ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「――つまり、穴が開いた、ってことですか?」
間桐桜の疑問を伴った声。
頷くのはラニ=Ⅷ、落ち着いた声音は、澄ましたそれは、すんなりと耳を通る良い声だ。
「正確には、全く新しい月の中枢への道ができた、です」
「……それ、ありえないことですよね」
冗談を言っているのでは、という反応は最もだ。
しかし、冗談でないことは桜自身よく解っている。
「普通ならありえないわね。わざわざBBが新しい穴を作る意味が無い。しかもそれが“何のまもりも無い”だなんて」
「流石に、一から迷宮を掘削するなんて、私でも無理でしょうね」
凛と愛歌が、口々にそう返す。
愛歌ですら――おそらく、キアラですら――無理で、意味が無い。
――そう言い切ることができるのは、確かなのだ。
「ただし、この新しい道は少し特殊なのよ。――ここ、迷宮の中なのよね」
そういって、嘆息気味に凛は言う。
――それを聞いてしまえば、桜とてどういう理屈かは察しがつく。
この犯人はBBではない。
「……慎二と、ランサー、それにあのメルトリリスっていうアルターエゴの仕業ってこと」
「衛士は迷宮を自由に組み替えられますからね。代わりにこの通路は、そのままそっくり迷宮中枢につながっているわけではないようですけれど」
くい、と軽くメガネを持ち上げて、そうラニが言う。
迷宮のある一点、おそらく衛士達が侵入できる最深部につながっているのだろう。
そこに何があるのかは知らないが、そこに慎二達は愛歌とセイバーを誘い出したいのだろう。
「正直に言って、罠ね。慎二はハッキリ言って性格悪いし、何か共闘をしようなんてことはありえない。よくて陽動ってところね」
「別にそこまででもないだろうから、陽動でしょうね」
「……無駄に慎二への評価高いわよね、貴方」
凛のつぶやきをスルーして、正直な所、と愛歌は続ける。
問題は別にある、と。
「そもそも、慎二がこういう策に打ってでることは別におかしくはないと思うわ。何かしら手を打ってくるでしょうし……でも、これはちょっと早すぎるわ」
慎二が考えつくにしては、展開が早急であると。
ついでに言えば、とラニが補足する。
「コレを行ったのはマトウシンジで間違いはない、そして私達が突入する。当然、BBはそれを妨害します。――四陣営のうち、三陣営が激突することになるわけです」
もしもそこに、最後の陣営が加わらないとすればどうだろう。
“生き残る”ことが目的であれば、それはその陣営のみが大きく得をすることになる。
ただし、今回の戦いは如何に戦闘で利益を得るかが焦点となる。
最終目的は生き残ることではなく、BBを出しぬき月の中枢にたどり着くこと、だ。
故に、こうして状況が動く場合、それを静観しているだけでは、気を逃すことになる。
その場合、最後の陣営が動かないということは、ありえない。
「そこにキアラが出張ってくるとすれば――慎二に入れ知恵をした、というのが実際のところでしょうね」
「現状、今回の件で一番可能性が高いとすればそこ、というわけですね?」
桜の確認に、首肯でもって愛歌が答える。
四者四様、それぞれの思惑でもって、月の裏側を巡る戦いに、全く新しい変化が見られた。
――ただ挑むことしかできない愛歌達にとっては、それはある種僥倖であり、歯がゆくもある。
「とりあえず結論から言ってしまえば、突入しないという選択肢はないわ。問題は――私一人が突入するか、セイバーを伴って突入するか、ね」
「前者の利点は撤退が容易で安全なこと、ね。後者は手数が増えるから、やろうと思えば妨害されてもセイバーが相手して、愛歌が先に進める、か」
突入するのは先程の“キアラ陣営”が参戦している理由と同様。
動かないわけには行かない。
その一点に関して、桜ですら反対を言い出す論理は組み立てられなかった。
「――私はミス沙条のみの突入をおすすめします。この戦闘がそのまま決着になるということはあまり考えられません。ここで機を掴み、次で決める。そのための前哨戦と見るべきです」
「私はセイバーを突入させるべきと考えるわね、ここで間違えてもやっちゃいけないのは出し抜かれること。コレまでどおり、全力を尽くすことが懸命ね」
ラニと凛がそれぞれ割れた。
慎重を唱えるラニに、積極策を提言する凛。
どちらがどちらということはないし、反論はどちらも聞いていない。
必要なのは、早急な結論であった。
「私は一人でも構わないと思うわ。突入したとして、今回は戦闘がメインになることはないでしょうから、セイバーができることは少ないと思うの」
愛歌が慎重というよりは、必要最小限で構わないという形で意思を表明する。
あくまで合理主義らしい愛歌の結論であるが、当然その逆もいる。
「余は奏者についていくぞ! 何もできないなどということはない! 余は常に奏者とともにある」
「そんなこと言って、一緒にいたいだけでしょう?」
「うむ!」
「思い切りよく頷かないでくれる!?」
盛大にキーっと腕を振り上げる初々しい少女のような愛歌の反応を愛でつつ、セイバーは言う。
この様子では止めた所でセイバーが聞かないだろうが、やいのやいのと常の通りに愛歌とセイバーはじゃれあいを始める。
ともかく、ここまでは二対二で完全にわかれた。
セイバーの強引さ故、このままでは押し切られるだろうが、最後の一人が否と表明すれば多数決で状況は変わる。
そして最後の一人は――空気を読むということにあまり馴染みのない、AIである桜であった。
「えっと……」
――それでも、今がどういう状態かというのは解る。
自分に決定権が委ねられている。
単なるサポートAIでしかない自分に、だ。
話の流れでしかないのは解っているが、少しばかり、荷が重い。
それでも敢えて、合理的な理由を選択するというなら――
「私は――セイバーさんがついていくべきだと、思います。……センパイは、どうあれ生身の女の子なので」
「……女の子って、そういう言われ方は初めてされた気がするわ」
少し視線を向けて、セイバーを警戒しながら愛歌がつぶやく。
今にも、セイバーが抱きついてきそうで危ない。
一時も気が抜けないのであった。
「あ、その、ごめんなさい、つい……」
「っぷ、いいのよ。愛歌だって起こってないし、そういう理由は桜らしいわ」
思わず謝ってしまいそうになる桜を推し止める凛であるが――しかし。
桜らしい、というのはどういうことか。
自分はAIだ。
そんな人間らしい、とでも言うような趣向の肯定をされるのは、少し困る。
「……まったく、そうやってAIの人間性を微笑ましい顔で肯定するのはやめていただきたい」
やれやれと言った様子で、ラニがふと苦言を呈する。
横からの助言かと、桜は目を向けるが、どうやらそうではなさそうだ。
「それでは、まるでAIの人間性が、“子どもの成長”のようではないですか。AIとて確固たる意識を持つ身。むしろ、人間性による感情のブレが内分、普通の人間よりも優秀だというのに」
「あら、優秀なのと機械的なのは別のことよ。考えが読めないっていうのは、コミュニケーションにおいて枷になってしまうじゃない」
そんなラニの様子に、凛は更に穏やかな目を向ける。
――両者のそれは単なる立場の上下ではないのだが、ふたりともそう感じてはいないようだ。
ともすれば反発しあい、険悪な雰囲気になってしまいそうなものだが、そうならないのは相性の良さ故か。
「ふふふ、まぁーすたぁー! もふもふさせるのだぁー!」
「ちょ、寄らないでセイバー、息が荒いわ! やめなさい、やめてちょうだい……やめて!」
――ついに爆発するセイバーの情動。
かくして叫ぶ愛歌に、それに気がついていない凛とラニ。
桜はあわあわと、二人の会話に水を指すべきか、それともいますぐセイバー達を止めに入るべきか悩み慌てる。
混沌の様相を呈しながら、月見原生徒会は方針を決定する。
――月の裏側において、大きく変革した四者四様の状況。
その最初の全面衝突が、ついに始まろうとしていた。
◆
『それでは、万全の警戒を期して進むよう、お願いします』
『一応、急いでね。時間は有限なんだから』
『健闘を祈ります。あなたに星の導きがあらんことを』
――三人の言葉に背を押され、セイバーと愛歌は軽く頷き合う。
そうして二人は、ただただ下方へつながる通路を駆け出す。
時折階段が出現するものの、基本は直線だけが延々と続く通路だ。
そこを、セイバーはサーヴァントとしては最高峰にあるAランクの敏捷で走りぬけようとする。
それに愛歌が連続転移で追いすがるのだ。
高速のセイバーを追いかけるのは、転移であっても難しい。
一気に最深部へゆくことも、迷宮が階層というデータのツリーで隔たれている以上、不可能だ。
よって彼女達は急ぎ迷宮の最奥を目指す。
だが、当然それに立ちふさがるものは予想されるわけで。
そしてその予想は概ね違わず――
「――ちょいと待ちなよ、お二人さん」
愛歌とセイバーは、足を止める。
目の前には、それなりに見知ったサーヴァントの姿。
ニヒルな物言いに、二枚目半な顔立ちは相も変わらず。
「……来たか、アーチャー」
緑衣のアーチャーが、そこにいた。
比較的早い段階で――現在の階層は、メルトリリスの第一階層といった所。
すでにランサーのSGは二つ回収されているのだ。
「不本意ながら、これも役所づとめってことかね」
「どちらかといえば、悪の秘密結社か何かではないかしら」
「違いねぇ……むしろ、そっちのほうが俺には似合ってるかもしれねぇな」
そう言いながら、明らかにアーチャーは敵意を隠していない。
ここでセイバー達と戦うつもりだ。
少なくとも、BBを裏切るつもりはない、もしくは、裏切れない。
「とはいえ、今のお前は輝いては見えないな。……随分とマシな顔をしているが――」
「ま、見過ごせねぇ奴が敵にいるからな、悪役してるよか“マシ”なんだろうさ」
“マシ”でしかないけれども、そうアーチャーは自嘲するが。
「悪いが、行くぜ。ここは俺が守ると決めた、不本意ではあるが、本気《マジ》で、だ。だから通さねぇ、俺の英雄としての矜持はちっぽけだが、ここで退けるほど甘かねぇ」
「――よく言った。その言葉、敵ながらあっぱれと言ってやろう。余のように、絶対に相容れない相手に言われるのは業腹だろうが――」
「かまやしねぇ! 戦場で許されるのは軽口だけだ! てめぇも、そのご主人も纏めて、俺はこの場で屠ってやるよ――!」
――三者のあるこのサクラ迷宮最深部直通通路。
その横幅はアリーナほどの巨大さだ。
アーチャーは緑の衣で身を覆い、その魔力を噴出させる。
「――芽吹け、圧政を打ち払う賢者の森よ」
間違いなくそれは、宝具クラスの魔力の塊。
焦ったように、セイバーが愛歌へと視線を送る。
これは、間違いなく月の表で直接対決した際の、アーチャーの戦法とおよそ同じだ。
激闘の末セイバー達は勝利したものの、セイバーにとってアーチャーの毒は鬼門の類。
故に、絶対にそれは阻止しなくてはならないのだが――
「――奏者よ!」
短い言葉で、その意思を愛歌へと告げる。
だが、かくいう愛歌は素知らぬ顔だ。
「残念だけど間に合わないわ、どうやら最初から仕込まれてみたい。BBがやったのね」
――それも、と続ける。
「威力が付与されている。構えなさいセイバー、呑まれるわよ」
最悪なことに、ただ毒を付与するだけではない。
それは、かくしてセイバーを蝕むように――
言葉の直後――愛歌は意思を込めて宣言する。
「アーチャーとは、ここで決着をつけましょう」
「――
毒を多分に含んだイチイの森。
アーチャーが常より潜んだ戦いの舞台が、再び月に、表と裏をひっくり返し、出現する。
穴が開いたで卑猥な感想を抱いた人は魔性菩薩さんで解脱してくること。