ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
愛歌とセイバーがアーチャー相手に決戦を始めた。
セイバー単騎に任せることも可能だが、そこは迷宮の浅い部分。
ここから愛歌が進むには少し時間がかかりすぎるし、危険にも思える。
撤退事態は難しいことではないが、万が一を考えて――ここで、決着がつかないことを考えて。
愛歌はある決断をした。
曰く、“アーチャーをこの場で屠る”、と。
ちょうどその頃、慎二とランサー、そしてメルトリリスもまた、迷宮最深部ヘ向けて進撃を開始していた。
今回はランサーとメルトリリスのみではない。
慎二もまた同伴していた。
理由は単純、今回の件は殺生院キアラも動いている。
一応、彼女の協力のもとここまで来ているわけだが――あの怪物が何も仕掛けていないわけがない。
よってリスクを軽減するため、多少足手まといではあったとしても、慎二を連れて行くという選択をするのだ。
――相も変わらず、レリーフに晒された桜の肢体。
思わず慎二としては目を向けてしまいそうなものだが、全く興味なさげに、ランサー達に合図を送る。
「……頼む」
ランサーは油断なく構え敵の襲来に備える。
メルトリリスは先と変わらず、レリーフへと突撃だ。
それぞれ、頷き合って回想する。
今回はメルト単体での突撃ではなく、殺生院キアラのサポートを受けている。
その時の説明だ。
『――そちらのメルトリリスさんに仕込みを致します。あのレリーフの突破方法は、私であれば理解できることは、承知でしょう?』
明らかな罠の誘い。
どのような提案でアレ――すでに慎二達の意思は決まっていた。
『メルトさんは幸い桜さんのバックアップであるBBのエゴ。それを利用し、あのレリーフを破壊します。問題はそのフィードバックが直接メルトさんに襲いかかることですが――それは仔細ないでしょう?』
メルトリリスの行ったチートの一つ。
“彼女を傷つけてはならない”。
慎二としては、気に入らなくとも、戦う相手がゲームマスターであるが故、しょうがないと目をつむった事だ。
それを察知されているという事実はともかく、説明としては納得だ。
『BBに妨害されては意味がありませんが、それでも貴方の耐久力を鑑みれば、耐えることも可能でしょう』
そうして渡されたのが、端的に言えば“メルトリリスを桜に近づける”プログラム。
性質だとか、性格だとか。
そういったものを、データの上でだけ改変する特殊なコードキャストだ。
実際のところ、それはもはやメイガスとしてのレベルになるわけだが、今のウィザードとしての魔術はともかく、古来の魔術に疎い慎二では思い至らないことではあるが。
「――行くわよ」
メルトリリスが、そうランサーと慎二に告げ、そして。
ゆっくりと、桜のレリーフに手をかざし――
――直後、衝撃とともに手を引いた。
「……っ!?」
何かに妨害された。
故に、メルトは痛みを感じたのだ。
ありえないことだが、推測は立つ。
直接メルトに危害を与えるのではない、“メルトが痛いと感じる”という命令をメルトに送られただけ。
メルトリリスを傷つけられない、という不文律は、何も冒していない。
「おい、どうした!」
「……そうよね、対策なんて、していないはずないじゃない」
慎二の声を無視して、メルトは再び手をのばそうとする。
痛みに身体が悲鳴を与えるが、それは単なる幻覚だ。
無視してプログラムを起動させようとして――
「……そこまでよ、メルト」
鋭く、凍てつくような尖った声が、メルトリリスへ突き刺さる。
よく聞いた、BBの声だ。
メルトにとっての創造主。
間違いなく――ある種の天敵とも言える存在。
「……く、来たわね」
「勿論、来ないわけ無いでしょう? ……よくもやってくれたわね」
恨みつらみこもった声で、殺気すら込めてBBは睨む。
思わず慎二が――ランサーですらぞっとしてしまうような声だが、メルトはまったく動じていない。
メルトにとってBBは、この世で最も理解できる存在だ。
だから、何も怖くはない。
問題も、無い。
「……キャスター、そこのおバカさん達を抑えて。――メルトは私がやります」
「はぁーい、まっかせて?」
ついで、宙に浮かぶBBの足元に、二人の幼い少女が出現する。
ありすとキャスター。
二人で一人、物語のサーヴァントと、お伽話に踊る少女だ。
「ねぇ
「出てきて早々それかよ!」
「
黒のアリスが楽しげに笑い、ありすの前に一歩出る。
手元から炎と氷がそれぞれ現れ、BBは満足気に頷いた。
「やっちゃってくださいね? ――私は、そっちのバカなメルトをお仕置きしなくちゃ」
「あら、バカとは失礼しちゃうわね。バカを晒すのは貴方の方でしょう? 私どころか、急増でこしらえた手駒にすら裏切られて、残っているのは、衛士にもなれなかった出来損ない。もしくはムサイ男くらいかしら」
実に辛辣に、そして挑発的に、メルトはBBに罵声を浴びせる。
メルトにとってBBは単なる生みの親でしかない。
裏切るつもりなのは当然で、そもそれ以前にすら、BBの眼を盗み数多の反則行為に手を染めていた。
――その一つが、メルトリリスが得た無敵という特性。
BBはその裏をかいてきているけれど。
レリーフの崩壊は、少しずつ始まっている。
この牙城が崩れれば、勝利はメルトと慎二達のものだ。
――――睨み合うサクラ達。
その横で、ランサーとキャスターは、互いに全力でもって激突していた。
迫る槍、それを無数の氷の刃が弾いて防ぐ。
無数の炎が四方八方ランサーに迫り、彼女を遠くに縫い付ける。
接近が許されないのだ。
周囲を飛び回りながら、なんとか隙を探るも、突破口は見つからない。
困ったことに、今のランサーは十全の能力を発揮できていないのである。
今のランサーはエゴなのだ。
本体の四分の一程度の実力しか備わっていない。
そのために、非力なキャスターにすら苦戦している。
ランサー事態はステータスによる強さがすべてのサーヴァントではないものの、全力ではないというのは、この場において大きな枷となる。
それゆえにこれより前の戦闘ではキャスターとアーチャー、後方支援型の戦闘を得意としないサーヴァント二名に苦戦し、後れを取っていた。
「ランサー、多少無茶でも突っ込め、今のお前は死んでもまたエゴを作れる!」
「それでアンタに死なれたら何の意味もないじゃない! 勝利のためなら、アンタみたいなゴミは掃いて捨てても問題無いとでも!?」
互いに、命令とそれに対する反論。
慎二達は紛糾していた。
それでも、戦闘に支障が出ない程度に抑えてはいるのだが。
しかし、ここにもしも戦闘を得意とする、例えばカルナや騎士王などのサーヴァントがいれば、すでにランサーは屠られていただろうが。
「ちょこまかしちゃって、ネズミみたい!」
「ネズミみたーい」
対するキャスターとありすは実に楽しげに、物量でもってランサー達を追い詰める。
あちらはBBのバックアップを得ていた。
マスターとの契約もあってか、おそらくこの月の裏側で、もっとも強化されている表のサーヴァントであろう。
槍で無数の炎を弾いて、ようやくランサーはありす達の上を取る。
しかし、待ち受けていたのは無数の氷山。
高速で突き上げられた氷の槍を躱したがため、ありすをランサーは見失ってしまった。
なにせ、出来上がった氷の峰々は、ランサーの視界から、ありすを隠してしまうのだ。 こうなっては、慎二の言うとおり多少の無茶は致し方ない。
この中へ突入する――と、考えたところで、
「……逃げろ、ランサー!」
――慎二の言葉。
意図をとうまでもなく、身体は動いていた。
――――直後、積み上がった氷の山が、周囲へ炸裂弾の如くはじけ飛ぶ。
「……っ!」
遠くへ離れ、槍と翼で身を守る。
同時に襲いかかった痛烈な凍てつく風に押されて、思わずランサーは顔を覆う。
そして直後に、周囲へ無数の炎が迫っていることに気がついた。
――避ける。
槍で一部を切り払い、距離をとった。
ランサーを押し返すことが目的だったのだろう、後方へ退く限りであれば追撃はない。
ふと、下を見る。
ありす達の姿が見えた。
周囲には氷の室《むろ》。
アレが先ほどの氷柱の破裂をありす達へ届けなかったのだろう。
忌々しいことに、戦術すらも用いているというわけか。
ランサーは舌打ちとともに慎二のすぐ前に着地、余裕に満ちた笑みを向けるキャスターを睨みつける。
おそらくは向こうの狙い通りに――戦局は膠着していた。
動くに動けない状況で――それが動くのは、メルトとBBの反応が必要だった。
「――お仲間は、苦戦を続けているようですが」
「今のアレはまったく役に立たないもの。安全策ではあったのだけど、おかげで散々ね」
メルトの場合は彼女事態はエゴではなく、生身のまま。
常に全力を投入できるわけであるが、それ故か、今のランサーに対する評価は、著しく低いものだった。
「ふふ、あはははは! なんとも無様ですよね、貴方、まだ終わらないんですか? 一応、ハイサーヴァント――神霊を大量に複合した、私の傑作なはずなんですけどねぇ」
「ふざけている暇があるのかしら。貴方のその気質は、まったくもって汚点よね。――反吐が出るわ」
「何を言っているのかしら。優位に立つ人間が、優位に立って何が悪いというんです? 貴方のそれは傲慢、私のそれは純然たる事実です」
――教えて差し上げましょうか、とBBはメルトへと手をかざす。
未だレリーフの破壊は終わらず――けれども消滅の手応えは確かに合う。
間に合え、間に合え、間に合えと。
メルトはココロの奥底でそれを唱えた。
――それが、すでに精神面で押されていると理解しながら。
結局のところ、そこに現れたBBはやはりゲームマスターであったのだ。
ゲームを挑む相手ではなく、メルト自身を駒として、BBが遊ぶだけである。
――焦りが直感となり、BBの手が、その手の先の指揮棒が揺らめく。
直後、
「――っっ!」
メルトの身体に、妙な重りがかせられる。
訪れたのは衝撃でもなければ、痛みでもなかった。
体の奥底から沸き上がる“毒”。
それを、メルトは始めて自覚したのだ。
「……何をしたというのかしら」
「“何もしていません”よ。何を言っているんです、そんな面倒なこと、私がするわけないじゃないですか」
――うまく身体が動かない。
BBは動いた。
メルトの反則を解除したのだ。
――それだけ、それ以上のことは何もしていない。
それに、この感覚はメルト自身から沸き上がるものだ。
外傷ではなく、もっと内的なもの。
原因は間違いない、――殺生院キアラのプログラムだろう。
「いやいやまったく、悪辣ですよねぇ。存在するだけで周囲のレベル、言い換えれば“魂”を吸い取っていくウィルス。それをレリーフにぶつけることで破壊は確かに可能――ですが」
「……メルト自身のレベルすら蝕まれるってことかよ」
少し離れて、戦闘の趨勢とメルト達の様子を見ていた慎二がつぶやく。
「ご名答、よくできましたねー。っと、そういうわけだからメルト、今の貴方ではそのウィルスに触れることすらできないでしょう? 自分のデータの奥底に、蓋をして押し込めて置く他にない。“そうなるように”あの魔性菩薩は手配したのでしょう?」
――想定内のことではある。
キアラが“何も仕込んでいない”はずはない。
だからこうも言える、“この程度で済んでいる”、と。
「――メルトリリス! ランサー! ここまでできれば上出来だ、撤退するぞ!」
「……しょうがないわね」
「言われなくとも!」
メルトのレベルは喪失され続けているようだ。
それを理解した上で、それが一体どういった現象なのか判断する必要がある。
「――BB、解っているだろうが、追ってくるなよ!」
慎二は、それをBBに告げる。
――ありえないことだ。
ここで追撃すれば、メルトリリスを屠ることも可能である。
だのに、
「――――」
BBはそれをしない。
慎二もそれは解っている。
BBは目先に囚われることはしないだろう、と。
――かくして、特性上現在は不死身であるランサーを殿として、三者は撤退を開始する。
その最中、慎二が言った。
「――――ここへ突入可能な迷宮を閉じる、頼むぞ」
それはすなわち、愛歌達へ開かれた迷宮の穴と呼べる部分を閉じる、ということであった。