ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
考えても見れば、当然のことだ。
愛歌は“沙条綾香の最期”を見届けていない。
それをしたのは殺生院キアラなのだ。
あの時、目の前でキアラに襲撃された綾香を目にした直後、愛歌は意識を失った。
そしてその後は、“一瞬にして転移魔術を組み上げ”撤退したのだ。
故に、それから先のことを愛歌は知らない。
であれば、“キアラが何をしようとおかしくはない”のだ。
それが、これ。
加えていえば沙条綾香はくさっても魔術師なのだ。
その魔術回路がゴーストと化すのは、決しておかしな話ではない。
しかもその側には殺生院キアラがいて、彼女ならば、意図してゴーストを作り上げることは不可能ではないだろう。
だからこそ、目の前に沙条綾香の姿がある。
間違いなくそれは、愛歌が一度として忘れたことがない、意識にこびりついた姉の顔。
――――その顔が、絶望と虚無に濡れている。
「き、さ、――貴様ぁぁああああああ、そのものに何をしたぁぁぁああ!」
セイバーが吠える。
硬直した愛歌の言葉を己が変わりに飲み込んで。
その顔は憤怒、そしてそれ以上の劇場にまみれていた。
焦燥にも近い揺れ方をスル愛歌の瞳、恐慌状態のそれは、ふとセイバーを見やった。
知らない、自分は知らない。
こんな顔をするセイバーを、
――こんな感情を抱く自分を。
「あら、人を一人壊すのに何を、ということもないのではないですか? “大したことではない”ですわ。まさか、それを咎めるとでも?」
キアラは、本当に心底理解できないという顔で、水を差されたとでも言いたげに、不満そうに首をかしげる。
そして、
「――そんなことは、どうでもいいでしょう?」
これだけは解る。
――キアラは本気だ。
本気で、沙条綾香の“精神”に興味をいだいてすらいない。
彼女にとって、綾香はつまり、“愛歌が意識を向けている”という点だけが重要なのだ。
だから壊した――心底どうでもよくて、そして、そんな存在が――
「あぁですけれど、胸がすく思いでしたわ。コレは、してはならないことをした。受けるべき報いを受ける姿というのは、どうしてなかなか娯楽ではございません?」
――故に、気に入らない。
まったくもって、キアラは愛歌がキアラに向けるような殺意を、沙条綾香に向けているのだ。
それほどまでにキアラは綾香を怨んでいる。
「――――――――」
その姿は見るも無残に、言葉は永遠にその意図を失っていたとしても。
となりにぼんやりと浮かぶ綾香を、キアラは無造作に地面へ放り投げた。
触れるのも汚らわしいと言わんばかりに、足で蹴り飛ばし、
――蹴りつける。
「――ッッッッ!!」
叫ばなかった。
愛歌は、その瞬間爆発した
それ故に言葉がなかったのか、はたまたそれでもなお一線をこらえたのか。
どちらにせよ、その一瞬で、思い切り見開かれた愛歌の目が焦点を合わせた。
殺生院キアラに、向けられた。
「――巫山戯ないでくれる」
端的、故に強烈。
たった一言で、思わず隣に立つセイバーすら驚きを覚えるほどに――
大気が振れた。
「ふざける? それはこちらの台詞です。コレは、汚してはならないものを穢した。この世で最も罪深いもの。つまり――」
だから当然なのだと、キアラは綾香だった“誰か”を踏みつけ二度、三度、キアラのかかとがそれを踏みにじった。
もはや言葉も無い、愛歌はゆっくりと身体を落とした。
「――愛歌さん、貴方ですわ」
「……ふぅん」
「神が創りたもうた純粋無垢、この世すべてを混ぜ合わせても届かぬほどの白。それはすなわち揺れることのない絶対の全能――貴方は、そうであったはずなのです」
だのに、
「――この女は、それを穢した。一体何をどう謀ったのかは知りませんが、私はそれが許せない、――許せない」
ごす、
「――――許せない」
ごす、
「――――――――許せない」
――ごす。
鈍い音がした。
そしてそれも止み、
「そう、思うでしょう」
晴れやかな笑顔で、キアラは愛歌に問いかける。
返答は――
「――死ね」
もはや、そこに伴ったそれは感情ですらなかった。
一瞬で世界を溶かす炎のような激情は、もはや形にすらならず反転した。
凍りつく世界、気がつけばキアラの真正面に、愛歌が出現していた。
毒手、紫の花びらはその形を崩し、もはやそこに造形などありはしない。
ただ灼熱だけが、そこにある。
けれど、
「あら危ない」
――キアラは数歩後ろへ遠ざかる。
「――ぁ」
後方、怒りとともに状況を見守っていたセイバーが、そこで気がつく。
これは、まずい。
――――キアラの手のひらが伸ばされる。
視界に沙条愛歌の姿を捉え、手のひらにその全てを捕える。
手に入れた。
口元がそう、揺らいで。
愛歌は目を見開く。
アレは間違いなく――パッションリップの権能だ。
つまり、避けなければ潰される。
だが避ければ――――
判断は、できなかった。
「潰れなさいな」
端的な言葉。
勝ち誇ったようなそれ、勝利への確信とともに、キアラはスキルを起動させる。
トラッシュ&クラッシュ、あらゆるものを破壊しゴミへと変える必殺の腕。
愛歌は、それでもまだ、結論が出せず――
「――――奏者ぁぁぁあああああああああああああ!」
叫びとともに、後方から飛び出したセイバーによって抱えられ、その場から弾き飛ばされる。
ダメだ。
それは、ダメだ。
セイバーを見上げる。
彼女の身体は無理な駆動にきしんでいる。
刹那の間隙だ、愛歌の身体をクラッシュの射程から外すことしか叶わなかった。
故に、愛歌はそれを目撃することになる。
キアラの横を駆け抜けるセイバー、そして愛歌の視線の先、思わず手を伸ばす。
けれどもそれは届くことはなく――
――――既に沙条綾香でなかった何かは、一瞬にして圧縮された。
それを瞳が捉えた直後、愛歌はセイバーとともにもんどり打って地を転がった。
セイバーはなんとか愛歌を抱え衝撃から守る。
明滅する視界、愛歌はその一瞬、思考が止まるということを経験することとなる。
やがて、世界は静止した。
静寂の中で、愛歌は数秒の後、再起動する。
意識の隙間――そこに、にじみよる悪鬼がひとつ。
「ふふ、ふふふ。いかがでしょうか」
振り返り、キアラは大仰に両手を広げた。
それを見ながら、――その奥にある“それ”から必死に目を逸らしながら、愛歌は立ち上がる。
言葉はない、あの時と同じだ。
今の愛歌は停止している。
何かを見ているようで、けれども決してその瞳はそこにない。
――かつて、遠坂凛と始めて出会った時と、その様子は酷似していた。
「――――少しはマシな置物になったでしょう?」
言葉と共に、キアラは腰を落とす。
ゆっくりと愛歌の足は前へ向いた。
まるで何かにすがりつくように、
「な、待てマスター! それ以上前に出ては――!」
餌食になる。
誰もがそれを感じ取り――直後。
――――キアラの拳が、“セイバーに”突き刺さっていた。
「カ、ハ――」
何故、思うより速く、セイバーは吹き飛ばされ、迷宮の通路の端へ、叩きつけられる。
痛み――身体を痺れが支配する。
動かない、というのは直ぐに解った。
「意識がお留守ですわ。そも、そこの木偶とかした愛歌さんを屠るのであれば今の一撃である必要がない。故に、貴方に叩き込んだのです」
――それは、まったくもって合理的な理由であった。
自身の真横を駆け抜けて、セイバーへ一撃を見舞われてなお、愛歌はただ振り返り、空虚に瞳を揺らすだけ。
今もマダ、“いつでも殺せる”状況は変わらない。
加えてセイバーも、今の打撃で身体の勁を乱されていた。
「これで、しばらくは動けないはずですわ。――生憎と、二の打ちいらずとはいきませんが、それでも効果の程は、愛歌さんの毒に劣らないと自負しておりますので」
故に、もう一撃。
――キアラは更にセイバーへ拳を振りかぶる。
ぐしゃりと、鈍い音だけがした。
◆
「さて、こんなものでしょうか」
――まだ、セイバーは消えていない。
しかし、これ以上傷つけて、愛歌の意識を引き戻すことは避けたかった。
現在停止しているとはいえ、そのうち再起動するのが、沙条愛歌であるのだから。
「――おい、キアラ」
そこに、どこか怠惰に満ちた声がする。
――アンデルセン、キアラと契約したキャスターのサーヴァント。
「あら、何かしら」
「――トドメはさしておけ、そこの似非女神ならともかく」
そこの暴虐皇帝は――と口にしようとするのを、キアラが差し止めた。
しぃー、と口元に人差し指を当ててみせる。
「必要ありませんわ。――今は、愛歌さんです。あぁ、速くこの手でなぶって差し上げませんと」
そも、何故そこまでする必要があると、キアラは嘆息だ。
セイバーは動けない。
少なくとも、もう戦闘など不可能なほどに傷めつけたのだ。
それでも立ち上がるならともかく、それはありえない、手応えが確かにそう言っている。
「……そうか」
ならばいい、とアンデルセンは溜息とともに、視線を外す。
興味はない――悪趣味ではあるが、アンデルセンとしては文句を言うつもりもないのだから。
「さて、では味見をする前に――念には念を入れておくことといたしましょう」
言葉の後、キアラはゆっくりと愛歌へ近づき、真正面から向かい合う。
上向く視線――けれども、それ以上のものはなかった。
故に、
――愛歌の腹部に、キアラは無造作に拳を一発叩き込んだ。
「ぐ」
音の乗った息が漏れ、愛歌はその場に崩れ落ちた。
気功を乱したわけではない、あくまでただ殴りつけただけ。
キアラにとって、愛歌は愛でるもの、殺してしまっては本末転倒だ。
そしてここで、勝利の確定した状況で、それを見誤るほどキアラも愚かではない。
だが、気分が高揚していないといえばそれは間違いなく嘘になる。
それほどまでに、自分を抑えられる気がしない。
ようやく、ようやくここまで来たのだ。
手の中には意識を失った沙条愛歌。
――無垢なる乙女は、こうして単なる人形となってしまえば、愛らしい姿をしているのだ。
今はその中身は滲んで歪み、無残にも本来あるべき形はねじまがってしまっているが。
それを治すのがキアラの使命、今もこうして生きながらえる意義なのだ。
「あぁ――愛していますわ、私の女神《ディナー》。何よりも愛らしい、私の全て」
心底爛れた愛欲でもって、キアラは睦言を言葉にしてみせる。
それほどの存在なのだ。
キアラは始めて沙条愛歌を見た時、本当の美というものを知った。
それを愛する心を知った。
キアラは己のために、世界のすべてを愛したくて仕方がない。
その中に、その奥底に、“これ”が存在していると理解したのだ。
無限の根源。
沙条愛歌。
――何よりも、純白でもって造られた花。
「貴方のためならば、私は世界を敵に回しても構わないのです」
そうやって、キアラは愛歌を抱きしめる。
その抱擁はさながら天使の祝福のようで、また、悪魔が耳元で甘言を囁くかのようでもあった。
愛歌の腰に手を回し、ゆっくりとそれをなで上げる。
やわらかな肌を堪能し、その暖かさもまた、手のひらから胸の奥へと伝えていく。
あぁ、なんと甘美な時間であろうか。
――これほどまでの幸せは、この世に存在しうるのだろうか。
いいや、マダだ。
自分には使命がのこされている。
あの“ゴミクズ”によって汚れてしまった愛歌を、無垢なる白に戻さなくてはならない。
純潔を、結び直さなくてはならないだろう。
そう考えたところで――
「おい、ちょっと待てよ――――キアラ」
現れる。
声がした。
少年の、声。
「あら……もう、戻ってきたのですね」
意外。
――果たして、いかなる手品を秘めていたというのだろう。
ゆっくりと愛歌を離し、その場に寝かせる。
――上から少し魔術をかけて、彼女をこの場から隔離した。
決して疵など、負わせてよいものではないのだから。
とはいえ、身体自体はまだこの場にあるのだけれど。
そして、ゆっくりと“彼”の方へ意識を傾けた。
そこには、――憤怒に揺れる、間桐慎二の姿があった。
側にはランサーと、アーチャーにキャスター達。
――対殺生院キアラ、二つ目のラウンドが幕を開けようとしていた。