ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
身体に澱む毒の膿。
セイバーは、吐く息一つすら、細く、もろくなっていることを自覚した。
だんだんと衰弱する感覚――否、それは愛歌によって防がれる。
空間転移、切り替わる視界、相も変わらず毒に満ちたシャーウッドの森は、空間すべてを支配しているが――
それでも、幾分身体が軽くなる。
それでいい、愛歌の転移によって体の情報がリセットされた。
傷も、めまいも、すべてが一度、無に帰る。
真正面にアーチャーの姿。
油断なく構えた状態、しかし無手、――そんなはずはない。
彼は根っからの射手なのだ。
ただ格闘だけでセイバーに挑もうというはずもない。
すでにからくりは知れているのだ。
戦闘は、これまで幾度かの激突を終えている。
アーチャーが手を払い、そこから毒矢が射出される。
“弓が暗器とかしている”のだ。
顔のない王を、己が得物に括りつけ、透明化させている。
アーチャー自身の透明化が無意味なことは知れている、ならば、これは新たな形の搦手だ。
思い出されるのは、聖剣の鞘。
四人目の衛士を撃破し後に出陣した、蒼銀のセイバーが得物としていた“風王結界”だ。
騎士王の場合、それは間合いが測れないという利点があった。
アーチャーの場合はどうか、簡単である――狙いがどこに定められたのかわからないのである。
当然といえば当然か、アーチャーは常に切っ先をこちらにむける。
だが、それが何処にあるのか知れないのでは、真正面からの戦闘にして、隠遁に満ちた闇討ちの状況が発生する――!
意識を向けつつも、セイバーは身体を逸らすにとどめた、一歩引き、同時に構えるのだ。
その足元に――矢が迫る、更に一歩、後退させられた。
「っく――!」
連射、続く二の矢がセイバーに向けられる。
一度発射されてしまえばその狙いはすぐ知れる、しかしそれでは回避が精一杯になってしまうのだ。
ジリ貧、と言うのが但しだろうか。
ここでとどまってはいられない、すぐにでも先に進まなくてはならないのだが――
(落ち着きなさい、セイバー。今はまだ、決着をつける必要はない。目の前の一つを確実に終わらせるの)
ここですべてが終わると思っていない、愛歌はセイバーに呼びかける。
わかってはいる、だが、焦りは生まれる。
如何にするべきか――さらなる毒矢の強襲を前にして、セイバーは刹那、逡巡した。
この焦りは、アーチャーという搦手の手合を相手にする上で、どうしようもない感覚だ。
特に向こうが守り、時間稼ぎに集中している現状、どれだけこちらが優位であっても、“押しきれない”というのは当然、焦燥を加速させる。
ならば、それを利用するのが最適解だ。
ここはひとつ、打って出る。
――大丈夫、多少の無茶ならば、最愛のマスターがなんとかしてくれるはず。
(……頼むぞ、奏者よ!)
(ちょっと、私の無茶は咎めるのに、貴方はそれなの)
文句たらたらに、しかし愛歌は戦場に踊りでない。
セイバーが危険に陥った際、対応できないのは下策も下策。
任せようというのだ、信頼とともに。
そして、セイバーはアーチャーへと“真正面”から飛びかかる。
――な、と思わず愛歌が呆れを多分に含んだ上で驚愕し、緑衣のアーチャーは――
「――」
動じることなく、鋭い瞳を更に細める。
剣呑が満ち、戦局が揺れる。
迫るセイバー、そこにアーチャーの矢が見舞われた。
だが、構わない。
飛び上がり、足でそれを軽く払う、毒はない――先端はきっちりと避けていた。
しかし両者の真価が問われるのはここからだ。
「ぬぅ――!」
目を見開いたのは――セイバーだ。
無理もない、“突如としてアーチャーが迫ってくる”のだ。
迫る射手、接近戦などこれまで彼は仕掛けようとすらしなかったろうに。
――やはり、彼のマスターであったダン・ブラックモアの存在は、戦術に変化を見せるのか。
そも、この状況でまずいのは接近戦ではない。
“目に見えない弓”からの一撃だ。
ああして迫る拳から、矢が接近してくる可能性がある――!
(とすれば、回避は大仰にならざるを得ないか。しかしそれでは――)
(こうして突撃したことの意味が完全に消失する。さて、そうなると相手の思う壺、どうするのかしら?)
答える愛歌の声は実に冷静だ。
何か考えがあるのかもしれない。
だが、――それは必要ない、手がなければ愛歌に泣きつくほかないわけだが、あるのだから、必要ない。
(奏者はこの局面の切り札になりうる。故に、今はまだ座しておれ!)
(解ったわ)
――その言葉は、短かったけれども、セイバーには愛歌からの激励に思えた。
本人に全くその気はないだろうけれど――
応。
と、セイバーはそれを念話にせず、意識の中でだけ返した。
「はぁああああっ!」
言葉とともに、セイバーは更に“アーチャーの上を取る”。
大きく、飛び上がるのだ。
アーチャーには弓以外の得物はない。
ならばこうして上から後ろに回れば、向こうは行動に一手が更に必要な状況で、接近が可能となる――
「……残念でした」
それに、アーチャーは、呆れ顔で漏らす。
何事か――意識するよりも早く、セイバーは、自身の視界が切り替わったことを認識した。
「何っ!?」
同時、身体から毒の気配が一時遠退き、愛歌がセイバーを転移させたのだと理解する。
何故か、考えるまでもなかった。
アーチャーの後方、そこに緑の煙が巻き上がっていた。
爆炎――自然に擬態し吹き上がる、一種の地雷のようなものだった。
本来であれば己が受けるはずだった一撃、しかし、セイバーは今遠く離れた場所にいる。
であれば、あそこには愛歌が間違いなくいるはずだ。
彼女個人の転移ならともかく、セイバーを転移させる場合、愛歌はお互いの位置を入れ替えることしかできない。
「マスタァー!」
不安は無いが、思わず叫ぶ。
それは焦燥というよりも、言ってしまえば肝が冷えるというような感覚か。
「なんというか――片手落ち、中途半端といったところかしら」
その愛歌の言葉。
どこから聞こえるかなど憂慮は不要。
言葉の直後、緑の煙は炎に巻かれ、消し飛ばされる。
災禍はアーチャーを喰らおうと、そのまま直にくいかかる。
「……そいつはまた、アンタのサーヴァントの話かい?」
「貴方も、セイバーも、どっちもよ。セイバーはまぁ、別に構わないけれど――貴方の場合は、見る影もない、かしら」
アーチャーは即座に手を振るい毒矢を放つと、一気に後方へ退避する。
思い切り跳んで、しかし着地するよりも早く愛歌がその目前に現れた。
追走劇、愛歌の手のひらに毒の花弁、触れればアーチャーの敗北はほぼ確定。
とはいえ、それをむざむざと受けるアーチャーでもないが。
「そいつはまた、散々な評価だな。そもそもお前さん、俺のことなんかこれっぽっちも興味ねぇ感じだったろうが」
「貴方にはなくとも、ダン・ブラックモアにはあるのよ。――彼の不在が目につくの」
「……へぇ」
何やら含みのある声とともに、身を捩りアーチャーは回避、しかし愛歌が再び転移、今度は左方からアーチャーを狙う。
しかし、二手では遅い、既にアーチャーは着地、再び距離を取ろうと力をためていた。
「……っ!」
そこでセイバーが動いた。
別に呆けていたわけではない、機を伺っていたのだ。
好機到来、もしくは、ここで愛歌から距離を取らせるわけには行かないと、そう考える。
釘付けにする――!
セイバーはそのための楔となるのだ。
「はぁ――――!」
「おっとぉ!」
セイバーの剣を、アーチャーはギリギリで回避し後退する。
だが、バランスは崩した、そこへ愛歌が再びを毒を携え迫るのだ。
「……俺には、お前さんのその言葉が意外だよ。思わず腰が抜けちまいそうなくらい!」
「そうかしら」
「あぁそうさ。おいそこの暴君さんよ、――あのクソガキの迷宮からここまでの間に、一体何が合った」
――クソガキ、それはパッションリップだろうか。
ずいぶんな表現だが、まぁ、アーチャーからしてみれば全く間違ってはいないだろう。
「色々……あぁ、色々だろうさ!」
そしてそれは、セイバーとてすべてを知っているわけではない。
自分が知るのは無垢心理領域でのあれこれだが、それにしてもその時の自分は無意識故、若干記憶は曖昧である。
「そうかい……っと、わかっちゃいたが」
アーチャーは毒矢を放ち、愛歌を振り払う、しかし彼女は転移によりノータイムでの移動が可能。
再び現れるのは彼の直ぐそばだ。
当然、セイバーもアーチャーへと肉薄している。
両手に華と言った状況だが、片方は悪魔の様な女神、もう片方は彼の天敵たる暴君だ。
浮かぶのは、苦々しげな笑み、そこで半笑いなのは彼のあり方故か。
「――きついねぇ」
このままでは敗北は免れない。
ただでさえ、自分は愛歌に使役されるセイバーとくらべて一歩劣るサーヴァントなのだ。
そこに強敵沙条愛歌本人まで出張られては、勝利は難しい物になる。
「なら、さっさと諦めてここで切り伏せられてしまえばいいものを!」
「悪いね、あいにくと俺のとりえは、この美貌と――往生際の悪さだけなのさ!」
言葉とともに、アーチャーは自身の身体をマントで覆う。
驚愕のセイバー、アレは間違いない、顔のない王、アーチャーの有するもう一つの宝具――!
「させるか――!」
「止めるのは私の仕事なのだけどね」
愛歌が言葉とともに炎を振りかざす。
そも、アーチャーの顔のない王は愛歌には通用しない。
それでもここで使用してきたのは、セイバーを撹乱するため、愛歌の手を止めさせるため。
一瞬であれば、勝機は必ず生まれうる――
炎が、直線的に伸びてアーチャーを捉える。
明らかに火の手がまして、人型の影を燃やし包む。
「やったか!」
視線を鋭く細めるセイバー、油断はないが、それでも――
「マダよ」
愛歌にそう言われては、ゲンナリとせざるを得ない。
そして――
「――くらいな!」
声は、けれどその位置を知らせず、森のすべてに反響する。
炎から現れるのは――マントをまとった木の丸太、であれば本体は――
「上か!」
気配を感じ取り、見上げるセイバー。
しかし既に、イチイの木の上、アーチャーは矢をつがえ終えており――
セイバーでは、間に合わない。
目を細める。
この場の采配は、間違いなく二人の存在に絞られた。
愛歌が先にそれを止めるか、アーチャーが先にセイバーを仕留めるか。
どちらにせよこの一瞬でセイバーは愛歌の様子を確かめることはできない。
であれば――
しかし、
――それよりも早く、迷宮が震撼する。
揺れた。
あからさまに、嫌な音を立てて揺れだした。
それが“崩落”であることはすぐに知れる。
「――これは!」
構えを問いて周囲を見渡すアーチャー、見れば愛歌もまた同様に、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「シンジたちが迷宮を閉じたのね、これは逃げ切れそうにないわ」
「何!?」
否、驚いている暇もない。
迷宮が先細り始めている。
脱出は、どう考えても間に合わない――!
「……令呪か」
方法はある、愛歌一人であれば転移すればいい、しかしセイバーもとなれば、輸送を転移で行うにしても、工程は二倍に増える。
セイバーは愛歌と場所を入れ替えることでしか転移ができないのだから。
そして最も方法として確実なのは、セイバーが漏らしたとおり令呪だ。
しかし、
「使っていられないわ、こんな場所で」
言って愛歌は顔を上げる。
視線にアーチャーを捉え宣言するのだ。
「一時休戦と行きましょう、ここはシンジたちのフィールド、あなた達だって脱出できないはずよ。お互い、無駄な労力はかけるべきではないとおもうの」
それに、と続ける。
「これは“アレ”の思う壺にハマってる。それは絶対にゴメンだもの」
「――なるほど」
“アレ”といってアーチャーに伝わるだろうか。
まぁ、意図が伝われば推測は容易だが。
つまるところ殺生院キアラ、この状況を采配した黒幕だ。
「…………そうだな」
一瞬の逡巡、アーチャーに迷っている暇はなかった。
現在この迷宮はトラッシュとして破棄されようとしている。
ならば、どうすればよいか。
脱出のための方策、アーチャーならばそれを、間違いなく保有している。
つまり――この迷宮に大きな不可をかければいい。
例えばそれは、宝具のような極大のデータ量を有するもの――!
「少しばかり業腹だが、それでもこの状況なら妥協はするっきゃねぇってことか」
言葉とともに、アーチャーは弓を構えた。
未だそれは不可視ではあるが、その魔力のうねりは十分感じられる。
「…………とくと見よ! これぞ我らがドルイドの真髄!
かくして、無数のイチイの木が迷宮の通路へ、一列に出現する――!
「走れ!」
明らかに減退し始めた通路の消滅、愛歌達はアーチャーの言葉に従った。
そうして――
ランサーとメルトリリス、間桐慎二達の目論見は失敗に終わった。
それに便乗する形で迷宮に突入した愛歌も、成果は得られずに終わった。
一応、愛歌達は失うものも何もなかったわけだが、それでも。
――この状況は、完全にキアラの目論見通りの展開になったといえる。
故に、キアラに対する脅威度認識は、各陣営、この一戦により最大へと高められることとなる――