ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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69.女神よりもなお強く

 剣を振りかぶったセイバーの目前に、既にメルトは出現していた。

 高速、どころか、音速すら置き去りにする速度の一撃。

 構える剣をメルトは思い切り蹴りあげた。

 

「ぬぅ――!」

 

 完全な理解が追いついたのは、剣を叩かれて直ぐのことになる。

 それほどまでにメルトリリスは速かった。

 続く一撃を、セイバーはなんとか後方に下がって躱す他にない。

 

 ――だが、そのセイバーの後ろに、メルトの姿は出現していた。

 一歩後ろに下がる、それだけの行程であったはずのセイバーの、数段疾い。

 

「危ないわね」

 

 当然、入れ替わるように愛歌がメルトと向き合う形で転移する。

 メルトは既に足を愛歌へ向けていた。

 それと迎え撃つように愛歌は毒の花びらを伸ばし――弾かれる。

 蹴られたのだ、直接足蹴にされたのだ。

 

 だのに、愛歌は痛みを覚えた様子もない。

 

「なるほど――」

 

 続く一撃が愛歌に迫る、身を捩って回避して――それでも躱しきれずに浅く来られる。

 “それでもなお愛歌は傷ひとつ負わなかった”。

 

「――チィ」

 

 連撃、二度三度足技を叩き込んでいく、がその頃には愛歌はもういない。

 両者はお互いの位置を入れ替えて、再び距離をとりあった。

 

「――――決定力がないのか」

 

 即座に理解したセイバーがつぶやく、つまりそういうことだ。

 

「貴方、すっっごく自己を強化しているのね。レベルにして――今は500を切ったくらいかしら。眼にも止まらぬ早さで、セイバーも対応できないくらい」

 

 ――これでもセイバーは英霊としては最速クラスのサーヴァントなのだが。

 勿論、早さの逸話を持つ英霊にはかなわないだろうが。

 それでも、ランサーと渡り合う程度の機動力なら、あるはずなのだ。

 

 しかし、そんなセイバーを、赤子の手をひねるかのように、速度の上では圧倒している。

 

 だが――パワーが足りない。

 

「一応、それなりに魔力で私の身は守られているけれど、それにしたって軽すぎだわ。貴方の場合、必殺となりうるのはその膝の刺くらいかしら」

 

 ――甲冑がごとき機会の足、それを持ってなお、メルトリリスは力不足だ。

 それが、今の数瞬の攻防でよく知れた。

 強敵だが、対応のしようはいくらでもある――と。

 

 そう、判断したのだ、が――

 

「ぷ、」

 

 メルトの口から吐息が漏れた。

 

「あは――」

 

 それはやがて形となって――

 

「あはははははははははは――――ッッ!」

 

 大きな笑みへと、変化していく。

 

「……何がおかしいの?」

 

「何もかもよ! まさか、その程度で私に勝てるつもりになったというの? 甘い、甘い、全然甘い! 理解していないのはそっちのほう、勝てると思う、その考えこそ甘いのよ!」

 

 言葉とともに、もうメルトリリスは動いていた。

 狙いはセイバー、すぐに分かる。

 だが、反応するまもなく――

 

 

 ――――セイバーは自身の身体が転がっていることに気がついた。

 

 

「が、はぁ?」

 

 吐血とともに、疑問符がセイバーの口から漏れてくる。

 どういうことだ、一体何が起きたというのだ。

 

 目の前には、メルトリリスがいる。

 当然だ、まず間違いなく、彼女が自分を吹き飛ばしたのだから。

 ――だが、それ以外の者が入る。

 

 セイバーとメルト、両者の直線上に、沙条愛歌が立っている。

 そして同時に自身の身体に、浅い刺し傷はあれど、それ以上のものが何一つ無いことに気がつく。

 致命的なものがことごとく届いていないのだ。

 あぁ、理解した。

 

 ――――自分は、愛歌に守られたのだ。

 

「やってくれるわね」

 

「そっちこそ――まさか、仕留められないだなんて思わなかった」

 

 互いに言葉を交わす愛歌とメルト。

 それぞれの言葉に、おどろくべきことに純粋な称賛が混じっているのだ。

 

 それほどまでに、両者の動きは絶技であった。

 

 まず、メルトの動きを察知していた愛歌が転移でセイバーの前に割って入る。

 壁になる形の彼女が、メルトの放つ無双の蹴撃を、全て往なして見せたのだ。

 だがしかし、そんな愛歌の防壁を掻い潜り、すり抜け、飛び越え――セイバーに一撃を叩き込んだ。

 

 メルトの絶技はすなわち愛歌の壁を超えたことそのもの。

 愛歌のそれはすなわち、そも愛歌自身が無事であること。

 

 セイバーが何とか立ち上がり、体の傷を魔力で覆った時点で、既に両者は更に動きを見せていた。

 それは、そう――

 

 

 ――――セイバーの視界から、両者の姿が消えたのだ。

 

 

「な――」

 

 一瞬、セイバーは自身がどういった存在であるかを忘我した。

 当然だ、“サーヴァントである己にすら追えない速度”とはどういうことか。

 もはや――彼女たちのそれは英霊の域を軽く飛び越えたものだった。

 

 メルトの斬撃が、かろうじて軌跡となって周囲を覆っている。

 愛歌が、転移により一瞬のみその姿を晒している。

 

 だが、即座にそれは虚空へと消え、猛烈な風圧だけが辺りを否応なく覆うのだ。

 

 メルトは確かに速かった。

 それに追いつく愛歌はどうか、ただ単にそれに追いつくほどの回数、転移を連打しているだけだ。

 これでは決定的に一撃を与える隙がない。

 そもそも他の英霊に対してだってこういったことはできるのだ。

 ただ、誰にしたってこの連打だけでは相手を捉えることができないだけで。

 

 ――愛歌が生身であり、そして英霊に唯一届きうる武器がほぼ素手の間合いにしか無い。

 その一点で、愛歌は英霊にどうしたって一歩が届かない。

 

 ――――だが、それはただ届かないだけなのだ。

 こうして真正面から、セイバーすら反応できなかった速度の相手と渡り合うからこそ解る。

 愛歌は“負けない”。

 どれほど脅威足りうる相手だろうと、それこそ本物の神霊ですら、愛歌を倒すということは敵わないのだ。

 

 愛歌が勝てないという、ただそれだけで、愛歌の敵が、彼女を倒せるとは限らない。

 

 それこそが、彼女を彼女足りうる強さ。

 ただ、彼女本人の手品は、浅い種によるものだ。

 空間転移に、毒の花、都市を焼きつくす災禍の火炎。

 どれもが単なる魔術の一つでしかない。

 

 やりようによっては、幾らでもそれを突破する方法はあるだろう。

 ――因果の逆転《ゲイ・ボルグ》、空間そのものの圧縮《トラッシュ&クラッシュ》、など、など、など方法は幾らでも存在している。

 だが、

 

 それでもなお愛歌が討ち果たされるというビジョンは生まれない。

 ――それこそが、愛歌の強さの源だと、セイバーは考える。

 

 しかし、それにしても愛歌がメルトリリスに届かないのは確かなわけで。

 であればどうする? 一体愛歌に何ができる。

 できることといえば――ひとつだけ。

 

 時間を稼ぐ程度だろう。

 

 そう、それだけ。

 

 故に、

 

(――――それで十分なのだ)

 

 直後、愛歌の姿がセイバーの目前に現れる。

 少女はくるりとその場で廻る。

 回転する魔力の気配、メルトリリスが止める暇すら与えない。

 

「「■■(杯よ)■■■■■■(栄光は満ちた)■■■■■(これより汝)■■■■■■■■■(常世を包む肚となれ)――――」

 

 どろりと、少女の胸元から泥が漏れた。

 漏れていた。

 

 

「――怪獣女王《ポトニア・テローン》」

 

 

 愛歌は全能だ。

 そして同時に全知でもある。

 無論、それは完全でもなかろうが――

 

 何の枷も制限もない状態で、無為に愛歌へ時間を与えては、幾らでも対応の隙間を作る暇を与えてしまうことになる。

 

 これが、そう。

 

「――――これは」

 

 思わずメルトリリスが息を呑むのも無理は無い。

 そこは地獄だ。

 人が人であることを許されない、愛も想いも存在しない、ただ揺りかごでの眠りを強制されるだけの空間。

 

 母なる神は、人を愛さぬモノの母胎。

 意図して歪められた、我が子以外の全てを排斥するための場所。

 それが愛歌のつくり上げる、女神の空間《ポトニア・テローン》そのものなのだ。

 

 かくして顕現する。

 愛歌の舞台。

 メルトリリスへの反撃を敢行する、そのための第一歩が踏み出された。

 

 

 ◆

 

 

 気がつけば、猛烈な速度でセイバーに迫るメルトリリスの姿が、スロー再生で目の前にあった。

 驚愕を覚える間もなく剣を差し込む。

 迫るメルトよりもなお遅い速度で、なんとかセイバーはメルトの一撃目のみを、弾くことに成功していた。

 

 二撃目が来る。

 その思考が生まれるより速く、セイバーは動き出すことを強いられる。

 明らかにギリギリでの防御故、連撃を防ぐ余裕はない。

 回避にも手間が掛かり過ぎる。

 であればどうして、目の前の敵から逃れよう。

 

 答えはひとつ、“一撃目で既に”吹き飛んでいる以外はない。

 

 セイバーの身体が吹き飛び、転がる。

 そこへ迫るメルトであるが――転がりながらも、二度、三度、攻撃をセイバーは剣にて受けてみせた。

 

 やがて立ち上がりそこへ狙う回し蹴り、今度は正しく、飛び退き回避。

 追撃は――間に合わない。

 

 愛歌がメルトに襲いかかったのだ。

 後方からの接近に、メルトは振り向きざまの蹴りげ答える。

 

 両者は確かに衝突し、互いの得物、身体を弾かせた。

 

(――奏者よ!)

 

 加速した思考。

 明らかにそれに特化した現在の状況は、なんとかメルトリリスを目で追うことが可能になっている。

 怪物女王のバリエーションとでもいうのだろうか。

 

 その中で理解する。

 ――自分は先程まで、守られていたのだ。

 女王が展開する直前まで、セイバーは何も出来ずに立ち呆けることしかできなかった。

 

 それをメルトリリスが狙わなかった理由は単純。

 愛歌に防がれ、たどりつけなかったのだ。

 

 手に収まった焔の剣、握りこむ拳の力は、結界の作用により増している。

 この力であれば、大抵のサーヴァントに遅れは取らない。

 こと直接戦闘において言えば、あの施しの英雄カルナすら圧倒することが可能なのだから。

 

 だが、それでも遠い。

 なお――メルトリリスは上にいる。

 当然だ、それほどまでに彼女は自己を強化しているのだから。

 

 愛歌が言ったとおり、それは常軌を逸したレベルにあるのだろう。

 それと直接戦闘できているという事実は、明らかに幸運であり、本来であればありえないこと。

 

 それでも、届かせなければとセイバーは思う。

 今も愛歌がメルトリリスと拮抗のまま戦闘を演じている。

 ――刹那の間隙に、セイバーはメルトへ向けて飛び出していた。

 

 身体が重い、それほどまでに認識のみが加速している。

 もしもセイバーが生身であれば、思考がパンクし破滅している。

 そんな世界だ。

 だのに、それでもなおメルトはその世界で速かった。

 

 せいぜい人間の全速力で駆け抜けているだけ、100メートルを走るにしても、十秒を切るような魔人のタイムでは決して無い。

 だが、それが、――愛歌の腕が停止し硬直した世界であってもなお、言えるだろうか。

 

「――ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ」

 

 ほとんど声は言葉に変わらない。

 ゆっくりと迫る自身の身体を、動け、動けと叱咤して、それでもなおメルトより遅く――

 振りかぶる剣を弾かれ、更に連撃が叩き込まれた。

 

 既にそれを察知していたセイバーは身体を横へ曲げ、突きを交わして潜り込み――三撃目の回し蹴りに振り払われる。

 それでもなお、歯を食いしばり立ち上がる。

 

 彼女の中の全てを動員し、あらゆる特権を振りかざす。

 

 セイバーの直感が自身の危機を即座に告げた。

 セイバーの剣術がギリギリでもってそれを防いだ。

 セイバーはそれによりなんとか仕切り直しに成功し、今もなお、戦闘を続行させている。

 

 幾度も、幾度も、食らいつく。

 手を伸ばせないと知りながら――それでもなお、身体に動けと命じ続ける。

 

 ――やがてそれは、一つの結果でもって終わりを告げる。

 

 愛歌が急に降って湧いたのだ。

 文字通り上空から、炎を伴いメルトリリスに襲いかかる。

 慌てた様子でメルトが飛び退き、愛歌は転移でその後を追った。

 

「――――ッ!」

 

 少しだけ、寂寥な感情を覚えながらも、それに続こうとしたセイバー。

 だが、遅い、機を逸した。

 超高速で飛び回り、剣戟を続ける両者の間に、割って入ることができなかった。

 

 ――怪獣女王のバックアップを受けてもなお、このざまだ。

 せいぜい愛歌が二の手を挟むチャンスを作った程度の動き。

 これでは、ダメだ。

 愛歌は今もなお、セイバーに背を向けメルトリリスへ挑みかかっている。

 

 今の自分では届かない。

 ――それでは駄目だ。

 

 何のためにも、誰のためにもならないのである。

 愛歌にとってもセイバーにとっても、この状況は意味が無い。

 

 

 ――解らせる必要がある(・・・・・・・・・)

 

 

 セイバーの思考に、彼女の薪に、情熱的なまでの自我による火が、灯された。


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