ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-23- オークは多くは語るまい

 

狂乱の人食い耳長は猛然と抗議した。

 

「耳長のとこ以外全部違うんだけど!まず人食いって何?!」

「いや聞いた話じゃ、俺達が地上で暮らすようになったその日に、国王になったトールマンの妹を喰ったとか・・・」

「くっ・・・部分的には合ってるけど!人の部分は食べてないから!竜ね、竜になってた部分だけ!」

「その前には悪魔と手を組んで迷宮を広げてたとか・・・同族さえも魔物に食わせ、その魔物もまた食っちまうっていうからさぞかし狂った奴なんだと」

「いやそれも部分的には合ってるけども!!エルフ食ってないし狂乱のってとこはそもそも人違い!!」

 

オークは掟や伝承を書物に残すという文化がなく、もっぱら口伝によって継いでいくらしく、その間に民話の中身がここまで歪んでしまったらしい。

いくらなんでもそんな悍ましい呼び名がついていては色々と沽券に関わる。

なまじ半分くらい事実なのが嫌だ。

時間ができたら正しい歴史を広める活動を推進しよう、とマルシルは強く決意したのだった。

 

「とにかく私は狂乱の魔術師とは別人だし、魔物は食べたけど人は食べてない!オークも然り!良い?!」

「お、おう・・・」

 

細かい真相までここで話そうとしても日が暮れるので最低限の誤解だけを訂正し、マルシルは憤慨しつつ彼らを見やる。

先程の脅迫紛いの態度から一転、逆にやや物怖じしている風のオーク二人は、おずおずと頷いていた。

 

「・・・それで?いったい何時からオークの皆さんは、見ず知らずの他人種をいきなり刺し殺そうとするほど狂暴になったの?」

「ぐ・・・」

 

あけすけな物言いに、兄の方のオークはぐっと顎を引いていた。

ただオークという種族の傾向からするとその血の気の多さや、侵入者に対する苛烈な行動はむしろ普遍的なものだ。

とはいえそれが許されるのもこちらに非があるならばの事で、このメリニにおいては蛮行といって差し支えない。

結局、ゆるゆると片手を上げながら応じたのは弟の方だった。

 

「誤解しないで欲しいんだが、さっきのは我が愚兄の独断によるものだ・・・我々の中でも好ましくない過激な手段だったと、理解して欲しい」

「おい・・・血を分けた兄を裏切るのか」

「兄者こそ、血の契りを交わした部族の皆の居場所を潰したくはあるまい」

「ぐう・・・」

 

彼らのようなオークたちはやや特殊な立場にいるが、れっきとしたメリニの国民であり、その法の下に暮らしている。

王国が定めた外轄地という呼称を許容し、王国が発行した交流許可証を見て態度を変えた弟オークの振る舞いがそれを物語っている。

故に彼らとて、きちんとした身分のメリニ国民を殺傷したら大問題になりかねない。

未遂だったから良いかどうかは微妙なラインだ。

兄はしばらくの間ぐうとかぐぬとか色んな音を上げて呻いていたが、どうあれ弟の忠言の方に理があることは分かっていたのか、エルフに頭を下げる屈辱をどうにか呑み込んだらしかった。

 

「・・・・・・その、ことは、すまな、かった・・・」

「ん。今回は不問にするけど、今後こういう遭遇があったらまずは拘束するに留めてね。平和な国なんだから、あんまり血生臭いのはナシ」

「ああ」

 

マルシルは公の立場もあるのでそう言い含めておくと、代わりに弟のオークの方が返事をする。

 

「まあ、許可証もない、身元不明の人だったら・・・貴方達に任せるけど」

「族長からその辺りは聞いている。改めて心に刻んでおこう」

「・・・うむ」

粛々と従う弟と、言い聞かされている立場なのが分かっているのかどうか微妙な態度の兄。

その対比にマルシルは片眉を上げつつも、彼らの中のルールがそこまで変わってはいないことに安堵した。

 

「良かった。今の族長さんが急に方針変えちゃったのかと思った」

「いや、掟はそう簡単には変わらん・・・我々が地上に出た時代に決まったことなら特に、な」

 

彼らの部族はここ、迷宮跡地を含む「魔物除け」が施されていない地域の一部に集落を構えるオークたちである。

その縄張りはメリニの中では「外轄地」と呼ばれ、その名の通りに王国の行政の手が直接及ばない、独立した文化を持つ共同体となっていた。

とはいえ治外法権というほどではなく、彼らはいくつかの制限を受けている一方で、メリニの法の庇護下にもある。

こうした場所に踏み入るのに交流許可証が必要なのは、魔物がいて危険ということも勿論だが、そこに住まうオークたちに公的な振る舞いを約束し、また彼らにもそれを求めるための手続きなのだ。

 

「・・・だが、エルフがここに来るのが異例なのは、そうだろう」

「そりゃあ、まあ」

 

まだ若干納得がいっていないという感じの兄者が言い訳のように呟き、それ自体は事実なのでとマルシルも頷き返す。

日常的に外轄地と交流があるのは大体トールマンかドワーフあたりが多く、稀にハーフフットがそこに混ざる。

ごく狭い範囲ながら遊牧民のような生活様式を持つ彼らオークとは、農家や商人あるいは狩人といった職の人間が物々交換などのために時折世話になっている形だ。

彼らもまた、そういう目的でやってくる人間にはもっと柔らかい物腰で対応しているはずだった。

 

「それもこんな魔物だらけの所に。一体何の用だというんだ?」

「それは・・・あー」

 

一転、マルシルは口ごもる。

 

「やはり後ろめたい事でも企んでいるのか?狂乱の・・・」

「だーから違うから・・・まあでもほら、その誤解を強めるかもっていう危惧はあるというか・・・」

「ああ・・・?」

 

兄は再び弟と顔を見合わせる。

マルシルは一旦その先の追求を避けるように、そんな彼らの方に話を振った。

 

「そういう貴方達は?」

「・・・日々の見回りだな。それと食料の補充だ」

 

弟者が答えて、片手で自分の後ろの方を示す。

てんやわんやでずっと気づかなかったが、彼は肩から担いで背中の方に、巨大な黒い魔物の死骸をぶら下げていた。

兄の腕越しにマルシルはそれを見やり一言。

 

「うわ」

「うわとはなんだ。上等な獲物だぞ」

 

兄者が不愉快そうに聞き咎めて、弟者が肩をすくめた拍子にその影がぶらりと揺れる。

それは数匹もの大蝙蝠だった。

大蝙蝠にイヤな思い出があるマルシルは、束ねられて巨大な外套のようになっているそれを見て、どうにも苦い顔を隠しきれないでいた。

 

「狩りも終わってこれから帰ろうというところで、集落に近づこうとする不審なエルフを見つけたというわけだ」

「はいはい不審で悪かったわね」

 

兄者の悪し様な言い口をつっけんどんに返してから、マルシルはおやと思う。

 

「今の貴方達の集落ってこの先なの?ひょっとして迷宮跡地?」

「・・・・・・・・・」

「・・・兄者、今黙っても、どうせ後で調べれば分かるようなことだ。教えて問題ないと思うぞ」

「ふん・・・ああ、そうだ。ここから歩いて十分とかからん」

「傾いてはいるが、石造りの建物がほぼ完全に地表に出ているところがあってな。雨避けには都合が良いんだ」

「へえ」

 

そういう事であれば話は早い。

期せずして、マルシルの目的地は彼らと一致していたらしかった。

 

「それ、私もついていって良い?」

「何?」

「私、迷宮跡地に用事があって来たの。集落がその近くにあるっていうなら、貴方達と一緒の方が説明の手間が省けるかなって」

 

またぞろ近づいて、やれエルフだ、まて許可証だと一触即発の空気になるのは御免被りたい所存だった。

 

「ついでに貴方達の今の暮らしぶりも少し興味があるし・・・いやほら、特に何かしようってわけじゃないから!」

兄は勿論、それには弟もやや怪しむように眉根を寄せたので慌てて手をぱたぱたさせながらマルシルは言った。

「なんだったら、案内ついでに監視でもしてくれてればいいから。私はここに来た目的は貴方達とは関係がないけど、かといって近所でコソコソやられるのもイヤでしょ?」

「ぬう・・・」

 

しばらくオーク兄弟はお互いとマルシルの間で視線を行き来させていたが、特に否は思い浮かばないようだった。

 

「・・・まあ道理か」

「口の達者なエルフの言いなりは気に食わんがな・・・」

 

マルシルは政治や外交とは一歩距離を置いてはいるが、それでも国仕えの魔術師である。

異文化入り混じるメリニに長く居ると色々と摩擦もあるので、こういう場での折衝は少し慣れたようなところがあった。

結局、彼らは案内することを承諾したようだった。

不意の遭遇に最初は剣呑な空気ではあったが、なんとか丸く収まりそうでマルシルはほっと一息つく。

・・・後は集落でまた狂乱だ人食いだなどと言われなければ良いのだが。

 

「重ねて言うが、妙なことはするなよ。お前を連れていって問題が起きたら俺達の面目が立たん」

「はいはい。よろしくね」

「ふん・・・こっちだ、ついてこい」

 

そうして、肩をいからせて歩く兄オークと、大蝙蝠の束を担ぎ直して歩く弟オークの後に続き、マルシルは森の奥へと踏み入っていくのだった。

 

「あいたっ!」

「・・・鈍臭いエルフだな」

 

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