ダンジョン飯 -ハーフハーフエルフズライフ-   作:緋色鈴

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-9- 転ばぬ先の金縛りの杖

一同は一目散に駆け出して、元来た道を逆走していた。

 

ライオスたちは走る速度をゆるめずにまだ後ろを振り返る器用さがあるらしいが、二人のマルシルには正直、その余裕はなかった。

今はただ、転んだら死ぬという確信だけがある。

背後から轟くのは蹄の音、岩と岩が擦れる軋り、獣の息遣い、巨大な翼が空気を打つ羽ばたき・・・その他諸々。

百鬼夜行か魑魅魍魎とでも呼ぶべき魔物の見本市が、すぐ後ろを追いかけてきていた。 

 

「なんだ!?なぜ今まで出会ってきた魔物たちが全部出て来るんだ!?」

「なんかあるよな、こういうの!?あれか、ラスボス前だからってか!?」

「むう、なんと選り取り見取りな・・・!」

「お前らっ、やってる場合か!?」 

 

困惑と驚愕でややパニック状態の面々をイヅツミが叱咤しているのが聞こえる。

そしてそのやり取りも、後ろから重なり合って聞こえた複数の咆哮に半ばかき消されていた。 

 

「来た道は分かるかチル!?」

「そりゃ分かるが、このまま走ってたら間違いなくこっちの体力切れの方が早いぞ!」

「・・・ある程度は倒すしかないか!?」

「無理無理無理!こんな数ぜったい相手にできないって!!」

 

向こうの私が走りながら半泣きで叫んでいる。 

 

「撤退しながら追いついてきそうな奴だけ対処するんだ、いやでもバジリスクとコカトリスとグリフィンには背を向けてはいけない!あとドライアドがいるから倒すときは顔を覆って!動く鎧はええと――――」

「全部一気に実行できるかバカ!」

「無ー理ー!!」 

 

ライオスの指示もひとつひとつは間違っていないのだろうが、この混乱の最中にあっては実行不可能だ。

彼らが対処について騒いでいる横で、久々に迫りくる命の危機にマルシルも焦っていた。

というか、多分このままでは一番最初に脱落するのが私だろうという確信があった。

何故ならもとから優れてはいない運動神経の上に、現代のマルシルは冒険者稼業を離れて久しく、日頃の運動不足までもが祟っているのだ。

 

このままでは間違いなくどこかでつまずいて転倒し、皆の足を引っ張ってしまう――――。

と、マルシルはそこで一つ思いついた。

 

足運びに細心の注意を払いながらほんの少しだけ後ろを見やる。

徐々に距離を詰めてきている魔物たちの顔ぶれを確認した私は、意を決して行動を起こした。

ずざざ、と急ブレーキをかけつつ詠唱を開始。 

 

「マルシル?!」

「あっ・・・みんな前向くか目を閉じる!」 

 

流石というべきか、最初の句だけで何の魔法かを察したもう一人の私が素早く指示を飛ばした。

そして私は息切れしかけている分、ひと呼吸で早口に詠唱を済ませて杖を向ける。

 

直後、強烈な閃光がその先端から迸り、一瞬だけ通路全体を真っ白に染め上げた。

失神魔法である。

先頭を疾駆していた魔狼とバイコーンが短い悲鳴と共に目を回して転倒し、さらに後続の魔物の一部がそれに蹴躓いた。

哀れ何匹かはその下敷きとなり、ただでさえ過密状態だった魔物達はそこで渋滞を起こした。 

 

「ナイスだマルシル!」

「いやまだだ、気をつけろ!」 

 

後ろからライオスの賛辞が聞こえて一瞬振り返りそうになったが、次いでのチルチャックの警告にぎくりとする。

見れば、ごちゃついた先頭集団が邪魔にはなっていたが、それを飛び越えられる翼を持つハーピーやヒポグリフがその上を、片や通常とは異なる感覚器官を持つがゆえに失神魔法をものともしなかった動く鎧といった一部の魔物がその脇を器用にすり抜けてくるところだった。

 

「ちっ」

「うわわっ!」

もう一度魔法を唱えるか判断しかねた矢先、頭のすぐ横を黒く鋭い何かが掠めていって思わず身をすくめる。

イヅツミが投げつけたクナイだった。

一本はハーピーの片翼を天井に縫い留め、もう一本が動く鎧の目の部分にあたるスリットへ吸い込まれるように命中し、すかーん!と小気味良い音を立てて兜部分をもぎ取っていく。 

 

「よしきた!センシ!」

「うむ!」 

 

咄嗟の足止めだったが、彼らはそれに応じて作戦を柔軟に変更していた。

引き返してきたライオスとセンシが、残る尖兵であるドライアドの前へ躍り出る。

彼らはタイミングを合わせて武器を振り下ろす・・・のではなく、その攻撃を捌きつつ左右から腕を回し、その胴体を掬い上げるようにして宙に放り投げた。

傷つければアレルギー反応を引き起こす花粉を撒き散らしてしまうドライアドは、そんな対処によって倒れ込んだ魔物達の向こう側へ綺麗な放物線を描きつつ逆戻りしていった。

 

彼らが倒した魔物たちによって障害物の山は大きくなり、それで後続はさらに足止めされる。

そしてその間に、後衛を務める面子は退却の段取りを整えていた。

あちらのマルシルに守られつつ、チルチャックが分かれ道で手招きしている。 

 

「こっちにもっと狭い通路がある、その先は行き止まりだが広い部屋だ!」

「分かった、みんな行こう!」

「早く早くー!」 

 

マルシルは自分の声に急かされながら、ライオスたちと共にそちらへ向かってもう一走り。

息は上がっていたものの、マルシルは状況にそぐわず少し笑みを浮かべてしまっていた。

みんなの懐かしい頼もしさだった。 

 

 

そうして逃げの一手で陣形もなにもなかったパーティは、どうにか態勢を立て直すことに成功した。

パーティ一行は部屋に辿り着くや前後を入れ替え、これまで進んできた狭い通路の方へ向き合う形で構えた。

 

いくらかの時間稼ぎには成功したが、曲がり角の向こうではギャアギャアと魔物たちが押しのけあう喧噪が徐々に近づいてきている。

あと十数秒もすれば、先程のように比較的器用な魔物から渋滞を抜けてきて、しまいには全体が雪崩れ込んでくるだろう。

ライオスが剣を抜いて先頭に立ち、指示を口にする。 

 

「ここで迎撃しよう。挟撃はないし、正面の通路ぐらい狭ければあの群れも少数ずつでしか入って来れないはずだ」

「シュローなら背水の陣とか言うとこか・・・俺は逃げ道がないのはキライだが、まあ囲まれるよりマシだな」

「先程のバイコーンの状態が気になるのう・・・結局、前回は胴体が食えず仕舞いだった」

「踏まれてぐちゃぐちゃになってなきゃ良いけどな」

「うぇ・・・」 

 

ライオスたちが戦闘準備を整えている一方で、私は少し後方でおろおろする形となっていた。

今のこの面子では魔法使いが二人という、強力ではあるがやや異例の構成になっている。

そういった場合どういう立ち位置が適切なのか誰も知らないので、最も新参であるマルシルが若干あぶれているのだ。

 

・・・イヅツミも加入して間もないはずだけれど、こういうぎこちなさは無かったなあ、と隅っこで気配を消している猫忍者を見やりながら思った。

彼女は自由で好き勝手に動くので連携が出来るとは言い難いが、小回りの利く俊敏さと器用な身のこなしの成せる業か、戦闘において彼女は自身の戦い方に終始しておきながら、不思議と他人の邪魔になったりはしない。

獣人の感覚だと色んなことが分かるのかな・・・と、呆けていたところへ、かかる声があった。 

 

「・・・えーと、あなた」

「はい?」 

 

呼びにくそうにもう一人の私が私のことを呼ぶ。

 

「さっき、無茶な略式詠唱で魔法使ったでしょ。ちょっと休んでなさい、ここは私がやるから」

「あー・・・」 

 

先の失神魔法の際、状況を速やかに打開すべく詠唱に織り交ぜた――――ただし学校では絶対にやるなと教わる――――非常手段的な裏技について、彼女にはバレバレだったらしい。

流石私とでも言おうか。

ただその咎めるような口調からするに、考え方は当時の私らしく学者肌というか、実践的であっても教科書にない方法には抵抗感がある様子だ。

マルシルはほんのちょっと考えて、準備を整えているライオスたちと私を見比べる。

流石に失神魔法一発で休むほど疲労してはいないのだが、ここで出しゃばっても邪魔だろうという気もする。

また多分ここで食い下がっても彼女は折れないだろうという確信もあったので、私は大人しく、コクリと頷くことにした。 

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