ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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56.慎二少年の冒険

 ――――間桐慎二は、たかだか八歳の幼い少年だ。

 どれだけ天才的なハッカーの腕を持とうが。

 愛歌すら唸らせる実力を有していようが――本質は普通の、寂しがり屋の少年なのだ。

 

 そうでなくとも、彼は経験不足であるし、見栄っ張りでもある。

 ハッキリ言って戦いに向いている性分ではない。

 月の表、聖杯戦争に身を投じたのも、見通しの甘さというのが、主な理由としてあげられるだろう。

 ――そこまでくれば、もはやそれは理由ではなく原因か。

 

 ともあれ、そんな間桐慎二は、知ってしまった。

 何が、とは野暮な問いだ。

 つまるところ、“自分が死んでいる”という事実である。

 

 衝撃的な真実であった。

 月の表で自分が敗北したということもそう、それによって、自分が死んだということもそう。

 ――ならば、と誰もが考えるだろう。

 慎二は、それによって“自暴自棄”になっているのだ、と。

 そしてそのために、BBへと寝返って、愛歌達を裏切ったのだ――と。

 

 まぁ、間違いではないだろう。

 そういう見方は否定できないし、慎二自身、“もしかしたらそうなのかも”と感じている。

 なにせそれは自分の感情だ。

 自分ですら結論を出すことはできないだろう。

 

 だから、自分は怖気づいているのかもしれない。

 死から目を背けているだけなのかもしれない。

 

 そう、思ってしまうこともある。

 

 ――だが、

 

 そうではない、と。

 この場において彼は高らかに宣言しなくてはならない。

 

 

 そこはサクラ迷宮、階層は十六階、それはすなわち――そこが、メルトリリスの領域であることを表している。

 

 

 これは、殺生院キアラによる四つ巴の宣戦布告から、少し時間をさかのぼって。

 まだ、現在慎二とランサーは、メルトリリスに対して同盟を締結したわけではない。

 

 ――故に、彼の隣にはランサーがいるが、それでも慎二達が危険であることに変わりはない。

 

 そもそも、慎二に限って言えば、ランサーすら彼にとっては危険なサーヴァントである。

 反英雄であることは言うに及ばず、ランサーに取って、慎二は歯牙にかける必要すらない相手。

 慎二を排除する理由が無いために今はサーヴァントとマスターとして行動しているが、そうでなければ、どうか。

 

 その点、黄金さえあれば、その黄金に対して誠実であったライダーが、どれほど優しいサーヴァントであったか。

 まぁ、今はそれを嘆く暇もないが。

 

「――それで、こんな所にきて、一体何をしようというのかしら」

 

 鋭い目線は、ランサーのものだ。

 急にメルトの迷宮に行くと言い出したところから、ランサーの慎二に対する目つきはゴミ捨て場以下だ。

 信用だなんだというのは、感じられるはずもない。

 

「あー、その、なんだ」

 

 一度、すぅ、はぁ、と大きく深呼吸をする。

 大丈夫だ、自分は大丈夫――彼女であろうと、メルトリリスであろうと上手く行く。

 これまでだってそうだった。

 なにせ自分は、天才霊子ハッカー、間桐慎二なのだから――

 

 ――端から見れば、愛の告白と見えなくもない態度ではあるが、それにランサーは気づくこともなく。

 

 

「――――僕は、沙条愛歌を倒したい」

 

 

 一泊を置いて、間桐慎二はようやく、自身の心底をランサーに明かした。

 退いてはダメだと、そう思ったから。

 このサーヴァントの関心を引こうと思うなら、それは卑屈でも、恭順でもなく。

 対等な、真っ向からの向かい合いだと、そう思ったから。

 

「へぇ……それってつまり、嫉妬か何か?」

 

「違う、とも言い切れないけど、多分違う。――正直に言うと、僕は沙条が好きなんだ」

 

「…………はぁ?」

 

 ――頭のおかしい人を見る目で、頭のおかしいランサーに睨まれた。

 思わず心臓が跳ね上がるが、こんなことでビビっていても居られない。

 真正面から、それを見返す。

 

「べ、別にいいだろ! っていうか、自分でもどうかと思うけど、つまり、その――」

 

「――あの化け物マスターを、振り向かせたいって、ことね」

 

 察しよく、彼女にしては空気が読めていることに――言い淀んだ慎二の言葉を、ランサーが継いだ。

 そう、何もおかしくはない、当然のことではないか。

 

 好きな誰かに認められたい。

 愛歌は強大で、どうしようもない化け物だ。

 だったら、ここは思い切ってぶつかって、打ち勝つことで強さを示すしかないだろう。

 認めさせるのだ――

 

「僕は、つまり――」

 

 そう、少しだけ乾いた喉につばをさして、ごくりと喉がひとつなって。

 情けない声ではあるけれど、詰まることなく、それを言い切る。

 

 

「――――沙条に、まいったって、そう言わせたいんだよ」

 

 

「ふぅん……」

 

 ランサーの反応は、実に冷たいものだった。

 興味があるという風でもなく、かと言って唾棄するものへ向けるような反応でもない。

 

 どうとでも取れる――プラスマイナスゼロのもの。

 

「そう、ねぇ……」

 

 けれども、彼女は慎二の言葉を、弾くことなく受け取った。

 慎二のそれは、一見与太にも聞こえることだ。

 そもそも、だから“何故”メルトリリスの迷宮に足を踏み入れるのか、という説明がない。

 助力を求めようということなのだと、想像はつくが、必要性は見受けられないのだ。

 

 だから、だけれど、――それでも、

 

 

「……ま、悪くないんじゃない」

 

 

 ランサーは、そう言って、初めてまともに、間桐慎二を受け入れた。

 彼女にとって、慎二はマネージャー以下の粗大ごみか何かだろうに――

 

 認めたのだ、それでも、慎二の意思を。

 

「本当か!? ……正直、これからの戦いはお前の力が必要だ。だから、一マスターとして頼みたい、僕に、力を貸してくれ」

 

「――そういうのは、別にいいんだけどなぁ。……っていうか、私はアンタがまっすぐ恋してるから認めたのであって、それ以外はどうでもいいのよ?」

 

「構わないさ、それでいい。それなら十分に、僕を信用する理由になるだろ?」

 

 ――だから、それ以上は必要ない。

 それは、ランサーにとっても、決して悪い言葉ではなかった。

 元より愛歌を撃破する――ランサーの場合は、どちらかと言うとセイバーとの因縁のほうが深いのだが――という目的は同一だ。

 利害の一致は最初からあった。

 ただそこに、利害以上のものが絡んできたというだけのこと。

 

 ならば十分だ。

 

 かくして両者は、一つの合意を見た。

 了解を得たのだ――サーヴァントとマスターは、正式に、協力体制の形を得た。

 そして、

 

 それを待ち伏せていたかのように、

 

 

「――あらそう、そういうことに纏まったのね」

 

 

 ――――茶番劇に称賛を浴びせるかのように、傲岸不遜な態度でもって、メルトリリスが、現れる。

 

「……聞いていたのか?」

 

 ――明確な鋭い刃、それが気配として慎二には認識された。

 間違いない、ランサーのように、殺す理由がないから殺さないという、そんな手合では全くない。

 彼女の場合は、殺す理由がなくとも“適当にでっち上げて”殺しにかかる。

 

 純粋な破綻者。

 どうしようもない加虐に満ちた鉄の乙女は、上空から落下し、慎二とランサーの目の前に着地する。

 

 コン、と響く音が足元から鳴らされた。

 

「聞いていたも何も、最初から認識していたに決まっているでしょう? ここは私の迷宮よ? ……まぁ、BBは件のセンパイにお熱みたいで、こっちに気づいていないようだけど」

 

 ちょうど、今はBBが無限監獄――正式名称犬空間にて愛歌とのにらみ合いが続いている頃だ。

 だからBBの監視はない。

 そのことは、慎二もなんとなく察してはいたが、ともかく。

 

「それで、何だったかしら。私に同盟でも求めに来たの? 何かをとちくるって? 頭がおかしくなったのは、元からかしら」

 

「ちょっと、確かにこのワカメみたいなおかしな頭してるし、あの子リスに惚れたとかパッパラパーなこと言ってるけど、そこまで言わなくてもいいじゃない!」

 

「それ擁護じゃないだろ!」

 

 叫ぶ。

 確かに自分も正気とは思わないが、何故かランサーにまでディスられた。

 心外である。

 この中では、誰よりもまともな思考をしているというのに。

 

「ともかく、そのつもりはない、と……?」

 

「当たり前でしょう? まぁ、あなた達を殺すのはもう少し後にしてあげるから、さっさとここから立退きなさい、喧嘩なんてされても迷惑なのよね」

 

 ――ここは自分の庭なのだから、とメルトリリスは嗜虐的な笑みで語る。

 殺さない、とそれは彼女としては有情なことだが――今ではないというだけのこと。

 それも、少しメルトリリスの機嫌が損なわれれば、すぐさま慎二はあの鋭利な刺で突き刺され、殺されてしまうことだろう。

 

 ――だが。

 

 それでも、慎二は躊躇うことを選ばなかった。

 今にも顔が恐怖に歪みそうになるものの、それでも、鋭い瞳は揺るがない。

 

「…………別に、僕達は、沙条を倒すことだけが目的じゃない」

 

「――そうなの?」

 

 問いかけるのは、ランサーの方だ。

 メルトリリスは無言のまま。

 

「だってそうだろう、僕は沙条に勝ちたいんだよ。だったら、そのルールも方法も、なんでもいい、最終的に沙条に負けたと思わせればいいんだ。――だから」

 

 ここだ。

 ここが肝だ。

 

 逃げるな、迷うな、躊躇うな――

 

 ぱく、ぱく、と。

 何度か口が開閉し、嫌な汗が体中から吹き出していく。

 そして、

 

 

「――――沙条を出し抜いてBBを倒す、なんて方法もありえないことじゃない」

 

 

 へぇ、と。

 それには流石のメルトも、答えを返さない理由はない。

 

「具体的な案があるっていうの? そもそも、それは確かに私好みではあるけれど、だからといって“あなた達は何の役に立つ”のかしら」

 

「か、――」

 

 少し、言いよどむ。

 まずは一つ目の段階をクリアした。

 興味は惹いた、しかし、それ以上にならなければ何の意味もない。

 

 それでも、問題はない。

 最初は単なる博打であった。

 けれど――ここからは、勝算を持って挑むこと。

 

 問題ない、行ける――そう、自分に何度も何度も言い聞かせるのだ。

 

「簡単な、ことさ。――手数が増える。お前一人じゃ、できないことだってあるだろ? それに、お前だけじゃなく、“僕達が同時に裏切ってしまえば”、あっちはてんてこ舞いで、どうしようもなくなってくる」

 

 そんな物言いに、メルトリリスはニィ――と、深く笑みを浮かべた。

 

「――――へぇ」

 

 そう言って、メルトは後者に興味をもったようだ。

 ――その言葉の意味に、ついていけないランサーが一人。

 

「つまり、どういうこと?」

 

「僕達も、そしてメルトも、そもそも沙条の迷宮探索を妨害する衛士だ。つまり、そこに“居なくちゃいけない”存在なんだよ。それが同時にその役割をボイコットすれば――」

 

「BBは、こっちを警戒する必要がある。しかも、首の挿げ替えは、もうできないでしょうね」

 

 ――ランサーを衛士に据えるほど、彼女は手駒が不足している。

 そう、メルトは言外に付け加えて――

 

 

「――――それ、すっごく面白そうじゃない」

 

 

 最後にぽつりと、そう漏らす。

 

「さいっこうよ、貴方、まったくもってダメな海藻モドキかと思ったら、案外おもしろいこと考えるのね。あぁ、いぃ……いいわ、BBの驚愕に染まった顔が浮かぶよう……これだけで、ご飯三杯行けそうね!」

 

 BBが自分の行動で四苦八苦するのだ。

 あの無慈悲で加虐趣味のゲームマスターが、目を回して困惑する。

 これほど痛快なことが他にあるだろうか。

 

 ――――勝った。

 慎二はその言葉を聞いて、確信した。

 正直に言えば、完全なる想像による行動だったのだ。

 

 パッションリップは非常に受動的だった。

 であればメルトリリスは、その真逆ではないか?

 

 ラニの迷宮を愛歌が攻略した際、初めてメルトは姿を見せた。

 その時の態度もまた、その考えを肯定する材料だった。

 だが、あくまでそれは推測だ。

 

 確定的な結論があったわけではない。

 それでも、慎二は紛れも無く賭けに勝った。

 

 メルトリリスは、楽しげに嗜虐的な笑みで持って、一方的に宣言する。

 

「いいわ、乗ってあげる。私は貴方の同盟に参加する。その見返りとして――」

 

 慎二はニィ、と笑みを浮かべて。

 その言葉を待った。

 

 

「――――私を助けさせてあげる」

 

 

「勿論だとも」

 

 仰々しく、道化のような笑みで持って。

 それに応える。

 

 かくしてここに、メルトリリスとランサー、慎二の陣営は同盟を結ぶ。

 戦いの幕開けより――大分前のことだった。


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