どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜   作:鐘餅

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めちゃ久しぶりの更新です
いつもより長め
書くのに苦戦しました…


本当の家族

 魔剣とは何か。

 

 それは〈傲慢〉のマルコシアスが作成した武器のことである。

 ナンバリングから少なくとも九つあることが判明している。

 しかし幻の十番目があると噂されており、それが本当かどうかは定かではない。

 

 それぞれに強力な力が宿っており、名実共にマルコシアスの最高傑作であるが、その最大の特徴は何と言っても外見にある。

 実は魔剣と言っておきながら、その大半はまったく別の姿なのである。

 

 例えばマルコシアスが普段持っている戦鎚。

 これも魔剣と呼ばれている。

 第三魔剣、改換刃マサムネ。

 その名の通り一応ハンマーに刃がくっついたような外見だが剣とは言い難い。

 

 第六魔剣、圧砕刃マオウ・ノブナガにも同じことが言えるだろう。

 近くで見れば爪の先が剣のようになってはいるが、まあ、その程度だ。

 あくまでこれはただの鉤爪。

 

 二年前、偶然に偶然が重なり、奇跡的に鹵獲出来た代物だが、初めて第六魔剣を見た者達は首を傾げた。

 何故、これが魔剣なのだろう。

 

 その後当然の流れとして破壊が試みられたがすべて失敗に終わる。封印も出来ず、兵器として転用しようとしても、改造を拒絶する魔術が施されていた。

 しかも魔剣は使用者を直接選ぶらしい。利用するにはピーキーだ。

 が、無論、悪魔陣営に返す訳にはいかないので、魔剣攻略のために徹底的に解析された。

 

 その結果分かったことは、三つ。

 それは高度な魔工学の技術で作られたものであること。

 その情報の大半を読み取ろとした場合、逆に天使のシステムを乗っ取り、現在地をマルコシアスに知らせる仕組みになっていたこと。

 そして最後に根幹部分――素体として用いられたのが、なんてことはなオリハルコンだったこと。

 

 オリハルコンとは魔力を帯びた金属のような物質である。

 魔物が持つ核、これを煮詰めると銀色の液体となり、冷やして固めれば鉄より固く、柔らかく、丈夫になることから、伝説上の貴金属、オリハルコンの名が与えられた。

 天使の機械パーツにも使われている、極めて普遍的な資源の一つだ。

 

 しかし魔剣の素体として使われたオリハルコンの作成時期は、六百年前と解析で判明している。

 これはとてもおかしなことで、オリハルコンの精製方法が普及したのは五百年前からだ。

 ……と、なるとある可能性が浮上する。

 

 それは、このオリハルコンがイカロス王の呪剣そのものではないか、と言うことだ。

 魔法大国の中核を担う国の、その前進となった王国に伝わる伝説の宝剣である。

 十振り一セットの武器として作られ、丁度六百年前のとある魔女を退治するために用いられたらしい。

 公的には、これがオリハルコンで最初に作られた魔道具である。

 むしろこの呪剣を生み出すために、オリハルコンが開発された言っても過言ではない。

 呪剣はまさしく、特別な力を秘めていたそうだ。

 

 ならば魔剣とは、この呪剣を更に改造、アップグレードさせたものなのではないか。

 真相は闇の中だが、噂はなくならなかった。

 とは言え、結局魔剣攻略の鍵になりそうなものは分からなかった訳で。

 

 ――戦力を削ぐためにも、この魔剣が見つからぬよう辺境の砦に隠し続けろ。

 

 ――怪しまれぬよう一箇所に留まるな。

 

 ――もしマルコシアスが責めてきたら、砦や兵士ごと爆破しろ。

 

 そう上層部から命令されたハナビは、以来、言われた通り魔剣を持ちながら辺境の砦を転々としてきた。そしてその裏では不穏分子、とりわけ脱走者を秘密裏に殺してきたのだ。

 内部監査官兼、処刑執行部所属。それがハナビの肩書きだから。

 

 そんなハナビにとって、目の前にいるエメラルは、何としてでも殺さなけれならない相手だ。

 砦から逃げ出し、自身の目を欺いて魔剣を盗み出した。

 生きて帰せない。

 だが少なくとも、エメラルはそのことを分かってやったのではないかと思う。

 

 一対一の状況を作り出すために――堂々と、ハナビと戦うために。

 そして勝つために。

 こんなことをしでかした。

 それが、エメラルの言うゲームであり、目的。

 

「けれど、魔剣はそう簡単に扱えるもんじゃないでござる……そもそも何故拙者の情報を知って――」

「うるさい。そんなの、この勝負の前では無関係だ」

 

 しかし、エメラルはハナビの言葉を遮った。

 馬鹿馬鹿しいとばかりに。

 

「お前が使い手として魔剣に選ばれてる、それこそが重要だ。お前を超えるために、私はこの魔剣を使う。お前に出来て、私に出来ない道理はない!」

 

 直後――左手の方の漆黒の鉤爪が振るわれた。

 ――伸びる、巨大な爪の先が。一直線に向かってくる……!

 

「……ッ!」

 

 瞬間、ハナビは翼を広げ、後方へ急加速した。

 エンジンを最大出力で吹かせる。

 しかしどこまでもどこまでも、しつこく追いかけてくる魔爪。その伸びるスピードは圧倒的だ。

 

(この速度、一秒の間に何メートル伸びているんでござる!? ここまで使いこなせるなんて……!)

 

 ――有り得ない。

 

 ハナビもまた、エメラルの言う通り魔剣ノブナガに選ばれた使い手。

 だからこそ分かる。このノブナガの扱いは難しい。まともに伸ばすだけで演算の八割は持っていかれる。

 本物の主、〈傲慢〉のマルコシアスや、〈暴食〉ベルゼブブはそうでもないらしいが、魔剣とは本来それだけ負担がかかる武器なのだ。

 

 だがエメラルは、難なく爪を伸ばした。

 それはエメラルには出来なかったことだ。普通ではない。それを何よりも本人が自覚しているのだろう。

 嬉しそうに、目を三日月の形に歪めた。

 

「ほらね――ああ、“食べたかい”あったよ」

「?」

 

 思わず疑問が浮かぶハナビ。

 が、その間にも爪の切先が迫る迫る。

 堪らず方向転換。だが爪もまたそちらへ軌道を変えて。そのため今度は反対方向へ行くと――そっちにもぬっと大きな影が近づいてくる……!

 

(今度は右手か……!)

 

 そう、鉤爪は一つではない。両手に二つ。

 丁度挟み撃ちの形だ。まるで巨大な竜が口をガバリと開け、噛み砕かんとするかのようだった。

 そしてそのまま、黒色の顎に捕食されようとした刹那――

 

「――〈 * ζElpholin072(既存システム起動)=“ chexplo(蓮爆)”〉」

 

 爆発が起こった。

 ハナビが何かした瞬間、上顎と下顎でそれぞれ衝撃が走ったのだ。

 それが爪そのものを押し払い、当然ノブナガを装備していたエメラルも後退を余儀なくされる。

 

「グ……!」

 

 下がりながら空中で体勢を立て直すエメラル。

 そこへ続けて先程と同じ爆炎が叩き込まれる。

 防御しなければマズい……そう思ったのか、緑目の天使はノブナガの甲を前に持ってきて身を守った。

 

 そして煙が晴れた後、遠く離れたハナビの腕にあるものを見て、瞳を細める。

 

「……ようやく本気を出すつもりになったね」

「……、そんなの最初からでござるよ」

 

 そう言ってハナビが掲げたもの。

 それは両腕に嵌めた白色の籠手だった。

 しかもそれは通常よりもデカく、普通の拳の三倍は大きく見える。

 ハナビがナノマシンで作り上げたものだった。

 その籠手で殴ることで、爆発をお見舞いしたのである。

 

 破壊力は凄まじく、並の悪魔なら木っ端微塵、巨岩さえも粉々に砕け散るだろう。だがエメラルの持つノブナガには傷一つついていない。

 何故ならノブナガは絶対に壊せないからだ。そういう性質の極めてシンプルな魔剣である。つまり転じて言えば、防御に用いることで、ノブナガは攻撃を一切寄せ付けない盾にもなるのだ。

 

 火力に特化したハナビとの相性は最悪と言って良いだろう。

 でも、隙はある。

 ノブナガは性質上、取り回しが困難なのだ。

 無限に伸ばせる分、自身が移動出来る範囲を狭める。機動力を犠牲にした攻撃力は目を見張るが、それだけだ。

 

「だから拙者は、お前をここで殺せるのでござる。お前の攻略法はシンプルでござるから――こっちの方がスピードは上でござる」

「ふーん、そっか。まあ、そうかもね」

 

 エメラルはそうして、何故かノブナガの爪の長さを元に戻した。

 〇点一秒よりも早い収縮。攻撃を仕切り直すつもりだろうか。

 そして、しばらくは無言だったが、やがて「殺せるかぁ」と呟き、ポツリと溢した。

 

「けど、そんなのを簡単に言えちゃうなんて、……本当嘘付きだね」

「嘘付き……?」

 

 首を傾げるハナビをエメラルは睨みつけ、何処か懇願するかのように、捲し立てる。

 

「何が殺せるだ。ふざけるな。それはさ、言い聞かせてるだけでしょ。本音では、私を殺したくはないんだよね? そうじゃないんだよね? ちょっとは心とか傷まないの? ねえ?」

「……それは……」

 

 当然、そう思ってるに決まっているだろう。

 そう返そうとして、再びエメラルが言う。

 

「じゃあ何で真顔なの? 心から泣かない、笑わない、悲しまない、怒りもしない、こんな状況になっても。……まさか気付いていなかったの? 嘘でしょ?」

「……………………」

 

 そんなの……そんなことを言われても。

 困ってるっていうか。じゃあどうすれば良いんだよ。

 いくつも言い訳が浮かんだが、何故か思考が少し固まっていた。

 心臓がドキドキする。頭の片隅が痛い。

 

 エメラルは尚も続ける。

 

「何でこっちの気持ちを知ろうとしないの? 私に興味がないの? ――私だけが、貴方を見ているの?」

 

(そんなことは……)

 

 ――そんなことはない。

 ハナビだって、エメラルのことは気になってた。

 また話せて嬉しかった。

 

 十数年ぶりの……奇跡に近い再会だった。

 

「それを台無しにしたのは、エメラル君の方じゃないか……こんなことをして許される筈がない……普通に話すだけで良かったんじゃなかったのか? しかも皆に迷惑かけて……!」

「そうだね。でもどっちみち、ここまでしなきゃ、貴方は私を本当に認めてくれないから。それにね、別に良いんだよ、皆を巻き込んでも――私の脱走で、皆、心を痛めれば良い」

「……は?」

 

 意味が分からず、ハナビは呆然とした。

 ――コイツは何を言っているんだ?

 ポカンとしているハナビに、エメラルはなんてことないよう答える。

 

「停滞の中で、変わらない中で、恐怖を忘れ、ただどうにでもなれと諦めるのは死と同じじゃないか――皆にはそうあって欲しくない。泣いて、喚いて、叫んで、怖がって、八つ当たりして、最後の最後の瞬間まで、甘美なる感情の渦を感じて欲しい。そのための揺さぶりを、私は与える。それが生きてるってことでしょ?」

「……」

 

 さっきとは別の意味で、ハナビは言葉を失ってしまった。

 無茶苦茶な理論だった。でもエメラルはそれを心から信じていた。

 エメラルもまた、何処かが壊れてしまっていたのだ。どうにもならないところまで。

 それが、悲しかった。凍りついた感情が、少し軋む音がした。

 

「ね、だからハナビさんもそうであってよ。私が何で怒ってるのか、ハナビさんも考えてみて? 私はどう思ってる?」

「……エメラル君。君は――」

 

 そう言いかけた時だった。

 再度、鉤爪が一直線に伸びてきた。まるで砲弾のように。

 咄嗟に籠手で逸らし、次の攻撃に備えて目の前を凝視する。

 

(! いない!)

 

 が、その姿は蜃気楼のようにない。

 次に気配を感じたのは背後から。

 

(後ろ……!?)

 

 振り向いている時にはもうすぐそこまで迫ってきている。

 ノブナガの鉤爪と、ハナビの振り上げた拳がぶつかり、一瞬拮抗。

 だがハナビは衝撃波を自身の腕に纏わせることで、その勢いを強化。ノブナガを押し上げ、エメラルへ再び拳を振るい、爆炎を投げつける。

 ある程度遠距離であっても、爆破を伝えれるのがハナビの強みだった。

 しかし炎に包まれたエメラルの影は、また消えた。

 

 明らかにおかしかった。

 

(まさか幻覚か……!)

 

 すぐそう結論が出たが、この力は初見だった。

 十七年前、エメラルの能力はまったく別物だったのだ。だがそれが成長、変質したのだとしたら――

 

「そう。私の力はまやかしを生み出す能力だよ」

 

 その疑問に応じるように、何処からか声が聞こえる。

 嘲るような、けれど無機質な声。

 

「私は映したいものを映して、隠したいものを隠せる。お前の言う通りスピードでは負けてる。だから、会話をしているうちに仕込ませてもらった」

 

 今度は上から爪が降ってくる。だが殺気は下からだ。

 どっちが本物なのか分からない。爆破のエネルギーを利用してスピードを上げる。回避を選ぶ。するとそこにエメラルが待ち構えている。三人のエメラルが。

 それぞれ十本の指を広げ、十本の鉤爪を針のように細く変形、ワイヤーのように操り、振るう。しかも計三十本の針金の軌道、スピードは、各々違っているのだ。恐らく長さすら。

 

 退路を防がれた。

 やはりどれが本当で、偽物かすら分からない。

 仕方なく広範囲の爆炎で押し返す。ワイヤーに炎が伝わり、三人のエメラルが炎上する。

 消えた。またまやかしだ。

 

 そして本物のエメラルは真後ろにいた。

 ワイヤー状にした爪でハナビをぐるぐる巻きにすると、ぶんぶんと振り回す。投げ飛ばすと、解放したハナビ目掛け、元の太い剣状に戻した鉤爪を再度伸ばす。

 

 まさにトリッキーかつ変幻自在な攻撃。

 そのすべてをハナビは避けられず、少しずつ傷ついていく。

 

 何より爪の伸縮を短時間に留めることで、機動力の欠点をカバーし始めている。だがそれは常に爪を伸ばすより負荷が大きい筈。それは最早、聖歌九隊並の凄まじい演算能力。

 こんなので、どうしてツヴィウル砦なんかにいたのだろう。

 

 ――そうして、はたと気が付く。

 自分は今まで、そんなことにすら疑問を抱かなかったのだと。

 エメラルがどうなろうが、どうでも良いと思ってたからこそ、目を向けなかったのだと。

 

「そうだよ――それこそが貴方の罪だ。私も、ルベルも忘れて。そっちの方こそ許されないよ」

 

 エメラルの責める声が響く。

 

「だから、普通に話したって無意味なんじゃないか! 貴方が心を開かないから! 私だってどうしたら良いか分からないんだよ!」

 

 攻撃が畳み掛けられる。

 勢いが増して行く。

 ハナビは完全に防戦一方だった。

 

「貴方のことを分かってあげたかったのに! 打ち明けて欲しかったのに! 今まで支えてきたのは何だったんだ!? 私を依存させておいて、無責任にゴミ箱行きか!?」

「く……!」

「こうなったのは貴方の責任だ! だから私を見ろ、私を認めろ、私を刻め! ――そのためだけに、同胞の亡骸を食ったんだから」

「! まさか……」

「そう――昇華をやったんだよ」

 

 昇華――それは表向きは禁止されている違法行為。

 

 天使はその心の成長に合わせて能力を開花させていく。

 勿論、心というのは不安定で、能力の成長限界というのは実質的にないが、それでも次第に伸び悩んでいくのは確かだ。

 だがそれを手っ取り早く解決する方法が存在する。

 それが昇華。

 同胞、つまり天使の亡骸からコアを回収し、自分のコアに一部を移植すことで、能力を拡張し、出力と演算能力を底上げすることが出来るのだ。

 

 だが、当然ただでとはいかない。必ず代償が付き纏う。

 ある種負担をかける行為であるため、繰り返せば繰り返す程症状が現れ始めるのである。

 その種類は実に様々で、意識混濁、記憶の消失、五感の喪失、全身出血、身体機能の低下……と多岐に渡る。

 その中で最も重い症状が、

 

「寿命が縮まること……」

「私、まだ二回目だったんだけどね。すぐに限界が来て、上層部にそれがバレた。おかげで左遷された。――アレは取り返しがつかないミスだった」

 

 エメラルは自嘲する。

 役立たずになって、捨てられたのだと言わんばかりに。

 しかも彼は“食べた”と言っていたのではなかったか?

 もしかしてコアだけでなく、捕食を通して全身の機械パーツを取り込み、通常の昇華よりも能力を強化したのだとしたら……。

 

(ここまでノブナガを使えるのにも、納得がいく……)

 

「あのね、その行為をルベルは三千回以上も繰り返したんだよ。その背を一部押したのハナビさんだよ、ね、分かる? ――ニョクス・ケルビムが、敵味方区別なく捕食するのって有名な話でしょう? それからすら、お前は、目を閉ざして逃げた」

「――ガァ!」

 

 いよいよ、振るわれる爪の勢いは亜音速に近くなる。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃――

 振り下ろされる度に籠手で逸らすが、ハナビは圧されていく。

 その間に、風の刃や火炎が飛んで来た。幻覚だけでなく、エメラルは他の星導環術式(コード・ステラ)も使えるのだ。

 多彩な攻撃に、ハナビは限界ギリギリまで追い込まれていった。

 

「最低だよ。昔はそんなじゃなかったのに」

 

 いつしか、エメラルの口調にも悲痛な色が混ざり始めた。

 

「ねえ元に戻ってよ。“勝てば”元に戻るでしょ?」

 

 いつの間にかボロボロ……ボロボロ泣いていて。

 

「ねえ、ねえってばァ!!」

 

 泣き叫んで、

 

「寂しいんだよ! 思い出してよ、楽しかったこと! 辛かったこと! 捨てないでよ私を!」

 

 まるで子供みたいな顔で、言った。

 

「一人にしないでよ!」

 

 ――その絶叫が、確かにハナビの心を貫いて。

 

「……ごめんね」

「……!」

「ごめんね、君のこと何も分かってあげられなかった――その気持ちを、無視していた。ごめんね、エメラル」

 

 気付けばハナビの口から、謝罪の言葉が漏れていた。涙は溢れなかったが、それでも自然と、顔がくしゃくしゃになっていた。

 

「……ッ、――!」

 

 エメラルが息を飲んだのが分かった。

 表情に何か期待のようなものが浮かび上がる。しかしそうやって瞳を揺らす彼も、また幻なのか、本物なのか。

 どっちにしろハナビには見分けがつかない。

 

「でも、それでも自分は――君を殺さなきゃいけないんだ」

 

 ――……え。

 

 そうエメラルが口を動かそうとした、瞬間だった。

 ハナビは腕を上げた。容赦無く術式が展開される。

 ずっと演算していた術式が。

 

「〈 * ζElpholin075(既存システム起動)=“ chexplo-Alo(蓮爆残花)”〉」

 

 途端、広がったのは、煙。

 そう、煙だ。有毒性のある毒ガス。

 それが環境汚染なぞ無視しまくって空いっぱいにぶちまけられた。

 

「くっ!」

 

 エメラルは歯噛みする。

 ここに来て厄介なことになったとでも思ったのだろう。

 当然のように風の術式で吹き飛ばそうする。

 これだけの広範囲、いくら幻覚で誤魔化しても逃れらないのだ。

 それに煙だからこそ、ノブナガの爪の隙間から届いてしまう。防御術式を使用したところで、汚染物質の浄化式という別の演算も必要になってくるし、それはノブナガを使っている限り不可能だ。そちらに割く演算能力のリソースがないのである。

 そのために、煙を散らす方向に動いたのは、合理的な判断だった。

 ただし、それはハナビ仕掛けた誘導。

 

「“そうするからこそ”、この煙はその術式に反応する」

「……は?」

 

 呟いた刹那、ハナビから見て二時の方向。

 そこが突如として爆炎を上げた。

 悲鳴が上がる。今まで見えていたエメラルの姿が溶けてなくなる。となると、アレがようやく現れた本体か。

 

 そして、どうしてと……そんな表情を浮かべる彼に、ハナビは冷酷に告げた。

 

「……会話をしながら、こっちも術式を演算していたんだよ。本当の君がどこにいるか、自分には分からない。分からないから、さっきも言った通り風の術式に反応する煙を巻いた。術式が起動したらその場所が爆発するんだ」

 

 その真に恐ろしい部分は、煙に触れた物をその爆破対象とするところにある。

 つまり、煙に包まれた時点で、至近距離から絶対必中の爆発が約束されている。

 これではノブナガも役に立たない。

 ちなみに、一応毒ガスであるからして、ハナビにも害はあるのだが、そこはキチンと防護術式で自分の身は守っている。

 元々自分で組み上げたプログラム。となれば、それを無毒化することも簡単なのだ。

 

「そう言うわけだから、じゃあね」

「――あ」

 

 声を漏らす暇なく、続けて畳み掛けるハナビ。

 気が付けばエメラルの黒爪、その右の根本に二つ、蓮華の花に似た爆弾が張り付いていた。

 ――起爆する。

 

「バイバイ」

 

 炎の大輪が、空に咲き乱れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――落ちる。

 

 ――落ちていく。

 

 最後の勝敗はあっさりとついてしまった。

 右翼及び、右半身全体を負傷。運動機能、大半が沈黙。

 アイカメラの故障確認、目の前がブレて見える。

 砂嵐が酷い。

 

「結局はこうなってしまった……か」

 

 エメラルは落下しながら、一人呟いた。

 

 半分は予想していた結末だった。

 ハナビは強いのだから。聖歌九隊に入っていてもおかしくない相手に、最初から挑もうと言うエメラルの方こそが無茶だった。

 他人から見ても、頭がおかしな行動だろう。何て馬鹿なことをしたのだと言ってくるに違いない。

 でも、それを分かっていて、あえてエメラルは挑んだ。

 魔剣を盗み出した。もうそうするしかなかったのだ。

 そうしたいとずっと願っていたし、そうしたいと走り続けてきた。

 それは理屈じゃ、説明出来ないのだ。

 それが、エメラルのすべてだった。たとえ、それが八つ当たりと自覚していても。

 

「……」

 

 ――ふと、過去の思い出が頭を過った。

 それは、まだノインとルベルと、ハナビが揃っていた時期。

 輝かしい陽だまりのような記憶。

 

 漂流物の中にあった、一つの手帳。そのページに貼り付けられてあった、一枚の写真。親子の姿。

 後でじっくりと見せてもらって、不思議な気持ちになったのを覚えている。

 これが本当の人間で、これが本当の母子で、これが本当の家族なんだ。

 こんなに暖かくて、愛情深い瞳をしているものなんだ。

 

 心が震えるのを感じた。

 何か、熱のようなものが生まれていた。

 

 それはきっと、憧憬と呼ばれるもので。

 

「僕もそれを見てね、マザーに近づきたいと思うようになったんだよ。マザーのことを、守りたいと思うようになったんだ」

 

 ノインはそんなことを言っていたが、しかし、エメラルは別の人のことを思い浮かべていた。

 そう、ハナビだ。

 言うまでもなく彼に依存していたエメラル。

 エメラルにとって、ハナビは特別だった。

 マザーと同列の存在だった。

 

 ただし、それはマザーに向けていた感情とはまた少し違っていた。

 頼りになって、憧れで、大きな背中に思えて、いつかハナビを超えたいと思っていた。隣に並びたかった。認めてもらいたかった。よくやったと褒めて欲しかった。

 それはきっと、母親に対する慕情ではなかったのだ。

 

 それを、この瞬間、エメラルはようやく気が付いた。

 だが、その正体を、エメラルは最後まで言葉に出来ない。知らないから、分からないのだ。

 

 ――父親なんて、知らないのだ。

 

 そのことが、どうしてか無性に悲しかった。

 きっとこの痛みが、周りを巻き込み、ハナビを傷つようとした罰。

 

(ああ、そうか)

 

 エメラルは微笑んだ。

 皮肉気に微笑んだ。

 悲しそうに。

 

 ――ただ私は、貴方と本当の家族になりたかったんだ。

 

 二度と届かない願いを抱きながら。




ざっくり設定 22
魔剣
〈傲慢〉のマルコシアスが作成した武器群。ナンバリングから最低でも九つあることが判明している。名実共にマルコシアスの最高傑作で、その最大の特徴は外見にあり、大半が魔剣と言いながら剣の形をしていない。幻の十番目があると言われているが真相は闇の中。
個々に強力な力が宿っており、〈傲慢〉の刻印の影響から、その力はすべての術式、すべての魔術の効果を真っ向から塗り潰す。
高度な魔工学の技術で作製されていて、情報を深部まで読み取ろうとすれば逆に相手のシステムを乗っ取る仕組み。ただし根幹部分のオリハルコンが六百年前に作られた呪剣とイコールなのは本当。噂も正しく、この呪剣の能力を拡張、アップグレードし、使いやすいよう外殻を整えた姿が魔剣の正体である。使い手を選ぶという特徴があり、誰にでも扱える代物ではない。
その能力を正しく引き出せるのは〈傲慢〉のマルコシアスと、彼の同盟者〈暴食〉ベルゼブブだけと言われている。
マルコシアスは、ベルゼブブのみに心を開いている。

圧砕刃マオウ・ノブナガ
魔剣のうちの一つ。第六魔剣。
両手二つで一セットの巨大な黒色の鉤爪。魔剣は二振りで一つのものが多い(呪剣は魔女との戦闘ですべて折れているため)。
絶対に壊れないという特性を持ち、壊したいものを壊し、壊したくないものを攻撃対象から外すことが出来る。鉤爪の先端は剣のようになっており、通常形態では約一・五メートル。剣の長さ、太さを自在にコントロール可能で、爪の部分をワイヤーのようにして相手を捕縛することも出来る。性質上攻撃に特化した魔剣であり、上手く扱えば岩山すら両断する。ただし弱点としてその大きさと特性から取り回しに難あり。瞬間的に使ってこそ真価を発揮する。
二年前、奇跡的に天使陣営が鹵獲に成功し、以来使い手として選ばれていたハナビが隠し持って管理していた。マルコシアスは未だノブナガを取り返そうと画策しており、そのための準備を水面下で進めている。

オリハルコン
魔力を帯びた金属のような物質。魔物の核を煮詰め、冷やして固めることで鉄より固く、柔らかく、丈夫になることから、伝説の貴金属オリハルコンの名が与えられた。天使の機械パーツにも使われる普遍的な資源の一つ。呪剣を作るため六百年前に魔法大国の中心にして前進となる王国が開発したもので、当時の君主イカロス王が考案した。量産可能となったのはそこから百年後で、これをきっかけに豊かな文化が花開いていった。

昇華
天使の本体にして核であるコアに、他者のコアの一部を移植することで能力を底上げする行為。手軽に力を強化出来る反面、デメリットも凄まじく、繰り返せば繰り返す程様々な症状を引き起こす。症状は人によって異なり、意識混濁、記憶の消失、五感の喪失、全身出血、身体機能の低下など無駄に種類が豊富。その中でも最も発現率が高い症状は寿命が縮むことである。少なくともエメラルは二回行っただけで二百年あった耐久稼働年数が三ヶ月にまで減少した。捕食行動を通すことで他の機械パーツや生体パーツも取り込める。ただし強化出来ると言っても一時凌ぎで、その効果は短期間で切れるため、また力を求めて昇華を繰り返してしまう者も多い。依存性が高く、ドーピングに近いため、本来は違法行為である。理論上は悪魔も可能。昇華を続ければやがて体が作り変えられ、捕食行動をすることでしか生命維持を保てなくなってしまう。ニョクスが三千回以上やって無事なのは、単純に彼女が魔力を吸収することで己の力を増幅させる能力があったからであり、表向きは彼女だけは例外として扱われる。
が……実際はそれに加え、症状に耐えるため数々の改造や裏技を使っているからに過ぎず、それらが限界に近づいていることが、ニョクスが世界を滅ぼそうと決意した要因の一部となっている。
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