ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「――僕は、沙条を全力で倒したい。今度こそ、僕が如何に天才かってことを、沙条に教えてやるさ」
――マイルーム。
決戦前夜、ぽつりとライダーへ慎二は語る。
「うん、なんかしっくり来たな。悩むとか、迷うとか、そういうのは僕のやるべきことじゃないしね。僕は常に最強の、ヒーローみたいな主人公なのさ」
そうやって慎二はいつもと同じように、しかしどこか幼さの見える笑みを浮かべた。
「何だい? 自分は主人公だ、だなんて。詐欺でも始めるつもりかい?」
そんな慎二を、ライダーは茶化すように言う。
いつもの慎二なら、怒りでもって顔を歪めることだろう。
だが、
「は? 何いってんの? ライダーもつまんないこと言うよね。僕が詐欺師とか、全然笑えないんですけど?」
慎二はむしろ、余裕すら感じさせる言葉で、罵倒に近い言葉を連ねる。
「……なんだ、驚いた」
心底意外そうに、ライダーはそう呟く。
実際、それはもう腰を抜かすほど、いつもの彼女の軽口は、完全に消え失せていた。
「なんていうか、アレだよ。まぁ、愛歌だしさ。――できることは、しなくちゃって」
「――へぇ」
慎二は、実に単純な、歳相応の声音で言った。
関心したようにつぶやくと、ライダーは立ち上がって慎二に近づく。
ぼんやりと信じが見上げると――ぽん、と彼の頭にライダーの右手が載せられた。
「見なおしたよ、シンジ。アンタがそんな事言い出すなんてねぇ。最初に会った時は、全く考えもしなかった」
「何? 今更僕の魅力に気づいちゃってるの? お前、ほんっと遅れてるよね」
時代錯誤もいいところっていうか。
そう、やれやれと言った調子で慎二は嘆息する。
「やれやれはこっちさね。しかし、実に小悪党なマスターで、どうしようかと思ったけども、うん、いい顔をするようになった。――いいさ、マスター、アンタのために、アタシも全力を尽くそうじゃないか」
「え? また金をせびるのか? ったく、面倒なことさせるよな、お前も」
「いいや、違うさ」
勿論、好きなだけ慎二は黄金をハッキングで作り出すことができる。
――それを浴びるようにするのも、また良いだろう。
だが、今はそれ以上のものが、ライダーには見えている。
「――出世払い、この世で一番の宝を、報酬として貰うのさね」
この世に唯一つの宝。
否、宝すらも想像する究極の願望機。
なるほど――ライダーも、随分洒落の聞いたことを言ってくれる。
慎二は笑った。
大層楽しげに、手を叩いて笑った。
ライダーと慎二、両名の覚悟の行く末は定まった。
今より少し前――戦い前夜の、二人の話。
◆
そして、
ライダーは今、勝利へと手を伸ばしている。
慎二が相対する事になるであろう最大の敵。
その片割れをこの場で仕留めて見せるのだ。
自身の手で、慎二の願いによって。
だから、チェックメイト。
――沙条愛歌は、詰んだのだ。
そう、考えた。
時間が静止していた。
既に時の歩みを止めたこの沈没船で、しかし未だ生ある者達。
その者達もまた、その一瞬は、完全に停止セざるを得なかったのだ。
ライダーが手を伸ばし、慎二の
手にすっぽりと収まった実に馴染む感覚。
それでもって、絶対に回避できない位置、そしてタイミングで愛歌に銃口を向け、銃弾を放つ。
なにせそれはもはや一秒ですら無かったのだ。
如何にサーヴァントの戦闘に対応できる愛歌と言えど、令呪を要いたバックアップを受けるサーヴァントの瞬間移動に、対応できるはずもない。
故に、詰み。
沙条愛歌は負けたのだ。
――それは、愛歌すら認めざるを得ない。
「……本当に“やってくれた”わね」
まさか、コレほどとは、――コレばかりは、愛歌の予測をライダー達は上回った。
「――奏者よ」
セイバーが、その場に立ち尽くし呼びかける。
ふふ、と愛歌はそれを宥めるように笑う。
「いいのよ、セイバー。これはわたしのミス。わたしの手落ち。貴方は何も悪く無いわ。本当に、認識が甘かったのね」
まったくしょうが無いとばかりに、それは苦笑いに近かった。
「――でも」
――――それはすぐに、
「――――――――勝負は、わたしの勝ちね」
狂気に近い、笑みへと変じた。
――目前には、ライダー。
「……」
勝ち誇ったように笑みを浮かべながら。
――停止していた。
「…………やって、くれたね」
するりと、彼女の手のひらから拳銃が落ちた。
なんとか、ぽつりともはや笑みすら浮かべる余裕もなく、がくりとその場にうなだれる。
それを愛歌の手が支えた。
――否、元より愛歌の手は添えられていたのだ。
ライダーに触れて、いたのだ。
そこにはコードキャスト。
触れたものに消去のプログラムを与える“
――――手のひらの毒。
これをモロに浴びれば、さしものサーヴァントとて、再び行動が可能となるには、数分を要する。
一秒が生死を分ける戦闘で、それはつまり、受けた者の敗北を意味していた。
「この距離だもの、“避けようがない”わよね?」
まるでこの状況を作ったライダーを皮肉るように、愛歌は告げる。
「いえむしろ、貴方から“当たりに来た”のだから、当然のことよね」
実に愛歌は楽しげに笑ってみせる。
――本来であれば当たるはずもない魔術。
そして、状況。
あの場に置いて、ライダー達は完璧であった。
負ける要素など何一つ無い、ライダー達の勝利であったのだ。
“それ”がここでライダーに“触れて”いるのは単純。
ライダーが“出現”する場所に、最初から愛歌が手を添えていたからだ。
「まさか、読めないとでも思ったかしら。あの状況、“コレ以外に選択肢はない”はずよ。だから、むしろ読めない訳がない。――まぁ、わたしでもなければ倒せたかも?」
――そう、全て。
全て愛歌はこの状況を読み切っていた。
ライダーの曲刀も、星の開拓者も、慎二のコードキャストも――
――――令呪すらも。
この勝敗は、既に愛歌には決定していたものだった。
それをセイバーに伝えるのが遅れたために、セイバーは虚を突かれたようではあるが。
愛歌自身は最初から確信していた。
――己の勝利を。
唯一、その性能を確かめられない不確定要素であった令呪に、愛歌は驚きを覚えてたのであるが。
「最初から、アタシらはアンタの手のひらの上だった、っていうわけかい」
「まぁ、確かに強くはあるけれど、手法が王道過ぎると思うの。搦手すら、まるで教科書でも見ているようだったわ」
もしも、王道以上の戦い方を慎二が身につけていれば、もっと愛歌は苦戦していたかもしれない。
それでも、負けは無いだろうと断言するが。
「――セイバー、やりなさい」
声をかける。
その場に“立ち尽くしていた”セイバーが、剣を振り上げる。
それはさながら斬首の処刑人。
「……済まないな、ライダー。決着が、このような形になってしまった」
「余計な情けは不要さね。負けるとは思っていなかった――そしてアタシ達は、もう負けてるのさ」
――これはせめてもの情けだろう。
そう、ライダーは自嘲気味に笑い――そして。
セイバーの一突が、彼女の霊核を、破壊した。
◆
戦闘は終了し、愛歌と慎二、ライダーとセイバーの前に障壁が出現する。
愛歌の空間転移ですら踏み込むことは不可能な、空間と空間を隔てる壁。
「私たちの勝ちね――行きましょう? セイバー」
「……うむ、そうだな」
勝者は、沙条愛歌とそのサーヴァント。
敗者は――
「…………負けた、のか」
間桐慎二と、そのサーヴァント。
自身の消失を彼は感じた。
同時、愛歌は慎二に背を向け、その場を離れようとする。
――迷った。
声をかけるべきか。
この場に興味を喪った勝者に、これ以上何かを求めるのか。
だが、
「そういえば、――“慎二”。あなた、随分強くなったのね」
思い出したように、愛歌はそう告げる。
全く何の感慨も無く、しかし故にこそ、一切嘘偽りのない声で。
――それを最後に、愛歌はその場から消え失せた。
「……はは、ははは」
乾いた笑い声を上げながら、耐え切れずその場に倒れこむ。
もはや身体は動かない、感覚が無いのは百も承知。
しかし何よりも、――無力に対する感情のほうが、慎二には強かった。
隣に、ふと、ライダーの姿が見える。
彼女はその場に立ったまま、身体を霧散させようとしている。
「なんだよ、負けちまったのに、全然悔しそうには見えないね。アタシはこんなに悔しいってのにさ」
ライダーは、随分と弾んだ声で慎二に問いかける。
顔にも、慎二のそれとよく似た、苦い笑いが浮かんでいる。
「悔しいさ。悔しいに決まってるだろ。この僕が、こんな所で負けるんだぜ? くそ、くそ、これも全部お前のせいだ。もうちょっとあいつを警戒していれば――」
「無理をイイなさんな。あの時はアレで限界さ、それに、思ってもないことを言うんじゃないよ。こんな時に」
敵わないなぁ、と慎二は思う。
――思い返せば、ライダーは常に慎二とともにいた。
たった七日間、ほんとうに短い付き合いではあったけれども、彼女は皮肉を飛ばしながらついてきた。
あの態度は、決して行儀の良いサーヴァントではなかっただろう。
随分と、ハズレを引かされたものだ。
けれど――
「――ありがとな。お前、さいっこうのサーヴァントだったよ」
「――――」
ライダーは、慎二の言葉に思わず目を見開いて。
「ハハ、ハハハ――ハハハハハ! おかしなことを言うねぇ慎二! アタシはあいつに劣っていたよ、あの赤いセイバーに。それでも、アタシを最高と言うのかい?」
「……そういえばそうだ。じゃあ、世界で二番目のサーヴァントだな」
「言ったね、こいつ」
そうして――二人は、大層愉快そうに笑いあった。
転げまわるくらいに――二人の体はもう、ほとんど身体の機能を失っていたけれど。
もう人生において、これ以上無いというくらい、両者は笑みを“分かち合う”。
それは、ライダーがかつて己が仲間たちと駆け抜けた日常の証。
慎二に共有され、そしてライダーに承認された、二人にだけ許されたこと。
そして。
「――――」
ライダーは、何かを口にしようとした。
それが何であるかはわからない。
彼女の口は、もう消滅に飲み込まれていたから。
ただ、自分自身の満足を告げているように思えた。
慎二のことを、励ましているようにも思えた。
結局それが何であるかは、慎二は想像するしかないのだが。
もう、彼女の形すら、慎二には――――
それが、最後だった。
ライダーは跡形も残らず消滅した。
かくして、間桐慎二はたった一人で戦場に残される。
もう世界には、慎二一人しか存在しない。
まるで、それがこの世の終わりであるかのように。
「――僕、死ぬんだな」
ぽつりと慎二がそう言った。
少しだけ寂しそうに、今にも泣き出しそうな顔で、けれども決して涙は流さずに。
「結局、最後までホンモノには届かなかった。沙条にしろ、レオにしろ、遠坂にしろ――僕は、あいつらには届かない」
あぁ、まったくもってそれは悔しい。
涙で顔が歪みそうになる。
それでも歪めず、それでも耐えきれそうになく。
「そうだよ、僕、何もできてないじゃん。あのゲームだって、結局一位になれなかったし、沙条には最後まで勝てなかった。負けだ、負けだよ、畜生、悔しいな」
既に決戦場を後にした、愛歌達のいた場所に目を向ける。
それから自分の身体にも目を向けようとして、もう、視線すら動かないことに、そこで気がついた。
最後に、間桐慎二は沙条愛歌を目で追った。
偶然ではあるけれど、何だかそれは――――
「でも、もう沙条もいないんだ。これくらいは言ってもいいよな」
言葉すら薄れていく感覚の中で。
自我が急速に凍りついていく死の中で。
間桐慎二は、絶対に告げられない、けれど、いつかは告げてしまいたかった思いを語る。
「沙条。僕は、お前のことが――――――――――――――――」
言葉は、そこまでだった。
それはきっと、間桐慎二の戦いの終わり。
想いの結末。
やがて誰もがいなくなり、――――第一回戦は、終了した。
かくして一回戦は決着――間桐慎二の物語はここでおしまい。
もしも続きがあるとしたら、それは月ですら観測できない、例外処理の中のことでしょう――
というわけで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回から第二回戦です。お楽しみに。