どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜 作:鐘餅
(終わった……)
心の内で、ハナビは静かにそう呟いた。
爆風が起こり、短い髪が揺れる。
――影が、目の前で落ちていく。
右半身を損傷した天使が、落ちていく。
確かな手応えを、その時ハナビは感じていた。
しかし、不思議と実感は湧かなかった。心が体から離れて、何だかふわふわしているのだ。
おまけに、時間が引き伸ばされているような感覚に襲われていた。
その中で、泡沫のようにエメラルとの色んな思い出が蘇って、過って、巡って――パチンとすべてが弾け、まるで大切にとっておいたアルバムの写真を、誤ってゴミに出してしまったような……自分自身で台無しにしたような……そんな気分になってしまう。
けれど、同時に言い訳めいた言葉も、ぐるぐると浮かんできた。
これは仕方がなかったこと。
いくら情があったって、敵になってしまった以上、殺すしかない。あの時あのタイミングでやらなければ、死んでいた。
――手を緩めれば最後、やられるのはこっちだったのだから。
「……」
でもそのために、まともに話もせず、一方的に攻撃を仕掛けた。
それはエメラルが言う通り、逃げだったのではないか。
彼と向き合わず、中途半端に会話を打ち切って――
「………………………………」
しかし、今それを考えるのは時間の無駄だろう。
こんなことでグダグダ悩んでいる場合ではない。
頭を振り、意識を切り替える。それからゆっくりと降下していった。
眼下に広がる森の方、そこにエメラルが落ちていったのだ。
その拍子に、落下地点の木が折れてしまったので大変分かりやすい。
そうして森の中へ降りようというところで、ハナビはようやく、自分の方へ近付いている影を認めた。
自然、アイカメラのレンズが調整され、その影を拡大する。
クリーム色の髪を一つにまとめた天使――フィルルカだった。
(――何で一人でここに?)
当然そう疑問を抱くも、その頃にはもう足に地面が付いていた。
そしてフィルルカもこちらへ着地してきて。
「は、ハナビさん、エメラルさんとは……」
と、何とも言えない、暗い表情でハナビに事情を聞いてくる。
実はフィルルカは、エメラルとはそれなりに仲が良かったのだ。彼女も今回の件で、酷く動揺していたのだろう。
その表情からは混乱のようなものが伺えた。
「ああ……エメラルは……拙者が倒したでござるよ……」
が、隠すことでもないので、素直にハナビは答えた。
まあざらりと、そのことを言う時に抵抗感は覚えたけれど。
そのことを察したのか、フィルルカも沈痛そうな面持ちになった。
「そうですか……。私も、無理やりこっちの方角を探すよう指示されて……それで、爆発とかが聞こえてきて……」
しかし辿り着いた時にはすべてが終わっていたのだろう。
爆破によってエメラルが落ちていくのを、フィルルカもしっかり見ていたのかもしれない。
そのショックは計り知れないだろう。
だからかバツが悪そうに言ってくる。
「わ、私もお手伝いとか、出来れば良かったかも……なんですけど」
「いや、むしろこっち来なくて正解だったでござる」
その場合、容赦なくフィルルカはやられていただろう。
そっちの方がよっぽど悲惨だった。
それでもフィルルカは少し思う素振りを見せたが……やがて、横に倒れているエメラルへ視線が移る。
エメラルはまだ生きていた。
意識が朦朧としているようだが、その胸が浅く上下しているのは間違いない。
しかし両腕に装着された魔剣――ノブナガは半休眠モードへと移行し、まるで籠手のような姿になっている。
励起状態を維持出来なかったらしい。
これが完全なオフ状態であれば、薄く帯電する魔力の塊となって空気と同化し、完全に見えなくなる。
鹵獲した後、このモードになった際、わざわざ魔力周辺の酸素を術式で固形化し、色を付けなければ判別が難しかったぐらいだ。
そしてそこからの実体化は、使い手に選ばれた者にしか出来ない。
エメラルもまた、ノブナガを扱えたことから使い手になったことが分かる。それを利用し、地下の地下のそのまた地下の部屋で気化させていたノブナガを実体化させ、持ち出したのだろう。
とは言え、問題はどうやってその性質と隠し場所を知ったかである。
普通であれば、そんなの知りようがない。
大体、部屋にはパスワードがかかっていたのだし。
「とりあえずとっ捕まえて、情報を吐かせないと……」
ハナビが呟けば、フィルルカもまた同意してくれた。
「……そうですね。スクラップ送りにしてから、記憶を解析をしなければいけません」
「……」
だがそう言われた途端、ハナビの思考に少しの空白が生まれた。
それは毒のように頭を駆け巡り、判断を鈍らせる。
「……………………ッ」
「ハナビさん?」
不思議そうなフィルルカに、ハナビは宣言した。
「いや、ここで、エメラル君を殺す」
「え」
「どっちみちコアさえ無事なら記憶領域の解析は可能でござる。抹殺許可だって降りてる。無駄に苦しめるくらいなら、決めた通り――」
しかしそこで、残酷にも決意は阻まれた。
『型番Lokian-UbC-8710、個体識別名ハナビ。応答せよ! ハナビ、エメラルは見つけたか!?』
この空気に割って入るよう、うるさい声が頭に響いたのだ。
それはツヴィウル砦を指揮する統括個体、型番Wolfgang-F-496こと、ヴォルフの通信だった。
お世辞にも優秀とは言えない人物で、口調は荒々しく、苛立っている。
彼は保身しか考えていないのだ。と言っても、この時ばかりは妙な言い回しをしていた。
『本人から投降の連絡が来ている! 奴め、大騒ぎ起こしたくせにすぐ諦めよった! この際だから、知り合いのお前が行ってやれ! 奴は強力だ。気まぐれを起こされて、無駄に部下を殺されても困る! 分かったか!? しっかり、連れてくるんだぞ!』
『……え、しかしエメラルは』
『良いなッ!』
有無を言わさず一方的に切られた。
唐突なことで訳が分からない。
呆然とするハナビと、おろおろしているフィルルカ。
困惑のままに顔を見合わせる二人は、気付かなかった。
――緑目の天使の口元が、緩く微笑んでいることに。
◆◇◆◇
『ごめん。そしてありがとう、エメラル』
『第一段階は、これでクリアだ』
『“仕掛け”もその時になったら稼働出来そうだし、すべてはお前のおかげだよ』
『本当に頭が上がらない。お前が最後の仲間で良かった』
『お前が兄弟で良かった』
『どうか良い旅を――』
『次の世界では、絶対に幸せにするから』
『約束だよ』
『エメラル』
『愛している』
◆◇◆◇
――エメラルが見つかったらしい。
その一報は砦中を、天使達の間を、一瞬にして駆け巡った。
広がったのは安堵か、それとも反対の別の感情か……。
俺としては半々と言った具合で、妙に落ち着かなかった。
一度ゆっくりと話したいと思った。
しかし、それが叶わないだろうことは、誰に言われずとも分かっていた。
とても悲しいことに。
当然すぐに、帰還命令が出された。新兵もまた、エメラルの捜索へ駆り出されていたのである。
そんな訳で、外に出ていた俺と他の同期達は、ツヴィウル砦へと帰っていった。
ライラとは別の方角だったから、彼女の姿は見なかった。
そうして集まった集合場所、そこは分割子宮の地下の部屋。
砦の根幹部分にして、中心の演算装置があるところだ。
その演算装置はまるで柱のような見た目で、初めて見たのに心の奥底から恐怖が湧き出てきた。
こんな辺鄙な砦なのに、部屋はすべて赤黒い鮮血で染まっていたのである。何人もスクラップ送りになった証拠だ。
それだけで立ち上るような怖気が背筋をすぅっとなぞった。
ここにいたくなんてなかった。
それは、どうやら他の人達だって同じらしい……。
「またか……」
「これで何回目?」
「ああ……どうしてこんなことを」
「何で」
「今そんなことしなくたって良かったのに」
そのことを残念に思う天使達が、口々に囁き合っていた。
彼らは柱をぐるりと囲んで、目を背けたり、泣いたり、誰もが悲痛そうにしている。よく知らないが、エメラルは相当慕われていたようだ。こうなるのも無理はない。
そして俺はそれを遠くに聞くかのように最後列に並んでいた。特に意味などないが、もしかしたら出来るだけスクラップ送りの様子を見たくなかったのかもしれない。
しかし前へゆっくりと歩かされる彼――エメラルのことは、はっきりと見えた。
誰かと戦闘になったのだろう。
右半身がボロボロで、足取りはよたついている。ふらふら、ゆらゆらと、何度も倒れそうになっては、その度に転びそうになっている。歩けているだけ奇跡だ。
だというのに、手首には更に手錠がはめられている。
錆びていて重そうな手錠だ。
そこから伸びる鎖を、捕縛したハナビが握って先導している。
見張りかもしれない。その後ろには、俺達新兵の教育係を務めるクリーム色の髪を持つ天使が控えている。二人はこの場にいる他の人達以上に、何故か辛そうだった。まあ、その役割があまり心地良いものではないのは、確かだろう。
なんせエメラルはまるで、奴隷か囚人のようだったのだから。
断頭台へ歩く罪人を眺めているような気分に陥る。
いや、これは処刑なのだ。
他の天使への見せしめだ。
エメラルはこれから死ぬ。
それは覆せない運命。
が――止まる。
後少しで柱に辿り着きそうというタイミングで、彼は止まった。
「おい、どうした。さっさと歩け」
最前列にいた物騒な天使……強面で背が高い、くすんだ錆色の髪をした司令官が、吠える。
確かヴォルフという名前だ。
小物であるが一応ツヴィウル砦の長である。ここに所属する者であれば必ず従わなければならない。
だが、エメラルは何もなかったかのように無視した。
ただ驚いたように振り返る、ハナビだけを見ていた。
じーと。いつまでも。
目の端には涙が浮かんでいて。
それから、ゆっくりと周囲の天使を見渡して、しばらくは右の方を……最後に、俺の方へと視線を動かした。
「!」
一瞬目と目が合い、息を飲む。
吸い込まれそうな瞳だった。悲しみとも憎悪とも違う、あの時見たグチャッとした闇の瞳。
そしてエメラルは優しく微笑んだ。
何処までも純粋で薄気味悪い……偽物臭い、顔だった。
「ふふ、ふふふ……。うん……皆、良い顔だね。それでこそ、生きていると言えるよ。感情こそが生きるている証。それこそが、随喜。何も感じないなんて屍だ。皆、悲しんでくれてありがとう。とても嬉しいよ。とっても嬉しい……」
そしてすぐ真顔になって、続けた。
「だから私はこの結末に満足しているよ。そのことについて何の後悔もない。まあ色々と心配なこともあるけど、なるようにしかならないでしょ。結局世の中なんてそんなもの――足掻くものにしか奇跡は訪れない。私はその奇跡を信じている。楽園のような次の世界を。きっとそんな世界を、あの子は作り出す」
でも、と次に否定して。
「それを壊して欲しいとも、私は思ってるよ。ふふっ、君達にそれが出来るかな? 私には初めから選択肢なんてなかったけど、君達には無数の選択肢が目の前に転がってる。せいぜい悔いのないように生きてね。幸せになって欲しい――それは本心だよ。案外、君達には同情してんだから」
彼は目を伏せ、様々なことに思いを馳せるように、色んな感情が混ざった顔になって、手の平を広げる。
表情に覚悟が滲む。ハナビが何か気付いたように目を見張ったが、エメラルはやめなかった。
声高らかに、矜持を叫ぶ。
「ああ、私の心は私だけのものだ! やりたいようにやって、好きなように生きる! 自分の最後ぐらいは自分で決めてやる! ――誰にも私を奪わせない!」
そう言うエメラルの両手には、いつの間にか光る杭が握られていた。
逆手だった。
そして肘を思い切り曲げる。いくら手錠で動きが制限されてるとはいえ、肘を曲げることくらいは出来たのだ――即ち、己の胸に杭を突き立てることくらいは、可能だった。
「あ」
誰が声を漏らしただろう。その時誰かの唖然とした声が響いた。
光の杭は、確かにエメラルの胸を貫いていた。
深々と。
これではコアも無事では済むまい。コアは天使の本体とも言える存在だ。
記憶が保存してある情報媒体である。それを破壊したということは、文字通り己の心を暴かれるのを防いだ、とも言える。
勝ち誇ったエメラルの瞳が、その証拠だった。
「ハハ、ざまーみろ」
それが、彼が言い残した最後の言葉。
エメラルの体が、どさりと仰向けに倒れる。
後に残るはしんとした静けさ。遅れて、どよめきが広がる。
あまりの出来事に、場は騒然となった。
――これは何だ。一体何が起きている。
目の前の光景をしっかり見ていたというのに、天使達はそんなことを口にした。
脳が理解を拒んでいる……という感じだろう。
特にハナビは衝撃を受けたようで、愕然としたように言葉を失っていた。その側で教官が「大丈夫ですか!?」と心配していたが、ハナビは今にも倒れそうだ。そのくらいショックを受けているらしい。
そして俺もまた、初めてこの世界で見た死に動揺していた。
どうしたってこればかりは仕方がない。こんなの冷静でいられようか。
だがそれ以上に……何だろう。
最後まで、その覚悟と決意を貫き通したエメラルの姿勢だけは、眩しく思え。
皆に迷惑をかけて、巻き込んだにも関わらず。
彼は彼のまま、死ぬことに成功したのだ。それは天使である以上、とても難しいことの筈だ。それは偉業と言って良い。
自分であることから逃げ出して、自殺した俺とは大違いだ。
――そう。
その死は、俺の自殺とはまったくの正反対だった。
エメラルはマザーよりも、自分自身を選んだのだ。
そのことは、他の天使達も感じ取ってはいるのだろう。
だからこんなにも皆困惑している。心のどっかに、ひっかかりがあるから、エメラルの死に何か思わずにはいられない。
神様に逆らったのと同じようなもんだ。そりゃあ……鮮烈に見えるに決まってる。
だけれども。
「何を狼狽えている」
空気をぶち壊すように、ヴォルフが口を開いた。
「コイツは裏切り者の脱走者だ。同情の余地なぞないわ。さっさとスクラップ送りにしろ」
「は……? し、しかしエメラルはもう死んで……」
「ああ。だがそれがどうした?」
教育係が反対すると、ヴォルフは逆に笑ってそう言い返した。
教育係を見下ろし、圧をかける。
「そんなものは最早関係ないのだ。脱走者が出た以上、処罰は絶対に与えなければならない。そこに死んだとか、生きたとか、関係あるのか? このままコイツを肯定して、私達が今までやってきたことは何になる?」
「で、ですが」
「良いからやれっ! エメラルを許してはいけない! 許したら、私達達のマザーへの忠誠心や、そういう共通認識の部分が揺らぐ! 指揮系統が滅茶苦茶になるぞ!」
「え? け、けどそんなの、落ちこぼれの私達に、大した意味は……」
「なあ……フィルルカ、お前良い加減黙れ。お前が殺されそうになった時、助けたのは私だろが? やれねえのか? それとも……」
遂にはヴォルフはみっともなく脅し始め、教育係――フィルルカに詰め寄った。
フィルルカは一歩後退り、呆然としているハナビさんをチラリと見て、堪えるようにぎゅっと目を瞑った。
「……くっ……」
フィルルカが手を挙げる。すると何らかの術式が起動したのだろう。
天井からアームが降りてくる。前世で言うところの、クレーンゲームみたいな、あのアーム。それと同時に、エメラルがふわりと浮いて立ち上がった。
既に目は虚である。
顔からも血の気が引いている状態の遺体。杭で穿たれた胸の傷からポタポタ真っ赤な液体が垂れていた。
その遺体の首にアームはガッツリ食い込んで、持ち上げる。
軽々と、天井近くまで上昇するエメラルの体。そこで一旦止まって、そのせいで足がプラリと揺れた。
その様はまさしく――首吊りだ。
思わず死んだ時のことが蘇り、首元を触る。
……反射的に、嫌だと思った。
せっかく自分の手で守ったエメラルの尊厳が、まさに今壊されようとしている。
それは駄目だ。認められない。
だから、
「〈
俺はナノマシンでライフルを作り上げ、迷わずエメラルの遺体を撃ち抜いた。
放たれたのは、小規模な炎の弾丸。
皆が驚愕する中、あっという間に遺体に着弾して、燃え盛る。それでもアームは無事だけど、エメラルの体は一瞬にして灰となって、燃え尽きた。
「――――」
「……貴様」
途端、ヴォルフの唸るような声が響く。一斉にこっちに集まる注目。
端的に言えば、やっちまったという状況なのだろう。
すぐにしまったと思った。
でも、不思議とこれで良いのだとも思った。
後悔は不思議とない。
「そいつを捕まえろ」
そうして俺は、牢屋に入れられた。
ざっくり設定 23
エメラル
型番Waen-SG-329。ワエン砦出身。
稼働歴は十七年程度のツヴィウル砦に在中する天使で、ニニとライラ達の先輩。
一見すると物腰は柔らかいが、その本性は腹黒かつ人を揶揄うのが大好きで、人好きのする笑顔を浮かべるが、警戒心は強く、実際のところは人間不信である。
実はルベルとは兄弟で、ハナビの元部下。ルベルのことは妹のように、ハナビのことは父親のように思っていた。
ルベルとハナビとは三人で戦ってきたのでその絆は強いが、現在は拗れて取り返しのつかないレベルになってしまっている。
過去の経験から、感情を失い、何も感じない、何も考えない人物を極端に嫌う。彼にとって感情を失うことは“死”と同義であり、たとえ身内であっても自身の心を蔑ろにする者は許さない。
見たいものを映し、見させたくないものを隠す「まやかし」の能力を持つ。一言で言えば視覚や感覚を誤認させたり、幻覚を作り出す能力で、彼が本気を出せば騙せないものは存在しない。
ルベルの命令を受け脱走し、ハナビと戦ったものの敗北。スクラップ送りにされる前に、自害した。
彼の死は、ニニに大きな影響を与えることとなる。