――――調理はその後、滞りなく進み。
食堂にて。
「こ、このピリ辛・・・なつかしい!」
一口頬張って、マルシルは破顔した。
食堂らしい広間でオークたちの輪に混ざり、その相伴に預かっていたマルシル。
口内を刺激するその辛味に、マルシルは以前もこうして似た料理を口にしたことを思い出すのだった。
<獲れたて大蝙蝠と自家製キャベツのタコス ~オーク秘伝スパイス仕立て~>
大蝙蝠の肉(猟獲) 400グラム
キャベツ(自家栽培)1玉
小麦粉(物々交換) 60グラム
パン種
とうがらし
塩・胡椒
水
オリーブオイル
「口に合ったなら何よりだよ」
おばさんオークがそう言って、隣の弟オークも肉を挟んだパンを手にしながら、うむと頷いている。
「俺が子供の頃から変わらぬ味だ」
「うん。なんだったら、貴方達が迷宮に住んでた頃から変わらない味だよ」
「ほう、そうなのか・・・」
これまでマルシルが語る迷宮時代の話には興味を示しつつも、何代も前の世界はどうにも想像がつかないという素振りをしていた弟オーク。
しかしその事実には素直に親しみを覚えたようで、感慨深そうに手元のパンを見つめた後、今度はなんだか嬉しそうにそれをもう一度齧っていた。
対して反対側の兄オークはと言えば、妙に難しい顔をして手に掴んだ野菜サンドを睨みつけている。
「そんなに眺めても、エルフがこねた生地がどの部分かなんて分からないんじゃない?」
「は?そんなことはどうでも・・・おい、俺がそこまで偏狭だと思っているのか」
「いやまあ」
「ふん!」
腹立たしげに大口を開けて手にしたそれに豪快にかぶりつき、いくらもしないうちにそれを飲み込んでしまって、彼は言う。
「考えていただけだ!」
「何をよ」
「それは!・・・・・・それは、さっきのお前の話に決まっているだろう」
「ふうん?」
「まだ納得は出来んが・・・歴史に学べとは族長にもよく言われていたことだ。何が正しいのかはこれから考えることにする」
「偉いじゃん」
「・・・」
兄オークはまた一瞬物凄い顔をしたが、その苛立ちは手近なパンを嚙み千切ることで消化するつもりらしかった。
思いのほか殊勝な態度なので、マルシルもまた大蝙蝠肉を挟んだパンを齧りながら頷いて言った。
「大体ね、貴方達はもうメリニにいなくてはならない存在なの。追いやったとか、はぐれたとかじゃなくね」
「何?」
「さっきも言ったでしょ。
迷宮跡地には、黄金郷の一部だった残骸やその調度品、そして古代の遺物などが今なお眠っている。
それらは正式には今も王国の所有物であるはずなのだが、もはやその所在も曖昧であり、所有者の不確かな金品であるというのが正直なところだった。
結果的にそれらは必然として、盗掘や収奪の対象になっていた。
また、魔物のいる地域は当然危険であり、一般人は立ち入れないのだが、それゆえ逆に一部の人間には絶好の隠れ場所となり得る性質も持っていた。
要するに、罪人の隠れ家として最適だったのである。
しかし今はここに、彼らオークの集落があり、身元の不確かな部外者を寄せ付けない彼らの掟がある。
オークたちの住処、という認識がもたらす人払いの効果は覿面だった。
盗掘者や不法入国者、脛に疵のあるならず者の巣窟になりかねなかったこの一帯を仕切っている彼らは、国の治安維持に一役買っているのだ。
横で話を聞いていた弟オークが得心を得たという風に頷いていた。
「ほう・・・今ではめっきり減ったそうだが、族長が若かった頃は侵入者が絶えなかったと聞くな」
「あー、あの時ね・・・ほんとに大変だったよ。その前は国も安定してなくて、もっと多かったし」
なのでマルシルが出会った時の彼らのやり方は、荒っぽくはあるが、間違いとも言い切れないのだった。
マルシルは講釈の続きとして指をくるくる回しながら言う。
「それだけ言うといかにも武力として~みたいな扱いに聞こえるかもしれないけど、別の側面もあるよ」
王の御意向で、この国は魔物との付き合い方を今一度考え直す必要が生じ、その技術を必要とした。
例えば酪農や畜産業、植物系の魔物ならばその栽培法、などなどだ。
そして魔物と共に暮らすという方法については彼らに一日の長がある。
食用という視点でメリニに取り入れられるようになった魔物の扱いについて、彼らはその一端を、またそれに携わる他人種にもそのノウハウを教える役を担ってくれたのである。
つまりこの国の農業は彼らの手助けによってこそ大きく進んだと言っても良いのだ。
「他種族との取引もするようになって、逆にこっちにも取り入れられた文化はあるみたいだしね」
ふっくら柔らかく温かいパンに視線を落として、マルシルは微笑んだ。
「・・・そうか」
兄オークがそれを見て軽く頷くときの表情は、ようやくある程度納得したものの、それを悟られたくないとでもいうかのように、無理矢理気難しげなしかめ面をしているように見えるのだった。
「ほらアンタたち、くっちゃべってないでちゃんと食いな!」
「・・・ハイ」
「・・・うむ」
おばさんオークの一喝に、二人とも大人しく従ってパンに口をつける。
そんなオークの集落での食事会は、そうして丸く収まったのだった。
「それじゃ、お邪魔しました。御馳走にもなっちゃって・・・族長さんによろしくね」
「任された」
「・・・伝えよう」
なんやかんや、見送りにと出会った辺りのところまで付き添ってくれた兄弟オーク達である。
片方は嫌々ながらという素振りではあったが、それでも石槍を突きつけてきた当初から比べれば、その態度は随分軟化したようだった。
「じゃ、またね」
「・・・前回お前が俺達の集落に来たのはいつだ?」
「え?」
じゃ、とそのまま帰る間際だったマルシルは、そう声をかけられて振り向いた。
その質問を投げかけたのは、意外にも兄オークの方だった。
「んーと・・・外轄地の査察は担当じゃないから私は不定期で・・・結構前?」
「適当だな」
一瞬むっとしたがさもありなんというところだし、兄オークの言い方は揶揄するような口調でもなかった。
「エルフの感覚で結構前というなら、確実に俺達は生まれていまいな」
「まあそうね」
「・・・ならば、もうお前に会う事もあるまい」
ぽかんと口を開けてマルシルはそちらを見つめるしかなかった。
隣で弟も兄の方を少し驚いたように見やっている。
しかし一体どういう心境からそんな言葉が出たのか、兄オークの憮然とした表情からは読み取れなかった。
驚きが消化しきれなかったマルシルは半笑いで言う。
「え、なに?寂しい?」
「誰がそんなことを言った。事実を述べたまでだ」
対して兄オークは当たり前のように言う。
言われて、マルシルは今ほど自分が「またね」と言ったことに気がついた。
多分そのことへの否の意らしい。
前回がそうならば、次回もまたオークの代は進んでいるだろうという意味合いなのだろう。
それは間違いではないし、無常な時の流れとして変えようもないことだった。
少し前までなら、マルシルの方が気にしていたことだ。
ただ、マルシルはなんということもないように、笑って言った。
「まあ、たまにしか私が此処に来ないのはそうだけど、別に会えないこともないでしょ」
「何?」
「貴方達が城下まで来れば良いじゃん」
今度は兄オークの方がぽかんと口を開ける番だった。
弟オークの方もまた、その発想はなかったとばかりに感心したような顔をしている。
「そりゃあちょっとは珍しいかもしれないけど、別におかしいことじゃないんだよね。逆にこの集落の人達がこっちに訪ねて来るのってさ」
この国ではよほど常識外れな事をしなければ、そこに種族がどうという区別はさほどない。
メリニのオークの立場は二種類と言ったが、別にそれも便宜的なものでしかなく、個々人の振る舞いでどうとでもなるものでしかなかった。
「まあもちろん他にエルフもいるし、色々不都合もあるかもしれないけど、思ったほど悪くはないかもよ」
城下の暮らしぶりを思い返す分には、マルシルは安心してそんなことを言えるのだった。
「まずはそこから始めてみたら?――――好き嫌いの克服はさ」
兄オークは思わぬ提案に暫く唸っていたものの、結局、呟くように応じた。
「・・・・・・考えておく」
そして彼は、またも怒ったように眉を寄せて弟の方を見やる。
弟オークは何故かそんな兄を見て軽く吹き出していたが、次には意を得たりとばかりにしかめつらしい顔をして、マルシルの方に手を振ってみせた。
・・・代わりに言え、という意味だったらしい。
「また会おう」
マルシルはそれを聞いて、朗らかに笑って頷き返す。
ただの採集のつもりで訪れたが、思ったよりも色々なことがあったな、と思う。
総じて、大収穫だ。
そうしてマルシルはそこに思わぬ縁を残して、迷宮跡地を後にするのだった。