「魔術ですか・・・」
その後いくらかの時間を置き、放課後になって。
生徒達が先程よりさらに数割増しの騒がしさと共に解散、下校した後のこと。
マルシルはフィオニルへ相談を持ち掛けていた。
内容はもちろん、昼間にある女の子と交わした約束のこと。
教員室の隅にある応接用のスペースでお茶を頂きつつ、マルシルは上目遣いに先生の反応を窺う。
ただその感触は、期待していた程には芳しくはなかった。
「その・・・・・・正直に言えば、やはり早すぎると」
「・・・やっぱり?」
フィオニルは最初見るからに言い辛そうだったが、それでも生徒を預かる立場としての気概を振り絞ってか、マルシルに向かって言い切る際には毅然とした口ぶりだった。
「この学校のカリキュラムに魔術がないというのはありますが・・・彼女の種族と年齢で魔法を学べる環境は、恐らくどの国を探してもそうありません」
「・・・まあそうだよね」
仮に、色々な事情を飛ばして今から魔術学校を設立しようとなったとしても、その入学可能な年齢にまだ彼女は満たないだろう。
前例がない、一般的でないというのは、教育と言う場では特に厄介な壁となる。
しかしそれも理由があってのこととなれば、中々無視もできないものだ。
それを乗り越えるには、特例になり得るだけの何かが必要となる。
先ずは否を表したフィオニルも、その視点で一つ所感を加える。
「ただ、彼女に素質があるというのは・・・すみません、私は知りませんでした。話を聞くにエルフ顔負けの魔力感知ですよね」
「うん。子供は感受性豊かって言うけど、魔力にも敏感なのかな?」
ファリンも幼い頃から霊の声を聴くことができ、魔術を習うようになったのもその扱いを知る延長線上だったと聞く。
そういう経験を切欠に魔法という概念に触れるというのは往々にして見られる事例だ。
「魔力を感じ取るのと、自分で魔法を使いこなすのとはまた別の話だから、手放しで評価していいわけじゃないけどさ」
「そうですね。それでいざ魔術は上手くいかないとなったら可哀想ですし・・・」
悲観的な懸念にマルシルは苦笑だが、かといって笑い飛ばせもしない。
もちろん魔力を手繰るにその才能はあって得する類のものだが、読むのと書くのとでは違う力を要するのと同じだ。
「前にフィオニルにもお願いしたって聞いたんだけど」
「はい。ただ入学して間もない頃だったので、あのときは普通の授業に集中して貰いたいという気持ちもあって」
「そりゃそうか」
「なので魔術や迷宮に興味があるのは私もなんとなく把握はしていましたが、そこまでとは・・・」
と出席簿をなんとなしに捲りながら、フィオニルは件の少女のことを話す。
「彼女は大人しい子というか・・・引っ込み思案といいますか。社交性がないわけではないんですが、自分から誰かに話しかけにいくタイプではなくて」
「あー、一人っ子にありがちなやつ」
マルシルが同調すると、フィオニルもまた、やや困ったように微笑みつつも頷いた。
「魔術然り、迷宮然り、何かを知るのが好きな子みたいです。友達と遊ぶよりは本を読んでいる姿をよく見かけます」
「そっか」
「・・・恥ずかしい話ですが、子供のころの私によく似ているなと」
そう呟いたフィオニルに、マルシルは小さく吹き出してしまった。
「・・・わ、笑わないでください」
「違うの。不思議な子だなって」
「?」
ファリンに似た雰囲気だと思っていたら、魔術と迷宮に向ける情熱はマルシルそっくり。
そして一方で生徒としての姿を評するフィオニルもまたそんなことを言う。
似ているそれぞれは随分違うはずなのに、どちらもどこか親近感を覚えているのはなんだかくすぐったい面白さがある。
フィオニルが言っていた通り、種族がどうだからというのは言うほどアテにならないのかもしれない。
いずれにせよ、数奇な出会いだな、と思った。
その後いくらか意見を交わして、フィオニルの結論はこうだった。
「なので学校側としては、主に安全や教育課程の面から、応援はできかねると回答せざるを得ません・・・すみません」
「いいよ、ほら、謝らないでってば・・・私も同意見っていうか、フィオニル先生の判断は正しいと思うもの」
自分が断られたかのように哀しそうな顔をするフィオニルを励まして、マルシルは頷く。
とはいえ、マルシルも心晴れやかというわけにはいかない。
薄々難しいだろうなと思ってはいたものの、残念な結果を明日あの子に伝えなければならないと思うと、気分は沈んだ。
「ですが・・・マルシルさん?」
「あ、ごめん。なに?」
フィオニルの話に続きがあったことに気づいていなかったマルシルは、彼女の声で我に返る。
「はい。そういう事情なので私は彼女に魔術を教えたりは出来ないのですが、マルシルさんなら問題ないのでは?」
「ん?」
今しがたノーと言われたばかりでは、と思いかけたマルシルに、フィオニルはむしろ不思議そうに言った。
「つまり、その・・・学校とは関係なしに、マルシルさんが『王国の顧問魔術師が見出した人材を育成する』と言ってしまえば、誰もなにも言えないのではないでしょうか?」
「・・・・・・・・・あー」
そういえば自分の肩書きはそうだった。
オフの日だったり、旧友に会ったり、学生時代のことを思い出したりと気分が冒険者時代に回帰していたせいですっかり忘れていたが、マルシルの公的な立場は割と強めな力を持っていた。
フィオニルの言う通り、そういう名目で行動を起こすことは可能だし、そこに文句をつけられる人はこの国にはほとんど居ないだろう。
「でも、フィオニル的には反対なんでしょ?」
「いえ。教師としては冒険的な判断はできませんが、私個人はマルシルさんが彼女に魔術を教えること自体には反対しませんよ」
「え、そうなの?」
「はい、マルシルさんは信頼できる方ですから」
面と向かって言われると照れる。
しかしそういうことなら、なるほど、せっかくの権力をここで使ってみるのはアリかもしれない。
頼まれたのは自分なのだし、彼女に魔法を教えるにあたって必ずしも学校に主導してもらう必要はない。
もちろんやるなら全ては自分自身の責任で、ということにはなるが、そこで怖気づいては彼女に面目が立たない。
どんなことを教えるべきか、今から早速色んな案が浮かんできた。
「わかった、ありがとうフィオニル!」
「はい。もし前向きに検討されるようでしたら、保護者の方には私から伝えておきます・・・多分、反対はされないと思います」
「ほんとに?いい親御さんなんだね」
見通しが立ったことが自分のことのように嬉しくて、マルシルは浮かれて弾んだ声でそう言った。
フィオニルは返事をしなかったが、代わりに珍しく揶揄うようなことを言う。
「彼女も幸運ですね。国仕えの魔術師直々の特別授業だなんて、英才教育ですよ」
「待って待って、私のハードルも上がるから」
フィオニルは口元に手を当てて笑っていた。
そしてマルシルが今後の予定を早速考えていると、彼女は相談していたもう一つのことについて言及する。
「自由研究のテーマの方も、すごくいいと思います。あの子が無暗に魔力を追いかけたりしないかだけは少し心配ですが」
「あ、そこはあの子も分かってるみたいだから大丈夫。私も言っておいたし・・・そうだ、それでなんだけど」
「はい?」
思い出して、マルシルはそちらの件で考えていたことを口にした。
ダンジョンについて、マルシルは一家言ある。
どうせならそちらについても、協力できることがあると思っていた。
少し考えて、フィオニルは応じる。
「そうですね・・・一応そちらは授業の一環なので、程度については少し気をつけて頂ければと思いますが、今提案頂いたことぐらいであれば構いませんよ」
「そう?」
「・・・今日マルシルさんに無礼を働いたあの子たちも、似たような支援があるそうなので」
まあそういう強かさも彼らの長所ではあるんですけどね、と肩をすくめながらも目を細めるフィオニル。
なんだか呆れたような顔をするフィオニルも初めて見た気がして、マルシルは笑いをこらえていた。
「私が言うのもなんですが、気をつけて行ってきてください」
「うん、ありがと」
そうして、マルシルの訪問は思わぬ出会いと展望を得つつ、大変有意義なものとなったのだった。
「たくさん時間貰っちゃってごめんね。今日はホントにありがと」
「いえ、来て頂いて私も良かったと思っています。彼女のこと、宜しくお願い致しますね」
「うん」
帰り支度を始めるマルシルに、フィオニルが部屋の隅から何かを運んできてくれる。
「これ、うちの畑で採れたものなんです。良かったら」
「え、いいの?ありが・・・」
マルシルは笑顔満面でそれを受け取ろうとして、そのまま固まった。
対面したのは、刈り取られた瞬間そのままの悲壮な叫喚の顔をした生首。
・・・のように見える、奇妙に捻じくれた球根。
籠いっぱいのマンドレイクだった。
「・・・・・・あの子が居た辺りより向こうは畑っぽかったけど、そこ?」
「いえ、まさか。子供達が誤ってこれを抜いてしまったら大変ですから・・・」
危惧した光景を律儀に想像してしまったのかフィオニルの顔まで青ざめていくので、慌ててマルシルは同意する。
「そ、そうだよね。とにかくありがと・・・あ、そうか」
「?」
「あの子達は魔物食にも抵抗ない、というか、区別がないんだよね」
「ああ、ええ」
実は先刻、マルシルは授業が終わってその後の、給食の時間にもお邪魔していた。
そしてそこで、出てきた料理に絶句し、生徒達がただ大喜びでそれを食べ始めたことにさらなる衝撃を受けたのだ。
《いつかのオムレツとチキンライス》
バジリスクの卵 2つ
バジリスクの肉 200g
マンドレイク 1/2本
ニンジン 1/2本
タマネギ 1/2玉
米 半合
その卵黄の妙に赤みがかった色合いには、嫌でも見覚えがあったものだ。
ちょうどフィオニル達と出会った頃を思い出す献立で感慨深くはあったのだが、同時にその頃の魔物食への印象も蘇ってしまい、微妙な気分に浸る羽目にもなっていた。
そうして渋い顔をするマルシルを見て、子供達には「好き嫌いいけないんだー」と囃し立てられたりしたのである。
マルシルはそんな給食時を思い返しながら呟く。
「なんか・・・羨ましいっていうか・・・」
フィオニルはどう反応していいのか困ったような曖昧な苦笑。
魔術や迷宮と同じように、魔物に対する常識もまた、少しずつ変わりつつある。
時代だなー、とこういう時に思う。
ただフィオニルはそれを聞いて、でも私は好きですよ、と宣う。
そして彼女は、こんなことを言った。
「マルシルさんたちが築いた時代ですから」
「・・・・・・なんか複雑だけど、ま、いっか」
食材に物申したい気持ちは少しあるが、それでも子供がたくさん食べられるというのはきっと、良い時代だ。
マルシルはマンドレイクの籠を素直に受け取って、今日の学校見学を終えることにする。
「それじゃ、えっと・・・また来ていいかな」
「はい。是非」
間を空けずに置かれたその言葉がなにより本音と分かって、マルシルは嬉しさの笑みをこぼしたのだった。