ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-26- 第二次こねこね論争

 

メリニは多様な人種を受け入れる国家だ。

それでいて、あえて魔物が残されている場に外轄地という名がつき、わざわざそこにオークばかりが住んでいるのにはきちんと理由がある。

なにもオークだからというだけで特別扱い・・・あるいは、腫物扱いをしているわけではないのだ。

 

当時のオークの族長ゾンは、当時の国王となったライオスのことを認めた。

数奇な巡り合わせもあって、彼は自分達の行く末を託しても良い、と冒険者相手としては極めて例外的に友好な姿勢を示したのである。

ライオスもまたそれまでの確執を意に介さず――――たぶん本当に気にしていなかった――――オークたちとの共存を望んだので、突如として住処を追われたオークたちという問題は、想定されていたより遥かに穏当な解決へと進んだ。

 

とはいえ冒険者とオーク、迷宮攻略時代では地上と地下とで、当たり前のように殺し殺されの関係であった仲である。

迷宮がなくなったからさあ共に暮らしましょうというには、色々と無理があるのも道理だった。

両者のトップが手を取り合ったおかげで血が流れるような沙汰こそなかったものの、両陣営からの反発や摩擦は少なからずあった。

 

そういう経緯で、今のメリニには大きく分けて二種類のオークが居る。

一方は当時の族長の意向に最大限同調し、激変した環境にもどうにか慣れていくことを選んだオークたち。

彼らはこれまでの生活を捨てて街中での暮らしに順応し、他種族との交流にも前向きに取り組んでいる。

もっぱら傭兵や街の衛兵といった武力、あるいは荷運びなどの力仕事を担っており、その優れた体格からそういった場所では大変重宝されているとのことだった。

ただやはり昔の禍根が未だに残っているところもあり、また人種に準ずる亜人種という括りは変わっていないことから、心無い偏見の目で見られるようなことはそこかしこで起きているのだという。

国としてはそれらを是としないのだが、法で民の価値観までは縛れない。

中々拭えない厄介な問題であり、それには彼らも今暫く耐え忍びながら暮らしているところがあるようだった。

 

「連中が偉いとでも言うのか」

「そうは言ってないでしょ」

だぁん!とマルシルと兄オークはお互いに生地を叩きつけて応酬する。

「しかし我々は此処に――――」

「無理強いして一緒くたに扱えば良かった?」

「何を・・・」

「――――綺麗に伸びるようになったら一次発酵だよ」

 

喧々諤々のやり取りを微風のごとく聞き流していた剛胆なおばさんオークの、そんな話の流れをぶった切る一声である。

ふーっ、とボウルを置いて一拍置くマルシルと兄者。

 

一息ついてから、マルシルは続けた。

 

「そもそも、何も追いやったわけじゃないよ。お互いに益があるって、お互いが分かってたんだから」

 

そしてメリニに住まうオーク達のもう一方こそが彼ら、この外轄地に拠点を構えている集団である。

それは大筋としては融和の道に倣いつつも、地下での暮らしをそのまま地上で再現し、旧来の生活を維持することを選んだオークたちだった。

彼らは地上の異なりすぎる文化には馴染めず、かといって奪い争うことも止めた折衷案として、積極的な他種族との関わりを避けることにした形だった。

ゾンやライオスは残念だろうが、街中で暮らすオークたちが今なお重ねている苦労を思えば、そういう選択も納得はできるというものだ。

故に、彼らにこうして隔離区域のような場所が宛がわれているのは苦肉の策ながら、それ自体は国の勧めによるものだったりする。

魔物が生息する地域は別の理由で必要だったので、丁度良い、という判断だった。

彼らは一部の魔物を手なずける術を会得しているので、あえて魔物除けがされていない地域に居を構え、これまで通りに暮らしているというわけだ。

流石にメリニ国内における略奪行為などは許していないが、彼らの縄張りの内ではメリニの法とほぼ同列に彼らの掟があり、許可証のない人間への処遇は彼らに一任されていた。

それが彼らの自由と尊厳を守った上で、国としての線引きも弁えて貰う、外轄地という区分けなのだった。

 

「つまりこういう形にしたのは、むしろ貴方達のためなの!分かった?!」

「・・・未開拓域に押しやったことは変わらんだろうが!」

発酵中のパンを挟んでなおも言い合う二人。

「それも慣れ親しんだ此処が良いって貴方達が選んだってだけじゃん!好き勝手やらせてもらっておいて被害者みたいなこと言わないでくれる?女々しいったら!」

「ぐっ・・・」

「大体その政策決めたの私じゃないし。当時の王様トールマンだから!」

「それが――――」

「二次発酵」

 

ぽつりと呟くおばさんオークの声で、しばし沈黙する二人。

気を取り直して、マルシルは言う。

 

「・・・要するに、あなたのエルフ嫌いはそこと全然関係ないでしょって言ってるの」

「何を・・・?」

「尤もらしく国とエルフが組んでどうたらって言ってたけど、実際は今言った通りで、その政策にエルフはまーったく関わってない。族長と王様の間の取り決めだし・・・むしろ当時の王様、西方エルフの干渉は突っぱねたんだもの」

ふん、と今度は単純に込めていた気を抜くつもりで鼻を鳴らして、マルシルは腰に手を当てる。

「・・・ていうか、あなたも薄々分かってたでしょ、こじつけだって。だから怒りどころがちょっと迷子なんだよ」

「・・・」

図星だったのか、兄オークはぐっと顎を引いて唸るのみだった。

彼の怒りは主にエルフに向いているらしいが、そこと国を繋げるのは少々無茶が過ぎる。

こうして語っているマルシルが実際の立役者の一人なせいで勘違いするのかもしれないが、この国はほぼトールマンが統治してきた国だし、むしろ以前からオークとエルフのような種族間の確執を終わらせようと努めてきた。

 

「だいたい、どう聞かされてきたか知らないけど、少なくともこの国じゃもう、それは偏見オブ偏見!」

マルシルはずびしと兄オークの鼻先を指差して言った。

「エルフだからとか、オークだからとか、それがもうナンセンスなの!やーい!時代遅れー!」

「な・・・こ、この・・・」

 

なおも食い下がろうとしていた兄オークの横から、小さな笑いの声が上がった。

「兄者の負けだな」

「なっ」

これまで一言も口を挟まなかった弟オークが、唐突にそう言ったのである。

抗議しかけた兄オークを制して、弟オークは愉快そうに口端を吊り上げつつ、粉だらけの白い指で下方を差し示していた。

 

「手元を見るといい」

 

見れば。

水が多かったのか、こね方に問題があったのか。

兄オークのボウルから取り出した生地は一度膨らんだ形跡はあるものの、表面に小さな穴が開いており、気が抜けて潰れてしまっていた。

「・・・!」

「道理がどちらかという話以前に、気勢でエルフに負けるとは、兄者も精進が必要のようだな」

そこが勝敗ではないだろう、という兄の不満そうな抗議の視線はしかし慣れた様子の弟に受け流されていて、覇気に乏しい。

確かに、そんな兄オークの反抗する意気もまた、パン生地のようにしぼんでしまっているようだった。

 

「・・・アタシに言わせて貰えば、同じ食卓を囲める仲なら、オークだろうがエルフだろうがどうでもいいんじゃないかい」

顎肘をついて論争を眺めていたおばさんオークもまたそう言って、兄オークに渋面を作らせる。

「・・・だが、同じものを同じように食べられる種族ばかりではないはずだ。現にコイツは大蝙蝠が・・・」

「好き嫌いが違うぐらい誰にでもあるさね。許せないのは食わず嫌いだよ・・・食えるんだろ?エルフ」

「・・・ハイ」

種族間の偏見を食に繋げてそう語られてしまっては、いよいよ食べないわけにはいかないマルシルだった。

「ほれ見な。お前がエルフを嫌いなのは今更アタシがどうこう言うこっちゃないが、ガキじゃないんだ。エルフ()()()()()、は通らないよ。大蝙蝠と一緒さ」

「・・・」

 

兄オークは最後にマルシルに一度視線をやった後、とても微妙な顔をしたが、それでも何も言わずに顔を背けていた。

・・・対してマルシルも、おばさんオークに良い事を言っている途中で大蝙蝠と一緒にされたのでとても微妙な顔をしていたのだが、それはさておき。

 

弟やおばさんオークの表情から察するに、決着はついたらしかった。

 

「・・・さ、後は火を入れて完成だよ!」

 

ぱん、と両手を叩いて小気味良い音を鳴らしたおばさんオークがそうまとめて、兄弟たちを窯の前へと急かすのだった。

 

 

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