのはとても緻密で、それでいて何が描かれているか、マルシルにもはっきりと分かる。 

 

冒険者の恰好をした男女数人が、暗い石畳の通路・・・恐らくは、地下の迷宮を歩いている姿。

さらにその周囲を囲む形で描かれた様々な魔物が、外枠から彼らを覗き込むようにして見つめている。 

 

「すごい・・・」

 

 マルシルはその全てに見覚えがあった。

それは、かつてこの王国が地下迷宮として沈んでいた頃の光景だ。

そして何より驚いたことに、その主役はほかでもない、マルシルにとって最も親しかった冒険者たちだったのだ。

 

ライオス。

チルチャック。

センシ。

イヅツミ。

そして自分・・・マルシルの姿もある。

彼らがなにごとかを話し合うように顔を合わせながら、薄暗い迷宮の通路を進んでいくという風に、絵が描かれていた。 

 

「なつかしいな・・・」

思わず呟きながら、マルシルはその絵に見惚れていた。

残念ながら細かい顔立ちまではそこからは読み取れなかったが、装いや身長からして当時の自分達パーティを描いている・・・というのがすぐに分かるぐらい精巧な描写だ。

まさかこんなところで自分に縁深い物に出会うとは思わず、マルシルはそれに目を奪われていた。

 

しかし一方で何故ここにこのような絵が、という疑問も浮かぶ。

地下迷宮が消滅して久しいこの時代、描かれている情景の意味を知る者は少ない。

これがいつ描かれたものかは分からないが、少なくともマルシルは見たことがないし、絵心ある誰かに自分達パーティのことを教えた覚えもない。

ただ、これが件の画家の手によるものであるなら話は早い。

当時を知る誰かから自分達のことを聞き取ったのか、あるいは本人がエルフのような長命種であるか、その辺りか。

こうして目立つような場所に飾られていることからも察するに、その可能性は高いように思えた。

 

正直、アトリエに入った時点では失踪中である画家に対して全く良い印象を抱いていなかったのだが、それもさっきまでの話。

なんでか分からないけれど、こんなに上手に私たちを描いてくれる人がいるなんて。

とマルシル内の評価は爆上がりしていた。

もし会えたら・・・芸術というものにはまったく興味がないマルシルでさえ、今ならこの絵を買い取りたいと申し出たいぐらいに。 

 

・・・と、マルシルは現状を思い出して我に返る。

「・・・でも、結局その画家さんはここにもいないか」

 

唯一探していなかった空間にも居なかったので、手がかりがなくなってしまった。

出会えたら真っ先にこの絵のことを聞きたいな、と代わりに探している理由の方が一つ増えた形である。

はて、とマルシルは考えを巡らせる。 

 

「どうしよう、一旦この辺りの人に聞き込みとか――――」 

 

そして、マルシルが絵画から視線を外そうとした時のことだった。

ぐにゃ、と景色が歪んだ気がした。 

 

「へ?」

 

間抜けな声をあげて視線を戻すと、目の前の絵画の様子は一変していた。

というよりも。

今まさに、キャンバスの表面が波打ち、奇怪な絵具の奔流となってマルシルに襲い掛からんとしているところだった。

一瞬、呆然とそれを眺めてからマルシルは遅れて気づく。 

 

それは近づいてきた生き物を自身の中に取り込んでしまう魔物・・・『生ける絵画』だったのだ。 

 

「えっ、なんでこんな所に――――」 

 

完全に油断していたマルシルは、為す術もなく色彩の渦に飲み込まれていく。

「わ、わ、わああああああ!!」

そして奇妙な浮遊感と共に虹色の景色が駆け抜けていき・・・マルシルはそのまま絵画の中に吸い込まれてしまったのだった。 

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