ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
68.最後のスタートライン
対殺生院キアラが終了し、四つ巴の構図が崩れた。
状況が大きく動き出し――更には、実質的に状況は最終局面へと向かっているのであった。
「じゃあ、まずこれからの流れをおさらいしておきましょうか」
生徒会室、それまでレオが座っていた椅子を引き継いで、愛歌が周囲へ呼びかける。
おそらくはこれが最後のミーティングになる。
故に、それ以外のメンバーの顔は実に真剣そのもの、その時は来たのだと、声はなくとも雄弁に語っていた。
「凛、頼める?」
「了解したわ」
愛歌に促され、凛がゆっくりと立ち上がる。
静かな部屋に木の椅子が床をひっかく音が響いた。
「――まず、キアラが死んだ。ついでにアンデルセンも、これでどうなったかというと、複雑だった盤面が一気に元へ戻った」
つまり、慎二達がBBを裏切る前の状況に。
原因はキアラの死だけではない。
「ランサー、アーチャー、キャスターが消滅した。これにより、実質的に私達がするべきことは、メルトリリスを撃破し、BBの元へ辿り着く、この一点のみになった」
結果から言って、この月の裏側にはもう、セイバー以外のサーヴァントは存在しない。
一応、今もカルナは消滅を免れているが、戦闘を行うことは出来ないだろう。
とはいえ――その前に一つ明らかにしておくべきことがある。
「待てリン、そもそも決戦時に何事も無く消滅してしまったが、ランサーは衛士だろう。どういうことだ?」
セイバーの問いかけ、わかっているという風に凛は頷いた。
想定されて然るべき質問だ。
「衛士としての役割を放棄したのよ。衛士には色々な特権があるけれど、その中に欲身《エゴ》――自分のクォーターの実力を持つアバターが与えられるの。……でも、これは全力戦闘にははっきり言って邪魔よね」
――ちなみに、アルターエゴはこの欲身を持たないので、常に全力戦闘が可能だ。
逆に言えば“本体を決戦前に撃破される”可能性が生まれるわけだが、ともかく。
「だから権利を放棄してランサーは全力になった。クラスを変えるなんていうとんでもない反則までして」
「結果としてランサーは敗北、長い間我々の敵であったサーヴァントですが、最後には敵としてではなく共闘の相手として消えていった。……何だか少し不思議な感じです」
ラニにしては曖昧な物言いで、ランサーの消滅をそう評する。
「ともかく、これでランサーのシールドとレリーフが全て消滅しました。今直ぐにでもメルトリリスの迷宮に突入することが可能――なのですが」
それだけではないのだと、間桐桜は言う。
――現状、最初の本題はここだ。
これまでの状況の確認だけでなく、その先、それを考えるウチ、一番最初の問題だ。
「――メルトリリスのシールド、及びレリーフの消滅も確認しました」
へぇ、と愛歌は少しだけ感嘆を漏らし、他の三者はそれぞれに驚く。
ラニも、凛も、セイバーも、感情を揺らめかさざるをえないようだった。
「……つまり、メルトリリスも衛士の権利を放棄したのね?」
「はい、そういうことだと思います。そうする意図が読めないのですけれど――」
「別に難しいことはないと思うわ、まだメルトはBBを裏切ったままなのだし――要するに、私達に攻めてきて貰いたいのでしょう。決着をつけるつもりなのか、はたまたこっちに何かしてもらいたいのか」
「どっちもじゃない? 向こうにとってこっちは邪魔者だろうけれど、何かするにはこっちの手を借りる必要がある、そんな所よ」
いち早く復帰した凛がそう答える。
そしてその推測は間違ってはいないだろう。
メルトリリスは言ってしまえばゲームの駒だ。
BBをゲームマスターとして愛歌達はプレイヤー、それをもてなす――もしくは阻むための存在でしか無い。
故に、このままBBの敵でいようと思う場合、愛歌達の協力は不可欠だ。
慎二達がいた頃は、二つの駒をBBが無視できなかった上、まだ掘削に時間をかけなくてはならなかったために、見過ごさなくてはならない理由があった。
それがことここに至っては、もはやその必要もないのである。
切り捨てるだけならば、簡単だ。
「まとめると、メルトリリスはBBの元へ向かおうとしている。けれどもそれを阻む何があって、それを私達ならどうにか出来る」
「――加えて言えば、その場で私達と決着をつけるつもりでもあるのでしょう。私達に協力させて、その上で自分一人で成果を独占する。なかなか良い案ではないかと」
愛歌に補足して、ラニはそう締めくくる。
対して、何を語るかといえば“どう対応するか”以外にありえない。
「まぁ、メルトに関しては何とでもなるでしょう。そこは私にまかせてもらえばいいわ」
「お願いしてもいいですか? ……彼女は凶暴です、危険ですけれど」
――任せるしか無い、桜の表情はそう語っていた。
勿論だ、それに否と答える愛歌ではない。
自信を持って、頷いてみせた。
「そして問題はその次――BBよ。これも勿論対策はある、けれど――」
「時間との勝負になりそうね。私としては、このまま一気に突入、が妥当だとおもうけれど」
「それに関しては同意権です、ことは一刻を争う、立ち止まってはいられません」
既にタイムリミットはすぐそこにまで迫っている。
やもすれば、もう愛歌達の行動は無意味であるかもしれないのだ。
そうはならないと愛歌自身は考えているが、他の者達までそうであるかといえば――どうだろう。
「正直、そっちは実際に突入してみないとなんともいえないのよね。――だいたいそういうわけだけれど、いいかしら。何か質問は?」
「特に――ほかもそうよね?」
質問するくらいなら、個人で解決する、それが月見原生徒会のはずだ。
そう、言外に乗せて凛は問う。
否だというものは、居るはずもないのだから。
「じゃあえっと、センパイ」
「……わかっているわ、桜――世界を救うとか、そういうのは柄じゃないけれど、やらないわけにもいかないものね」
そう言って、愛歌は周囲へ意識を向ける。
凛が、ラニが、桜が、そして――――
「では、行こうぞ奏者、ケリをつける時が来たのだから!」
大いに自信たっぷりの笑みを浮かべて、赤きセイバーは頷いた。
かくして、最後の戦いが始まろうとしている。
ようやくここまで来たのだ。
後はただ駆け抜けるだけ――誰もがその意識は同一であった。
後は、結果を引き寄せるだけなのである。
◆
ある意味、もはやメルトリリスの役割は終わっていると言ってもいい。
衛士の役割を放棄した時点で、アルターエゴとしてのメルトリリスは死んでいる。
であれば今の自分に何の意味がある?
AIであるメルトリリスは、その時点で破綻をきたしているはずなのだ。
けれどもあいにくと、メルトリリスには答えがあった。
例えばそれは、間桐慎二のようなバカであったり。
ランサーのような阿呆であったり。
そして例えば――
「……待っていたわ、沙条愛歌。貴方とここで会えたことを嬉しく思う」
――沙条愛歌、どこか親近感を感じる、一人の少女であったりもする。
愛歌のことを特段好いているわけでもない。
特別どうにかしたいわけではない。
確かに彼女は人形のような少女で、彼女のような人形があればメルトはもう一生それを愛していたいと思うだろう。
しかし、それは叶わぬ相談だ。
あまりにも愛歌が厄介な相手であったから――メルトは、どうにもリアリストなきらいがあった。
現実を見ようともしないリップとは正反対に、現実を見すぎてしまう傾向にあったのだ。
それを悪いとは言うまい。
意思疎通が通じる、という点ではリップよりかはえらく有情だろうとメルトは思う。
破綻しているのはどちらも同じだが、上辺だけを見ればという話である。
五十歩百歩もいいところではあった。
「私は別に――貴方をどうともしたくはないのだけれど」
面倒だから、放っておけるのであれば放っておきたい。
愛歌にとってメルトはどうにも、食指の動かない相手のようだ。
それでもまだ反応はしている分愛歌の反応もマシになったほうだろうが。
これがかつてであったら、会話もせずに戦闘へ移ろうとしていたはずだ。
「まぁいいじゃない。私としては、貴方に感謝もしているのよ? こうして、何もやることがなくなって、AIとしては無価値な自分を、無理やりにでも肯定することができるのだから」
「へぇ……どうして?」
「簡単な話、私、貴方には絶対に負けたくないの、BBにだって。――そんなの私が許せない、こういうの、どう言葉に表すべきなのかしら」
語る言葉には力があった。
けれども同時に嬉々としたものもこみ上げている。
それはどこか矛盾しているかのような、けれどもきっちり型にはまっているかのような。
不可思議で、あやふやな、言葉に出来ない何か。
「――プライド、だな。余もそういったたぐいの感情は強く抱くたちではあるが――メルトリリスよ、貴様の場合、それが更に強いのであろう」
答えたのはセイバーだ。
そして彼女の言葉に、鳴るほどとメルトも頷いた。
AIでありながら、そんな不純な感情を覚えるのだから。
勿論、AIとしての――仕事人としての矜持を持ち合わせることは十分にありうる。
むしろそういったたぐいの存在は、人間以上に頑固なのだから、当然だ。
だが――それが高慢となれば話は変わる。
BBのそれは、そも彼女の気質そのものが高慢なのだ。
故に彼女のプライドは実に短気なものだ。
あまりにも、唯我独尊めいた気質であった。
「そう、プライド……いい言葉ね、きらいじゃないわ」
ならば、とメルトは袖に隠れた指を突き刺してみせる。
まるでそれが、最も自分らしいとでも言いたげに。
「――今直ぐこの後ろ、このレリーフを消滅させなさい」
そうして向けた視線の先に――
――桜のレリーフが、鎮座している。
この迷宮を守る最後の壁だ。
裸のそれは、思わず赤面してしまいそうになるけれども、愛歌は気にせず答える。
――努めて可能な限り目をそらし、
「……出来ない相談ね、無茶なことだというのは理解しているのでしょう?」
やれやれと、呆れた様子で、けれども整然とした言葉でもって。
問うまでもないことではあったけれども、
「――当たり前よ」
愛歌は、メルトのその言葉が聞きたかったのだ。
「なら、条件があるわ」
「……なんですって?」
首を傾げるのはメルトリリスだ。
セイバーも、生徒会のメンバーも、おおよそ想像がついていたから、驚きはしない。
ただ、蚊帳の外とも言えるメルトだけは話は別で、確かめずには、いられなかった。
「簡単なことよ、言わなくてもいいことを、わざわざ明文化するだけのこと。つまるところ――」
一拍。
「――――私に勝ったら、というのはどうかしら?」
それは、言わずともメルトであれば、やろうと思えばできていたことだ。
そしてこのまま互いに問答を繰り返せば、有無を言わせずさせようとしてきたことだ。
わざわざ言葉にして、愛歌はひとつのラインを引いた。
――別に、愛歌はメルトリリスをどうと思っているわけでもない。
好きであるとも、嫌いであるとも思わない。
悪く無いとすら思えないのだから、まったくもって無関心。
それでも、感じるところはあったのだ。
シンパシーとでも呼ぶべきか、
それはメルト自身も自覚はせずとも感じていたこと。
愛歌にしろ、メルトにしろ、彼女たちの振る舞いは実に高慢そのものだ。
メルトリリスは言うに及ばず、愛歌にしたって、自身の全能を疑わないのは高慢だろう。
だからこそ、少しだけ少女達は似ていた。
どちらも、女神のように、恐ろしい存在であるという点において。
――ある種、平行線で向かい合っているのである。
「そう……悪く無いわ、そういうの、まったくもって悪くない」
――――結局、メルトリリスはそれを否とは言わず、むしろ是として腰を落とした。
構えるのである。
そう、ここで全てが始まるのである。
「――乗ってあげる! せいぜい直ぐに倒れてしまわないことね!」
――――沙条愛歌の最後の戦い。
その序章が、こうして始まろうとしていたのだった。