どうやら機械の天使に転生したみたいです 〜ぶっちゃけ人類は滅んでいるし天使と悪魔が戦争してるし最初からオワタ〜   作:鐘餅

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かなりお久しぶりです
色々リアルが立て込んでた&体調を崩してた&データ吹っ飛びで長い時間かかりました
次回こそニニ君視点です

※グロ描写ありです。


愛されたい気持ちの矛盾

 ――ニョクスはキレていた。

 それは何故か。

 

 廊下の隅とは言え、真昼間から、イチャコラしてる奴らがいたからである。

 黒髪の奴に、茶髪の奴に、紺色の髪の奴。

 

 ところでニョクスの調子はすこぶる悪かった。

 それはエメラルを失ったことで、精神の均衡が崩れたからだ。

 例えるなら、天秤の片側に、大きな金属の錘が常に乗せられているようなものである。

 ぐらぐらと大事なものが揺れ、彼女の中でぐつぐつ熱いものが煮えたぎっていた。

 

 そもそもニョクスは感情の起伏が激しい性格である。

 根は温厚だが、色々なことが原因で、今は余裕がある訳ではない。

 

 つまり、悪い意味で嫉妬深かった。

 そしてそんな彼女は、アイギス達を見てこう思ったのだ。

 

 羨ましい……と。

 

 自覚はないが確かに彼女はそう思ったのだ。

 なんせアイギス達は、ニョクスの持っていないものを持っている。

 

 仲の良い兄弟、愛し合っている恋人……それはニョクスには手に入れられなかったものだ。

 アイギス達を眺めていると、その現実を突きつけられているようだった。

 

 許せないと感じた。

 気に入らなかった。

 

 八つ当たりのように、そのドロドロの思いは溢れて面に出てしまう。

 だからニョクスは、よせばいいのに、態度をキツくてしてしまった。

 

 馬鹿にして、嘲笑って、見下して……案の定、アイギス達はムッとしたような視線を向けてきたが、構わなかった。

 第一、ニョクスだって、元々アイギス達が好きじゃない。

 ……そもそも他人に好かれたいとかも、思ってないし。

 

 むしろ嫌われることはホッとすることで、何故ならそれ以上、情を抱きにくくなるからだ。

 どうせ遅かれ早かれみーんな死ぬんだし、殺すんだし、余計な思い入れを持ってしまうと後が辛くなるだけだし、どうせ、どうせ……すべて終わるんだから。

 

(それで、良いじゃないか)

 

 ニョクスは当たり前のようにそう考える。

 その奥にある、本当の感情に蓋をして。

 

 そうしてニョクスは、アイギス達を伴い、マザーの謁見の間の前へと案内した。

 重厚な扉に手をかけると否応なく緊張した雰囲気が漂う。

 

 当たり前だ。

 天使にとって、マザーは太母、あるいは神。そんな人に会えるんだから誰でも感動に震えるだろう。

 特にアテナ、という黒髪の女は、嬉しさと期待と少しの不安を顔に浮かべている。

 コイツって、確か、実験で生み出された個体だったよな、とか思い出すニョクスである。

 

 それは最初から成人として造られたのと引き換えに、あらゆるスペックを規格外にしたらどうなるか、と言う実験だったらしい。

 しかし結果は散々で、基準値を満たすばかりか、精神年齢の退行を起こした。

 その特異個体こそがアテナ・アルケー。

 マザーに見向きもされなかったせいで、拠点をたらい回しにされた可哀想な天使だ。

 

 ……そりゃあマザーを信奉する気持ちも一押しだろう。

 幼い分、普通の天使よりも盲目で、夢中になって、疑うことすら知りもせず……。

 

(一番嫌いなタイプだよ)

 

 ニョクスは、心の中でそう毒付いた。

 そんなの、上層部のお偉方と何が違う。

 マザーを無理やり生かして、祭り上げて、いつか愛してもらおうと縋りやがって。

 

 そんな不満をニョクスはずっと抱いている。

 すべてを知っているニョクスは、もうマザーを同情なしでは見られなくなってしまった。

 

 そのため、ニョクスの中にあるのは愛憎だ。

 かつて好きだった人を奪われたという憎しみ。

 望んでもいないのに、彼女が狂ってしまっているという悲しみ。

 

 ニョクスは、マザーのことを嫌いになりきれない。

 

 だからこそあの人のことを、一番に知っているのは自分ともう一人だけで良い。

 あの人のことを、一番に考えて動いているのは自分ともう一人だけで良い。

 

 自分達だけが、マザーのことを見ていればそれで良いのだ。

 他の奴らがしゃしゃり出て、割り込んで、勝手なことをするなんて許されない。

 

(だから、あの人を見て、せいぜいお前の中にある幻想なんてなくなりやがれよ。ガッカリして、どう足掻いても愛されない現実を噛み締めろ)

 

 だって天使は誰もマザーに愛されることはない。

 マザーは誰も見ない。

 尽くしても尽くしても……。

 

 ……憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも憎んでも、どうせ普通の親子とかにはなれないのだ。

 

 お前も……マザーのことを誤解しろ。

 

 ニョクスは、歪な思いで笑う。

 扉を開けて中へ進みマザーへと近付いた。

 

「マザー……マザー・レリィ」

 

 ――彼女の名前を呼ぶ。

 一部の者しか知らない、特別な名前を。

 

「……」

 

 だが彼女は反応しない。

 ……レリィ・ツヴィウル・イルナーは、何もない部屋の中、機械の玉座に身を預け、眠るように機能を休めていた。

 まだ夢に浸っているらしい。

 

 自分から呼んだくせにと思わなくもないが、まあいつものことなので気にしない。

 そうやってじっと眺めていると、マザー・レリィが本当に幼い少女だと分かる。

 

 なんせ見た目だけでなく、マザーは実際に十歳の少女なのだ。

 陶器のような滑らかな肌は、血が通っているとは思えない程に白くって。

 サラリと流れる髪の毛は、曇り空みたいな灰色だった。

 着ているのは、シンプルなノースリーブのワンピース。お尻からは針金の毛に包まれる尻尾に似た器官が生える。

 前髪が長いのが特徴で、せっかくの可愛らしい顔を覆ってしまっていた。

 その髪の毛の隙間から、ふいに……眉毛が持ち上げられ、瞬いて。

 

「マ、マザー?」

 

 アテナがようやく起きたマザーに話しかける。

 やはり返答はなかった。

 

 ただ赤い虚なる瞳が、キョロキョロと視線のみ動く。

 その動作に異様なものを感じるのは何故なのか。

 

 文字通り、それが血走っているからか?

 それとも、瞳孔が開ききっているからか?

 はたまた、その割に無表情だからか?

 

 やがてマザーは落胆したように、溜息を吐いて……ギョロンと一秒よりも短い時間でこっちを向いた。

 

(あ、このパターンって)

 

 ニョクスは、その様子に心当たりを覚える。

 彼女が次に何をするのか、長年の付き合いで分かったのだ。

 しかもそれは最悪なことに、二人きりの時にやることが多かったので、この瞬間にしようとするのは珍しかった。

 勘弁して欲しかった。

 

(よりにもよって、今ここで……)

 

 憐れみなんていらないニョクスは、この後のことを考えると良い気分になれない。

 それに、

 

『……仕方がないなぁ』

 

 脳内で響くこの声の主を思うと、申し訳なくなる。

 

『……。毎度だが、良いのか?』

 

 聞くと、相手は笑って答えるのだ。

 

『ええ。むしろこっちこそごめんなさい……貴女の体を傷つけてしまうことになって……』

『別に良い。すぐに直るし』

 

 むしろ痛みすらも引き受けてくれるのだから、ダメージすらニョクスに反映されないのだ。

 そのことが心苦しい。

 ああ……本当に……。

 

(この世界は地獄だよ)

 

 そう思ってニョクスは構える。

 

 でも他の三人は、マザーの行動を予測出来ていない。

 あまりにも無防備だ。

 三者三様、各々個性豊かな反応を見せる。

 例えばアイギスはマザーに戸惑っていたようだし、ルゥリアはプレッシャーに当てられたのかビビって、アテナは怯えながらも勇気を持って、また話しかける。

 

「あ、あのマザー!! お会い出来て光栄です! わた、私……!」

「エレノア、あまり前に出ちゃ……」

 

 けれども、何かを感じ取ったらしいアイギスがアテナを下がらせようとして、その次の瞬間、マザーが立ち上がり――

 

「――――」

 

 ――銀色の一閃が、走った。

 

「え?」

 

(ちっ……)

 

 ニョクスは、咄嗟にアテナを突き飛ばして庇う。

 結果――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ズシャ!! ドスドス!!

 

 

 ――ポトン……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒ! イヤ、キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア……ハア……ハア……ッ!」

 

 それから彼らは、マザーの謁見の間から逃げるように離れた。

 走って、走って、走って……。

 四人は息を切らして、その場にへたり込んだ。

 いや、正確には、約一名ルゥリアにおんぶされた者がいたのだが……そう、何を隠そう、ニョクス本人である。

 

 ニョクスは、四肢を切り離され、ダルマのようにされていたのだった。

 すべてマザーの攻撃を受けた結果である。

 おまけに右目は潰され、心臓は穿たれ、翼はむしり取られ、全身ボロボロだ。

 そのせいで血だらけで、腕や足の断面からボトボトと鮮血が滴り落ちている。

 それを浴びてルゥリアも体を赤く染め、ブルブルと恐怖で震えてしまっていた。

 

「な、何なのです……!? “アレ”は一体……何なのです!?」

 

 ルゥリアはニョクスを静かに降ろし、呆然としたように呟いた。

 アテナはとりわけショックが大きかったのか、愕然として混乱している。

 

「有り得ない。マザーが――私達を攻撃したの? どうして、何で……?」

「お、落ち着いてエレノア。大丈夫だから」

「何処が大丈夫なの!! だってこんな……」

 

 必死にアイギスが宥めるも、アテナにまったく効果はない。

 言い返そうとして、ニョクスに視線を移して、ボロボロ泣いてしまった。

 

「だってこんな……うううう……」

 

 ニョクスは、それを見てザマアみろと思った。

 胸がすくような思いだった。

 

 だが悲しまれるのはさっきも言った通り求めてないので、素直にウザいと感じた。

 というかマザーに攻撃されるのは今に始まったことじゃない。

 時折ニョクスへ向けて八つ当たりしてくるので慣れっこなのだ。

 久々だけど。

 

 それよりも――

 

『お前、大丈夫か? 今回も、ダメージを引き受けてもらって、本当にすまないが……』

 

 なのだが、脳内の声は明るく戯けて。

 

『大丈夫。痛いのは平気ですよ? 僕を誰だと思ってるんですか?』

『……』

『レリィの叫びは、僕が出来る限り受け止める。当然のことです。身内ならば当たり前のことでしょう?』

 

 そんな風に相手は気遣ってくれる。

 けど、そう思ってること自体が……そうしなきゃやってられない事実が……どれだけ歪なことか、彼は気付いているのだろうか。

 ファザーはもう自我がなくて、マザーはあんなんで、自身は元の姿に戻れなくて……多分、彼は狂ってしまっている。

 そして、それはニョクスだって同じ。

 

 救いようのない袋小路の中で――

 

「大丈夫だよ」

 

 ふいに――アイギスの声が響いた。

 ニョクスはそちらを見やって、自然と見開く。

 どうしてだろう。

 ルゥリアが必死に治療してるのに、気にならなくなった。

 

(――――)

 

 釘付けになる。

 見つめ合っているアイギスとアテナ。

 守ろうとする彼と守られている彼女。

 

 それが、頭の中で何かとダブった。

 理想の恋人像だった。

 

 そうだ、とニョクスは思う。

 ニョクスはあんな風に、ノインと――あの人と、思い合いたいと思っていたのだ。

 

 そして、その後に続く言葉の内容も、また記憶の奥底を刺激するようなもので。

 

「――僕が側にいるよ」

 

 ――僕が側にいるよぉ。

 

 リフレインするかつての愛おしい人の思い出……。

 落ち込んでいると、いつもあの人は励ましてくれたような……懐かしい……。

 でも何でこんなものを思い出す。

 やめて欲しい。やめてくれ。

 こんなの見ていたくない……!

 

「たとえマザーが見てなくても、何回だって、君を見つけてみせる。だから一緒に頑張ろう……エレノア」

「ほんとに? わ、私、あの時みたいに一人になった時のこと思い出して……それでもアイギスは、私のこと好きでいてくれるの?」

「うん。見捨てないし、絶対の味方でいる。――僕はありのままの君が好きだもの」

 

 でも願い虚しく、愛の告白を告げられているところを、ニョクスは見せつけられた。

 それは、自分だって昔言われたのだ、と羨ましくなる。

 あの人から言われたんだ……。

 

(……)

 

 だけど、あの人の言ってる意味は、アイギスみたいなのじゃなかった……。

 

 ――僕は君をずっと見てる。

 

 ――僕は、君が興味深いから、ずっと見ていたいんだ。

 

 そう言われて、舞い上がるくらい喜んで、嬉しくなって、気持ちが通じたんだと幸せな気持ちになって、貴方のお嫁さんになりたくて、もっと頑張りたくなったのに……実際は違うらしかった。

 

 あの人は、最後まで好きって言ってくれなかった。

 いつもいつも、行動を分析されてた。

 守られたけど、自分という貴重なサンプルを手放したくないように見えた。

 それを勘違いだって、いつしか気が付かないフリして、貴方に居心地の悪さを感じてたなんて知られたくもなくて。

 

 ――貴方がいたから、本当の自分になれたんだ。

 

 ――それをよりにもよって貴方が、君が、ただの“研究すべきモノ”として俺を扱ってる……?

 

 認めたくなかった。

 ただ本心を、自分を、見てくれることだけを願っていた。

 そんな矢先に――

 

(………………)

 

 ……それは、遠い彼方へ消え去った苦い苦い初恋の記憶。

 もう好きなのか分からないあの人への執着を、未だに断ち切れもせず。

 捨てるのも怖くて誤魔化して。

 けれども、あの人を奪った母を、こんなに憎んでも嫌いになれない。

 

 苦しい苦しい、思い出したくもない気持ち。

 

 何でそれを、今こんな状態で、突きつけられなきゃいけないのか……。

 

「ううううう……」

 

 最悪だ。

 何もかもが最悪だ。

 

 泣きたいのはこっちなのに、アテナが大泣きして、アイギスがしばらく抱きしめる。

 ルゥリアが、「ボクもずっと一緒なのです! マザーがいなくても、死んでもずっと三人一緒なのです」と続けて、アイギスが強く頷く。

 全部茶番に見えた。

 完全に三人だけの世界だ。

 自分を除け者にしやがりやがって……そう思っていると、アテナから離れたアイギスがこっちにやってきた。

 

「ごめんなさいニョクスさん。ありがとうございました……貴女がいなきゃエレノアは……アテナはやられてました」

「…………」

「本当にありがとうございます」

 

 アイギスはそう言いながら、ルゥリアの手伝いをし始める。

 丁寧な手つきで止血して、回復術式で、失った手足や羽根を復元してくれる。

 さっきと態度が全然違う。

 だからこそ感謝してるんだろうな、というのが伝わってきて、ニョクスは気持ち悪くなった。

 その偽善が、優しさが、キツい。

 

 何様だよ、と思った。

 先程はアテナしか見なかったくせに。皮肉言ったら嫌な目を向けてきたくせに。ちょっと庇ってやったからって、絆されやがって。

 お前ら全然そんなんじゃなかっただろ。

 本当はもっと残酷な筈だ。命令とは言えアウグリオ町を、あそこまで壊滅させたんだぞ?

 

 それが同類になった途端慈悲をくれてやる訳?

 クソが……クソが、クソが、クソが――

 

 思考が滅茶苦茶になっているのが分かる。

 思っていることが支離滅裂だと言うことも理解出来る。

 でも何故かニョクスはそう思ってしまうのだ。

 ムカついて仕方ないのだ。

 

 大嫌いだよ、コイツら。

 改めてそう思う。

 

 脳内で響く声の主も無言になっていた。

 

 そのことを思うと、そうだよな、と嬉しさと苦しみが込み上げてくる。

 お前もきっと同じことを思ってくれてるんだろう?

 

 なあ――

 

「…………ッ」

 

 ニョクスは治療がある程度終わった段階で、跳ね起きた。

 三人が慌てて、「まだ安静にしてないと」と言ってくる。

 だがニョクスには関係ない。足も手も全部生えるし、このくらいの怪我が何だと言うのか。

 騒いでいる彼らに容赦なく……口が勝手に動いて、言い放った。

 

「――うるさいなぁ」

「……ニョクスさん?」

「こっちの心配なんかいちいちすんなよ」

 

 それはニョクスの本音で、余裕はなくて、いつも付けてる語尾なんて消えてしまっていた。

 

「慣れてるんだから。いつものことなんだから。こんなのしょうがないんだから、騒いでたってキリがないんだよ。それよりもやることがまだあるんだから、ピーチクパーチク言ってないで、手伝ってくんない?」

「て……手伝う?」

「そうだよ」

 

 ニョクスは頷く。

 

「だってマザーからは逃れられないんだよ。お前達みーんな、自分含めて、これは仕事なんだ、こんな目にあっても仕事だから放棄出来ないし、護衛しなきゃいけないし説得とか無駄なんだよ、だから、マザーを沈めるためにやんなきゃいけないのどれだけ嫌でもやらなきゃいけないの別に痛い目に遭うわけじゃないしただちょっと死体使うだけだから、あんな目に遭いたくなきゃやれよやってくれよイチャイチャしてないでウザったらしいんだよ」

 

 何を言いたいのか分からない言葉の後で、よく伝わらない言葉の後で、一気に紡いだ息が、そこでようやく切れる。

 呼吸が浅くなっているような気がした。

 

 もう一度空気を吸い込んで、ニョクスは乾いた口内で舌を転がす。

 

「――分かったかにゃん?」

「…………はい」

 

 その、どうにも痛々しそうなものを見る目が、とてもとても嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やってしまった……」

 

 しばらくして。

 

 いつも通りいつものように、癇癪を犯したマザーをとりあえず落ち着かせるための“作業”をした後、ニョクスは一人、スフィア・ヘヴラ内の庭園にいた。

 落ち着く場所にいたかったからだ。ここは人気もなく、誰も来ない。

 丁度良かったのである。

 

 ちなみに他の三人は自室に追い返した。

 別に気遣ったとかそんなんじゃない。

 流石にあんな状態で使い物になる訳がないためだ。

 

 だからニョクスは一人で良かった。

 たとえ気が落ち込んでようと、仲間なんていらないのだ。だいたい、友達とか欲しくないし、居場所とか、一人違う価値観で生きるニョクスに出来っこないのだ。

 だから、ニョクスには、相方さえいればそれで良い。

 寂しくなんかないのだ。何も。

 平気なんだ。痛いのも、マザーを憎めないのも、全部平気なんだ。

 

 だから、あんな奴ら雑に扱っても良いのに……結局感情的になり過ぎてしまった。

 なんつーアホだ。あんなのやっても何も変わらない……何の意味もないのになぁ……。

 

「…………」

 

 そうやってぐるぐると後悔して、噴水の近くでじっとしていると……ふと、水面が少しだけ揺らいだ。

 それは像を結び、やがて幻覚を映し出す。

 それは、ニョクスだけにしか見えない、脳内の声の主の姿――遠くにいる相方の顔だった。

 二人の共感覚は、こんなことも出来るのだ。

 謂わばそれはイメージの共有の応用であった。

 

『あの……大丈ですか?』

 

 とは言え、イメージと言っても本人の感情を視覚化しているだけだ。

 心配そうな顔が、そこにはハッキリと映っていた。

 それが何とも気まずかったりするのだ。

 

『…………』

 

 とは言え、そもそもどう返せば分からず困っていると、相方はふと言った。

 

『仕方がありませんよ』

『……え?』

 

 驚けば、相方は続ける。

 

『あんな状況で、あんなの見せられて、正気になれる筈ありません。貴女はよくやっています。僕でさえ、気がおかしくなりそうでした。あんなもの、怒って当然ですよ……』

『し、しかし……俺は……』

 

 あそこで我慢するべきだったんじゃないのか。

 いや最初から、自制するべきだったんじゃないのか。

 咎められるべきはニョクスで、今更になって自分の行動に恥ずかしくなってしまう。

 

 でも反省しているニョクスを、相方は責めなかった。

 どころか恥ずかしそうに相方は俯いて、それから顔を上げて、優しく微笑んだ。

 

『その分も含めて作戦遂行中に、アイツらにやり返しましょう。アイツらが悪いんだから、それくらいしたって別に良いと思います。だから元気出してください。貴女には、僕がいます』

『……!』

 

 途端に、じわっと涙腺が熱くなった。

 ボロボロ、ボロボロ、それは雫となって目から溢れた。

 相方が慌て始めるが、止まらない。

 

(何で、欲しい時に、欲しい言葉をくれるかなあ……)

 

 けれど悲しくなんてないのだ。

 逆に嬉しくて嬉しくて、堪らないのだ。

 心がポカポカして、胸の内がギュッとなる。

 

 不思議な感じだ……いつもいつも、どうして分かったように、慰めてくれるのだろう。

 分からない……。

 それでもニョクスはただ思った。

 

(やっぱりお前だけだ――)

 

 そう強く思って、手の中に落とした筈の大鎌を呼び寄せる。

 それは、ニョクスと相方が共に作ったものだ。

 だから大切で、これさえあれば、たとえ遠く離れて会えなくても一緒な気がする。

 このおかしくて怖い世界にも耐えられる気がする。

 それに縋りつくようにギュッと抱きしめ、お礼を言おうとして――

 

『マ――』

 

 その時、足音が聞こえた。

 

 ――反射的に振り返る。

 すぐ後ろを、ノインが歩いていた。

 会ったのはいつ振りか……正気を失い、虚になってしまった彼は、どういう訳か義体に精神を下ろしながらもスフィア・ヘブラ内を徘徊している。

 だからまともに顔さえ見れなくて、こうして遭遇出来たのは奇跡に近くて、ニョクスは思わず声をかけようとした。

 

「――!?」

 

 かけようとして気付いてしまった。

 

 今、自分は何を期待したのだろう。

 今、何を思ったのだろう。

 今、何と比較したのだろう。

 

 よりにもよってこんな状況で?

 何で?

 

「あ、こ、これは――!」

 

 ニョクスは、慌てて正面を向き直り、相方と目を合わせる。

 ノインがそのまま離れていく。

 口をただひたすら動かし何を言っているのか自分自身でもよく分からない。

 

「これは違う! 違うんだ――!!」

 

 しかし一体何が違うというのか……水面に揺らぐ相方の顔は本人のイメージの反映だから、気をつけなきゃ簡単に心が表に出てしまって、そんな彼の顔は、先程の衝撃故にか、酷く固まり、酷くショックを受けていた。

 目を見開いていた。

 ニョクスはそれに激しく動揺して、弁明するように色々言ったけれど、相方は悲しみを引きずるように、やがてその顔が消えてしまった。

 一人になった。

 一人……一人、一人、一人、一人ぼっち…………。

 

「あ゛ああああああああああああ゛あああああああああああああ!!!」

 

 その事が、ニョクスには耐えられない。

 頭を抱えて慟哭する。いつまでもいつまでも一人で叫び続ける。

 

「――殺してやる」

 

 ――数時間後。

 空が暗く、水彩の絵の具が解けるように薄紅が混ざり始めた時。

 

 ニョクスは糸の切れた人形のようにボソッと呟いた。

 叫ぶのも疲れてしまったカスカスの声で呟き続ける。

 

「全部殺してやる――ぶっ壊してやる――台無しにしてやる――消してやる」

 

 そうすれば、きっと一人でも寂しくないと思ったから。

 愛されようと思う心も、愛して欲しい気持ちも、全部全部、何もかも瓦礫の山に埋もれて仕舞えば、もうこれ以上……追い求めなくて済む。

 頑張らなくたって済む。

 そして世界への復讐が済めば、今度こそ、マザーも相方も、本当の意味で、マザー達の望みを叶えたニョクスを愛してくれて……!

 

「俺が……彼らの一番に……!」

 

 その思考の矛盾に、ニョクスは気付けないでいた。

 結局のところ、愛して欲しいという欲望を捨てるのなんて無理なのに。

 

 滑稽なピエロのように、ニョクスは灰暗い顔で、無理やりに笑っていた。

 

 ――夕暮れ時の空に、赤い三日月がポッカリと浮かび上がっていた。




ざっくり設定39
徘徊するノイン
ノイン・セラフィムは感情を奪われた後、マザーによりその体を本体に組み込まれた。その後その精神は義体を通して地上にあるが、最早正気とは言えず、普段は虚なままスフィア・ヘヴラ内を徘徊している。
またスフィア・ヘヴラ内は大都市カンナに匹敵する程広いため、普段任務以外は寝ているニョクスと遭遇する確率はかなり低い。
ノインは、周りから可哀想な人物として見られているが、実際は知識欲が非常に強く、特異な個体であるニョクスを観察し、反応を見て面白がっていた。
彼がマザーに組み込まれた際に思ったことは、マザーの視点はどんなものか気になるという興味と、自分と引き離されるニョクスが今後どう動くのかという好奇心だった。
勿論恐怖はあったが、感情を失った今ノインの知識欲は純粋さを増して入る。
ニョクスは、今尚ノインに観察されていることを何も知らない。
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