ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-29- 受け継がれる教え

 

――――何故こんなことに。

どうにも慣れない大人数の、それも期待や好奇心に満ちた視線に晒され、マルシルはどこでもいいから隠れたい思いだった。

降って湧いた突然のフィオニルの提案と、それを耳にした少女の熱烈な賛成もあって、断るに断り切れなかったマルシル。

気がつけばその翌日には、マルシルは学校の臨時講師として教壇の上に立つ羽目になっていた。

 

「えー・・・と・・・」

マルシルは自身が目立つという場がそもそも得意ではなかった。

「・・・それではその、本日、臨時講師を務めさせて頂きます、マルシル・ドナトーと申します・・・よろしく」

緊張のあまりマルシルの口から紡がれた自己紹介。

子供達相手にはおよそ堅苦しいに過ぎるそれには、今は教室の隅に佇んでいるフィオニルにさえクスリと笑われてしまう始末だった。

 

種族や実年齢もばらばらで一見まとまりもないように見える生徒達はしかし、今だけは全員マルシルに注目していた。

実際のところ、王国顧問魔術師が今日だけ授業をしにくる、という話が最初にフィオニルからあった時にはこのクラス、最初は「えー」という感じだったらしい。

お国の偉い人と聞いて、恐らくは髭もじゃのお爺さんか頑迷そうな壮者をイメージし、長く小難しい話を聞かされると思ったのだろう。

それがいざ始まってみれば教壇に立ったのが担任の先生にも似たところのある女性で、自分達よりよほど緊張しているとなれば、良くも悪くも面白がられるのは必然とも言えた。

 

「マルシルせんせー!」

「うぇっ、せんせ・・・な、なに?」

 

殊更に元気な声が一つ飛んで、マルシルはやや動揺しながらも応じた。

見れば真っすぐ手を挙げて、一人の男の子が興味津々といった目を向けている。

・・・よくよく見れば、以前、同じように突然質問を投げてきてマルシルの名前を笑った悪ガキである。

 

「せんせーってせんせーと同じで、昔は冒険者だったってマジ?」

前のせんせーはマルシルで、後のせんせーはフィオニルのことだろう。

「そうだけど」

「へー!すげー!マジじゃん!」

 

身を乗り出した悪ガキは素直にはしゃぎ、周りの仲間たちもにわかに沸き立っていた。

何がそんなにすげーのかは分からないが、今時冒険者というのもレアな職なのでその辺り憧れでもあるのかもしれない。

 

一方、その質問が初めから確認のためのものだったのがマルシルは少し気になった。

誰から聞いたんだろう、フィオニルかなと視線を巡らせようとしたところで、隅っこに座っていた魔術師志望の少女と目が合う。

すると彼女は肩をすくめて申し訳なさそうに、しかし同時に少し悪戯っぽく、薄い笑みを浮かべてみせたのである。

すごく意外なところで交流はあるらしい。

驚くやら安心するやらで、マルシルが返せた表情は微妙な半笑いなのだった。

 

悪ガキの質問を皮切りに、その後いくつかのプロフィールに関する質問が投げかけられ、マルシルが都度それに答える時間となった。

結果、肩書きの厳めしさに反して思ったより取っつきやすいとでも思われたのか、クラスの雰囲気はやや軟化していた。

ただ、場が温まるのは良いが、いよいよもって授業をどう始めたらいいものか分からないマルシルである。

と、横合いから声がかかった。

 

「マルシル()()、ちょっと良いですか?」

「ちょ、フィオニルまで・・・えーはい、なんですか、フィオニル先生?」

諦め、開き直ってマルシルがやや投げやりにそう訊き返してやると、フィオニルは実に楽しげに頷いていた。

そうして彼女はこんなことを言う。

「良かったら、先生が迷宮でどんなことをしていたか聞かせてやってもらえませんか?」

「え、迷宮・・・昔のメリニで?」

「はい・・・みんな、マルシル先生は元冒険者というだけではありません。メリニの地下迷宮で竜や悪魔をも倒したことのある、伝説の冒険者なんですよ」

「ちょ・・・」

 

それは特に男子の浪漫をくすぐるワードだったらしく、うおおーと感嘆の声が上がった。

爆上げされたハードルにマルシルは大困惑である。

とはいえ、まあ迷宮の話で良いのなら、という気持ちもなくはなかった。

マルシルがこれまでの人生で培ってきた知識、その半分くらいは未だに迷宮に関する事が占めているし、それは他ならぬこの国の迷宮で体験したことだ。

何よりあの子によくせがまれる話題の延長線でもあるので、とりわけ何が子供受けするのか、そして授業として今の世代に引き継ぐとしたらどんな内容かというのも、ある程度想像はつく。

であれば、確かに話しやすかった。

 

「うーん、そうか・・・それなら・・・」

 

はじめは訥々と、徐々に朗々と、マルシルは語り始める。

かつてのかつて、黄金郷と呼ばれた国がそのまま地下に沈み、侵入者を拒むべく作り変えられた迷宮。

そこで自分が何を見て、どんなことをしてきたのか。

その内では死者さえ蘇る・・・といった倫理観的によろしくない部分はぼかして、その場所の危険性と、同時にそこにあると自身が感じた魅力を、マルシルは半々ぐらいの割合で語ってみせた。

 

反応は概ね予想通りといったところ。

男子たちは襲いかかってくる魔物をどうした、危険な罠を潜り抜けてどうしたといったスリリングな冒険譚に興奮し。

女子たち(ある一名を除く)はそれらの危ない話には素直に恐れおののいて、嗚呼そんな生活は嫌だ、この時代に生まれて良かったという感じで安堵しているのだった。

 

「せんせー」

「はい、なにかな?」

 

と質問が上がって、ようやく話しやすくなってきていたマルシルは快く応じようとする。

 

「迷宮で食べた魔物の中で、何がおいしかった?」

「は?・・・あーそうか」

 

それはマルシルにとっての前提を数段すっ飛ばした質問だったので、多少面食らった。

語り口の中で食事に関する話題は巧妙に避けてきたというのに、何を食べていたかという疑問でもなく、直で魔物の味を訊かれるとは思っていなかったのである。

しかし思い直せば、彼らの感覚はマルシルとは違うのだった。

魔物食に偏見がないのだ。

 

「そ、そうだね、例えば・・・」

 

と、それでも己が矜持によって、できるだけ当たり障りのない例を挙げていくマルシル。

昆虫系や爬虫類系は個人的には二度と食べたくないランキング上位なので、まだしも通常のお肉に似ている感じの動物系や魚介類、歩き茸などの植物類といった辺り。

それでも一部には引かれるだろうなと思ったのだが、今度の反応は予想とは全く違った。

 

「へー、うまそー!」

「・・・ほんとにおいしいのかな。今度ママに作り方教わってみようかな?」

「・・・おいしそう?・・・自分で作る・・・?」

 

純粋無垢そうな子供達全員がライオスみたいなことを言い出すのは正直言って悪夢のような光景だった。

こっちでの異名が『狂乱の魔物食いエルフ』にならなくて良かったと言えなくもない、が、違う意味で時代の隔たりを感じるマルシルだった。

そしてマルシルが、これが常識、今の常識と努めて平静を装っていたところ、また生徒の方から声が上がった。

 

「先生」

「あ、はい、どうぞ」

 

応じてから、おや、と思う。

それは彼女からだった。

見計らってフィオニル先生が「ではその質問で最後にしましょう」と言い置いたので、マルシルは身構える。

 

「どうすれば先生みたいなすごい冒険者になれますか?」

 

それにはある程度みんなの興味を引いたのか、雑談が止み、ふと答えを期待するような空気が流れた。

 

いまどきダンジョンというものは自然にできた天然迷宮に限られるので、いまや冒険者はさして魅力的な職業ではない・・・という実情は、言ったところで仕方がないし、知ったその上で訊いているような感じでもある。

恐らく「冒険者」のところは「魔術師」でも良ければ「大人」でも良いのだろう。

 

「・・・そうだね、大事なのは」

 

そうであればマルシルはその質問には、こう答えようと、はっきり決めている言葉があるのだった。

こほん、と咳払いを一つ挟んで、声を張る。

 

「それは『食生活の改善』!」

 

指を一本、そして二本目を立てつつフィオニルへ。

 

「そして次に、はいフィオニル!」

「えっ、えっ?!えっと・・・『生活リズムの見直し』!」

「そう!そして三つ目に『適切な運動』!!」

 

フィオニルがしっかり覚えていてくれたことを嬉しく思いつつ、びしり、と三本目を立ててマルシルは宣言する。

これは是非より先に、とにかく勢いと確固たる自信がそれを担保するのだと、知っていた。

 

「この三点に気をつければ、自ずと強い身体は作られるの!!」

 

VICTORY!

マルシルの背後に、燦然と文字が輝くのだった。

 

そうして、迷宮冒険譚から一転、健康に気を遣えという急転直下の教えで授業は締めくくられる。

生徒達の過半数は唖然としてやや置いてけぼり感はあったが、それでもぱらぱらと拍手が起きて、フィオニルも頷いてくれていた。

 

実際、その言葉はある意味でマルシルの根幹を支えた集大成として、何も間違ってはいない。

昔の危険な迷宮内であろうと、今の平和な王国内であろうと、それだけは変わらず大事なことだろう。

 

マルシルは長く変わらないものが好きだ。

昔を想えるから。

 

先日のオーク達の食事に、当たり前のように小麦粉のパンが用いられていたことを思い出しながら、マルシルは思う。

時代を経て、いつのまにか食文化は大きく変わったが、そこに連綿と受け継がれているものもある。

なんなら今や魔物という食材も、そこに求めるものも、結局それらはダンジョンの中でなくとも変わっていないのだ。

そこには内も外もなく、()()が残していったものが此処にある。

 

「では、そろそろお昼ですよ。マルシル先生が仰った通り、皆さんしっかり食べましょうね」

「はーい!」

「せんせー、今日の給食はなんですかー?」

「ええ、今日は――――」

 

ならば、その名もあえて変えることなく、謳い継いでいくのも良いだろう。

つまりは。

 

 

 

ダンジョン飯。

 

嗚呼、ダンジョン飯。

 





~あとがき~

2章はこれにて終了となります。有難う御座いました。

兄弟オーク、そして魔術師志望ちゃんは書いているうちに作者的には気に入ったのですが、
時系列上、ライオスたちなしでお話を動かすというのはやはり難しいものですね・・・

実のところ1章で書きたかった世界を終えてしまっている感があって、本編後の世界観はオリ設定での補完がメインになってしまいました。
まあまあ矛盾なく整合できたつもりですが、外轄地、などは造語な上に完全に作り話で構成されています。オーク達の暮らしはやっぱり紆余曲折あったんじゃないかと。
あとは冗長なので省かざるを得ませんでしたが、他に語るとすれば魔術についての話をもう少ししたかったところです。翼獅子がいなくなった後の魔術の変遷とか。

3章は今のところ考えていないので、随分先の話になると思います。あしからず。
多分また魔術師志望ちゃんは出るんじゃないかな・・・実は悪ガキと幼馴染、とちょっと面白い関係だったりするので、その辺りはちょっと書きたい感じも。
あまりオリキャラは起用するつもりはないのですが、そこまでレギュラー化するとしたら流石に名前をつけてあげてもいいかもしれません。

しかしさて、一先ずは、一旦これにて終わりとさせて頂こうかと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。
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