ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
何も、セイバーがメルトリリスに届かないとは思わない。
通常であればともかく、今の状態であれば、あと一歩とは言わずとも、数歩、無理に手を伸ばせば届かないことはない距離だ。
だからこそ、セイバーは思うのだ。
届かせる必要がある、今も目の前で愛歌と激突するメルトリリス。
そこに自分も割って入る必要がある。
何としてでも、どれだけ無様であったとしても、この一歩――
――届かせないわけには、いかないのだ。
既に意思は固かった。
決意は揺るがず確かにあった。
変わらぬ思いを先へ馳せ、さりとて謳うは過去の栄光。
遙かなる栄華をその身に浴びせ、セイバーは――ネロ・クラウディウスは産声を上げる。
(――――奏者よ)
今もなお、変わらず愛しい我が主に告げる。
彼女はセイバーのそれを見て、果たしてどのような思いを抱くだろう。
嫌悪や侮蔑のたぐいではないだろう。
だが、歓喜に打ち震えることもないだろう。
沙条愛歌はそういう娘で、少なくともその点は、今も昔も変わってなどはいないから。
(何かしら)
少女の言葉は落ち着きを持っていながらも、端的で淡白だ。
余裕がないのだろう、大仰に反応してみせることすらできない。
怒りも迷いも、受け取る側は受け取らない。
わかっているだろうか、沙条愛歌は、今の自分の変調を。
(今より、余はあらたなる力を見せる。それは余にとって、ある種象徴でもあり、何よりも忘れがたい過去そのものだ)
(…………)
愛歌は答えない。
答える隙もないし、答えようとも思わないだろう。
(だが、それを後悔によって迎えることはない。奏者は常に前を向いているべきだ。余もまた、そうであるように)
(――なぜ、私にそれがつながるの?)
ぼんやりとした問いかけだ。
――思考の向こう、未だブレる愛歌の姿。
静止画の中にあってなお、コマ送りに掻き消える彼女の姿は、今のセイバーにとっては遠いものだろう。
どこまでいっても手を伸ばせず、ゆえにこそ、それは余りにも尊くて。
(余は奏者が好きだ。だから、迷い、憂う姿は見たくない。無論、それもまた良いものではあるが――奏者にとって何よりも芯にあるのは“そうではない”のだ)
(……よく解かんないわ)
(解らずとも良い、余はいつかその場所へ行く。手は届かずとも手を伸ばす。――まずはそのための一歩だ。故に、ここへ刻むが良い)
それは、淫蕩にふけるがごとく、享楽を愛するがごとく。
己が芸術を信ずるがごとく、――自己の最もたる芯を疑わざるがごとく。
常に、セイバーの心の奥底にあったものの象徴だ。
皇帝の住まう神殿ではない。
そんな閉鎖された空間ではない。
セイバーはあらゆるものを愛しているのだから。
その中には自分という存在もあり、そしてそれを誇示したくて仕方がなかったのだから。
――誰かにつながりを求めたくて、けれども空回りした彼女の象徴。
今、それは愛歌に自分を示すための手段となる。
ある意味愛歌にとって、これほど“理解できない”こともあるまい。
なにせこれは単なる無駄でしかないのだから。
意味のない、ただ着飾っただけの宝石にすぎないのだから。
――愛歌はそういう宝石を、ためらいなく魔術の道具に変えるであろうタイプなのだから。
さぁ、謳え。
――これぞ、今なおこの大地に残る、かつての栄華の象徴だ。
「――――刮目してみよ!」
叫ぶ。
一時、停止していた世界が再び回転を始める。
しかし、そこに生まれたのは静寂であった。
まるでセイバーが、空間を支配してみせたかのように。
愛歌も、メルトリリスも、停止していた。
警戒を挟みながらも、うかつに手を出せばその警戒が無意味となる。
メルトリリスにとってこの瞬間は、もどかしいにもほどがあるというものだろう。
「これぞ我が至高の芸術。高らかに語るは我が全てである。故に聞け! 退出は許さぬ、それは余への不敬としれ!」
語り、そしてその手に、一輪のバラが現れる。
――それこそが、セイバーの有する宝具が効果。
生み出したのだ――セイバーのある種高慢によって。
だからこそ、セイバーはそれを投げ捨てる。
彼女自身の世界全てが、この地を侵食していくかのように。
ポトニア・テローンが生み出す漆黒の舞台に、赤き薔薇はよく映えた。
思わず、見とれてしまいそうになるほどに。
「この一輪を手向けとしよう」
同時、セイバーは剣を構えた。
腰を落とし、今にもメルトに飛びかかろうとしている。
「何を――」
言葉とともに、反撃へ自身も転じようとして、メルトは気がつく。
――動かない。
否、何かが身体に重石を乗せている。
重圧だ。
おどろくべきことに、メルトリリスの身体は大きく鈍っているようだ。
「舞い散るが華、斬り裂くは星! しかして讃えよ!」
そこに迫るセイバーは、決して自身の速度が大幅に向上したわけではない。
ただそれでも解るのだ。
この一撃は――躱せない。
否、躱せるが、躱すべきではない。
「――――
斬。
切られた、深くはないが――それでも一太刀。
痛みの熱とともにメルトリリスがそれを感じた直後であった。
髑髏広がる死の大地に――黄金の劇場が誕生する。
「な……っ」
思わず漏らす、メルトリリスは目を見開いた。
生まれでた劇場は絢爛であった、あらゆる華美がそこにはあった。
紅いドレスに身を包む、セイバーの姿がそこに映える。
広がった光景は、思わず息を呑むには十分だった。
黄金の輝きが、飾られた過剰なまでの光が周囲を照らす。
まるでそこがセイバーそのものになったかのような。
セイバーの思いが世界に漏れでたかのような。
――愛歌は、思わず息を漏らす自分に気がついた。
「――――綺麗ね」
ふと漏れた言葉は、けれどもセイバーにとっては予想もしていなかったものである。
とは言え直ぐに納得し、なるほどそうかと視線を向けて頷いた。
「……そうか、感謝するぞ、奏者よ」
今はそれで十分だ。
思うことは幾らでもあるが――目の前には、それを許さぬ敵がいる。
「……何をしたの」
セイバーと真正面から相対し、苦々しげに顔を歪める少女が一人。
メルトリリスは、セイバーをにらみそこにいる。
自分の状況を理解しているが故だろう。
それゆえに、少女は高慢であれど油断はない。
その眼には、明らかな怒りが揺らめいていた。
「簡単な事だ。余は貴様の横暴を許さない。この宝具は、それを体現するためのもの」
「……黄金の劇場。たしか貴方の真名は……なるほど、これは自分の思い描いたわがまま以外は許さない、悪趣味な牢獄というわけ」
それはすなわち、セイバーのあらゆる行動が“まかり通る”絶対皇帝圏。
セイバー自身が建築し、セイバー自身が築きあげるのだ。
故に、彼女の望むがままに、彼女にとって最大限有利な状況が作られる。
結果として、メルトリリスはその行動を著しく制限されるのだ。
「――征くぞ」
声がけとともに、再びセイバーは静止画の世界へと身を投じる。
メルトリリスの答えはなかった。
必要などありはしない。
わかっているのだ。
もう、両者に差と呼べるものはないのだと――
◆
――思わず、愛歌はセイバーの宝具に舌を巻いた。
なるほど“これはよく出来ている”。
世界に滲み出るセイバーの象徴、それは一見固有結界のようではあるが、性質はまったくもって異なる。
一からつくり上げるのだ。
すなわち上書き、それは、愛歌の切り札、怪獣女王とすこぶる相性がよく、また悪い。
愛歌のポトニア・テローンはほぼ固有結界と同一形式の魔術である。
故に、敵に回せばそのまま結界の上に上書きされるし、味方であればこのように――重ねがけのように建造することも可能なのである。
目前で迫るセイバーに、メルトリリスは足を添えて、吹き飛ばされる。
追撃のセイバーを、メルトは防戦一方に受け止めた。
ほぼ完全に両者の差が拮抗している。
若干まだメルトが上を行く可能性はあるが、それは愛歌が抑えてしまえばいいことだ。
ともあれ、怪獣女王と黄金劇場、二つの大魔術の併用によって、メルトとの戦力差は大きく埋まっていると言えた。
――チャンスだ。
この機を逃してなるものか。
追いすがるセイバーに、愛歌もその横に並んだ。
「――くっ!」
メルトリリスが愛歌へ向けて刃を払う。
回し蹴りから放たれるのは水の刃だ。
迫るそれを転移で躱すと、メルトの意識はセイバーへ戻る。
連撃が、セイバーの手元で数多に踊った。
振り払うべく薙がれる剣は、けれどもメルトリリスを捉えることは能わずに、一歩、セイバーは後方へ引く。
――そこへ、メルトは即座に一撃を叩き込む。
これが本命だ。
膝に備え付けられた槍がごとき棘、迫るそれを、セイバーは躱せない。
だが、
「甘いわね」
――直撃する寸前、愛歌がそこに現れる。
入れ替わったのだ――ではセイバーは?
そして、愛歌もまた動きを見せている、伸びる手のひらに、加えて言えば、この位置ではメルトの棘は刺さらない。
「なるほど、やって、くれるわね!」
即座に身体を反転させた。
地に足を突き刺して、強引に身体を押しとどめると、勢いそのまま回し蹴りを後方へ放つのだ。
――セイバーがいた。
斜めに振り下ろすべく剣を構えて、――両者はそこで激突する。
それもまた一瞬である。
後方には愛歌、メルトリリスは動かないわけにはいかなかった。
弾かれると同時に跳んで後ろへと下がる。
愛歌が存在していることは織り込み済み、眼下に少女を見下ろしながら、牽制とばかりに水の刃を撃ち放つ。
着弾、地面にである。
愛歌は消えて、セイバーが追いすがってきている。
これもまた足で受け止め、両者の剣戟が始まった。
押したのはメルトリリスだ。
セイバーの剣に圧がない、いうなれば自然体、全力であっても、前傾ではない。
であれば素のスペックでは未だメルトリリスが上手に立つ。
だからこそ――愛歌がそこに効いてくる。
「さすがに、……女神様って言ったところかしら!」
現れた愛歌に蹴りを放ち、しかし転移で交わされる。
現れるのはメルトのすぐ側、毒の花びらを携え肉薄してきた。
「幾度となく聞いた言葉ね、もう少し、何かひねりを加えたらどうかしら」
言葉とともに突き出されるそれを、メルトリリスは回避し反撃にうつる。
わかっている、これに意味は無い、だがしなくてはならない――メルトはその一撃を誘導されているのだ。
「生憎と――」
このまま行けば、愛歌に放った膝蹴りをかわされ、逆にセイバーが現れ切り払われる。
回避したところに再び愛歌――そんな流れだろうか。
無論、このまま愛歌がメルトと共に舞い踊り続ける可能性もあるし、そうでない場合もある。
この一撃事態が仕切り直しの合図になる可能性もあるだろう。
――だが、それら全て、メルトにとって本意でない結果になるだけ。
この状況は、ここで打破する必要がある。
黄金劇場にしろ。
怪獣女王にしろ。
それらが時間経過で失われることはおそらくありえない。
それほどまでに愛歌の魔力量は隔絶している。
であればこそ、――行動を移すのであれば、即断即決こそが正答であるとメルトリリスは知っていた。
「誰かを罵倒するよりも、直接この足で、詰ってあげるほうが好みなの――!」
言葉とともに、メルトリリスはおおぶりに足を振り回す。
――大振り故に、それが大きな隙となる。
セイバーとて、愛歌とてその意図を理解できないはずがない。
罠である、しかし、その結果が読み取れない。
かかったとしてどうなる? 退いたとしてどうなる?
唯一解ることは、この一撃が何の脈絡もないということだ。
そこからつまり――乗らなければ、この一撃はそのまま終わる。
再び振り出しに戻るだろう。
こればかりは、想定外と言わざるをえない。
(どうする奏者よ!)
(膠着しているのはどちらも同じ、あちらの誘いに乗るのは癪だけれど――決着をつけにいくなら、ここしかないわ)
こちらもまた、果断にして英断であった。
動かない理由がないのなら、迷うという選択肢はありえない。
愛歌もまた、ここで決着をつける意思を固めた。
故にセイバーは転移する。
まずはこの隙、突いてみるのが正解だ。
鋭く尖った点の一撃、もっとも最小の動作で放たれるそれは、回避という選択肢をメルトからはぎ取る。
――はずだった。
目の前から消え失せた――メルトリリスの気配が、背後に生まれたのである。
「な、は――」
疾い、というレベルではない、消えて、生まれた。
そのレベルの動きだ。
驚きに顔を歪める暇すら無い、セイバーは今、後ろを取られている――!
――――どういうことか。
簡単だ。
これがメルトの全速なのである。
瞬間的なトップスピード、それ事態は、今のセイバーであれば対応出来ないほどではない。
だが、セイバーは見誤っていたのだ。
メルトの速度が低下していたために――黄金劇場が、メルトの能力を制限していたために。
この一瞬を作り出すために、敢えてメルトは自身の速度に制限をかけていたのだ。
――黄金劇場の効果は強烈が故、“どれほど能力を低下させても不思議ではない”。
だが、問題は――それ自体が状況の打破にさほど影響を与えないということだ。
このままメルトがセイバーに飛びかかっても、それでは愛歌が入れ替わり往なしてしまうだけ。
これではわざわざ切り札を一つ切った意味が無い。
であれば、どうすればよいか。
決まっている――もう一つ切り札をキレばよいのである。
そう、ことサーヴァント同士の戦闘において、切り札など最初から一つだけ。
セイバーがそうであるように、メルトリリスも宝具を使用するだけのこと。
「――――やってくれるわね」
対応のため、愛歌がセイバーと入れ替わる。
――それ以外に、この状況を対処する方法がないのだ。
その後は、空間転移で後方に下がるなり、反撃に打って出るなりすればいい。
通常であれば、だが。
「あっははは! 女神様と言えど、選択肢がひとつしかなければこうなる他にないのよね! そしてぇ――」
――メルトの身体から、ゆっくりと“それ”は溢れ出る。
透き通るほどの水晶が蒼に満ちた器に浮かび上がる。
すなわち“水”――それが、沙条愛歌の足元を捉えるのだ。
動けない――否、そうではない。
“動く隙すらないほどに、この宝具は広くを捉えているのだ”。
つまり、この結界――ポトニア・テローンそのものを、メルトリリスは捕まえている。
「この宝具は、空間転移ごときで逃げられるほど、寂寥な宝具ではないのよね!」
メルトリリスは飛び上がる。
――勝利を掴むため、ここで彼女は賭けに出る。
「
全てを溶かし、群体すらもひとつの水へと変える業。
御業の一撃が――怪獣女王を支配するべく現れた。