ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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60.サクラ迷宮の律動

 愛歌とセイバーがアーチャー相手に決戦を始めた。

 セイバー単騎に任せることも可能だが、そこは迷宮の浅い部分。

 ここから愛歌が進むには少し時間がかかりすぎるし、危険にも思える。

 撤退事態は難しいことではないが、万が一を考えて――ここで、決着がつかないことを考えて。

 

 愛歌はある決断をした。

 曰く、“アーチャーをこの場で屠る”、と。

 

 ちょうどその頃、慎二とランサー、そしてメルトリリスもまた、迷宮最深部ヘ向けて進撃を開始していた。

 今回はランサーとメルトリリスのみではない。

 慎二もまた同伴していた。

 

 理由は単純、今回の件は殺生院キアラも動いている。

 一応、彼女の協力のもとここまで来ているわけだが――あの怪物が何も仕掛けていないわけがない。

 よってリスクを軽減するため、多少足手まといではあったとしても、慎二を連れて行くという選択をするのだ。

 

 ――相も変わらず、レリーフに晒された桜の肢体。

 思わず慎二としては目を向けてしまいそうなものだが、全く興味なさげに、ランサー達に合図を送る。

 

「……頼む」

 

 ランサーは油断なく構え敵の襲来に備える。

 メルトリリスは先と変わらず、レリーフへと突撃だ。

 

 それぞれ、頷き合って回想する。

 今回はメルト単体での突撃ではなく、殺生院キアラのサポートを受けている。

 

 その時の説明だ。

 

『――そちらのメルトリリスさんに仕込みを致します。あのレリーフの突破方法は、私であれば理解できることは、承知でしょう?』

 

 明らかな罠の誘い。

 どのような提案でアレ――すでに慎二達の意思は決まっていた。

 

『メルトさんは幸い桜さんのバックアップであるBBのエゴ。それを利用し、あのレリーフを破壊します。問題はそのフィードバックが直接メルトさんに襲いかかることですが――それは仔細ないでしょう?』

 

 メルトリリスの行ったチートの一つ。

 “彼女を傷つけてはならない”。

 慎二としては、気に入らなくとも、戦う相手がゲームマスターであるが故、しょうがないと目をつむった事だ。

 それを察知されているという事実はともかく、説明としては納得だ。

 

『BBに妨害されては意味がありませんが、それでも貴方の耐久力を鑑みれば、耐えることも可能でしょう』

 

 そうして渡されたのが、端的に言えば“メルトリリスを桜に近づける”プログラム。

 性質だとか、性格だとか。

 そういったものを、データの上でだけ改変する特殊なコードキャストだ。

 

 実際のところ、それはもはやメイガスとしてのレベルになるわけだが、今のウィザードとしての魔術はともかく、古来の魔術に疎い慎二では思い至らないことではあるが。

 

「――行くわよ」

 

 メルトリリスが、そうランサーと慎二に告げ、そして。

 ゆっくりと、桜のレリーフに手をかざし――

 

 

 ――直後、衝撃とともに手を引いた。

 

 

「……っ!?」

 

 何かに妨害された。

 故に、メルトは痛みを感じたのだ。

 

 ありえないことだが、推測は立つ。

 直接メルトに危害を与えるのではない、“メルトが痛いと感じる”という命令をメルトに送られただけ。

 メルトリリスを傷つけられない、という不文律は、何も冒していない。

 

「おい、どうした!」

 

「……そうよね、対策なんて、していないはずないじゃない」

 

 慎二の声を無視して、メルトは再び手をのばそうとする。

 痛みに身体が悲鳴を与えるが、それは単なる幻覚だ。

 無視してプログラムを起動させようとして――

 

 

「……そこまでよ、メルト」

 

 

 鋭く、凍てつくような尖った声が、メルトリリスへ突き刺さる。

 

 よく聞いた、BBの声だ。

 メルトにとっての創造主。

 間違いなく――ある種の天敵とも言える存在。

 

「……く、来たわね」

 

「勿論、来ないわけ無いでしょう? ……よくもやってくれたわね」

 

 恨みつらみこもった声で、殺気すら込めてBBは睨む。

 思わず慎二が――ランサーですらぞっとしてしまうような声だが、メルトはまったく動じていない。

 

 メルトにとってBBは、この世で最も理解できる存在だ。

 だから、何も怖くはない。

 問題も、無い。

 

「……キャスター、そこのおバカさん達を抑えて。――メルトは私がやります」

 

 

「はぁーい、まっかせて?」

 

 

 ついで、宙に浮かぶBBの足元に、二人の幼い少女が出現する。

 ありすとキャスター。

 二人で一人、物語のサーヴァントと、お伽話に踊る少女だ。

 

「ねぇあたし(ありす)。あの変なワカメのお兄ちゃんと今日は遊びましょう? そっちの変な角のお姉ちゃんも遊んでくれるはずだわ」

 

「出てきて早々それかよ!」

 

拷問(いじ)めるわよ!」

 

 黒のアリスが楽しげに笑い、ありすの前に一歩出る。

 手元から炎と氷がそれぞれ現れ、BBは満足気に頷いた。

 

「やっちゃってくださいね? ――私は、そっちのバカなメルトをお仕置きしなくちゃ」

 

「あら、バカとは失礼しちゃうわね。バカを晒すのは貴方の方でしょう? 私どころか、急増でこしらえた手駒にすら裏切られて、残っているのは、衛士にもなれなかった出来損ない。もしくはムサイ男くらいかしら」

 

 実に辛辣に、そして挑発的に、メルトはBBに罵声を浴びせる。

 メルトにとってBBは単なる生みの親でしかない。

 裏切るつもりなのは当然で、そもそれ以前にすら、BBの眼を盗み数多の反則行為に手を染めていた。

 

 ――その一つが、メルトリリスが得た無敵という特性。

 BBはその裏をかいてきているけれど。

 

 レリーフの崩壊は、少しずつ始まっている。

 この牙城が崩れれば、勝利はメルトと慎二達のものだ。

 

 ――――睨み合うサクラ達。

 その横で、ランサーとキャスターは、互いに全力でもって激突していた。

 

 迫る槍、それを無数の氷の刃が弾いて防ぐ。

 無数の炎が四方八方ランサーに迫り、彼女を遠くに縫い付ける。

 接近が許されないのだ。

 周囲を飛び回りながら、なんとか隙を探るも、突破口は見つからない。

 困ったことに、今のランサーは十全の能力を発揮できていないのである。

 

 今のランサーはエゴなのだ。

 本体の四分の一程度の実力しか備わっていない。

 そのために、非力なキャスターにすら苦戦している。

 

 ランサー事態はステータスによる強さがすべてのサーヴァントではないものの、全力ではないというのは、この場において大きな枷となる。

 

 それゆえにこれより前の戦闘ではキャスターとアーチャー、後方支援型の戦闘を得意としないサーヴァント二名に苦戦し、後れを取っていた。

 

「ランサー、多少無茶でも突っ込め、今のお前は死んでもまたエゴを作れる!」

 

「それでアンタに死なれたら何の意味もないじゃない! 勝利のためなら、アンタみたいなゴミは掃いて捨てても問題無いとでも!?」

 

 互いに、命令とそれに対する反論。

 慎二達は紛糾していた。

 それでも、戦闘に支障が出ない程度に抑えてはいるのだが。

 

 しかし、ここにもしも戦闘を得意とする、例えばカルナや騎士王などのサーヴァントがいれば、すでにランサーは屠られていただろうが。

 

「ちょこまかしちゃって、ネズミみたい!」

 

「ネズミみたーい」

 

 対するキャスターとありすは実に楽しげに、物量でもってランサー達を追い詰める。

 あちらはBBのバックアップを得ていた。

 マスターとの契約もあってか、おそらくこの月の裏側で、もっとも強化されている表のサーヴァントであろう。

 

 槍で無数の炎を弾いて、ようやくランサーはありす達の上を取る。

 しかし、待ち受けていたのは無数の氷山。

 高速で突き上げられた氷の槍を躱したがため、ありすをランサーは見失ってしまった。

 

 なにせ、出来上がった氷の峰々は、ランサーの視界から、ありすを隠してしまうのだ。 こうなっては、慎二の言うとおり多少の無茶は致し方ない。

 この中へ突入する――と、考えたところで、

 

「……逃げろ、ランサー!」

 

 ――慎二の言葉。

 意図をとうまでもなく、身体は動いていた。

 

 

 ――――直後、積み上がった氷の山が、周囲へ炸裂弾の如くはじけ飛ぶ。

 

 

「……っ!」

 

 遠くへ離れ、槍と翼で身を守る。

 同時に襲いかかった痛烈な凍てつく風に押されて、思わずランサーは顔を覆う。

 そして直後に、周囲へ無数の炎が迫っていることに気がついた。

 

 ――避ける。

 槍で一部を切り払い、距離をとった。

 ランサーを押し返すことが目的だったのだろう、後方へ退く限りであれば追撃はない。

 

 ふと、下を見る。

 ありす達の姿が見えた。

 周囲には氷の室《むろ》。

 アレが先ほどの氷柱の破裂をありす達へ届けなかったのだろう。

 

 忌々しいことに、戦術すらも用いているというわけか。

 ランサーは舌打ちとともに慎二のすぐ前に着地、余裕に満ちた笑みを向けるキャスターを睨みつける。

 

 おそらくは向こうの狙い通りに――戦局は膠着していた。

 動くに動けない状況で――それが動くのは、メルトとBBの反応が必要だった。

 

「――お仲間は、苦戦を続けているようですが」

 

「今のアレはまったく役に立たないもの。安全策ではあったのだけど、おかげで散々ね」

 

 メルトの場合は彼女事態はエゴではなく、生身のまま。

 常に全力を投入できるわけであるが、それ故か、今のランサーに対する評価は、著しく低いものだった。

 

「ふふ、あはははは! なんとも無様ですよね、貴方、まだ終わらないんですか? 一応、ハイサーヴァント――神霊を大量に複合した、私の傑作なはずなんですけどねぇ」

 

「ふざけている暇があるのかしら。貴方のその気質は、まったくもって汚点よね。――反吐が出るわ」

 

「何を言っているのかしら。優位に立つ人間が、優位に立って何が悪いというんです? 貴方のそれは傲慢、私のそれは純然たる事実です」

 

 ――教えて差し上げましょうか、とBBはメルトへと手をかざす。

 未だレリーフの破壊は終わらず――けれども消滅の手応えは確かに合う。

 

 間に合え、間に合え、間に合えと。

 メルトはココロの奥底でそれを唱えた。

 ――それが、すでに精神面で押されていると理解しながら。

 

 結局のところ、そこに現れたBBはやはりゲームマスターであったのだ。

 ゲームを挑む相手ではなく、メルト自身を駒として、BBが遊ぶだけである。

 

 ――焦りが直感となり、BBの手が、その手の先の指揮棒が揺らめく。

 

 直後、

 

 

「――っっ!」

 

 

 メルトの身体に、妙な重りがかせられる。

 訪れたのは衝撃でもなければ、痛みでもなかった。

 体の奥底から沸き上がる“毒”。

 それを、メルトは始めて自覚したのだ。

 

「……何をしたというのかしら」

 

「“何もしていません”よ。何を言っているんです、そんな面倒なこと、私がするわけないじゃないですか」

 

 ――うまく身体が動かない。

 BBは動いた。

 メルトの反則を解除したのだ。

 ――それだけ、それ以上のことは何もしていない。

 

 それに、この感覚はメルト自身から沸き上がるものだ。

 

 外傷ではなく、もっと内的なもの。

 原因は間違いない、――殺生院キアラのプログラムだろう。

 

「いやいやまったく、悪辣ですよねぇ。存在するだけで周囲のレベル、言い換えれば“魂”を吸い取っていくウィルス。それをレリーフにぶつけることで破壊は確かに可能――ですが」

 

「……メルト自身のレベルすら蝕まれるってことかよ」

 

 少し離れて、戦闘の趨勢とメルト達の様子を見ていた慎二がつぶやく。

 

「ご名答、よくできましたねー。っと、そういうわけだからメルト、今の貴方ではそのウィルスに触れることすらできないでしょう? 自分のデータの奥底に、蓋をして押し込めて置く他にない。“そうなるように”あの魔性菩薩は手配したのでしょう?」

 

 ――想定内のことではある。

 キアラが“何も仕込んでいない”はずはない。

 だからこうも言える、“この程度で済んでいる”、と。

 

「――メルトリリス! ランサー! ここまでできれば上出来だ、撤退するぞ!」

 

「……しょうがないわね」

 

「言われなくとも!」

 

 メルトのレベルは喪失され続けているようだ。

 それを理解した上で、それが一体どういった現象なのか判断する必要がある。

 

「――BB、解っているだろうが、追ってくるなよ!」

 

 慎二は、それをBBに告げる。

 ――ありえないことだ。

 ここで追撃すれば、メルトリリスを屠ることも可能である。

 

 だのに、

 

「――――」

 

 BBはそれをしない。

 

 慎二もそれは解っている。

 BBは目先に囚われることはしないだろう、と。

 

 ――かくして、特性上現在は不死身であるランサーを殿として、三者は撤退を開始する。

 

 その最中、慎二が言った。

 

 

「――――ここへ突入可能な迷宮を閉じる、頼むぞ」

 

 

 それはすなわち、愛歌達へ開かれた迷宮の穴と呼べる部分を閉じる、ということであった。


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