ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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51.刹那からの衝撃

 ――十年という時間は、さして愛歌にとって大したことは無い時間だ。

 ただ植物のように過ごせというのならそうするし、不可能ということはありえない。

 

 “それが沙条愛歌という存在だから”だ。

 端から見ればそれは異常に見えるだろう。

 そんな事くらい、解っている――理解したのは、ここ最近のことだけれども。

 ともかく、愛歌であれば大したことはない。

 

 けれど十年というのは、“短くはない”ということくらいなら知っている。

 決して短くは無い時間。

 なにせ、愛歌が沙条綾香という存在と、共に暮らしてきた時間と、同一のものなのだから。

 

 同価値であるかはともかくとして、その二つが同一であることは知っている。

 故に、こうも思う。

 

 

 十年という時間は愛歌にとって“大したこと”ではないが、けれども決して、“些細なこと”でもないのだと。

 

 

 それが、愛歌にとってのこの十年の結論だ。

 小さな結論、あいにくと、答えをだすことは禁じられていたし、故にしようとも思わなかった。

 “その程度”ではあるが、けっして些細ではないだろうと、愛歌はそうも考える。

 

 ――であれば、あの少女、BBであればどうだ?

 

 心をほとんど空にしていた空虚な時間を過ごした自分とは違う。

 彼女は、常に考えていたはずだ。

 別に彼女の場合は十年、というわけではないが、それでも最低でも五年以上。

 目の前の彼女、つまり――

 

 ――――沙条愛歌とは何なのか。

 

 何も不思議なことはあるまい。

 こうして十年もこの空間で狂いもせずに過ごせているのだ。

 そんなもの、既に気が狂っているか、他人とは隔絶した思考の持ち主かしかありえない。

 愛歌の場合は後者だが、常人から見ればそのどちらも、たった一言で吐き捨てることができる人間だろう。

 

 つまり、気違い、と。

 

 そんな存在に対して考えるBBを見ているうち、愛歌も彼女に対して少しばかりの興味が湧いた。

 気がついたのだ――BBの、愛歌を見る目が、少しずつ変化しているということに。

 些細な変化、直にそれを観察し続けた愛歌にしか解らないものだろう。

 

 それでも、BBは変わった。

 間違いなく、疑いようもないほど。

 

 ――けれども、結果は苦笑を漏らさざるをえない物だった。

 冷たい瞳、それでいて困惑もまた孕んだ物である。

 即ちそれは――要するに、

 

 

 訳の分からないものに対して向ける視線、愛歌が、生まれてからずっと、向けられ続けてきたものだ。

 

 

 興味があったのは、どことなくBBに親近感を覚えたという理由もある。

 その原因に心当たりはないけれど、けれども、結論はそれだった。

 肩をすくめて、なるほどそうなったかと諦め混じりにつぶやくほかない。

 

 そんな答えだ。

 つまらなくはないが――仕方のないことである。

 

 とはいえこれで、BBと愛歌は決定的に相容れなくなった。

 とすれば、BBが耐えられなくなるのも時間の問題だろう。

 

 十年間、秒数にして3億1536万秒。

 外の世界では大体三百秒が経過した所、といったくらい。

 とすれば、もう時は既に満ちているはず。

 

 あとは、BBがほつれるのを待つだけだ。

 

 ――――ようやく、この無限の監獄に、終止符をうつ、時が来た。

 

 

 ◆

 

 

「あぁぁああああもう! 理解できません! 理解できません! 理解できません!」

 

 ――この監獄に、虜囚の声が響き渡る。

 BBのもの、完全に焦れてしまったというのを隠そうともしない。

 それは、先ほど――といっても、愛歌の体感では約七年が経過しているわけだが――までのBBとは比べ物にならないほど、感情に満ちたものだった。

 

 言い換えれば、“理不尽”に満ちたものだった。

 AIとしての固執は、単なるルーチンでしかない。

 けれどもこれは、AIのそれとは完全に様子が異なるものだった。

 

「先輩という存在が、まったくもって解りません――でも、だったらそれでいいんですよね、理解するだけ時間の無駄――なのに」

 

 声は、更に怒気を荒らげるようにまくしたて始める。

 

「なのに、なのに、なのになのになのに! 私の意識は先輩に向いてしかたがないわけです! こんな無駄、カットしなくちゃいけませんよね、でもあいにく、AIは記憶を消せません」

 

 そうして最後には、冷たく、絶対零度のように鋭いものへと変化した。

 殺気、流石にこれを理解できないものはいない。

 恐怖を覚えない、はずはない。

 

 だが、

 

 沙条愛歌は動じない。

 ――BBは、告げる。

 

「――――なので、ここは発想を転換させて、先輩に消えてもらうことにしました」

 

 言葉とともに現れる――触手の群れ。

 

 思い出されるのは月の表側、最後に呑まれたあの光景。

 どうしようもない状況で、この裏側へと身を投じたあの時。

 

 ――それを思い返して、同時にもう一つ、忘我から記憶を引きずり出してしまった。

 セイバーのこと、彼女はあの時言っていた。

 

 自分は愛歌を信頼する、と。

 

「……何を笑っているのです! まったくもって気持ち悪い、度し難い、甚だそれはわからない!」

 

「そう、ならそうしなさい。私と貴方は違うのだから、個性は認めてあげなくちゃね」

 

 けれど――愛歌は、優しげな声で、語って聞かせるように続ける。

 

「――これは下策だったわ。こんなに派手に食い散らかして、それがわからないほど、月見原生徒会は甘くないのよ?」

 

「…………なんですって?」

 

 直後、愛歌の背から彼女を照らすまばゆい光。

 思わずか、はたまたそれを待ちわびていたのか、愛歌はゆっくりと目を閉じて、そこから現れる者を待つ。

 

 そして、

 

 

「――――どうやら、随分と待たせたようだな」

 

 

 更に現れるもう一人。

 本来なら絶対に現れるはずのない第三者。

 

 BBの瞳が、大きく見開かれることとなる。

 それを正しく視認できるものは、この世のどこにもいないだろうが。

 

「まさか――貴方が来るなんてね」

 

「どういうことですか……! 何で貴方がここにいるんですか!」

 

 その“男”に対し、愛歌はそっと語りかけるような声で。

 対するBBは怒りに満ちた激しい声で。

 

 その男の、名を読んだ。

 

 

「――――――――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ」

 

 

 黒衣の死神。

 フード姿の男は、不吉な顔を触手達へと向け、立っていた。

 

 ユリウス。

 レオの兄にして、西欧財閥のゴミ処理係。

 その性質上、彼は愛歌に対して悪印象を抱いていたはずだ。

 というよりも振り回されていた、というべきか。

 

 それは、ユリウスのレオに対する感情と近いのかもしれない。

 嫌いではないし、憎くもないだろうが、それでも苦手とする相手。

 コンプレックスか単なる迷惑か、何にせよ、愛歌とユリウスの関係は複雑で、ここで出張ってくるのは、正直意外だ。

 

「何もおかしなことはないだろう。ここは死地だ。そして俺は――あいつらとは違う、既に死んでいる人間だからな」

 

 あいつら、凛にラニ、おそらくは今も生徒会室にてこちらを案じているであろう少女達。

 加えてそのあいつらの中には、愛歌も含まれているであろうことは容易に想像がつく。

 

「だからって……死ぬ気ですか!? こんな所にノコノコと、正義の味方は似合わないと思いますけど」

 

「……随分、優しいことだ。BB――お前、随分変わったようだな」

 

「――――っ! あなたには、指摘されたくないですね」

 

 言葉とともに、触手の一部がユリウスを襲う。

 ひとつは回避――しかし、そこまでだ。

 通常の人間である彼に、BBの触手は躱しきれない。

 すぐに急所へ直撃し――彼もまた、死にまみれてデータとなる。

 

「――沙条愛歌、俺はお前が嫌いだ。心底憎くはないだろうが、俺にとっての疫病神の一人、それがお前だ」

 

「…………」

 

 ユリウスは語る。

 ――そこに何を見たか、愛歌は無言でその瞳を見返した。

 

「それでも、だ。お前は俺にこういった――まだ、お前はそれを知らないだろうが、実にらしいことにな」

 

 わからないことを、男は言う。

 けれども、それを何故とは問わなかった。

 触手に貫かれながら、振り返ったユリウスの瞳は、彼らしくもないやさしいものだったから。

 

 

「――――兄は、弟を守るもの、だそうだ」

 

 

 そうして、彼はまた背を向ける。

 もう今生は、愛歌と顔を合わせることはなかろう、と。

 

「生憎と、俺はレオを守れなかった。そもそも、俺はレオを兄として守ろうとは思っていない――だが、それでもお前になら、この言葉に応えてもいいと思った」

 

 お前はそれを知らないだろうが。

 そう、最後にぽつりと自嘲して――

 

「俺は守ったぞ。お前自身ではない、“レオの意思”をだ。お前はこのまま先に進め、いいか、――迷うことなく、まっすぐだ」

 

 そして、ユリウスの守ったレオの意思は、沙条愛歌が継ぐのだと。

 

「生憎と、レオから託された者は私にはないわ。彼は、私の知らぬ間に、この月の裏側の何処かで命を落としてしまったから」

 

「……そうか」

 

 ――その同意は、果たして何に対するものだっただろう。

 愛歌はそれを知らないが、それでもいいと、同時に思った。

 

「それでも……何の問題もないでしょう。私の意思は、今も昔も、揺らいではいないわ」

 

「なら、それでいい」

 

 その言葉をもって、愛歌もまたユリウスから背を向けた。

 愛歌の瞳に映るは彼がこじ開けた光の先だ。

 おそらくは、そのまま月見原旧校舎につながっているわけではないだろう。

 

 これから行くべき場所は――運命の場所になる。

 

 そんな気が、愛歌の中で少しした。

 そして、

 

 

「――では、達者でな」

 

 

 そんなユリウスの言葉に背を押され、愛歌は光の中へと突入した。

 

 

 ◆

 

 

 ――そこは、どこか寂しい空間だった。

 物静かな場所、ただ一人の孤独でありながら、BBという存在もいたあの監獄とは決定的に違う。

 そこには“気配”がたしかにあった。

 だのに、どうしようもなくわびしいのだと、愛歌はそう感じざるを得なかった。

 

 これを何といったか、――情緒、と呼ぶのは過剰だろうか。

 

 何にせよ、ようやく立ち上がれるようになった身体で。

 ようやく前に進めるようになった足で、愛歌は一歩を踏み出した。

 

 ここには、きっと彼女がいるのだろう。

 直感ではなく確信として、愛歌はそう判断する。

 なにせ見えるのだ。

 

 レリーフが――月の裏側、サクラ迷宮にて散々見てきた、心の障壁が。

 その主が、ここにいる。

 

 ゆっくりと、覚悟を決めて一歩を進むことにした。

 なぜだかそうしなくてはならない気がして、けれども理由はてんで思いつかなかった。

 

 もう、随分と長い時間、彼女と離れ離れになっていたのだ。

 決して短い時間ではない。

 大したことはなくとも、その時間は無価値ではなかったのだから。

 唾棄するようなものでは、なかったのだから。

 

 だから、結局のところ愛歌は浮き足立っていたのだろう。

 調子がうわずんでいた、調子にのって、踊らされていた。

 それ自体を否定することはたとえ未来の自分でもしないだろうが――警告は、されて然るべきものだろう。

 

 見えた――遠くに、彼女の影が見える。

 その姿は、この月の裏側において、なんとも見慣れたものだった。

 白のライダースーツ、あれも随分と、馴染んできたように愛歌は思う。

 

 とはいえ、それを懐かしむような時間はない。

 瞳を鋭く補足して、愛歌は彼女へ駆け出すことにした。

 転移はしない、するような距離でもなかったし、転移ということ自体が意識からすっぱりぬけていたこともある。

 

 だから、数秒をかけて彼女の元へと辿り着く。

 ようやく――彼女の手元へたどり着く。

 

 そうして、振り向いた少女の顔は、愛歌が見慣れたものだった。

 

 だというのに、何故だろう。

 猛烈な違和感を感じる。

 訳は解る――彼女が警戒しているのだ。

 

 凛とした顔に、若干の剣呑さを乗せて、少女は問う。

 

 

「まて、そこまでだ。これ以上余に近づくでない、貴様――――何者だ?」

 

 

 その言葉は、彼女――赤きセイバーが口にした言葉は、決して想定できないものではなかった。

 だというのに、

 

「――え?」

 

 愛歌は、余りにも呆けた顔で、自身が、想像以上の衝撃を受けていることを、自覚するのであった。

 

 ――――十年という時間は大したものではない。

 愛歌にとって、それはそういうものだ。

 

 

 けれども決して――――それが些細などということは、絶対にありえないことなのである。


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