ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

123 / 139
70.招き蕩う黄金劇場 ―アエストゥス・ドムス・アウレア―

 何も、セイバーがメルトリリスに届かないとは思わない。

 通常であればともかく、今の状態であれば、あと一歩とは言わずとも、数歩、無理に手を伸ばせば届かないことはない距離だ。

 

 だからこそ、セイバーは思うのだ。

 届かせる必要がある、今も目の前で愛歌と激突するメルトリリス。

 そこに自分も割って入る必要がある。

 何としてでも、どれだけ無様であったとしても、この一歩――

 

 ――届かせないわけには、いかないのだ。

 

 既に意思は固かった。

 決意は揺るがず確かにあった。

 

 変わらぬ思いを先へ馳せ、さりとて謳うは過去の栄光。

 遙かなる栄華をその身に浴びせ、セイバーは――ネロ・クラウディウスは産声を上げる。

 

(――――奏者よ)

 

 今もなお、変わらず愛しい我が主に告げる。

 彼女はセイバーのそれを見て、果たしてどのような思いを抱くだろう。

 嫌悪や侮蔑のたぐいではないだろう。

 だが、歓喜に打ち震えることもないだろう。

 

 沙条愛歌はそういう娘で、少なくともその点は、今も昔も変わってなどはいないから。

 

(何かしら)

 

 少女の言葉は落ち着きを持っていながらも、端的で淡白だ。

 余裕がないのだろう、大仰に反応してみせることすらできない。

 怒りも迷いも、受け取る側は受け取らない。

 

 わかっているだろうか、沙条愛歌は、今の自分の変調を。

 

(今より、余はあらたなる力を見せる。それは余にとって、ある種象徴でもあり、何よりも忘れがたい過去そのものだ)

 

(…………)

 

 愛歌は答えない。

 答える隙もないし、答えようとも思わないだろう。

 

(だが、それを後悔によって迎えることはない。奏者は常に前を向いているべきだ。余もまた、そうであるように)

 

(――なぜ、私にそれがつながるの?)

 

 ぼんやりとした問いかけだ。

 

 ――思考の向こう、未だブレる愛歌の姿。

 静止画の中にあってなお、コマ送りに掻き消える彼女の姿は、今のセイバーにとっては遠いものだろう。

 

 どこまでいっても手を伸ばせず、ゆえにこそ、それは余りにも尊くて。

 

(余は奏者が好きだ。だから、迷い、憂う姿は見たくない。無論、それもまた良いものではあるが――奏者にとって何よりも芯にあるのは“そうではない”のだ)

 

(……よく解かんないわ)

 

(解らずとも良い、余はいつかその場所へ行く。手は届かずとも手を伸ばす。――まずはそのための一歩だ。故に、ここへ刻むが良い)

 

 それは、淫蕩にふけるがごとく、享楽を愛するがごとく。

 己が芸術を信ずるがごとく、――自己の最もたる芯を疑わざるがごとく。

 

 常に、セイバーの心の奥底にあったものの象徴だ。

 

 皇帝の住まう神殿ではない。

 そんな閉鎖された空間ではない。

 セイバーはあらゆるものを愛しているのだから。

 その中には自分という存在もあり、そしてそれを誇示したくて仕方がなかったのだから。

 

 ――誰かにつながりを求めたくて、けれども空回りした彼女の象徴。

 

 今、それは愛歌に自分を示すための手段となる。

 ある意味愛歌にとって、これほど“理解できない”こともあるまい。

 なにせこれは単なる無駄でしかないのだから。

 意味のない、ただ着飾っただけの宝石にすぎないのだから。

 

 ――愛歌はそういう宝石を、ためらいなく魔術の道具に変えるであろうタイプなのだから。

 

 さぁ、謳え。

 ――これぞ、今なおこの大地に残る、かつての栄華の象徴だ。

 

 

「――――刮目してみよ!」

 

 

 叫ぶ。

 一時、停止していた世界が再び回転を始める。

 しかし、そこに生まれたのは静寂であった。

 まるでセイバーが、空間を支配してみせたかのように。

 

 愛歌も、メルトリリスも、停止していた。

 

 警戒を挟みながらも、うかつに手を出せばその警戒が無意味となる。

 メルトリリスにとってこの瞬間は、もどかしいにもほどがあるというものだろう。

 

「これぞ我が至高の芸術。高らかに語るは我が全てである。故に聞け! 退出は許さぬ、それは余への不敬としれ!」

 

 語り、そしてその手に、一輪のバラが現れる。

 ――それこそが、セイバーの有する宝具が効果。

 生み出したのだ――セイバーのある種高慢によって。

 

 だからこそ、セイバーはそれを投げ捨てる。

 

 彼女自身の世界全てが、この地を侵食していくかのように。

 

 ポトニア・テローンが生み出す漆黒の舞台に、赤き薔薇はよく映えた。

 思わず、見とれてしまいそうになるほどに。

 

 

「この一輪を手向けとしよう」

 

 

 同時、セイバーは剣を構えた。

 腰を落とし、今にもメルトに飛びかかろうとしている。

 

「何を――」

 

 言葉とともに、反撃へ自身も転じようとして、メルトは気がつく。

 ――動かない。

 否、何かが身体に重石を乗せている。

 

 重圧だ。

 おどろくべきことに、メルトリリスの身体は大きく鈍っているようだ。

 

 

「舞い散るが華、斬り裂くは星!  しかして讃えよ!」

 

 

 そこに迫るセイバーは、決して自身の速度が大幅に向上したわけではない。

 ただそれでも解るのだ。

 

 この一撃は――躱せない。

 否、躱せるが、躱すべきではない。

 

 

「――――招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)と!」

 

 

 斬。

 切られた、深くはないが――それでも一太刀。

 痛みの熱とともにメルトリリスがそれを感じた直後であった。

 

 髑髏広がる死の大地に――黄金の劇場が誕生する。

 

「な……っ」

 

 思わず漏らす、メルトリリスは目を見開いた。

 

 生まれでた劇場は絢爛であった、あらゆる華美がそこにはあった。

 紅いドレスに身を包む、セイバーの姿がそこに映える。

 広がった光景は、思わず息を呑むには十分だった。

 

 黄金の輝きが、飾られた過剰なまでの光が周囲を照らす。

 まるでそこがセイバーそのものになったかのような。

 セイバーの思いが世界に漏れでたかのような。

 

 ――愛歌は、思わず息を漏らす自分に気がついた。

 

「――――綺麗ね」

 

 ふと漏れた言葉は、けれどもセイバーにとっては予想もしていなかったものである。

 とは言え直ぐに納得し、なるほどそうかと視線を向けて頷いた。

 

「……そうか、感謝するぞ、奏者よ」

 

 今はそれで十分だ。

 思うことは幾らでもあるが――目の前には、それを許さぬ敵がいる。

 

「……何をしたの」

 

 セイバーと真正面から相対し、苦々しげに顔を歪める少女が一人。

 メルトリリスは、セイバーをにらみそこにいる。

 自分の状況を理解しているが故だろう。

 それゆえに、少女は高慢であれど油断はない。

 その眼には、明らかな怒りが揺らめいていた。

 

「簡単な事だ。余は貴様の横暴を許さない。この宝具は、それを体現するためのもの」

 

「……黄金の劇場。たしか貴方の真名は……なるほど、これは自分の思い描いたわがまま以外は許さない、悪趣味な牢獄というわけ」

 

 それはすなわち、セイバーのあらゆる行動が“まかり通る”絶対皇帝圏。

 セイバー自身が建築し、セイバー自身が築きあげるのだ。

 故に、彼女の望むがままに、彼女にとって最大限有利な状況が作られる。

 

 結果として、メルトリリスはその行動を著しく制限されるのだ。

 

「――征くぞ」

 

 声がけとともに、再びセイバーは静止画の世界へと身を投じる。

 メルトリリスの答えはなかった。

 必要などありはしない。

 

 わかっているのだ。

 もう、両者に差と呼べるものはないのだと――

 

 

 ◆

 

 

 ――思わず、愛歌はセイバーの宝具に舌を巻いた。

 なるほど“これはよく出来ている”。

 世界に滲み出るセイバーの象徴、それは一見固有結界のようではあるが、性質はまったくもって異なる。

 

 一からつくり上げるのだ。

 すなわち上書き、それは、愛歌の切り札、怪獣女王とすこぶる相性がよく、また悪い。

 

 愛歌のポトニア・テローンはほぼ固有結界と同一形式の魔術である。

 故に、敵に回せばそのまま結界の上に上書きされるし、味方であればこのように――重ねがけのように建造することも可能なのである。

 

 目前で迫るセイバーに、メルトリリスは足を添えて、吹き飛ばされる。

 追撃のセイバーを、メルトは防戦一方に受け止めた。

 

 ほぼ完全に両者の差が拮抗している。

 若干まだメルトが上を行く可能性はあるが、それは愛歌が抑えてしまえばいいことだ。

 

 ともあれ、怪獣女王と黄金劇場、二つの大魔術の併用によって、メルトとの戦力差は大きく埋まっていると言えた。

 ――チャンスだ。

 

 この機を逃してなるものか。

 追いすがるセイバーに、愛歌もその横に並んだ。

 

「――くっ!」

 

 メルトリリスが愛歌へ向けて刃を払う。

 回し蹴りから放たれるのは水の刃だ。

 

 迫るそれを転移で躱すと、メルトの意識はセイバーへ戻る。

 

 連撃が、セイバーの手元で数多に踊った。

 振り払うべく薙がれる剣は、けれどもメルトリリスを捉えることは能わずに、一歩、セイバーは後方へ引く。

 

 ――そこへ、メルトは即座に一撃を叩き込む。

 これが本命だ。

 膝に備え付けられた槍がごとき棘、迫るそれを、セイバーは躱せない。

 

 だが、

 

「甘いわね」

 

 ――直撃する寸前、愛歌がそこに現れる。

 入れ替わったのだ――ではセイバーは?

 そして、愛歌もまた動きを見せている、伸びる手のひらに、加えて言えば、この位置ではメルトの棘は刺さらない。

 

「なるほど、やって、くれるわね!」

 

 即座に身体を反転させた。

 地に足を突き刺して、強引に身体を押しとどめると、勢いそのまま回し蹴りを後方へ放つのだ。

 ――セイバーがいた。

 斜めに振り下ろすべく剣を構えて、――両者はそこで激突する。

 

 それもまた一瞬である。

 後方には愛歌、メルトリリスは動かないわけにはいかなかった。

 

 弾かれると同時に跳んで後ろへと下がる。

 愛歌が存在していることは織り込み済み、眼下に少女を見下ろしながら、牽制とばかりに水の刃を撃ち放つ。

 

 着弾、地面にである。

 愛歌は消えて、セイバーが追いすがってきている。

 これもまた足で受け止め、両者の剣戟が始まった。

 

 押したのはメルトリリスだ。

 セイバーの剣に圧がない、いうなれば自然体、全力であっても、前傾ではない。

 であれば素のスペックでは未だメルトリリスが上手に立つ。

 

 だからこそ――愛歌がそこに効いてくる。

 

「さすがに、……女神様って言ったところかしら!」

 

 現れた愛歌に蹴りを放ち、しかし転移で交わされる。

 現れるのはメルトのすぐ側、毒の花びらを携え肉薄してきた。

 

「幾度となく聞いた言葉ね、もう少し、何かひねりを加えたらどうかしら」

 

 言葉とともに突き出されるそれを、メルトリリスは回避し反撃にうつる。

 わかっている、これに意味は無い、だがしなくてはならない――メルトはその一撃を誘導されているのだ。

 

「生憎と――」

 

 このまま行けば、愛歌に放った膝蹴りをかわされ、逆にセイバーが現れ切り払われる。

 回避したところに再び愛歌――そんな流れだろうか。

 無論、このまま愛歌がメルトと共に舞い踊り続ける可能性もあるし、そうでない場合もある。

 この一撃事態が仕切り直しの合図になる可能性もあるだろう。

 

 ――だが、それら全て、メルトにとって本意でない結果になるだけ。

 この状況は、ここで打破する必要がある。

 

 黄金劇場にしろ。

 怪獣女王にしろ。

 それらが時間経過で失われることはおそらくありえない。

 それほどまでに愛歌の魔力量は隔絶している。

 

 であればこそ、――行動を移すのであれば、即断即決こそが正答であるとメルトリリスは知っていた。

 

「誰かを罵倒するよりも、直接この足で、詰ってあげるほうが好みなの――!」

 

 言葉とともに、メルトリリスはおおぶりに足を振り回す。

 ――大振り故に、それが大きな隙となる。

 

 セイバーとて、愛歌とてその意図を理解できないはずがない。

 罠である、しかし、その結果が読み取れない。

 かかったとしてどうなる? 退いたとしてどうなる?

 

 唯一解ることは、この一撃が何の脈絡もないということだ。

 そこからつまり――乗らなければ、この一撃はそのまま終わる。

 再び振り出しに戻るだろう。

 こればかりは、想定外と言わざるをえない。

 

(どうする奏者よ!)

 

(膠着しているのはどちらも同じ、あちらの誘いに乗るのは癪だけれど――決着をつけにいくなら、ここしかないわ)

 

 こちらもまた、果断にして英断であった。

 動かない理由がないのなら、迷うという選択肢はありえない。

 

 愛歌もまた、ここで決着をつける意思を固めた。

 

 故にセイバーは転移する。

 まずはこの隙、突いてみるのが正解だ。

 鋭く尖った点の一撃、もっとも最小の動作で放たれるそれは、回避という選択肢をメルトからはぎ取る。

 

 ――はずだった。

 

 

 目の前から消え失せた――メルトリリスの気配が、背後に生まれたのである。

 

 

「な、は――」

 

 疾い、というレベルではない、消えて、生まれた。

 そのレベルの動きだ。

 驚きに顔を歪める暇すら無い、セイバーは今、後ろを取られている――!

 

 ――――どういうことか。

 

 簡単だ。

 これがメルトの全速なのである。

 瞬間的なトップスピード、それ事態は、今のセイバーであれば対応出来ないほどではない。

 だが、セイバーは見誤っていたのだ。

 メルトの速度が低下していたために――黄金劇場が、メルトの能力を制限していたために。

 

 この一瞬を作り出すために、敢えてメルトは自身の速度に制限をかけていたのだ。

 ――黄金劇場の効果は強烈が故、“どれほど能力を低下させても不思議ではない”。

 だが、問題は――それ自体が状況の打破にさほど影響を与えないということだ。

 このままメルトがセイバーに飛びかかっても、それでは愛歌が入れ替わり往なしてしまうだけ。

 これではわざわざ切り札を一つ切った意味が無い。

 

 であれば、どうすればよいか。

 決まっている――もう一つ切り札をキレばよいのである。

 

 そう、ことサーヴァント同士の戦闘において、切り札など最初から一つだけ。

 セイバーがそうであるように、メルトリリスも宝具を使用するだけのこと。

 

「――――やってくれるわね」

 

 対応のため、愛歌がセイバーと入れ替わる。

 ――それ以外に、この状況を対処する方法がないのだ。

 その後は、空間転移で後方に下がるなり、反撃に打って出るなりすればいい。

 

 通常であれば、だが。

 

「あっははは! 女神様と言えど、選択肢がひとつしかなければこうなる他にないのよね! そしてぇ――」

 

 ――メルトの身体から、ゆっくりと“それ”は溢れ出る。

 

 透き通るほどの水晶が蒼に満ちた器に浮かび上がる。

 すなわち“水”――それが、沙条愛歌の足元を捉えるのだ。

 

 動けない――否、そうではない。

 “動く隙すらないほどに、この宝具は広くを捉えているのだ”。

 

 つまり、この結界――ポトニア・テローンそのものを、メルトリリスは捕まえている。

 

「この宝具は、空間転移ごときで逃げられるほど、寂寥な宝具ではないのよね!」

 

 メルトリリスは飛び上がる。

 ――勝利を掴むため、ここで彼女は賭けに出る。

 

 

弁財天(サラスバティー)――――五弦琵琶(メルトアウト)ォ!」

 

 

 全てを溶かし、群体すらもひとつの水へと変える業。

 御業の一撃が――怪獣女王を支配するべく現れた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。