ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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11.想いの結末

「――僕は、沙条を全力で倒したい。今度こそ、僕が如何に天才かってことを、沙条に教えてやるさ」

 

 ――マイルーム。

 決戦前夜、ぽつりとライダーへ慎二は語る。

 

「うん、なんかしっくり来たな。悩むとか、迷うとか、そういうのは僕のやるべきことじゃないしね。僕は常に最強の、ヒーローみたいな主人公なのさ」

 

 そうやって慎二はいつもと同じように、しかしどこか幼さの見える笑みを浮かべた。

 

「何だい? 自分は主人公だ、だなんて。詐欺でも始めるつもりかい?」

 

 そんな慎二を、ライダーは茶化すように言う。

 いつもの慎二なら、怒りでもって顔を歪めることだろう。

 

 だが、

 

「は? 何いってんの? ライダーもつまんないこと言うよね。僕が詐欺師とか、全然笑えないんですけど?」

 

 慎二はむしろ、余裕すら感じさせる言葉で、罵倒に近い言葉を連ねる。

 

「……なんだ、驚いた」

 

 心底意外そうに、ライダーはそう呟く。

 実際、それはもう腰を抜かすほど、いつもの彼女の軽口は、完全に消え失せていた。

 

「なんていうか、アレだよ。まぁ、愛歌だしさ。――できることは、しなくちゃって」

 

「――へぇ」

 

 慎二は、実に単純な、歳相応の声音で言った。

 関心したようにつぶやくと、ライダーは立ち上がって慎二に近づく。

 ぼんやりと信じが見上げると――ぽん、と彼の頭にライダーの右手が載せられた。

 

「見なおしたよ、シンジ。アンタがそんな事言い出すなんてねぇ。最初に会った時は、全く考えもしなかった」

 

「何? 今更僕の魅力に気づいちゃってるの? お前、ほんっと遅れてるよね」

 

 時代錯誤もいいところっていうか。

 そう、やれやれと言った調子で慎二は嘆息する。

 

「やれやれはこっちさね。しかし、実に小悪党なマスターで、どうしようかと思ったけども、うん、いい顔をするようになった。――いいさ、マスター、アンタのために、アタシも全力を尽くそうじゃないか」

 

「え? また金をせびるのか? ったく、面倒なことさせるよな、お前も」

 

「いいや、違うさ」

 

 勿論、好きなだけ慎二は黄金をハッキングで作り出すことができる。

 ――それを浴びるようにするのも、また良いだろう。

 だが、今はそれ以上のものが、ライダーには見えている。

 

 

「――出世払い、この世で一番の宝を、報酬として貰うのさね」

 

 

 この世に唯一つの宝。

 否、宝すらも想像する究極の願望機。

 なるほど――ライダーも、随分洒落の聞いたことを言ってくれる。

 

 慎二は笑った。

 大層楽しげに、手を叩いて笑った。

 

 

 ライダーと慎二、両名の覚悟の行く末は定まった。

 

 

 今より少し前――戦い前夜の、二人の話。

 

 

 ◆

 

 

 そして、

 

 ライダーは今、勝利へと手を伸ばしている。

 慎二が相対する事になるであろう最大の敵。

 その片割れをこの場で仕留めて見せるのだ。

 自身の手で、慎二の願いによって。

 

 だから、チェックメイト。

 

 

 ――沙条愛歌は、詰んだのだ。

 

 

 そう、考えた。

 

 時間が静止していた。

 既に時の歩みを止めたこの沈没船で、しかし未だ生ある者達。

 その者達もまた、その一瞬は、完全に停止セざるを得なかったのだ。

 

 ライダーが手を伸ばし、慎二の号令(のぞみ)によって掴んだ拳銃。

 手にすっぽりと収まった実に馴染む感覚。

 

 それでもって、絶対に回避できない位置、そしてタイミングで愛歌に銃口を向け、銃弾を放つ。

 なにせそれはもはや一秒ですら無かったのだ。

 如何にサーヴァントの戦闘に対応できる愛歌と言えど、令呪を要いたバックアップを受けるサーヴァントの瞬間移動に、対応できるはずもない。

 

 故に、詰み。

 沙条愛歌は負けたのだ。

 

 ――それは、愛歌すら認めざるを得ない。

 

「……本当に“やってくれた”わね」

 

 まさか、コレほどとは、――コレばかりは、愛歌の予測をライダー達は上回った。

 

「――奏者よ」

 

 セイバーが、その場に立ち尽くし呼びかける。

 ふふ、と愛歌はそれを宥めるように笑う。

 

「いいのよ、セイバー。これはわたしのミス。わたしの手落ち。貴方は何も悪く無いわ。本当に、認識が甘かったのね」

 

 まったくしょうが無いとばかりに、それは苦笑いに近かった。

 

 

「――でも」

 

 

 ――――それはすぐに、

 

 

「――――――――勝負は、わたしの勝ちね」

 

 

 狂気に近い、笑みへと変じた。

 

 

 ――目前には、ライダー。

 

「……」

 

 勝ち誇ったように笑みを浮かべながら。

 

 ――停止していた。

 

「…………やって、くれたね」

 

 するりと、彼女の手のひらから拳銃が落ちた。

 

 なんとか、ぽつりともはや笑みすら浮かべる余裕もなく、がくりとその場にうなだれる。

 それを愛歌の手が支えた。

 ――否、元より愛歌の手は添えられていたのだ。

 ライダーに触れて、いたのだ。

 

 そこにはコードキャスト。

 触れたものに消去のプログラムを与える“(バグ)”。

 ――――手のひらの毒。

 

 これをモロに浴びれば、さしものサーヴァントとて、再び行動が可能となるには、数分を要する。

 一秒が生死を分ける戦闘で、それはつまり、受けた者の敗北を意味していた。

 

「この距離だもの、“避けようがない”わよね?」

 

 まるでこの状況を作ったライダーを皮肉るように、愛歌は告げる。

 

「いえむしろ、貴方から“当たりに来た”のだから、当然のことよね」

 

 実に愛歌は楽しげに笑ってみせる。

 ――本来であれば当たるはずもない魔術。

 

 そして、状況。

 あの場に置いて、ライダー達は完璧であった。

 負ける要素など何一つ無い、ライダー達の勝利であったのだ。

 

 “それ”がここでライダーに“触れて”いるのは単純。

 ライダーが“出現”する場所に、最初から愛歌が手を添えていたからだ。

 

「まさか、読めないとでも思ったかしら。あの状況、“コレ以外に選択肢はない”はずよ。だから、むしろ読めない訳がない。――まぁ、わたしでもなければ倒せたかも?」

 

 ――そう、全て。

 

 全て愛歌はこの状況を読み切っていた。

 

 ライダーの曲刀も、星の開拓者も、慎二のコードキャストも――

 

 ――――令呪すらも。

 

 この勝敗は、既に愛歌には決定していたものだった。

 それをセイバーに伝えるのが遅れたために、セイバーは虚を突かれたようではあるが。

 愛歌自身は最初から確信していた。

 

 ――己の勝利を。

 

 唯一、その性能を確かめられない不確定要素であった令呪に、愛歌は驚きを覚えてたのであるが。

 

「最初から、アタシらはアンタの手のひらの上だった、っていうわけかい」

 

「まぁ、確かに強くはあるけれど、手法が王道過ぎると思うの。搦手すら、まるで教科書でも見ているようだったわ」

 

 もしも、王道以上の戦い方を慎二が身につけていれば、もっと愛歌は苦戦していたかもしれない。

 それでも、負けは無いだろうと断言するが。

 

「――セイバー、やりなさい」

 

 声をかける。

 その場に“立ち尽くしていた”セイバーが、剣を振り上げる。

 それはさながら斬首の処刑人。

 

「……済まないな、ライダー。決着が、このような形になってしまった」

 

「余計な情けは不要さね。負けるとは思っていなかった――そしてアタシ達は、もう負けてるのさ」

 

 ――これはせめてもの情けだろう。

 そう、ライダーは自嘲気味に笑い――そして。

 

 

 セイバーの一突が、彼女の霊核を、破壊した。

 

 

 ◆

 

 

 戦闘は終了し、愛歌と慎二、ライダーとセイバーの前に障壁が出現する。

 愛歌の空間転移ですら踏み込むことは不可能な、空間と空間を隔てる壁。

 

「私たちの勝ちね――行きましょう? セイバー」

 

「……うむ、そうだな」

 

 勝者は、沙条愛歌とそのサーヴァント。

 敗者は――

 

「…………負けた、のか」

 

 間桐慎二と、そのサーヴァント。

 

 自身の消失を彼は感じた。

 同時、愛歌は慎二に背を向け、その場を離れようとする。

 

 ――迷った。

 声をかけるべきか。

 この場に興味を喪った勝者に、これ以上何かを求めるのか。

 

 だが、

 

 

「そういえば、――“慎二”。あなた、随分強くなったのね」

 

 

 思い出したように、愛歌はそう告げる。

 全く何の感慨も無く、しかし故にこそ、一切嘘偽りのない声で。

 

 ――それを最後に、愛歌はその場から消え失せた。

 

「……はは、ははは」

 

 乾いた笑い声を上げながら、耐え切れずその場に倒れこむ。

 もはや身体は動かない、感覚が無いのは百も承知。

 しかし何よりも、――無力に対する感情のほうが、慎二には強かった。

 

 隣に、ふと、ライダーの姿が見える。

 彼女はその場に立ったまま、身体を霧散させようとしている。

 

「なんだよ、負けちまったのに、全然悔しそうには見えないね。アタシはこんなに悔しいってのにさ」

 

 ライダーは、随分と弾んだ声で慎二に問いかける。

 顔にも、慎二のそれとよく似た、苦い笑いが浮かんでいる。

 

「悔しいさ。悔しいに決まってるだろ。この僕が、こんな所で負けるんだぜ? くそ、くそ、これも全部お前のせいだ。もうちょっとあいつを警戒していれば――」

 

「無理をイイなさんな。あの時はアレで限界さ、それに、思ってもないことを言うんじゃないよ。こんな時に」

 

 敵わないなぁ、と慎二は思う。

 

 ――思い返せば、ライダーは常に慎二とともにいた。

 たった七日間、ほんとうに短い付き合いではあったけれども、彼女は皮肉を飛ばしながらついてきた。

 あの態度は、決して行儀の良いサーヴァントではなかっただろう。

 

 随分と、ハズレを引かされたものだ。

 けれど――

 

「――ありがとな。お前、さいっこうのサーヴァントだったよ」

 

「――――」

 

 ライダーは、慎二の言葉に思わず目を見開いて。

 

「ハハ、ハハハ――ハハハハハ! おかしなことを言うねぇ慎二! アタシはあいつに劣っていたよ、あの赤いセイバーに。それでも、アタシを最高と言うのかい?」

 

「……そういえばそうだ。じゃあ、世界で二番目のサーヴァントだな」

 

「言ったね、こいつ」

 

 そうして――二人は、大層愉快そうに笑いあった。

 転げまわるくらいに――二人の体はもう、ほとんど身体の機能を失っていたけれど。

 もう人生において、これ以上無いというくらい、両者は笑みを“分かち合う”。

 それは、ライダーがかつて己が仲間たちと駆け抜けた日常の証。

 慎二に共有され、そしてライダーに承認された、二人にだけ許されたこと。

 

 そして。

 

「――――」

 

 ライダーは、何かを口にしようとした。

 それが何であるかはわからない。

 彼女の口は、もう消滅に飲み込まれていたから。

 ただ、自分自身の満足を告げているように思えた。

 慎二のことを、励ましているようにも思えた。

 結局それが何であるかは、慎二は想像するしかないのだが。

 

 もう、彼女の形すら、慎二には――――

 それが、最後だった。

 

 

 ライダーは跡形も残らず消滅した。

 

 

 かくして、間桐慎二はたった一人で戦場に残される。

 もう世界には、慎二一人しか存在しない。

 まるで、それがこの世の終わりであるかのように。

 

「――僕、死ぬんだな」

 

 ぽつりと慎二がそう言った。

 

 少しだけ寂しそうに、今にも泣き出しそうな顔で、けれども決して涙は流さずに。

 

「結局、最後までホンモノには届かなかった。沙条にしろ、レオにしろ、遠坂にしろ――僕は、あいつらには届かない」

 

 あぁ、まったくもってそれは悔しい。

 涙で顔が歪みそうになる。

 それでも歪めず、それでも耐えきれそうになく。

 

「そうだよ、僕、何もできてないじゃん。あのゲームだって、結局一位になれなかったし、沙条には最後まで勝てなかった。負けだ、負けだよ、畜生、悔しいな」

 

 既に決戦場を後にした、愛歌達のいた場所に目を向ける。

 それから自分の身体にも目を向けようとして、もう、視線すら動かないことに、そこで気がついた。

 

 最後に、間桐慎二は沙条愛歌を目で追った。

 偶然ではあるけれど、何だかそれは――――

 

「でも、もう沙条もいないんだ。これくらいは言ってもいいよな」

 

 言葉すら薄れていく感覚の中で。

 自我が急速に凍りついていく死の中で。

 

 間桐慎二は、絶対に告げられない、けれど、いつかは告げてしまいたかった思いを語る。

 

 

「沙条。僕は、お前のことが――――――――――――――――」

 

 

 言葉は、そこまでだった。

 それはきっと、間桐慎二の戦いの終わり。

 想いの結末。

 

 

 やがて誰もがいなくなり、――――第一回戦は、終了した。




 かくして一回戦は決着――間桐慎二の物語はここでおしまい。
 もしも続きがあるとしたら、それは月ですら観測できない、例外処理の中のことでしょう――

 というわけで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
 次回から第二回戦です。お楽しみに。

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