ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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48.伸ばされた右手の先に

 ――――アーサー・ペンドラゴン。

 騎士王と謳われる彼の者が、手にした者のなかで、最も名の知れた武器であるのは、間違いなく“聖剣・エクスカリバー”。

 

 しかし、その他にも、彼はいくつかの武装を有している。

 中でも特に有名なのは、何か。

 その確かな銘をあげられるという意味では間違いなく一つしかない。

 

 

 ――聖槍・ロンゴミニアド。

 

 

 アーサー王がモードレッドを倒した際に用いた槍。

 聖剣につぐ、もう一つの宝具。

 

「それは……まさかかの聖槍だとでも?」

 

 BBが、騎士王の手にした槍を、そう指摘する。

 騎士王は応えない、しかし否定はない。

 この状況において彼が手にする槍など、聖槍以外に考えられない。

 ――その無言は、即ち同時に沈黙に拠る肯定でもあった。

 

「……ふ、バカにしているのですか? その程度の宝具で私をどうにかできるとでも? 残念ながら、この体は既に名を失われた原初の大地母神、チャタル・ヒュユクの身体を具現したもの――何人たりとも、それを害することはできない……!」

 

 あらゆる大地母神の原型とされる名を失われた女神。

 その権能をBBは取り込んだのだ。

 

 そのため、BBに逆らうということは、大地そのものに逆らうということになる。

 母なる権能、生まれでた胎児達を律するための権能。

 

 即ち――

 

「――――百獣母胎(ポトニア・テローン)というわけか」

 

 セイバーが、その名を形として口にする。

 

「奏者のそれとは、全く同一でありながら、完全に別物。なんとも不思議な気分よな」

 

 それは、本質的には愛歌の怪獣女王(ポトニア・テローン)と同一のものだ。

 しかし決定的に違うのは、愛歌のそれはあくまで魔術。

 人の業であるのに対し、BBのそれは神の力、権能であるということか。

 

 ともあれ、故にBBは傷つけられない。

 ――それを高らかに彼女は謳う。

 

「残念でした。あなたには、もう何の策もありはしない。――諦めなさい騎士王! これ以上の戦闘は無意味よ、このまま、貴方をリソースに変えてあげる」

 

「……私には」

 

 高圧的に宣言するBBへ、騎士王は問いかける。

 

「君が――焦りを覚えているように見えるのだけれど?」

 

「――――ッ! そ、そんなわけないでしょう!」

 

 その言葉を、当然BBは否定する。

 しかし彼女はどうにも、それに動揺を覚えているようだった。

 ――理由は明白だ。

 

 そも、“そこに理由など無い”のである。

 

 つまり、漠然とした不安、本人すらも理解できないそれは、彼女をただ蝕むだけのもの。

 であれば、AIである彼女にそれを言語化できるはずもない。

 感情なのだ、感覚なのだ。

 

 ――焦りというそれそのものも、BBからしてみればありえないこと。

 

「であれば、その焦りに私は答えよう――我が握るは一振りの聖槍。あらゆるものを切り裂いて、世界にかつての栄華を引き戻すもの」

 

 ――その栄華が、今の世に適しているかはともかくとして。

 騎士王は続ける。

 

「――だが、今は同時に、救世主への一突きとしよう。この銘は、聖なる槍にして、敬虔なる信徒へ、数多の奇跡を与える槍」

 

 かくして語る。

 つまり、それは――

 

 

「――――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)ッッッ!!」

 

 

 ――螺旋状にねじれた光が、やがてBBへと迫る。

 回避はしない、するという思考が彼女の中では浮かばない。

 

 故に――着弾する。

 

 周囲を纏めてなぎ払い、BBに直撃した。

 

「――」

 

 息を呑む、愛歌はそれに魅入られた。

 解る――わかってしまった。

 

 そも、ロンゴミニアドには“世界の楔”としての役割が在る。

 それはつまり、封印を解き放てば世界は神代へと回帰する、という意味だ。

 それが原初の大地母神に一体何の意味があるか。

 

 簡単だ。

 既に大地に溶け込み、既に過去の遺物と化した女神を、“この時代に引きずり出す”。

 浮き彫りにする。

 ――つまり、BBは自身のスキルをむき出しにするのである。

 

 しかし、そうした所で、通常であれば何の効果もない。

 だがもう一つ、聖槍とされるロンゴミニアドの槍には“もう一つ”の意味がある。

 

 その槍は、時にこう呼ばれることがある。

 

 

 ――――ロンギヌス、と。

 

 

 それは即ち、神の子へとつきされた槍。

 十字教“そのもの”とすら言える神なる槍。

 

 それと同一視されるロンゴミニアドには、当然。

 十字教特有の効果がある。

 即ち――異端の排除。

 

「ま、さか……」

 

 そう、

 

 

 あらゆる大地母神の始祖、そんなもの、聖槍の格好の獲物にきまっている。

 

 

 故に、騎士王はそれを突き刺した。

 神の子の命を一度奪ったその槍でもって、BBを――串刺しにする。

 

「嘘、な、……抜け、無い。そもそも、何で突き刺さって…………いや、そんなことよりも――スキルが、無効化されているっ!」

 

「――騎士王」

 

 かくして、レオはそこで声を上げる。

 手を前に差し出して。

 

 

「“令呪を持って(こいねが)う”。――汝の聖剣、あらゆる枷を開放し、ここに、その真なる力を開放せよ!」

 

 

 手のひらの令呪が、光る。

 それは、聖剣の残る枷を全て取り払うためのもの。

 ここに――エクスカリバーは、最大の輝きをその刀身に宿すこととなる。

 

「……ありがとう、最新の王。貴方の助力に感謝する」

 

 最大限の誠意で持って、騎士王は剣を掲げる。

 振り上げて、それを、

 

 これで終わりだと、宣告に変える。

 

 ――愛歌が、その剣の切っ先を追う。

 

 ――セイバーが、ゆっくりと勝利を確信し目を伏せる。

 

 アーチャーが、そしてありす達が、言葉を失い立ち尽くす。

 

 そして、レオは――

 

 ――BBは。

 

 

「――――――――約束された勝利の剣(エクスカリバー)ッッッッ!!」

 

 

 光は、やがてBBを、包み込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ――光の後には、何かが残るということはなかった。

 

 BBは完全に跡形もなく消え去り、戦いは確かに、ここで終わった。

 

「あ――」

 

 愛歌が、ぽつりとその事実を認識し、音を漏らす。

 小さな声の音、かすれるようなそれは、少しだけ呆然として、そしてさらに少しだけ、嬉しそうなものだった。

 

「マジ……かよ」

 

 信じられないとばかりに、緑衣のアーチャーがつぶやく。

 それは、この場におけるおおよその者の代弁でもあった。

 ただ、騎士王とレオだけが、それを当然と受け入れている。

 

『ほ――』

 

 通信越しの声。

 明らかな動揺、凛の声は、確かに上ずっていた。

 

『ほんとに終わったの!? 桜っ!』

 

『は、はい! BBの反応、消失……たった今、確認しました!』

 

『エクセレント……』

 

 ――勝った。

 勝ったのだ。

 

 自分たちは、――愛歌は、セイバーは、月見原生徒会は。

 

『よっし! よくやったわ、愛歌、セイバー。それにレオと騎士王も!』

 

『これで我々の戦いもようやく終わると言うもの……終わってしまうと感慨を感じる、おかしいでしょうか、それは』

 

 愛歌と、そしてセイバーが騎士王達に駆け寄る。

 堂々たる王たちの凱旋だ。

 花を手向ける童女のように、愛歌は騎士王を見上げ、笑いかける。

 

「ありがとう、騎士さま。とっても素敵だったわ。……すこし、見とれちゃったかも?」

 

「こちらこそ。全ては君たちがここまでの道を開いてくれたからこそ、私たちはそれに答えたに過ぎない。そうだろう、レオ」

 

「その通りです、王」

 

 レオは満足気に同意する。

 ――この勝利は、間違いなく愛歌とセイバー、そして皆が築き上げたものだ。

 愛歌が無事に探索するために、バックアップは必要不可欠で、騎士王達は更にそれ以上の活躍を見せた。

 

 大金星、きっとこれは、そう呼ぶべきものなのだろう。

 

『さってと……それじゃあ、後の仕事は私たちの分かしら。まずは、この迷宮から脱出するために…………をしなくちゃね』

 

「――――? どうしたの、凛、急に言い淀んで」

 

 ――不意に、凛の声が小さくしぼんだ。

 一瞬だけのこと、それを目ざとく愛歌が指摘し、しかしわけがわからない、と凛は返す。

 

『何を言ってるの? 別に……何て』

 

 

 ――――ザ

 

 

「ごめんなさい、よく聞こえないわ。もう一度――――いえ」

 

『どう……の? ……に、……わね』

 

 

 ――――ザザ

 

 

「何か、おかしいわ」

 

「……どういうことだ、奏者よ」

 

 愛歌の言葉と共に、レオもまた異変に気がついたようだ。

 周囲に即座に意識を向けている。

 この場においても、愛歌にしろ、レオにしろ、油断などという事はありえない。

 

「これは……通信が、おかしくなっている――のでは、ないようですね」

 

「この空間自体がおかしくなっている、ということかしら。……どうやら、まだ終わったわけではないみたい」

 

 言葉の真意を、セイバーが問いただすまもなく。

 

 

 ――――ザザザ

 

 

 ――揺れる。

 

 

「……ッ! 奏者よ!」

 

「気をつけなさい“何か”が来るわ!」

 

 ――愛歌ですら、決定的な結論を下せない“何か”。

 レオも、そして騎士王も、その感情は困惑にたじろいでいた。

 

 そして――

 

 

 ――――ザザザザザザザザ

 

 

 ノイズが、――揺れる。

 

 

 ――――ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

 揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる――――

 ザザ揺れザるザ揺ザザザれる揺ザれザる揺れザるザザ揺れザる揺ザれる揺ザれるザザ揺れるザ揺ザれザるザ揺れザザるザ揺ザザザザれザる揺れる揺れザザる揺れザる揺ザれザるザ揺れザる揺ザザれるザ揺れザる揺ザれる揺ザれる揺ザれザるザザザ揺れザるザ揺れるザ揺れザるザ揺ザれる揺ザれるザ揺れザるザ揺れザるザザ――――――――

 

 

 ぷつん。

 

 

 何かがちぎれる、音がした。

 

 

 ◆

 

 

 意識が浮上する。

 ――身体は、落下する感覚に支配されていた。

 

 そこがどこだか解らない。

 

 自分は、誰だ?

 ――それは、迷う必要もないだろう。

 己は沙条愛歌、魔術師だ。

 

 であればここは――?

 おそらくは、月の裏側、先程までの状況から察するに、まだ“何も終わっていない”のなら、きっとそのはずだ。

 

 ならば自分は今、何をしているのだろう。

 浮遊感というのはおかしな感覚だ。

 自分は“落ちている”のに、それは単なる落下であり、その速度は一定だ。

 己が鳥にでもなったかのような気分、愛歌にとってはさほど珍しい感覚でもないが。

 

 ともあれ、周囲にセイバーの気配はない。

 何処に言ったというのだ、あのサーヴァントは。

 セイバーの役目は、愛歌を守ることのはずだ。

 愛歌ですら理解できない自体、攻めるのは余りに酷ではあるが、それでもという感情がいきり立つ。

 

 ――それが、どれほど人間臭い感情であるかも、愛歌は全く気が付かず。

 

「もう、セイバーったら失礼な娘ね。困ったちゃんっていうのは、ああいう娘のことを言うのかしら」

 

 意味のない無駄口。

 ――思考は、この先のことを意識している。

 なんといっても愛歌はまだ諦めるということを考えてはいないのだ。

 

 故に、その言葉は単に意識を整理するための戯言でしかなかったのだが――

 

 

「あまり、彼女を責めないであげてくれ。……彼女は、最後まで必死にキミへ手を伸ばそうとしていたのだから」

 

 

 ――――思わぬ反応が、帰ってきた。

 それも、聞き慣れた声。

 間違いない、彼は――

 

「騎士さま!? 近くにいるの?」

 

 ――騎士王。

 彼が愛歌のそばにいる。

 それは望外の幸運だった。

 対処は、しようと思えばできるだろう、愛歌は全能で、この状況でもプランはいくつか思い浮かぶ。

 

 それでも一人で実行できるものには限界があった。

 ――故に、二人、それが騎士王ならばありがたいことこの上ない。

 

「あぁ、そうだ。……愛歌、よく聞いてほしい」

 

 ――しかし、騎士王の様子は、ドコか変だ。

 何が、と確実に言えるわけではないが、“何か”が。

 

 それも――どうにも嫌な予感がした。

 

「……まってて、騎士さま、今そっちにいくわ」

 

 言葉にして、行うことは簡単だ。

 転移の準備をする。

 

 もはや無限の中に囚われたかというほど先の長い空間に、ポツリと浮かぶ小さな何か。

 騎士王だ――即座に転移を敢行する。

 

「な、まて、ここに来ては駄目だ――!」

 

 静止する騎士王、しかし間に合うはずもなく――

 

 愛歌と騎士王は、再び邂逅することとなる。

 しかし、

 

「な、……え?」

 

 思わず愛歌は目を見開いた。

 視線の先には、申し訳無さそうに顔を伏せる騎士王。

 

 その身体は――

 

 

 ――――黒の崩壊に呑まれていた。

 

 

 そう、騎士王は、表の聖杯戦争で敗退したサーヴァント達と同じように、この月の舞台から、消え去ろうとしているのだ――


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