ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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61.サクラ迷宮の混迷

 身体に澱む毒の膿。

 セイバーは、吐く息一つすら、細く、もろくなっていることを自覚した。

 だんだんと衰弱する感覚――否、それは愛歌によって防がれる。

 空間転移、切り替わる視界、相も変わらず毒に満ちたシャーウッドの森は、空間すべてを支配しているが――

 

 それでも、幾分身体が軽くなる。

 それでいい、愛歌の転移によって体の情報がリセットされた。

 傷も、めまいも、すべてが一度、無に帰る。

 

 真正面にアーチャーの姿。

 油断なく構えた状態、しかし無手、――そんなはずはない。

 彼は根っからの射手なのだ。

 ただ格闘だけでセイバーに挑もうというはずもない。

 

 すでにからくりは知れているのだ。

 戦闘は、これまで幾度かの激突を終えている。

 

 アーチャーが手を払い、そこから毒矢が射出される。

 “弓が暗器とかしている”のだ。

 顔のない王を、己が得物に括りつけ、透明化させている。

 アーチャー自身の透明化が無意味なことは知れている、ならば、これは新たな形の搦手だ。

 

 思い出されるのは、聖剣の鞘。

 四人目の衛士を撃破し後に出陣した、蒼銀のセイバーが得物としていた“風王結界”だ。

 騎士王の場合、それは間合いが測れないという利点があった。

 アーチャーの場合はどうか、簡単である――狙いがどこに定められたのかわからないのである。

 

 当然といえば当然か、アーチャーは常に切っ先をこちらにむける。

 だが、それが何処にあるのか知れないのでは、真正面からの戦闘にして、隠遁に満ちた闇討ちの状況が発生する――!

 

 意識を向けつつも、セイバーは身体を逸らすにとどめた、一歩引き、同時に構えるのだ。

 その足元に――矢が迫る、更に一歩、後退させられた。

 

「っく――!」

 

 連射、続く二の矢がセイバーに向けられる。

 一度発射されてしまえばその狙いはすぐ知れる、しかしそれでは回避が精一杯になってしまうのだ。

 ジリ貧、と言うのが但しだろうか。

 ここでとどまってはいられない、すぐにでも先に進まなくてはならないのだが――

 

(落ち着きなさい、セイバー。今はまだ、決着をつける必要はない。目の前の一つを確実に終わらせるの)

 

 ここですべてが終わると思っていない、愛歌はセイバーに呼びかける。

 わかってはいる、だが、焦りは生まれる。

 

 如何にするべきか――さらなる毒矢の強襲を前にして、セイバーは刹那、逡巡した。

 この焦りは、アーチャーという搦手の手合を相手にする上で、どうしようもない感覚だ。

 特に向こうが守り、時間稼ぎに集中している現状、どれだけこちらが優位であっても、“押しきれない”というのは当然、焦燥を加速させる。

 

 ならば、それを利用するのが最適解だ。

 ここはひとつ、打って出る。

 ――大丈夫、多少の無茶ならば、最愛のマスターがなんとかしてくれるはず。

 

(……頼むぞ、奏者よ!)

 

(ちょっと、私の無茶は咎めるのに、貴方はそれなの)

 

 文句たらたらに、しかし愛歌は戦場に踊りでない。

 セイバーが危険に陥った際、対応できないのは下策も下策。

 任せようというのだ、信頼とともに。

 

 そして、セイバーはアーチャーへと“真正面”から飛びかかる。

 ――な、と思わず愛歌が呆れを多分に含んだ上で驚愕し、緑衣のアーチャーは――

 

「――」

 

 動じることなく、鋭い瞳を更に細める。

 剣呑が満ち、戦局が揺れる。

 

 迫るセイバー、そこにアーチャーの矢が見舞われた。

 だが、構わない。

 飛び上がり、足でそれを軽く払う、毒はない――先端はきっちりと避けていた。

 しかし両者の真価が問われるのはここからだ。

 

「ぬぅ――!」

 

 目を見開いたのは――セイバーだ。

 無理もない、“突如としてアーチャーが迫ってくる”のだ。

 迫る射手、接近戦などこれまで彼は仕掛けようとすらしなかったろうに。

 ――やはり、彼のマスターであったダン・ブラックモアの存在は、戦術に変化を見せるのか。

 

 そも、この状況でまずいのは接近戦ではない。

 “目に見えない弓”からの一撃だ。

 ああして迫る拳から、矢が接近してくる可能性がある――!

 

(とすれば、回避は大仰にならざるを得ないか。しかしそれでは――)

 

(こうして突撃したことの意味が完全に消失する。さて、そうなると相手の思う壺、どうするのかしら?)

 

 答える愛歌の声は実に冷静だ。

 何か考えがあるのかもしれない。

 だが、――それは必要ない、手がなければ愛歌に泣きつくほかないわけだが、あるのだから、必要ない。

 

(奏者はこの局面の切り札になりうる。故に、今はまだ座しておれ!)

 

(解ったわ)

 

 ――その言葉は、短かったけれども、セイバーには愛歌からの激励に思えた。

 本人に全くその気はないだろうけれど――

 

 応。

 

 と、セイバーはそれを念話にせず、意識の中でだけ返した。

 

「はぁああああっ!」

 

 言葉とともに、セイバーは更に“アーチャーの上を取る”。

 大きく、飛び上がるのだ。

 アーチャーには弓以外の得物はない。

 ならばこうして上から後ろに回れば、向こうは行動に一手が更に必要な状況で、接近が可能となる――

 

「……残念でした」

 

 それに、アーチャーは、呆れ顔で漏らす。

 何事か――意識するよりも早く、セイバーは、自身の視界が切り替わったことを認識した。

 

「何っ!?」

 

 同時、身体から毒の気配が一時遠退き、愛歌がセイバーを転移させたのだと理解する。

 何故か、考えるまでもなかった。

 アーチャーの後方、そこに緑の煙が巻き上がっていた。

 爆炎――自然に擬態し吹き上がる、一種の地雷のようなものだった。

 

 本来であれば己が受けるはずだった一撃、しかし、セイバーは今遠く離れた場所にいる。

 であれば、あそこには愛歌が間違いなくいるはずだ。

 彼女個人の転移ならともかく、セイバーを転移させる場合、愛歌はお互いの位置を入れ替えることしかできない。

 

「マスタァー!」

 

 不安は無いが、思わず叫ぶ。

 それは焦燥というよりも、言ってしまえば肝が冷えるというような感覚か。

 

「なんというか――片手落ち、中途半端といったところかしら」

 

 その愛歌の言葉。

 どこから聞こえるかなど憂慮は不要。

 言葉の直後、緑の煙は炎に巻かれ、消し飛ばされる。

 災禍はアーチャーを喰らおうと、そのまま直にくいかかる。

 

「……そいつはまた、アンタのサーヴァントの話かい?」

 

「貴方も、セイバーも、どっちもよ。セイバーはまぁ、別に構わないけれど――貴方の場合は、見る影もない、かしら」

 

 アーチャーは即座に手を振るい毒矢を放つと、一気に後方へ退避する。

 思い切り跳んで、しかし着地するよりも早く愛歌がその目前に現れた。

 追走劇、愛歌の手のひらに毒の花弁、触れればアーチャーの敗北はほぼ確定。

 

 とはいえ、それをむざむざと受けるアーチャーでもないが。

 

「そいつはまた、散々な評価だな。そもそもお前さん、俺のことなんかこれっぽっちも興味ねぇ感じだったろうが」

 

「貴方にはなくとも、ダン・ブラックモアにはあるのよ。――彼の不在が目につくの」

 

「……へぇ」

 

 何やら含みのある声とともに、身を捩りアーチャーは回避、しかし愛歌が再び転移、今度は左方からアーチャーを狙う。

 しかし、二手では遅い、既にアーチャーは着地、再び距離を取ろうと力をためていた。

 

「……っ!」

 

 そこでセイバーが動いた。

 別に呆けていたわけではない、機を伺っていたのだ。

 好機到来、もしくは、ここで愛歌から距離を取らせるわけには行かないと、そう考える。

 

 釘付けにする――!

 セイバーはそのための楔となるのだ。

 

「はぁ――――!」

 

「おっとぉ!」

 

 セイバーの剣を、アーチャーはギリギリで回避し後退する。

 だが、バランスは崩した、そこへ愛歌が再びを毒を携え迫るのだ。

 

「……俺には、お前さんのその言葉が意外だよ。思わず腰が抜けちまいそうなくらい!」

 

「そうかしら」

 

「あぁそうさ。おいそこの暴君さんよ、――あのクソガキの迷宮からここまでの間に、一体何が合った」

 

 ――クソガキ、それはパッションリップだろうか。

 ずいぶんな表現だが、まぁ、アーチャーからしてみれば全く間違ってはいないだろう。

 

「色々……あぁ、色々だろうさ!」

 

 そしてそれは、セイバーとてすべてを知っているわけではない。

 自分が知るのは無垢心理領域でのあれこれだが、それにしてもその時の自分は無意識故、若干記憶は曖昧である。

 

「そうかい……っと、わかっちゃいたが」

 

 アーチャーは毒矢を放ち、愛歌を振り払う、しかし彼女は転移によりノータイムでの移動が可能。

 再び現れるのは彼の直ぐそばだ。

 当然、セイバーもアーチャーへと肉薄している。

 両手に華と言った状況だが、片方は悪魔の様な女神、もう片方は彼の天敵たる暴君だ。

 浮かぶのは、苦々しげな笑み、そこで半笑いなのは彼のあり方故か。

 

「――きついねぇ」

 

 このままでは敗北は免れない。

 ただでさえ、自分は愛歌に使役されるセイバーとくらべて一歩劣るサーヴァントなのだ。

 そこに強敵沙条愛歌本人まで出張られては、勝利は難しい物になる。

 

「なら、さっさと諦めてここで切り伏せられてしまえばいいものを!」

 

「悪いね、あいにくと俺のとりえは、この美貌と――往生際の悪さだけなのさ!」

 

 言葉とともに、アーチャーは自身の身体をマントで覆う。

 驚愕のセイバー、アレは間違いない、顔のない王、アーチャーの有するもう一つの宝具――!

 

「させるか――!」

 

「止めるのは私の仕事なのだけどね」

 

 愛歌が言葉とともに炎を振りかざす。

 そも、アーチャーの顔のない王は愛歌には通用しない。

 それでもここで使用してきたのは、セイバーを撹乱するため、愛歌の手を止めさせるため。

 

 一瞬であれば、勝機は必ず生まれうる――

 

 炎が、直線的に伸びてアーチャーを捉える。

 明らかに火の手がまして、人型の影を燃やし包む。

 

「やったか!」

 

 視線を鋭く細めるセイバー、油断はないが、それでも――

 

「マダよ」

 

 愛歌にそう言われては、ゲンナリとせざるを得ない。

 そして――

 

 

「――くらいな!」

 

 

 声は、けれどその位置を知らせず、森のすべてに反響する。

 炎から現れるのは――マントをまとった木の丸太、であれば本体は――

 

「上か!」

 

 気配を感じ取り、見上げるセイバー。

 しかし既に、イチイの木の上、アーチャーは矢をつがえ終えており――

 セイバーでは、間に合わない。

 目を細める。

 この場の采配は、間違いなく二人の存在に絞られた。

 

 愛歌が先にそれを止めるか、アーチャーが先にセイバーを仕留めるか。

 どちらにせよこの一瞬でセイバーは愛歌の様子を確かめることはできない。

 であれば――

 

 しかし、

 

 

 ――それよりも早く、迷宮が震撼する。

 

 

 揺れた。

 あからさまに、嫌な音を立てて揺れだした。

 それが“崩落”であることはすぐに知れる。

 

「――これは!」

 

 構えを問いて周囲を見渡すアーチャー、見れば愛歌もまた同様に、ちらりとこちらへ視線を向けた。

 

「シンジたちが迷宮を閉じたのね、これは逃げ切れそうにないわ」

 

「何!?」

 

 否、驚いている暇もない。

 迷宮が先細り始めている。

 脱出は、どう考えても間に合わない――!

 

「……令呪か」

 

 方法はある、愛歌一人であれば転移すればいい、しかしセイバーもとなれば、輸送を転移で行うにしても、工程は二倍に増える。

 セイバーは愛歌と場所を入れ替えることでしか転移ができないのだから。

 そして最も方法として確実なのは、セイバーが漏らしたとおり令呪だ。

 しかし、

 

「使っていられないわ、こんな場所で」

 

 言って愛歌は顔を上げる。

 視線にアーチャーを捉え宣言するのだ。

 

「一時休戦と行きましょう、ここはシンジたちのフィールド、あなた達だって脱出できないはずよ。お互い、無駄な労力はかけるべきではないとおもうの」

 

 それに、と続ける。

 

「これは“アレ”の思う壺にハマってる。それは絶対にゴメンだもの」

 

「――なるほど」

 

 “アレ”といってアーチャーに伝わるだろうか。

 まぁ、意図が伝われば推測は容易だが。

 つまるところ殺生院キアラ、この状況を采配した黒幕だ。

 

「…………そうだな」

 

 一瞬の逡巡、アーチャーに迷っている暇はなかった。

 現在この迷宮はトラッシュとして破棄されようとしている。

 ならば、どうすればよいか。

 脱出のための方策、アーチャーならばそれを、間違いなく保有している。

 つまり――この迷宮に大きな不可をかければいい。

 

 例えばそれは、宝具のような極大のデータ量を有するもの――!

 

「少しばかり業腹だが、それでもこの状況なら妥協はするっきゃねぇってことか」

 

 言葉とともに、アーチャーは弓を構えた。

 未だそれは不可視ではあるが、その魔力のうねりは十分感じられる。

 

 

「…………とくと見よ! これぞ我らがドルイドの真髄! 祈りの弓(イー・バウ)ッ!!」

 

 

 かくして、無数のイチイの木が迷宮の通路へ、一列に出現する――!

 

「走れ!」

 

 明らかに減退し始めた通路の消滅、愛歌達はアーチャーの言葉に従った。

 

 そうして――

 

 ランサーとメルトリリス、間桐慎二達の目論見は失敗に終わった。

 それに便乗する形で迷宮に突入した愛歌も、成果は得られずに終わった。

 一応、愛歌達は失うものも何もなかったわけだが、それでも。

 

 ――この状況は、完全にキアラの目論見通りの展開になったといえる。

 故に、キアラに対する脅威度認識は、各陣営、この一戦により最大へと高められることとなる――


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