どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜 作:鐘餅
――呆然としている町人達を無視して、天使達は会話を続けていた。
「ねえアイギス。コイツら、全員皆殺しにしちゃっても良いんだよね?」
「そうだね……そういう命令だ、エレノア。コイツら全員、皆殺しにしよう」
女性の方が笑いかければ、少年の方は顔を柔らかくして微笑み返す。
二人の間にだけ穏やかなやり取りがなされている。
でも言っていることは物騒だった。
不釣り合いなくらいに。とんでもなく。
(い、今この人達、皆殺しって言ったの?)
プーカにはそれが信じられない。
ずっとずっと。戦争のことは聞かされていたのに。
目の前の出来事が全部嘘みたいに思える。
まるで本の中の話みたいだ。
自然と彼らの姿を観察していた。
まず共通しているのは、三対六枚の大きな翼だ。
これは上位天使特有の特徴で、天使は羽が増えるごとに強くなると言う。
一対や二対は珍しくないが、三対は五十人もいない。
そんなのが、たった二人でここに来た。
聖歌九隊故の自信だろうか……。
余裕そうな態度が、その現れかもしれない。
右の方は長身に細身。長い黒髪に黒瞳。槍を持っている。
ポニーテールにしているから女に見えたけど、下ろしていたら男と思っただろう。
それぐらい、切長の瞳は色気があり、眉はスッと流れ、鼻は高く、こんなにカッコいい人は見たことがない。
とても笑顔が無邪気だった。楽しそうに少年と見つめ合っている。
後から聞いた話によれば、本名はアテナらしい。何故エレノアと呼ばれていたか知らないが、そこから少年との特別な関係性が垣間見える。
そして左の方……少年――アイギスも、頬を染めて、優しげな態度でアテナと接している。
アイギスは、アテナに比べれば物静かそうな雰囲気を纏っていた。
ショートカットの紺色の髪に、紺色の目。
中肉中背で、一見すると地味だが、それでも天使らしく、隔絶した美を誇っている。
手にしている盾はとても大きい。彼の身長くらいはありそうだ。そんな物を戦場で持っていること自体が異質に見えた。
(ぷー……)
プーカには彼らが、地獄から来た使者のよう思えた。
恐怖でガタガタ震えてしまっていた。
それは町長も同じだったようで、呆然と呟く。
「まさか、聖歌九隊に所属するアテナ・アルケーとアイギス・アークなのか!? どうして……何故バレた。完璧に隠していたはずなのに」
すると大盾を持つ少年、アイギスがこちらを見下ろし、顔を無表情に切り替えた。
「ご生憎様だな……僕達にも、情報を調べるプロはいるんだ。だがお前達には正直してやられたよ。こっちの作戦を読み切って、機密事項を盗んで、部隊を壊滅させちゃうんだからさ。これはその報復みたいなものだ。だから死んでくれ。一刻も早く、一秒でも早く」
「そういう訳だから。ほんっと、悪魔って羽虫みたいに湧いてくるよね。潰しても潰しても、飽きたらず増えるんだから。ここで全部駆除するしかないよね」
まるで虫ケラを嘲け笑うように――アテナが獰猛に瞳を細める。
一気にプレッシャーが増した気がした。
その殺意に当てられ、一斉に町のあちこちで何かの音が聞こえ始める。
――ギャア!
――ギャアギャア!
――ガコン、ゴン、ガギャン!
町の防衛システムが起動したのだ。
「ん?」
その時アイギス達の首が傾げられる。
彼らの周囲を、町に設置された千を超える不可視の大砲が狙っていたのである。
更にはここで飼われていた翼竜タイプのドラゴンが地上から一斉に飛び立った。
そのせいでいくつか建物が壊れたが、こればかりは仕方がなかった。
「皆、資料を持って逃げろ!!」
町長が叫ぶ。
たとえ分木が焼かれ、身を削るような思いをしても、この場で優先すべきは情報を持ち帰ることだった。
なにせここには山のように秘密が眠っている。
それらは天使の部隊や作戦を妨害する上で重要となり得る物。リスクを犯しても、それらを持ち出す必要があった。
リーダーだけあって町長の判断は早い。
しかも呆然としていた町人達も即座にそれに従い、脱兎の如く逃げ始め始めた。
訓練が行き渡っている辺り、流石と言えるだろう。
「俺達も逃げるぞ!」
プーカもまた、レプシーに抱えられた。
視界が揺れる。レプシーが走っている。
プーカはレプシーにしがみついた。
「れ、レプシー!」
「お前は黙ってろ!」
だが不安なんて消えちゃくれないのだ。
プーカはちょうど、前を向いてる姿勢のままに抱えられた。だから、レプシーとは反対の方を……アイギス達が嫌でも目に入る。彼らが何をしているのかハッキリと分かってしまうのだ。
「けほ、これ腐食性の毒?」
「面倒臭いなあ……」
そうやって、ダルそうにしている姿に戦慄が走る。
密かに天使殺しの毒が散布されているのに、あの二人はそれに気が付いていたのだ。
その時点でもう何かがおかしい。風の噂によれば、その毒はこの町が開発した極秘の劇薬で、実験してみたところ、天使に認知されず吸引させただけで殺害することに成功したらしい。
その時間およそ一分。
おまけに悪魔には無害と来ている。
だからこそ防衛システムに使われているのだが、あの天使達はピンピンしていた。
そこにはどんなカラクリがあるのか……プーカには理解出来ない。
そして驚愕することが立て続けに起こった。
砲弾から一斉掃射された爆撃、百のドラゴンが吐いたブレス、町の精鋭二十人が作り上げた大魔術の嵐。
それらを一気に叩き込まれても、天使達は無傷だったのである。
ボールを軽く跳ね除けるみたいに防いだのだ。
やったのは盾を持った少年アイギス。
「〈
コンマ一秒にも満たない時間で、アイギスは既に
現れた防護結界は強固にして堅牢。
何ものも寄せつけない。
続いて、アテナが槍をくるりと回転させる。
――片手でだ。
「まったくまったく。こんなので私達を倒そうだなんて――」
そのままの流れで、しかしアテナは背後を見ることなく、後ろへ向けて槍を突き出す。
「完全に舐めてるよね」
「ギャアアッ……!?」
果たして槍は、密かに接近していた“何か”の胴体を串刺しにした。
透明化が消える。それは精鋭の悪魔の内の一人。
隙を伺い殺そうとしたのだろう。だがそんなもので、アテナはやられなかった。
槍を引き抜くついで、柄を振り上げる勢いで体を両断する。
「ァアアア――」
再びの消えゆく悲鳴。
舞い散る鮮血を浴びて、アテナはそのまま槍を構え直し、「弱すぎだって」とぼやいた。
「……!?」
プーカはびっくりする。
どうやって見破ったのだろうと。
訳が分からない。バカみたいな気配察知能力だった。
そうして、彼らは互いを見つめ、視線を熱く絡ませると、
「さーて、そろそろ反撃しないとだね、アイギス!」
「勿論だ。行くよアテナ」
術式を重ね始めた。
「〈
「〈
「〈{
「〈
本来なら千人係でやらなければいけないコードを、たった二人で構築していくアイギスとアテナ。
当然、その間町長が「やらせるな」と叫び、引き続きドラゴンや精鋭が必須に攻撃を仕掛けるが、やはり届かない。
弾かれる、防がれる。アイギスの結界の前では無意味に終わった。
――そして次の瞬間、異常が発生する。
「――落ちろ」
そのアテナの一言で、全群のドラゴンが動きを止めたのだ。
唐突な異変に、逃げる誰もが走りながら空を見上げる。
一秒後――命じられた通りにすべてが落ちた。
「〈
天使殺しの毒はいつの間か消えていた。
否、消えたのではなく、毒は操作されて原始レベルまで残らずドラゴンの体内に入り込み、効果の反転術式によって魔物用のものへと変わってドラゴンを全部殺してしまった。
だから、ドラゴン達はただの肉になって落下する。
そしてその肉は雑巾を絞るみたいに捻れて、固く硬化し。
まるで石の針のような形になった。
しかも大きな針だ。
それらが、十も百も、幾多にも降り注ぐのである。
悪夢みたいな光景だった。
「……!」
これには町人達も絶望を覚えた。
絶叫が溢れ返った。
「クソがァ……!!」
レプシーが急いで物陰に入り込む。
そのすぐに後に、直撃。轟音。
破壊の連鎖が鳴り響く。
幸いにもタイミングが良かったのか。プーカ達は助かったが、それでも石雨の衝撃の余波でゴロゴロふっと飛ばされてプーカの体は傷だらけになる。
痛い……。
が、それ以上にレプシーも無事では済まなかった。
「レプシー!」
「くッ……」
レプシーの頭から、だくだくと血が流れ始めたのだ。
倒れた時、偶然その先に大きな石があったのである。それがレプシーの側頭を深く傷つけていた。そして余波で飛んできた細かな瓦礫で、傷が沢山できていた。
レプシーは上手く動けない。プーカは彼の腕から抜け出して、その身を起こそうとする。
けれども力が入らなくて、数センチ引きづるばかり。
やっとの思いで別の物陰に移動した時。
……周りの様子が目に映った。
「ヒッ……!!」
プーカは目を見開いて硬直する。
そこは、地獄絵図と化していた。
あちこちに突き刺さる大きな石の針。
それらは建物を破壊し、地面を抉り、多くの悪魔の体を潰したり貫いたる下敷きにして血の海を広げている。
今まで過ごしてきた町の風景は完全に壊れていた。
その事実が、少なくない衝撃をプーカに与える。
それに生き残っている者はごく僅かだった。
精鋭も殆どやられ、町長の死体らしきものもあった。
何処からか火の手が上がっていた。何かしらの燃料が漏れたのだろうか。砲弾も上がらない。さっきの攻撃で大砲が壊れたのだろう。
ここまで炎が来るのは時間の問題だった。
早く逃げないと。
プーカは焦りながらそう思う。
「でも……!」
でも、プーカ達は運が良かった。
プーカ達は元々町のハズレにいたのだ。
外との境界線は既に目の前だった。ここを超えて北へ向かえば、同盟を結んでいる村がある。
きっとそこに行けば助かる。
そう思って、プーカはレプシーを再び起こそうとして、ふと目に入った光景に絶句した。
プーカと同じことを考えただろう他の悪魔が、まさに境界線を越えようとした刹那――弾かれた。
「え?」
その悪魔は不思議そうに、ペタペタと眼前の“それ”を触る。
そこには何もないはずなのに。確かに、境界線には見えない壁があった。
それが外に出ようとした悪魔を阻んだのである。
「もしかして結界……?」
「その通り」
一瞬地震が起こった。
空高くから、こちらへ降りてきた天使達の着陸によるものだ。それにはスピードとパワーが伴い、地面を揺らす。
恐怖が頂点に達し、プーカはその場から動けない。
処刑執行人のように、少年と女性は告げる。
「僕らはお前達を逃さないよ。言ったはずだぞ。皆殺しだと」
「その証拠に、真っ先に分木を狙ってないでしょ? ここを落とす条件は“分木の破壊”なのに」
――拠点の奪い合いにはいくつかのルールがあった。
攻める側は拠点に近づけばその拠点を奪う条件が星より伝えられるが、代わりに守る側はそれに合わせ能力が一・五倍まで引き上げられる。
そして、完全に拠点が奪取されてしまった場合。
拠点に所属していた生存者は全員拠点から周辺一キロ圏内へ、ランダムに飛ばされてしまうのだ。
そこには、伏兵が潜んでいるのが常だ。
皆殺しにされる。だから町長は命じた。
先に砦から出て、伏兵がいない方向へ逃げろと。
でも、それを天使達は許さなかった。
大きな町を結界で隔離してしまった。
この場で全員仕留めてしまうつもりなのだ。
――たった二人で。
「う、うあああああああああああああああ!!」
その意味を全員が完全に理解した時。
その中の一人が、果敢にも天使達へ突貫する。どっちみち道がないのなら、立ち向かうしかない。
そう思ったのだろう。しかしあっさりとアテナの槍に切り裂かれる。
今度は右の方から、別の悪魔が襲いかかった。だがアイギスが動き、盾で叩けばミンチになる。
術式なんて使わずとも、純粋な暴力だけで、彼らは町人を容易く殺すことが出来た。
それを皆自覚した途端恐怖が伝播していく。
「ヒ、いいいいいいいいいい!!」
町人達は背を向けて二人から離れようとした。
二人はそれを躊躇なく追いかけた。
一人一人……丁寧に殺して回った。
槍で貫き、盾で殴り。
鏖殺が始まる。
こんなのもう虐殺以外あり得ない。
酷過ぎる! あんまりだ!
「あ、ああ……!」
とてもじゃないが、プーカは物陰から出られなかった。
まだ見つかってないが、いつこちらに気づくか分からない。
プーカはすくんだ。
どうすれば良いか分からなかった。
その時、レプシーが呻きながら話しかけてくる。
「お、おい、プーカ……」
プーカはすぐに、レプシーに反応した。
「どうしたの……!?」
あまり喋らないで欲しい。
出血は酷い。無理をすればこれ以上は……。
もう逃げ場なんて何処にもないのに、プーカはそう考えてしまう。
そんな泣きそうなプーカに、レプシーは今までにないくらい穏やかな顔をして、手を伸ばした。
「…………Atticus。お前はこれから、そう名乗れ」
「え?」
突然の話にプーカは息を飲む。
レプシーは笑った。
「まだ真名やってなかったからな。成人祝いだ馬鹿野郎」
「し、真名って……」
「洗礼名だよ、洗礼名。知らない訳ないだろ。親や兄弟が、大切な人へ送る字……俺のお下がりだが、丁度良いだろ。俺からのプレゼントだ」
「そんな……」
プーカは言葉が出なくなる。
だってそれじゃあレプシーが、プーカを子供だと認めているようなもんじゃないか。
欲しかった愛情を、レプシーは真正面からくれた。
とっても嬉しい……嬉しいのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。
「ヤダ、ヤダヤダ。もらえない」
首を振る。
駄々をこねる。
静かに泣いた。
レプシーはいつものように、ぶっきらぼうに言う。
「何で俺の言うことが聞けねんだ。大人しくしろ」
それからレプシーは、プーカを撫でて。
「今までありがとう。生きろ、プーカ」
「ぷ……!?」
またもや唐突に抱きしめられた。
――そこから先のことはあまり覚えていない。
レプシーはプーカを抱えると、地面を潜り、そこから村を脱出した。
何時間も何時間も、彼は地中を掘り進んで。
やがて、同盟先の村に到着したが、そこでレプシーは力尽きた。
レプシーは死んでしまった。
……プーカは思う。
どうしてこうなったんだろう。
レプシーと一緒が良かった。
自分に力があれば。
後悔は深い。
だから復讐してやる。
絶対、絶対に天使達を、許さない…………!
――プーカは天使を憎んでいる。
ざっくり設定36
真名
神星教における洗礼名、及び字のこと。
主に魔法大国だけの習慣であり、親や兄弟、親戚や上司、恋人などが、自身の大切な存在へ向けて神星言語を元にした名を送る。名を与えられた者と送った者の間では強い繋がりが生まれ、例えば名を送った側が与えられた側の後見人になったり、与えられた側が送った側の遺産の相続権を持ったりできる。一種の絆の象徴でもあり、魔法大国の誰もが真名を持っていた(孤児であれば神父や孤児院の先生が名を授ける)。
この慣習は現在でも悪魔に引き継がれ、村長や町長が新しく生まれてきた悪魔に洗礼名を付けるのが一般的。
中には複数の真名を持つ者もおり、この場合古い名前から順に表記していく。
例を挙げるならイェンメラの真名は「Daphnella Fren Daia」である。
イベントごとや結婚、出産に合わせて真名を貰う人もいたようで、最長で三十の名を持つ人物もいたらしい。
例外的にツヴィウル家は機械大国出身ながら魔法大国の文化も引き継いでいるので、皆真名を持っている。