ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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58.灯火の元の三者

 ――嘆息が漏れた。

 現状、元より自分たちではどうしようもないということはわかっていたことだが、それでも。

 メルトリリスにランサー、そして間桐慎二の陣営は、彼女たちが拠点としている迷宮の一角に帰還していた。

 

 ここはメルトの迷宮最終階層、愛歌たちはここへ進入する術がなく、直接的な危機はといえば、散発的に襲撃へやってくる緑衣のアーチャーとありす主従程度のもの。

 それに対しても、メルトという絶対の鬼札がある以上、さして脅威になるわけではない。

 

 殺生院キアラに関して言えば、ここまでやってくることが可能かどうかはともかく、今のところ慎二達は一度も姿を見かけてはいない。

 それが得体のしれない沈黙であることは認めるが、流石に彼女も強力なアルターエゴであるメルトリリスを、真正面から排除する力はないだろう。

 

 そんな拠点の話はともかくとして、現在は先程までメルトとランサーが行っていた活動についてだ。

 

 まず内容以前に結果から言ってしまえば、失敗だ。

 何をしたかといえば、単純――月の裏側最深部、ムーンセル中枢へと伸びる階段を塞ぐ、桜のレリーフ。

 ――つまり、BB陣営達にとって文字通り最後の壁となるそれを、“破壊しよう”という話である。

 

 無謀もいいところだと一笑に付す所であるが、意味が無いとも言えないだろう。

 あそこを突破できてしまえば、BBは完全に丸裸。

 そしてそれができるのは、間違いなく自分たちしかいないわけで。

 それにメルトリリスはBBの欲身だ。

 成功の可能性は、少なくはあったがゼロではなかった。

 

 結果は失敗ではあったものの、――メルトリリスが迷宮を破壊しようとしたところ、アーチャーとキャスターが総出で現れた。

 ランサーが相手をしたものの、多勢に無勢、押し切られてしまったのだ。

 要するに、可能性としては、“成功”の可能性はむしろ高まっている。

 

 未然に防がれてしまう可能性も、また高まっているわけだが。

 ともかく、何か策が必要で、もしくは、別のルートが必要になる。

 

 アーチャーかキャスター、どちらか一騎をランサーで引きつけ、愛歌達に押し付けた上で撤退、その後再突入など。

 色々方法はあるだろうが、とりあえずは休憩だ。

 魔力を慎二が消費しすぎた。

 ランサーの消耗が激しい、幾らでも理由はあるが、それはさておくとして。

 

「はぁ――無駄足じゃないってわかっただけ十分だけど、その分余計に思う所が増えたね、まったく」

 

「アンタがもう少し気張ればどうにかなったんじゃないの? ヘタレワカメ」

 

「僕は危険だからってここで待機だっただろ! そもそも、僕に一体何ができるっていうのさ。僕はマスターだぞ、サーヴァント同士の戦闘で、役立たずなのは当然じゃないか」

 

 むしろ、もっと気張るのはソッチのほうだと、慎二は皮肉げに漏らす。

 あからさまな挑発で、しかしランサーはそれを怒りではなく反論で返した。

 

「ふざけたこと言ってくれるじゃない。そんなこと言ってふんぞり返って、そういう態度が気に喰わないのよね。まったく、マスターの選択間違えたかしら」

 

「そんなこと言って、BBに支給されるマスターとしか契約できないだろ、お前。じゃあその言葉にも何の意味もないじゃないか」

 

 おどろくべきことに、両者の物言いは余りにも直接的な刺のあるものだが、しかし。

 まったく互いに険悪ではないのだ。

 ――どうにも、波長が合うというべきか、ああ言えばこういう、というべきか。

 本人達としては、あくまで単なる言葉のやりとりでしかないのだが。

 

「そこまでにしておきなさい。別に仲間割れは勝手にしてほしいけれど、ランサーに消えてもらうのは困るわ、今回みたいな場合、最悪私一人じゃ対応できないでしょうし」

 

 言いながら、メルトリリスは慎二とランサーをそれぞれ睨む。

 強制的に諌められて、それで両者は素直に矛を収めた。

 

 ――意外なことに、とメルトであっても思わずにはいられないが、どうやらなかなか慎二とランサーは相性が良いようだ。

 ランサーにとって慎二は至極どうでもいい相手で、慎二に取ってランサーは単なるサーヴァントでしかない。

 

 両者互いに、“相手のことなどどうでもいい”上で、ぶつけあう言葉は垣根のない言葉。

 これほど、歯車は全く噛み合ってないのに、カチリと嵌る組み合わせもあろうか。

 

「――それで、どういうことかしら慎二、結局貴方の作戦は失敗だったわ。――指揮を任せたつもりなのだけど」

 

 対するメルトは、慎二にあくまで険悪な視線を送る。

 ――気に喰わないのだ、この男が心の底から。

 今もメルトリリスにとって慎二は無いよりマシな出がらしを吸い上げる相手でしかない。

 

 だというのに――

 

「もともと失敗する予定の作戦だったんだよ。今回の結果はぶっちゃけ言えば大成功だ。何かが在ると解った以上、もう少し考えて――」

 

「――考えてもどうにもならなかったから、失敗したのでしょう?」

 

「世の中には運ってもんがあるんだよ。ランダムはランダムでしかないなんてことはない。必ず偏りがあって、それを常に引きつける奴がこの世の勝者なんだ」

 

 ――わけがわからない、気持ちが悪いと断じながらも、メルトリリスは、それと真正面から向かい合っていた。

 

 驚くべきは慎二の胆力だ。

 愛歌達、月見原生徒会という安全なゆりかごの中を飛び出して、しかもこうしてメルトやランサーを指揮し大立ち回りを演じる。

 そのための覚悟が、狂気を一段飛び越して、人としてヤバイレベルにまで達している。

 

 この少年は、まったくもって物怖じというものをしないのだ。

 まるでそれを、忘れてしまったかのように。

 

「――解らないわ。私がAIだというのもそうだけれど、シンジ、貴方まったく負けを考えていないわね。――そういうのができる人間は、人として道を一歩踏み外していると思うのだけど」

 

「――――それ、私がバカって言いたいんじゃないでしょうね!」

 

 横からの雄叫び。

 どうやらランサーも何も考えていなかったらしい。

 うん、それはバカだ。

 たんに頭が悪いという意味での。

 

「前にも言ったけど、僕は沙条に勝ちたいんだ。かってぎゃふんと言わせたい。――そのために、普通にできることはもうやった。色々考えたけどさ、“ここまでこないと”、まず沙条に届きすらしないんだ」

 

 ――間桐慎二は狂っている。

 狂ってしまった。

 どちらでもいいけれど、それはきっと間違いない。

 

 沙条愛歌ならメルトリリスだってしっている。

 あんな“得体のしれない”存在を、好きになる?

 ありえない、そんなことは絶対にありえない。

 

「――貴方、その沙条愛歌のいいところを何か知っているとでも?」

 

「頭おかしい所とか? 別にいいだろ、何でも」

 

 ――これだ。

 まず、これが絶対にありえない。

 人間は“狂人のそんなところを愛せるはずがない”のである。

 言ってしまえばそれは、獣の習性と同じで、人ならざる者のあり方である。

 それを愛でることは出来たとしても、愛するなど不可能だ。

 

 ――その人間が、何かに狂っているわけでもないかぎり。

 

 だから論法は成り立つ。

 間桐慎二は沙条愛歌の狂気を愛している。

 狂った人間を愛している人間は、狂っていなければならない。

 よって間桐慎二は、狂人である。

 

 どこにおかしな理屈があろうというのか。

 

「……前々から気になっていたけれど、貴方ってそもそも、何?」

 

「――何って、いきなり変な質問だな。来歴でも話せばいいのか? 話の種になるなら構わないけど……」

 

 言って、慎二はぽつり、ぽつりと語りだす。

 

 生まれたのは八年前、遺伝子操作により“優秀となることが決定づけられて”生まれてきた。

 故に、優秀になるようにと、愛を受けず教育だけを施された。

 

 ――結果として生まれたのは、高慢で世間知らずな八歳の少年、間桐慎二だろう。

 彼はゲーム感覚で月の聖杯戦争に参加した。

 そこで緒戦、沙条愛歌と激突し――死亡した。

 

(……何それ、本当に何もない、つまらないバカの人生じゃない)

 

 こんなものの何処に、彼が狂う原因があったという?

 確かに彼は恵まれないが故に歪んでいる。

 それが高慢さとなって現れているが、人間としては“普通”の域を出ないだろう。

 

「ねぇ、ゲーム感覚ってアンタはいうけど、そもそも何時、“聖杯戦争に負けたら死ぬ”っていう脅しを本当のことだって思ったの?」

 

 ランサーが、ふと問いかける。

 彼女に何の意図があったかは知らないが、それでメルトリリスは思い至る。

 

 彼が普通なのは、聖杯戦争をゲームとみていたその感覚からも、おそらく言える。

 当初の慎二は負けたらイコール死などということは、考えていなかったに違いない。

 

 

「――――そんなの、沙条と本気で戦うって、決めた時からに決まってるだろ」

 

 

 ――それだ。

 メルトリリスは、合点が行った。

 “歪んで”しまったのは、そこからだ。

 おかしくなってしまったのは、それからだ。

 

 どうしてもかなわない初恋の相手、それに勝ちたいからと男気を見せる。

 たしかにそれは美談だろう。

 ――だが、“それはおかしい”。

 なにせ聖杯戦争は死が絶対のルール。

 それをわかった上で、愛する人間を殺そうとする?

 

 狂っている。

 

 狂っていなければ、何だというのだ。

 そもそも、でなければ“沙条に勝ちたいから”という理由で、愛歌達を裏切り、世界を破滅に誘う陣営へ、身を置こうなどと思うものか。

 たとえそれが最終的に、BBすらも裏切って、打倒して、愛歌に一泡吹かせるためだとしても。

 

 あぁ、解ってしまった。

 わかってしまったのだ。

 

 間桐慎二はどうしようもなく壊れている。

 自分の意思のために、世界すら敵に回す覚悟を決めて、それを揺らぐことなく体現している。

 

 そんな存在を、形容する言葉を知っている。

 英雄だとか、正義の味方だとか、ここちの良い言葉では何一つない。

 どこまでも愚直で、自分勝手で、そして何より阿呆みたいな言葉を振りかざす。

 

 つまり、世界と誰か一人。

 “後者を選ぶ人間”だ。

 

 そんな人間は、つまり――

 

 

 ――いわゆる、“勇者(バカ)”と人は呼ぶ。

 

 

 あぁ、なんということだ。

 自分はそんな存在と手を結んでしまったのだ。

 

 ハッキリ言って、たちが悪い。

 バカとはつまり、殺生院キアラとか、臥藤門司とか、ああいう類の同類ということだ。

 これなら、まだ最近人間味を増してきた愛歌の元につく方が賢かったのかもしれない。

 

 メルトリリスは沙条愛歌がどうしようもなく嫌いなので、それはありえないことなのだけど。

 ――同族嫌悪というやつだ。

 

(何て人間に、助けさせてあげる、なんて私は言ったのかしら)

 

 それに、後悔の念が溢れでてたまらない。

 しかもそんな狂人のサーヴァントが、輪にかけて頭のおかしい奴なのだ。

 別に歯牙にかけるつもりもないけれど、それはサーヴァントとしての格の話。

 

 人間性としては、コレもなかなか不快で相手にしたくないタイプである。

 ありていに言ってめんどくさい。

 

 そんな慎二とランサーと同類扱いされている事実を棚に上げ、どうしてこうなったのだろうとメルトリリスは嘆息した。

 

 ――それにしても、とかんがえる。

 

(こんな普通のバカを、狂えるバカにした沙条愛歌との出会い、一体どれほど強烈だったというのかしら)

 

 確か、情報を見る限り、慎二が愛歌に勝負を仕掛けたのだったか?

 詳しくは知らないが、興味はないので疑問を疑問のままメルトはしまう。

 

 さて、大分話し込んでしまった。

 そろそろ休憩でもしようかと欠伸を噛み殺したところで――――

 

 

「――――大変面白い話でしたわ」

 

 

 そんな声が、メルト達のすぐそばから聞こえた。

 完全な暗がり――夜のような状況とかしている現在の迷宮故、その姿は見えない。

 ランサーが夜目を凝らして、睨みつける先。

 

 ゆっくりと、女が影から這い出してきた。

 

「……キアラ、先生!」

 

「あら、お久しぶりですね、慎二さん。ふふ、どうやら少し逞しくなられたようで」

 

 ――少し、唆りますわね、と一言、ぽつり。

 

 女は嗤う。

 

 

 ――――殺生院キアラは、本来ならありえるはずのない状況で、ようやく混沌とした夜闇の中から、表舞台に現れた。


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