どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜   作:鐘餅

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少し時間がかかりました



焦げ付いて離れない

 牢屋。

 

 と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、前世の知識を元にすると、刑務所だった。

 

 それは日本の刑務所だ。

 昔の奴隷が入れられてる檻みたいなのじゃなくって、そこはちゃんと畳もあって布団とかもある。ただし滅茶苦茶狭くて、トイレも一つ。監視カメラもあって落ち着かない。そんな部屋に数人の犯罪者が押し込められ、共同生活をする。

 そこは地獄のような空気に満ちていることだろう。

 

 それは治安の悪い外国の刑務所だ。

 ギャング共が権力争いをし、テメーどこ中だアアン!? と不良が眼を飛ばすかのように至るところで喧嘩が勃発し、暴力沙汰は日常茶飯事。

 血が飛び、殴り合えば歯が吹っ飛び、看守達ですら強く出れない、まさに猛獣達の楽園のような場所。

 しかし金を積めばリッチで悠々自適な生活を送り、毎日ニートのようにゴロゴロ出来る、そんなギャングのヘッドもいるだろう。

 そういう例を何故かいくつか知っている。

 相変わらず妙な前世の知識である。

 

 とは言え、天使に刑務所なんてあるわきゃないし。

 牢屋ってマジどんな感じなんだ。

 

 と……そんなことを、無理やり連行されてる時に、現実逃避でぐるぐると考えていた俺。

 俺を捕まえている天使の腕力は強く、とてもじゃないが抵抗出来なかった。

 

 そして廊下に引きずられ、実際に初対面した牢屋さんは、実に実に……シンプルな作りをしていた。

 何もない部屋に、重々しい扉があるだけ。

 拍子抜けする程こんなものか、という現代的な作りだ。

 そこにペイッと投げ入れられ、尻餅をついたら、ガチャリと閉じ込められた。

 まともに灯りもついておらず、薄暗い室内に。

 

「……っ、てて……」

 

 俺は強く打った尻をさする。

 結構痛い。腫れているかもしれない。

 

「そこで大人しくしてろ! 分かったか!」

 

 そうして足音が遠ざかっていく音がする。

 帰っていったらしい。

 乱暴な扱いしやがって。

 静けさが広がる中、俺は恨みがましく正面の扉を見続ける。

 

「……」

 

 それで気付いたのが、よく見れば、扉には鉄格子付きの窓があった。

 小さいな。横に長い長方形で、そこから光が入り込んでいる。

 それは床に映る際に四角く切り取られ、でも鉄格子のせいで、黒い縦線の影があった。

 

 惹かれるように近づいた。

 ……ここから何とかならないだろうか。

 いや、脱走とかではなく、好きな時に外を見れるかもしれないという意味でだ。

 せめてまた来るだろう兵士の顔ぐらいはキチンと確認しておきたかった。

 それに扉越しに話すのではなく、直接目を合わせて喋りたい。

 そうでなければ、色々と自分の中にあるものを消化出来ない気がするから。

 

 そんな思いで手を伸ばす。

 

 ……届かない。

 そもそも窓は高い位置にあり、子供の身長じゃあ、とてもではないが触れることは敵わないだろう。

 ま、翼で浮遊出来るけど。

 

「よっと――」

 

 ということで浮かび上がって、再度手を伸ばした瞬間――バチチチチ! っと火花が飛び散った。

 同時に、木陰のように暗い室内が、一瞬真昼並みの明るさに照らし出される。

 目が眩まんばかりの光だ。

 そして、生まれた強烈な痛み。熱した棒を、皮膚の内側に直接押し当てたかのような激痛が走り。

 

「グゥ!?」

 

 思わ手をず引っ込めてしまった。

 吹き出した冷や汗と、逆立った産毛の感触が気持ち悪い。

 くらくらと視界が回っても、なんとか震えた腕で、窓に触れていた手をかざせば、それは指の先まで黒く変色……否、焦げていた。

 

「嘘だろ……」

 

 自然と口の端がひくりと吊り上がる。

 勿論、おかしくて笑ったんじゃない。

 ただ呆然のあまり笑うしかなかっただけだ。

 

 この扉、罠付きかよ。

 何か仕掛けが施されている。逃げられないように、僅かに触っただけで、その接触対象に攻撃を加える……恐らくそんなところだろう。

 しかし、当然と言えば当然の話だ。

 牢屋の役目は、囚人や罪人を閉じ込めることにある。俺はその罠にまんまと引っかかっただけって話だ。

 

 ということは、他にも……。

 

「〈*stella(宣言)――Ulka(出力)liace(エネルギー展開)――」

 

 そして試しに術式を紡ごうとすれば、途中で演算が乱れ、コードが途切れた。

 やはり、星導環術式(コード・ステラ)が上手く使えないようジャミングが張られているらしい。

 いや……でもこの感覚は少し違うな。

 

「〈*stella(宣言)――Ulka(出力)liace(エネルギー展開)fagve(自己対象) Epal/Rodu(修復/再生)〉」

 

 詠唱を改めて実行。

 今度は成功したらしい。

 じわりと淡い光が生まれ、焦げた手の肌を包んでなぞる。

 痛みが引いていき、指の末端から徐々に皮膚が再生していく。

 

 成程、予想通り、こういう系統の星導環術式(コード・ステラ)は使用出来るようだ。

 つまり使えないのは、対象に危害を加えるもののみ、と。

 簡単に囚人が死んでも困るからだろうか。

 

 後、外部に通信も出来ないようで、助けも呼べない仕組みらしい。

 この牢屋さんはかなり優秀だ。

 地球にあったら、どんな極悪人も逃げ出せないかもしれない。

 

「……はぁ」

 

 などと考えたところで、溜息をついた。

 結局、どうこうしても、やれることはあまりにも少ないってことだ。

 何をしたところで無駄だ。

 というかさっきも言った通り脱走しようとかそもそも始めから考えていないし。

 そんなことやって、エメラルみたいになるのはごめんである。

 

 仕方なく、俺は地面に降り立つと、隅の方に移動し、翼を邪魔にならないよう折りたたんだ上で背中に体を預けた。

 深呼吸を繰り返し、呼吸を整えた。

 そうしている内に先程の痛みによる混乱は大分落ち着いてきていて、ようやくこれからのことについて、思考を巡らせることが出来るようになった。

 

 そしてやっぱり真っ先に思ったのは、やっちまったなあ……ということで。

 馬鹿みたいに考えなしで、勢い任せにも程があるというか、こんなことして結局捕まってるんだから、間抜けみたいだ。

 

「はあ……」

 

 また溜息をする。

 溜息ばかり出る。

 

 俺は、この先どうなるのだろう。

 スクラップ送りには、多分ならないと思うが……。

 新兵はまだ見習いの期間だ。やらかしても罪は少し軽くなる。

 

 一応、情報を探し出す検索エンジンでも確かめたのたが(この機能も使えるらしい)、俺と似たような例もいくつかあったにはあったらしい。

 そいつも新人で、遺体を損壊して遊ぶ上司に歯向かい、その遺体を奪って土に埋めてしまったらしい。

 で、数日謹慎処分を受けたそうだ。

 だが、その後ハウダロンという激戦地に派遣されてしまったというのだから、運が悪い。

 

 状況が少し違うとは言え、俺もそうなる可能性があるだろう。

 処刑はないが、死なせるために前線送り。

 あのヴォルフとかいう奴、意地が悪そうだったしな。

 嫌なところに送られそうだ。

 

「……」

 

 とは言え……、その場合でも今すぐどうこうなる……訳じゃないよな。

 今心配すべきは、戻ってすぐ後のことだろう。

 なんせやらかしたことがやらかしたことだ。何か言われるのは確実として、この砦での居場所は完全になくなる筈。

 そう思うと結構キツイな。

 同期からは笑われ、教官が俺を罵倒するのが瞼の裏に思い浮かぶようだ。

 

 あ、でも……ライラだけは違うかもな。

 アイツは大馬鹿だから。

 今頃、俺のことでどーたらこーたら騒いでてもおかしくない。

 本当、アホだから。

 

 彼女には……悪いことしてしまったよな。

 謝るのもまだだってのに。

 

「アイツ……元気かな」

 

 何となく今までのことを思い返しながら呟く。

 記憶の中のライラは、びっくりするほどやかましく、俺に対してはいつも偉そうで図太かった。

 だから大丈夫だとは思うが、あんなエメラルの死を見て、何も感じないなんてことはないだろう。

 

 案外、ああいうタイプが厄介なのだ。

 普段能天気な分、傷付き慣れていないから、一度挫折すると危うい。

 

「ライラ」

 

 もう一度彼女の名を口にして、それから彼女のことばかり考えた。

 

 話したいことを。

 聞きたいことを。

 一緒にやりたいことを。

 

 その内時間ばかりが過ぎていって、段々と牢屋の眺めも飽きてくる。

 そして、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………むにゃ、むにゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そこにしばらく入っとけ!」

 

 ガシャん! ドササ!!

 

 そんな音が突然鳴り響き、俺は勢いよく肩を跳ねさせた。

 

「…………!? …………!!」

 

 状況がよく分からない。

 頭が何だかくらくらする。

 

 ……あれ? もしかして俺、寝てたのか?

 さっきまで意識なかったし、いつの間に……。

 時間の感覚がマジであやふやだ。

 

 そして目の前で扉はゆっくり閉められていく途中。

 近くでは放り込まれた天使が床に転がっている。

 頭から突っ伏しているという感じで、言葉で説明するのも難しいので、顔文字で分かりやすく言うと、

 

『orz』

 

 とか、

 

『m(__)m』

 

 とか、

 

『_:(´ཀ`」 ∠):』

 

 みたいな姿勢と表情でプルプルしている。

 

「…………」

 

 その内完全に扉が閉められたことで、部屋の中に入っていた光が窓から以外絶たれ、室内は薄暗さを取り戻した。

 離れていく足音は虚しく響き、後に残されたのはシュールっぽい何とも言えない空気。

 

 とりあえず目を瞬かせながら、その天使を観察する。

 

 なーんか見覚えある人だ。

 短髪で、マフラーしてて、翼は四枚。

 

「イテテ……本当アイツら、マジ乱暴にござる……」

 

 とか、滅茶苦茶胡散臭い喋り口調をしている。

 流石、天使が跋扈する異世界ファンタジーの世界ってところか。

 フィクションでしかお目にかかれないリアルござるが、ここにはある。

 

「あ」

 

 その時、天使が顔を上げたことで目が合った。

 うわ、気まずい。

 

「……ど、どうも」

 

 俺は友好的に見えるよう、なるべく、明るい笑顔を心掛けた。

 そしたら、そいつは一瞬妙な顔をして。徐々にとても呆けた顔に変わる。

 

「君は……エメラル君の遺体を燃やした子」

 

 ……どうやら“やったこと”から顔を把握されていたらしい。

 そりゃそうか。あんな大勢の前でやったんだから、むしろそうならない方がおかしい。

 

 そうして彼は体を起こすと、隣に移動してきた。

 

「隣……座っても良いでござるか?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 適当に頷けば、どかりとその場で座られた。

 胡座をかいている。

 

「名前、何でござる?」

 

 それから当然の流れとして名を聞かれ、俺は少し迷った。

 魔剣と被ると言われ、本当は色々と名前の候補は考えてたのだ。

 カエサルとか、インペリウムとか。そういうカッチョイイ系のだ。

 だがそれをいちいち初対面の人に言うっていうのは、もう良い加減面倒臭い気持ちの方が強かった。

 それにライラに悪いっていう思いもあったので、素直に諦めることにしたのだった。

 

「えーと、ニニです。型番Zwiur-EQ-022の、ニニ」

 

 そんな微妙な名前を言えば、相手は更にびっくりして目を見開いた。

 え、嘘でしょ、って言いたげだ。

 

「君が、あのライラの弟君なんでござるか!? いや、意外にござるな! あ、でも通りで笑顔が怖かったんでござるね。お姉ちゃんソックリでござるよ」

「え、俺がライラと? ……まさか。アイツの方が天然で、俺の方がしっかりものですよ。アイツより、俺の方がしっかりものです。全然似てないです。俺の方がシャッキとしてます」

「そうでござるか? 見た感じ、同類っぽいけど?」

「俺の方がしっかりものです」

「……そうでござるか」

 

 短髪の天使は、ちょっと呆れた顔をした。

 心外なんですけど。

 

「そう言う貴方は、確かハナビさんですよね?」

 

 と、俺の方も段々思い出してきて、そう確認を取る。

 というかこの人何も悪いことしてないのに何でここにいるんだ?

 訝しがる視線に気づいたのか、当の本人は何ともアッサリと答えてくれた。

 

「ああ、それは、拙者が守っていたものをエメラル君に盗まれたからでござるよ。無論取り返したでござるが、その事情聴取が終わったんで、ここにしばらく謹慎されることになったでござる」

「そうだったんですか」

 

 エメラルの奴、結構ヤバいことやってたんだな……。

 ハナビからしてみれば、良い迷惑だろう。

 

「だけど同じ部屋なんですね。普通別々に分けませんか?」

「あ、ここ牢屋一つしかないから」

 

 ザルかよ。

 

「僻地だから、設備が充実してないんでござる。それを揃えるためには、時間と手間とお金がね……」

 

 そういうところは、どうやら前の世界と一緒らしい。

 重要なところは大事にされて、末端は扱いが雑。

 世知辛いな。

 

 だが、そのおかげで巡り巡って人が来たのは良かった。

 ハナビには悪いが、遠慮なく状況を聞くとしよう。

 

「あのハナビさん。あの後どうなったんですか? 俺がいない間はどんな感じで?」

「……そうでござるね」

 

 と、俺がお願いすれば、ハナビは親切に教えてくれた。

 

 まず俺が連れて行かれた後、場はやはり騒然としたままだったらしく、しばらくは混乱が続いたのだそうだ。

 だがそれをヴォルフが治め、エメラルが脱走した経緯とルートを把握する作業が行われた。

 その結果判明したのは、彼がどうやら念入りに下調べをしていたらしいということだった。

 人と仲良くしていたのは、すべてこっそりとこの砦の事情を把握するため。会話を通じて秘密を探り、地図のデータにはない隠された部屋の構造を見つけていた。

 つまり、機密情報がダダ漏れになっていたのだ。

 それらをうっかり口を滑らせた天使達は、電子ドラッグを服用していた奴らで、所謂酔っ払いに等しい状態だった。煽てられてついつい話したのだそうだ。

 

 またザル過ぎる。

 中にはヴォルフの側近もいたので、ヴォルフは今回の件を揉み消すことにしたのだという。

 普段は小物過ぎて悪いことしか起こさないが、今回はそれが良い方向に働いた……と。

 

「君も、二日かそこらで解放されると思うでござるよ。拙者はちょっとわからないでござるけど、それでも極刑はなしの方向に行くんじゃないでござるかね。なんか、都合良過ぎるでござるよね。ハハ……」

「けど、そっちの方がよっぽど良いですよ。俺も無事だし、ハナビさんも無事だ。安心ですよ」

 

 そう言えば、しかしハナビは遠い眼差しで、乾いた笑みを浮かべた。

 

「……そうでござるよね。普通なら喜ぶべきでござるよね」

「? ハナビさん?」

 

 ハナビの様子がおかしいので首を傾げれば、やがて彼は人一倍悲しそうに、顔をくしゃりとさせた。

 

「いや……拙者、思ったんでござるよ。いっそ、あの時エメラルに殺されてしまえば良かったって。罪悪感でおかしくなりそうなんでござる。彼とはもう会えない。彼を殺したのは自分。拙者は、果たして何の罪も背負わなくて良いのだろうかと。むしろこの気持ちだが罰だというのなら、あんまりにござるよ。……本当に」

 

 そして無言になってしまった。

 感情がいっぱいいっぱいで、溢れ出そうで、何を喋ったら良いか分からないといったようだった。

 

 その様子に、俺は思い出す。

 そう言えばこの人は、エメラルの死に一番動揺していた。

 エメラルの手錠の鎖を握っていたのもこの人だ。

 彼が、エメラルを捕まえたに違いない。

 だがそれだけでなく、彼らはもしかしたら仲が良かったかもしれなかった。

 

 じゃなきゃ、こんな風にはならないだろう。

 言っている意味は分からなかったが、なんとなくそんな感じがした。

 

「あの……良ければ話、聞きますよ」

「……話?」

 

 するとハナビは何処か虚な眼差しで俺を見つめた。

 それにごくりと唾を飲み込みながら、続ける。

 

「俺はエメラルには世話になりました。辛い時、話を聞いてもらいました。それで思ったんです。俺が欲しかったのは、寄り添ってくれる誰かだったんじゃないかって」

「――……」

「……遺体を燃やしたのは、後悔してないです。アレがきっと最善だった。……けど、貴方にとってはそうじゃないかもしれない。すみませんでした。エメラルの死体を好きにしてしまって。こんな俺に出来ることは、きっと貴方に寄り添うことだけだ。……幸い時間は沢山あります。俺で良かったら、いくらでも付き合います。話すと少し気が紛れるかもしれませんし、そうじゃなくても……」

 

 その瞬間、自然と一粒涙が流れた。

 そっか、と思った。

 

 ――俺は、エメラルが死んで悲しいのか。

 誰かとこの気持ちを共有したいのか。

 

「……ニニ君」

 

 そしてそんな俺の顔を見つめ、ハナビはまた呆けた表情になった。

 

 ――本当に、ハナビは寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、二人でエメラルのことについて話した。

 

 俺とエメラルの思い出は一夜だけで、なんなら昨日ということもあり、そこまで語れることは多くない。

 でもハナビは違うようで、エメラルと過ごした日々を話してくれた。

 楽しかったことや、辛かったこと。

 苦しかったこと――エメラルがハナビにぶつけた思い、脱走した理由。

 

 おかげで俺は、エメラルという人物について詳しく知ることが出来た。

 

 なんというか、エメラルは思ったよりも自分勝手な奴だった。

 俺が想像していたような高潔なところなどなく、むしろグチャグチャのドロドロで、人間らしさに満ち溢れた、天使らしくない奴だった。

 

 だが、どうしようもなかったのだろうと思う。

 エメラルは戦争でおかしくなった。死ぬのを恐れた。その点で言えば、彼と俺は同じだったのだ。

 

 彼は、何処までも子供だったのかもしれない。

 ハナビという親に甘えたかったのだ。

 

 だがだからと言って、ハナビを傷つけたエメラルの罪は重い。

 その代価として己の命を差し出して、一人で逃げた。

 勝ち逃げだ。

 

 感情が凍りついていたというハナビは、かつてそうだったとは思えないくらい、震え、泣き、悔いている。

 エメラルは見事、ハナビを元の心豊かな状態に戻してしまった。

 ハナビは沢山の同胞を殺してきたというが、それがもう簡単に出来なくなった。

 

 運が悪かった。自分は悪くない。これは仕事で、これは仕方がないことなんだ。

 その言い訳が全部潰された。

 

 これからは死を積み上げる度に、ハナビ自身が、それと向き合わなければならない。

 それが良いことなのかは……俺には分からなかった。

 

 ただ今回の件で、俺は決してハナビに非があったとは思えないのだ。

 あっちから仕掛けてきた以上、悪いのはエメラルだ。

 殴られたら、殴り返すのは当たり前だ。

 

「だから、俺はハナビさんは正しかったと思います。その点で言えばアイツは酷い奴ですよ」

「……うん。ありがとう、ニニ君」

 

 率直な言葉で感想を言えば、ハナビは力無く微笑んだ。

 

「でも、もっと話し合えれば、心を許していれば、こんなことにはならなかったんじゃないかと思うでござる」

 

 そしてハナビは本音を溢す。

 エメラルは、言ったという。

 お前が心を開かないから、どうすれば良いか分からなかったのだと。

 

「きっと、そのバチが当たったんでござるね。忘れようとなんかしたら、いけなかったんでござる。抱えていかなきゃ、きっと屍と同じだとエメラルは言いたかったんでござるね」

「……ハナビさん」

「これからは、忘れないでござるよ。……忘れられないでござる」

 

 それからハナビは泣き始めた。

 堪えるように下を向き、片手で顔を多い、嗚咽を漏らしながら。

 俺はそんな彼の隣にいつまでも離れずい続けた。

 ずっと。

 

 そうしている間にふと、思い出す。

 

 ――人はいつ、死ぬのか。

 

 それは完全に忘れ去られた時。

 そうした時、初めて人は亡くなる。よく貴方の心の中に死者はいるといういうけれど、それはあながち間違いでもなんでもないのかもしれない。

 

 そしてエメラルは死にたくなかった。

 エメラルは確かに、俺達に何かを残したのだ。

 何かを託して。

 

 そのために、あの時俺に話しかけたっていうのかよ。

 

「冗談キツいだろ……」

 

 せせら笑っても、エメラルから返事は返ってこない。

 それが、酷く残念だった。

 

 ――彼の死に様が、今でも胸に焦げ付いている。




ざっくり設定25
牢屋
規律違反や犯罪を起こした天使を一時的に閉じ込めておく牢屋。
普通の拠点ならば複数あるが、ツヴィウル砦には一部屋しかない。
内側の扉には触れようとしただけで電撃を流す仕掛けが施されている。
一応謹慎の部屋でもあるため、エネルギーを補給する機械は備えられている。
ちなみに罪人を捕まえる手錠にも、牢屋と同じ効力があり、本来ならばエメラルは自殺が出来ないはずだった。
しかしヴォルフの細工と、エメラル自身が盗んだ魔結晶の力で無理やり演算能力を底上げし、力を押さえ込む手錠の効果を逆に封じた。その時点で手錠は壊れてしまったようだ。魔結晶も消滅したらしい。
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