どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜 作:鐘餅
次の話から数話かけて一章エピローグ(?)です
そこは真っ白な部屋で、狭く、時折数式や文字のようなものが空気中に踊っていた。
――仮想空間アーカイブ。
その初期設定のテクスチャである。
本来ならば持ち主や用途に合わせ、ここから少しずつ景色を変えていくのだが、この場はただ話すところなので、そんなものはどうでも良かった。
ただ誰にも聞かれなければ、それで良い。
そんな秘密の場所に、二人の天使が話し込んでいた。
一人は少女。一人は大きな背丈の大人。
一見すると大人の天使の方が偉そうに見えるが、少女の方が立場は上だった。
なんせ大人の方が、少女に対しヘコヘコと頭を下げているのだから。
「いや〜、お越し下さり、まことにありがとうございます、ニョクス・ケルビム様! 今日も相変わらず美しいっ、まるで星々よりも煌めていらっしゃるようで〜! ハハハ!」
などと言いつつ、手をもみもみ、ごまを擦るポーズ。
ツヴィウル砦の長――ヴォルフだった。
あれだけ部下に高圧的なのに、偉い人の前ではいつもこうなる。
小物で、俗物で、上に擦り寄ることで出世した人物だった。
それこそご機嫌伺いのためなら何でもやる。
賄賂でも、何でも。
だから、少女――ニョクス・ケルビムは“彼”を選んだのだ。
駒として“彼”を選んだ。
聖歌九隊の自分が、天使の中でも大きな権限を持っていることを利用して。
金を握らせ、権力をちらつかせ、君には見込みがある、言うことを聞いたら、こんな砦ではなくもっと大きな拠点への栄転を約束しよう。
そう言ったら、ヴォルフは驚くくらい簡単に飛びついた。
今の彼は、まさに目の前に好物をぶら下げられた馬そのものである。
欲しいものをちらつかせる限り、裏切らないし、働いてくれる。
今日もこうして、定期報告をしてくれていた。
無能だが律儀。不思議なことに、そういうところはマメである。
とは言え、ヴォルフとしてはそれだけ必死なのだろう。
へり下る顔には下卑た目付きが張り付いている。
「いや〜ニョクス様は偉大ですぅ〜」だったり、「そのお優しさは海よりも谷よりも深く……」とダラダラと称賛を続けた。
無駄に長いし、中身が薄い。
正直言って聞くだけ無駄である。
まあそれでも軽視して良い存在ではないので、「ニャハ、そうにゃんよ〜、分かってるにゃんね〜」と、普段だったら、ニョクスはそう返しただろう。
でも、この時ばかりは、それが出来なかった。
「…………」
ニョクスは、酷く苛立っていたのだ。
その立ち姿からは薄らと怒気のようなものが立ち上っており、それは薄い膜のように彼女を包み込んでいて、今にも破裂せんばかりであった。
そして実際に、低い声で、不満を漏らす。
「うっせえなぁ……」
「は、はい?」
「だからうるさいって。さっさと報告しろよ。にゃん」
その態度はいつも飄々とした彼女とは、また少し違っていた。
そのせいでヴォルフはポカンとしてしまって、そんな彼にニョクスは持っていた鎌を突き付ける。
ヴォルフの顎の下に、湾曲した刃の峰の部分が当てられた。
「ほら、返事は?」
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!! わ、分かりました、ご報告いたしますうううううううう!!」
すると、ヴォルフは飛び上がって、バッとその場で座り込み、頭を下げた。
清々しいまでの、キレーな姿勢の土下座である。
(コイツ……プライドとかないのか?)
一瞬ニョクスは素の口調のまま、呆れてしまった。
自分が脅したとは言え、なんというかこう……絵面的に、ヤバイ感じである。
大の大人が、少女に頭を下げているというのは……。
(なんか頭が痛くなってきた)
思わず、ニョクスはこめかみを抑える。
今後もコイツとしばらく付き合わなければいけないと思うと辟易とした。
が、駒にした時点でそんなのは分かりきっていたことだ。
自業自得と言えなくもない。
それに作戦終了までの間だけだ。今はそんなこと考えている時じゃないだろう、と己に言い聞かせる。
世の中には割り切った方が良い時もある。
(平常心、平常心にゃん……)
ふざけた口調に戻しつつも、苛立ちを鎮静化させるため、密かに深呼吸をする。
思考までこう喋らなければ、容易に素の言葉使いがポロッと出る。
元々口調のプログラムは強固で、そう簡単に変えられるものではない。
……すぐござる口調に変貌したハナビとかがおかしいのだ。
なので割と内心キツいと思いながら、頑張って変人のフリをするニョクスである。
涙ぐましい努力がそこにはあった。
「――で、聞かせろにゃん。ちゃんと、エメラルをスクラップ送りに出来たのかにゃん?」
「そ、それは……」
そうして返答を促すと、ヴォルフは尚も低頭したまま、言いにくそうに……口をまごまごとさせる。
「か、彼はそのぅ……スクラップ送りの直前、じ、自害致しましてぇ……」
「……ふーん」
「ご命令通り、ちゃんと邪魔はいたしませんでしたし、ちょっかいを出しそうな奴は遠ざけました! 大多数のものが、死亡を確認しておりますぅ!」
「……」
と、焦りに任せ、妙に大声で報告するヴォルフ。
ニョクスはそれに、少しだけ目を細めた。
……ほんの少しだけ。
悲しみと、安堵の色を、気付かれないように混ぜて。
「け、けれど、そのっ、本当によろしかったのでしょうか? 彼を死亡させてしまって……恨みがあると……そうおっしゃていましたから……」
「ああ……」
そう聞かれ、少し思い出す。
そう言えば、そんなことを言っていた気がする。
何故エメラルをスクラップ送りにしなければいけないか? と聞かれ、場の流れでそういうことを口にしたのだ。
とりあえず誤魔化すために。
勿論、本心ではない。真っ赤な嘘だ。
「だから気にしなくて良いのにゃん。お前は余計なこと考えず、アタシの言うことだけ聞いてろにゃん。分かったかにゃん?」
「は、ははぁーーーーーーーー!!! 分かりました、肝に銘じます〜!」
そして若干圧をかけて命じれば、ヴォルフは大袈裟に答えた。
うざい。
既に苛立ちとは別に、ニョクスの顔にはうんざりとした感情が滲み出ている。
……疲れるなー、と漠然と思った。
「ま、死骸をスクラップ送りに出来れば、今回は上出来なのにゃん。そこまでは上手くいったにゃんよね?」
「………………………………………」
が、そこで、不自然にヴォルフは黙る。
ガクガクと震えながら、黙ってしまった。
当然そのおかしな変化に、ニョクスは訝しがった。
まさか……ここにきて、何かおかしなことが起きたのか?
は?
「――おい、何があった」
ニョクスはしゃがみ込むと、ヴォルフの胸倉を掴み上げ、顔を上げさせた。
「正直に答えろにゃん。テメエ、報告前にペラペラおべっかかきやがって、そういうことなのか? アァ? そんなので誤魔化せると思ってんじゃねえぞ……分かってるよなァ? お前ェ……」
チンピラみたいにドスを効かせ、般若の如く凄まじい形相で怒りを露わにするニョクス。
平常心、平常心……と考えた直後だというのに、それを完璧に忘れていた。
そんな彼女に対し、ヴォルフは今にもちびりそうな顔で、「そのう、そのう……」とモタモタと喋り出す。
「も、申し訳ございましぇん……スクラップ送りにする直前……遺体を燃やされたんですぅ……」
「……燃やされた? それはいつのタイミングだ?」
「吊り上げた時! アームで吊り上げた時でございます、ケルビム様!」
「……そうか。なら、ちゃんと、その時まではアームが首に食い込んでいたのかにゃん? 首吊りのように」
「は、はひ。そうです。それが、何か?」
そんな不思議なことを聞かれ、ヴォルフはキョトンとした顔をした。
質問の意図が分からないのだろう。
答える代わり、ニョクスは立ち上がるとヴォルフから手を離した。
表情には明らかな安堵が広がっていた。
「いや、そうだったら問題ないにゃん。いやいや、本当に良かった」
一瞬焦ったが、ニョクスはその言葉を聞いてホッとしていたのだ。
それこそがまさしく、今回の作戦の要だったからだ。
――子供が死んだ時と同じような光景を見せ、異世界から呼び出した魂……ライラの記憶と憎悪を刺激する。
それがニョクスの真の目的だった。
その憎悪が、マザー殺しの役に立つからだ。
いや……役に立つどころじゃない。むしろ憎悪自体が、マザーの喉元に到達する鍵となる。
ライラはそのための兵器。
絶対に殺せないマザーを攻略するための武装。それが、あの母親の魂の運用方法だ。
……だが危なかった。
元々掛けと綱渡りに満ちた作戦だったが、一歩間違えばそのままエメラルが無駄死にするところだった。
間違いなく、作戦の第一段階はクリア出来たと言えよう。
ほう……と、落ち着くように息を吐く。
こんなところで躓くなんて冗談じゃない。
「しかし誰が燃やしたのにゃん? そいつはどうした?」
「はい。一応、逆らった罰として牢屋に閉じ込めました。型番はZwiur-EQ-022。個体識別名はニニらしいです」
「は……?」
瞬間、先程安心した直後も相まって、あまりの衝撃的に思考が停止する。
それは……エメラルが知らせてくれた、もう一人の異世界の魂が転生した存在じゃなかったか?
予想外の邪魔者に混乱が生まれた。
何故、そういったことを。
(魂のアーカイブでは、そんな性格は記されていなかったのにゃん……)
確かにそいつの前世での人格は正義感が強く、良く人を庇っていた……だが同時に大人しいタイプでもあり、だから自己主張も出来ず、自殺で死んだ。
エメラルの報告でも、今世の人格は臆病で、諦念に支配されていることが読み取れた。
何かが出来る奴じゃない、と思っていた。
ただ純粋で、無知で、無謀さもあって、根っこの部分ではお人よしだという性質を生かし、もう片方の相方の愛着を、再び強める役目をしていてくれたらそれで良かったのだ。
なのに、そんな奴が自らリスクを犯し、遺体を燃やした……?
(有り得ない)
そこに得体の知れない不気味さを感じて、ニョクスは少し腹の底が冷えていくのを感じた。
どう考えたって、訳が分からなかった。
いくら考えても、そうするメリットが見出せなかった。
それともまさか、ただ単純にスクラップ送りを止めようとしただけなのか?
しかし、エメラルとそこまで仲が良かった訳でもないし。
――やはり、理由が分からない。
「……」
そうしてぐるぐると思考の渦に溺れるニョクス。
その間に、勝手にヴォルフが勝手に何か言ってくる。
「と、とりあえず邪魔をしましたので、ニニの奴はスクラップ送りにでもしようかと思います、ええ、はい。これからもケルビム様のなさろうとしていることを台無しにされたら敵わんので、ええ、はい」
「……」
「だけど、ひっでえ野郎ですよね。ケルビム様のご意志を損なうとは! 万死に値します! ねえ?」
「……」
「これが当然の末路でございますよ、ヘヘ」
と、ぐだぐだ、ご機嫌伺いしようとしてくるのだ。
正直、真面目に聞いておらず、自然と流し、「あー、はいはい」と相槌を打てば、ヴォルフは心得たと言わんばかりに、
「了解いたしましたァ!!」
と勢いよく頷き、そこでニョクスは、うん? と首を傾げる。
そして、サーッと青くなった。
「あッ……! い、いや、まだ殺さないで! そいつは生かすのにゃん! 今死なせる訳にはいかない!」
「???? 分かりました。ならばそのようにします」
すると再び困惑する顔でヴォルフは頷いた。
それにニョクスは、ヤベーっと、冷や汗をダラダラと流す。
(ま、マズかった……)
またもや作戦崩壊の危機であった。
しかも二回目はうっかりだ。始末に負えない。
(俺としたことが……普段はもっとしっかりしているのに)
と、割とおバカというか、ドジっ子なことを自覚しないまま、ニョクスはそう思う。
それから、やっぱり疲れているのだろうと結論づける。
本調子じゃない。
エメラルが死んだと分かってから――尚更に。
「ごほん」
そして誤魔化すように一つ咳をして、改めてニョクスは指示を飛ばす。
「ヴォルフ。さっきも言った通り、そのニニって子の処分はなしにゃん。しばらく謹慎ってことにして、一日かそこらで解放するのにゃん」
「は、はい。あ、ではハナビの方はどういたしますか? 彼も、一応牢屋に閉じ込めてあります。魔剣を盗み出された罰で」
「そいつも変更なしにゃん。お前の手で、ハナビの失態はもみ消せにゃん」
それからニョクスは続ける。
「ハナビは、ツヴィウル砦に置いておくのが一番にゃん。これは決定事項にゃん」
でないと、情報を流した意味がなくなる。
何より悪魔側……特にマルコシアスは、以前から魔剣の持ち主=ハナビと認識しているのだ。
――移動させれば、ツヴィウル砦に攻める理由がなくなる。
それはとてもとても困る。
ツヴィウル砦は陥落してもらわなければならない
それがこの作戦の最終段階……。
「後は事前に言った通りに。マザーが来られるその時まで、ちゃんとやるにゃんよ」
「ははーーー!! ケルビム様ーーー!!」
そんなことすら知りもせず、ヴォルフは滑稽にもニョクスへと忠誠を示す。
そのことが何だかおかしくって……、ニョクスは笑う。
嘲笑った。
「ニャハ」
――直後、アーカイブの空間が、絡んだ糸を解くかのように消えた。
ヴォルフが帰っていったのだろう。
瞬きをすれば、そこはもう現実世界だった。
スフィア・ヘヴラ内にあるケルビムの離宮の一室。
誰も来ないことを良いことに、自身の趣味で埋め尽くしたその部屋は、ニョクスの数少ない癒し空間だった。
「はぁ〜、疲れた〜」
その隅にどかりと座り込み、側にあったぬいぐるみを手に取る。
白い猫のぬいぐるみ、キャシー。
エメラルが作ってくれた最後の人形で、もう形見になってしまったもの。
「エメラル……」
それをぎゅうと抱きしめ、ニョクスはもういない彼の名を呼ぶ。
(――本当に何で、ニニの奴は、アイツの遺体を燃やしたんだ?)
そして再び、また考えた。
まだまだ混乱は尾を引いていた。
こんなの納まる筈がない。
しかし元々、遺体を貶められることについて、エメラルは了承済みだった。
ニョクスがやろうとしていることにも反対しなかったし、むしろ積極的に協力してくれた。
あえて生まれてくる新兵の情報を改竄し、エラーを引き起こしたのはエメラルだ。
その結果ニニとライラが生まれた。
エメラルは、彼らの前世を知っていた。
「……」
だがそう考えると、エメラルは双子の産みの親とも言えるのかもしれない。
あの二人はマザーの影響も少ないし、どっちかと言うとエメラルの手でデザインされた。
その片割れに遺体を燃やされるとはなんとも皮肉な話である。
だがそこで……ふっと、気が付いてしまった。
それで良かったかもしれないと思う自分がいることに。
もしかしたら、埋葬と言う概念を知っていたからかもしれない。
死体を埋めるか燃やすかして、死んだ人を見送る。
それは人間なりの死者の尊厳を守る方法で、とてもとても大事だった筈のものだ。
ニョクスも、何人かいた仲間を、この手で弔ったことがある。
グズグズになったその死体を。傷だらけの死体を。裏切ったから殺してしまった友達の死体を。
埋めて、場合によっては川や海に、その灰をばら撒いた。
心の中に増えていく墓は、ニョクスを逃げられなくしたけれど、同時にかけがえの無いものになった。
埋葬をしたと言う事実が、ニョクスには重要だった。
だけど一番信頼していた兄弟に対しては、それが出来なかった。
仕方がなかったとは言え、自分の意思でその死を辱めることを頼み込んだ。
甘えだった。だけどそれをエメラルは快く、受け入れてくれた。
良いよ良いよ。そんなのどうでも良いし気にしない。
「……」
だからこそ、誓ったのだ。
ツヴィウル砦を陥落させた後、スクラップ送りにされた遺体を見つけて、どんな形でも良いから埋葬する。
そうしなきゃ顔向け出来ない。それがせめてもの感謝の気持ちで……だけど、燃やされては、そんなことも出来ないではないか。
「…………」
だって、一方的に知っているとは言え、他人に弔われたんだから。
先を越された。それなのに、その死がそれ以上冒涜されずに済んで喜んでいる?
エメラルに、死ねと言っておきながら?
酷い矛盾だ。
なんて……なんて道理に合わない……。
「は……ハハハ……ハハハハ……」
その事実に想像以上に傷付いている部分あって、そこから見えない赤い血を流しながら、ニョクスは乾いた笑い声を立てた。
くつくつと笑った。
笑いながら、涙を流した。
間接的に兄弟殺しをした罪は、確実に彼女を蝕んでいて。
――既に心は悲鳴を上げ始めている。
ざっくり設定24
ヴォルフ
型番Wolfgang-F-496。ウルフガンク実験場砦出身。
ツヴィウル砦の統括個体で、部下達をまとめ上げる総司令官。
背が高く、錆色の髪を肩辺りで揃えている。見た目年齢は二十歳ぐらい。
お世辞にも優秀とは言い難く、小物で臆病。強者にはへり下るくせに、弱者の前では偉そうにするどうしようもない性格をしている。ゴマすりがとても上手く、賄賂や汚れ仕事を引き受けることで出世してきた。
上に登るためなら良くも悪くもプライドがなく、何でもやる。
現在ではニョクスの駒になっており、彼女の指示の元動いているが、グンタゲルの戦いの時に真っ先にニョクスを責めたのがこのヴォルフで、その時のこともありニョクスからは相当恨まれている。しかしヴォルフ本人はその事実に気付いていないらしい。