有難いことにライオスは大変話が早く、それ以降も首を傾げることもなく状況を吞み込んでくれた。
「君の素性は分かった・・・色々聞きたいこともあるけれど、今は一旦置いておこう」
「そうしてもらえると助かるけど・・・」
「ただ一つだけ。そうなると、君は絵画から脱出しなくて良いのかい?」
「・・・あー」
マルシルは曖昧な顔で天井を仰ぐことになった。
常識的な判断だと思ったのが半分、遊び気分で絵画に飛び込んだライオスに言われたくないなと思ったのが半分だ。
生ける絵画に取り込まれるというのは実際かなり危険な状況であり、マルシルのように抜け出す方法があるだけ幸運な方である。
であれば幸運であるうち、取り返しのつかない事態になる前にそうした方が得策ではあるのだが。
「実は、人探しをしているの」
「人探し?」
簡潔に、マルシルは直前までの自分の目的と状況を説明した。
行方不明者を探していたらそのアトリエにあった絵が生きていてかくかくしかじか。
「それでは、その人もここに落ちたかもしれないと」
「・・・わかんないけど、可能性はゼロじゃないと思う」
「生ける絵画に複数人が取り込まれた場合にどうなるかは聞いたことがないな・・・少なくとも俺達は会ってはいないけど」
なにせ普通は取り込まれたが最後なので、無理もない。
謎の死体を見ましたと言われないだけマシかもしれない。
「だからほら、一応この中も確かめておくべきなのかなって」
「なるほど」
正直、ここでその画家に会える可能性は限りなく低かったが、マルシルでなければ探索できないような場所であるのも確かだ。
そしてライオスがすぐ頷いたのを見るに、この状況をどうするのか、さして悩むこともなく決めたようだった。
「よし、分かった。みんなのところに戻ろう」
その提案に頷いたマルシルは先程とは逆にライオスについていき、いったん彼らに合流することになった。
なんとか話が通じて本当に良かった。
そうしなければ仕方がなかったという判断は今でも変わらないが、やはり彼の精神に大きな傷をつけかねない博打に出たことをマルシルは少々申し訳なく思っていた。
また本当に問題ないのかも半信半疑だったので、先程の会話の間からずっとマルシルはちらちらとライオスの顔色を窺っていたのだが、彼の様子はまったくマルシルの記憶の通りと変わらない。
むしろ何故か、どこか嬉しそうに見えるような?
まさか未来の私に会えたからだったりして、などと一瞬乙女心が暴走しかけたりしたがすぐにそれはないなと思い直し、首を振る。
結局その理由が分かったのはその直後、皆が待つ場所へ並んで歩いている道すがらのことである。
「そうかぁ、俺が生ける絵画だったとはなぁ・・・」
と、感慨深げに彼が呟くのが聞こえ、またチルチャックたちに聞こえやしないかとマルシルは肝を冷やした。
そして同時に、その台詞でライオスが何に感動しているのかが分かって、呆れ果てた。
そういえば彼は魔物になりたいのだった。
もちろん彼の求める理想像はだいぶ違う気はするが、しかし「生ける絵画に描かれた」というのは「魔物の一部になった」という点では正しい。
現状は、ある意味で彼の願いを叶えているのかもしれなかった。
そうして、マルシルはライオスと共に再びパーティの面々のところへ合流した。
何かされてはいまいな、あるいは、何を妙なことを言い出しはしまいな、と四人はマルシルよりもむしろライオスの方を警戒している。
そして、こほん、とライオスは咳払いの後、知人を紹介するときの仕草でマルシルの方を示して一言。
「彼女は安全だ」
途端、再びの大騒ぎである。
「はあああ?!」
「バカ!もーほんとにバカ!」
「おぬしというやつは本当に」
「魅了か?殺るか?殺ればいいのか?」
イヅツミが刃物を取り出して詰め寄るのでライオスは慌てて再び両手を上げていた。
マルシルとしても彼らがそういう反応をするような気はしていたので、さもありなんとライオスの方を見やる。
彼は任せろと言わんばかりの態度だったが、どうやら特に何か考えがあったわけでもないらしい。
「待った待った、本当に大丈夫なんだ。納得できるだけの理由があった。俺は確かにそれを聞かせてもらったよ」
「なんだその理由って」
「それは・・・言えない」
「オイコラいい加減にしろ!」
怒りのあまり肩口に飛びついたチルチャックに首元を掴まれ、がちゃがちゃ鎧を鳴らされているライオス。
・・・その後もぎゃあぎゃあ文句を言われていたが、そんな中でもどうにかこうにか彼は話をまとめてのけた。
とりわけマルシルと先程交わした相談のうち、彼は彼ら自身についての真実のみを伏せて内容を共有していた。
ざっくり言えば、それはマルシルが今後どうしたいかについての希望と、それを受けてのパーティの方針である。
このマルシルは魔物でも幻覚でもなく、無害であり、むしろ自分達の味方になりうる人物であること。
当のマルシルにもこの迷宮を探索する理由があること。
そして願わくば、彼らパーティに一時的にでも同行したいと考えていること。
「というわけで、このマルシルにも臨時加入してもらおうと思う」
「・・・どれぐらいの期間?」
向こうのマルシルのいまいち信用しきれていないという感じの質問に、ライオスがこちらを見るので少々考えて一言。
「長くて一日ぐらい・・・?」
恐らく絵画の内と外で過ぎる時間は一緒なので、あまりに長いと今度はマルシルの捜索願が出されてしまう。
そういう事情を考慮しての発言だったが、彼らからすると「何かをしでかす」には充分な期間に思えたのか、やや反応は冷たかった。
「・・・そう」
「言いたいことはあるが、もう好きにしてくれ」
「これで全滅したら全部ライオスのせいだろ?」
「では、今晩はより多めに食材を用意せねばな」
一人はいつも通りだったが、大体は概ねライオスのいつもの奇行の一つという感じで呆れている。
総じて、あんまり感触は良くなかった。
ライオスから信用を得られたのは僥倖だったが、肝心のパーティ内におけるライオスの方の信用が正直やや低いのをマルシルは失念していたのだった。
ただ、これではちょっと難しいか、と思ったのはライオスも同様らしい。
「・・・やっぱり彼女が魔物に見えるという人、挙手」
「・・・」
チルチャックがおもむろに手を上げるが、それには注釈が入った。
「見えるってわけじゃない、というか正直魔物には見えないが、じゃあ逆になんなんだって話だ」
「他は?」
「保留じゃ。わしには魔物というより魔術だの呪いだのの類のように思えるが、だとするとわしに良し悪しは分からん」
「お前らに任せた」
ふむ、とライオスは顎に手を当てて意見を吟味する。
次いで彼の視線は、手を上げなかったもう一人に向けられた。
「マルシルはどう思う?」
「え?ええー・・・」
当然、最も私をマルシルだとは認められない彼女は、非常に答えたくなさそうな顔。
しかし暫く考えた後、感想そのままといった感じの言葉を紡ぎ始める。
「いや、そりゃあ、自分そっくりの人が目の前にいるのは正直言って気持ち悪い、けど・・・」
と、私の方を見て、次いでライオスの方を見てから彼女は言った。
「例えば私が、本当にみんなを騙そうと思ったら・・・ライオスに化けるかなって思う・・・?」
本人の言葉がまず疑問形で終わってはいたが、しかしそこで、ほお、と誰かの感心したような吐息が聞こえた。
それでなにか、霧が晴れたような、張り詰めていた空気がどこか弛緩したのをマルシルは感じた。
彼女が言ったそれはマルシルにも奇妙な理屈に思えたが、一方でどことなく不思議と納得できる答えな気もする。
ただ、言われた当のライオスはきょとんと首を傾げていた。
「え、どうして?」
「うーん・・・理由は上手く言えないし、感覚的なっていうか・・・まあそもそも私じゃないんだけど・・・あはは、ごめん、何言ってんだろね」
彼女は最終的に恥ずかしげに手をひらひら振って誤魔化そうとしたのだが、それには意外なところからフォローが入る。
「いや、言いたいことはなんとなく分かる」
「チル?」
ライオスが顔を向けると、チルチャックだけでなく、センシやイヅツミも得心を得たという顔をしていた。
「アイツが無害かどうかは知らんが、まあライオスに化けようって奴に比べりゃ悪質さを感じないってのは、そうだ」
「健康な者に悪人はおらん」
「変な匂いはするが・・・まあ嫌な感じじゃない。むしろコイツ以上に平和ボケしてる匂いだ」
コイツ呼ばわりと平和ボケ呼ばわりされたマルシルは微妙な顔でお互いを見つめる。
自分と目が合うというのは何度やっても奇妙な感覚だが、彼らの態度の変化のおかげか、そこにあった敵意はやや薄らいでいるのも見て取れた。
それで、彼らが納得したのはライオスへのある種の信頼が故だとマルシルは腑に落ちた。
自分達を騙すにはライオスの弁を真似るのが最も効果的だろう、というのが共通認識なのである。
転じて最善の選択をしない、つまりライオス以外に化けるような魔物ならライオスは騙せないだろうし、かといってライオスに化けたところで本人は騙せないという理屈だ。
とんちのような話だが、それならパーティ一行は、結局ライオスを信じる以外に選択肢が無いのだった。
一方、その融和を望んでいたはずのライオスだけがよく分からないといった顔をしている。
「ふーん・・・そういうものかな。悪質さで言えばファリンに化けるような方がそれらしい気もするけど」
「う・・・最悪」
「悪魔のような考えじゃな」
「そういうのを思いつく時点でまず性格悪いんじゃないか」
「え・・・なんで俺が責められてるんだ」
余計な一言で顰蹙を買っているライオス。
そんな姿にちょっと笑ってしまいつつ、マルシルは気を取り直して、こほん、と一つ咳払い。
彼らの注目を集めてから、マルシルは言った。
「一緒にいる間は私も色々手伝えるから、それで私が味方だって証明してみせるよ」
「・・・ふーん?」
あとはもう態度で示すほかない、と判断しての提案であり、打算でもある。
彼らから特に否は返ってこない。
にこ、と微笑んでマルシルは付け加えた。
「あと多分そっちの私より魔術上手いし」
「は?・・・何それ聞き捨てならないんですけど・・・?」
残念ながらこれは確信をもって言えた。なにせ年季が違うのだから。
魔術師としての人並みのプライドで険を帯びる向こうのマルシルが、なら見せてもらおうじゃないと肩をいからせ・・・それが事実上、処遇の結論だった。
「・・・じゃ、異論はないということで」
最後にライオスが万事解決とばかりに笑顔でそう締めた。
まるではじめから上手くいくとでも思っていたかのようだ。
・・・まあ、いいか。
そんな経緯で、マルシルは思いがけず、かつての仲間たちに同行する機会を得たのだった。