ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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72.そして――――

 決して、届かない場所に沙条愛歌はいなかったはずだ。

 

 ――短い付き合いではある。

 ほとんど、互いに会話と言えるものを交わしたことはほぼない。

 

 それでも、解る。

 

 アレは、いかにもメルトリリスの鏡であったから。

 しかもたちの悪いことに、それに気がついているのは自分だけと来ている。

 だってそうだろう。

 愛歌は確かに似ているが――今の愛歌は、メルトリリスとは、随分遠い位置にいるのだから。

 

 ――その足跡を見ることのできた、メルトリリスだけが理解できたのだ。

 

 どういうわけか、あの女神は随分と前に行っている。

 本来、メルトのような存在は、全てが自己で完結している。

 誰かを愛することはあるだろう、誰かのために、という思いもあるだろう。

 

 だが、それを完遂するために、その誰かの意思は必要ない。

 メルトリリスとは、沙条愛歌とはそういった存在のはずだ。

 

 それなのに、今の愛歌は、どうにも輪郭がぼやけて見える。

 メルトに振り返ることもせず、どこか遠くを、遠くの誰かの方を見ている。

 まるでその誰かがいなくては、自分は完璧足り得ないとでもいうように。

 

 ありえない。

 ――愛歌は、そんな感情は必要ないのだ。

 

 それでも、実際にそうなっているのだから。

 

 思わずには居られない。

 

(あぁ――まったくもって)

 

 それは自分にないものだから。

 必要はないけれど、ソレデモ故に、絶対に手の届かないはずのものだったから。

 

 

(――――羨まし言ったら、ありゃしない)

 

 

 どうしようもなく、憧れた。

 

「……そういえば」

 

 沙条愛歌はふと、メルトリリスに問いかける。

 ――戦場は、既にサクラ迷宮の一角へと戻っていた。

 巨大な桜のレリーフの前、寄りかかるように、メルトリリスは倒れこんでいた。

 ぽっかりと胸のあたりを空洞にして、けれども決して血が流れるだなんてこともなく。

 

「何かしら」

 

「――いえ、なぜこんなことをしたのかしら、と思って」

 

「それを……今更聞くの?」

 

 呆れたことに、愛歌はそんなことを問いかけてきた。

 

「なぜって、そんなの……私に言われてもこまるのよね」

 

 結論を言えば、それに落ち着く。

 必要のない物を追い求めていたから。

 それは確かにそれらしいが、結局本質ではないだろう。

 

 メルトリリスにとって、愛歌とは羨ましいけれども、ただ“羨ましいだけ”の存在なのだから。

 嫉妬もしようが、けれどもそれが憎悪にはつながらない。

 だから、“至極まっとうにどうでもいい”のだ。

 

「――まぁ、何もおかしなことは無いのではないか?」

 

 脇から、セイバーがそんなことを言う。

 愛歌が視線を向けて促すと、うむ、と彼女は頷いた。

 

「あの者達の弔いでも、したかったのだろう?」

 

「……はぁ?」

 

 理解できないと、メルトリリスは首を傾げた。

 誰であるかはすぐに分かる。

 ――なぜ、そうなったのかはまったくもってわからない。

 

「よりにもよって、それ? ありえないと思わない? 何のために私がそんなこと」

 

「それ以外に何の理由がある。まさか、逃げられぬと知ってやけを起こしたわけでもあるまい」

 

 このままでばBBによって、遠からず自分は意味を逸する。

 アイデンティティの消失は、自我を持つものにとって、絶対に避けなければならない命題だ。

 だから――と、

 

「それ以外に何があるの? 至極合理的な理由だと思うのだけれど」

 

「……あら、それならおかしいわ。一番まっとうな選択を取るのなら、私達の仲間になるのが正しいのではなくて?」

 

「――――ぁ」

 

 少し、ほうけてしまった。

 脇からかけられた愛歌の言葉に、メルトは思わず納得してしまった。

 

 ――そうだ。

 生き残りたいのならば、愛歌たちの元へ降れば良い。

 そうすれば、最悪生きて月の裏側を出ることは叶うだろう。

 メルトは何も慎二たちのように、既に月の裏側で死亡した身ではないのだから。

 

 それを、メルトは“思い至りすら”しなかった。

 たとえ思いついても、実行しようとはしなかっただろうが――

 それは間違いなく、“プライドが許さないから”という理由ではない。

 

「そう……そうだったわね」

 

 理解する。

 ようやく、ストンと胸の中にそれは降りてきた。

 ――悪くない、この感覚はまったくもって、悪くない。

 

「ふむ、良い顔をするではないか」

 

「そうね、別にどうでもいいといえば――――」

 

「奏者ほどではないが、余は貴様にもむらむらくるぞ!」

 

「……って、ちょっとぉ!?」

 

 何やら、愛歌とセイバーは変な会話をしているようだ。

 よくわからないが――

 

「……変な人達」

 

 答えを得た今は、それもどうでもよくなってしまった。

 

「行きなさいな。私はここで果てていく――後は、全部貴方に任せるとするわ」

 

「……そうね」

 

 言って、愛歌はふと頷いた。

 既にメルトリリスはその体の大半を塵に変えている。

 これでもう、彼女はオシマイだ。

 何もかもがこの月の裏側から消え去ってしまう。

 

 それでも、本人は全く嫌な顔一つしていない。

 むしろあまりにも晴れやかな顔で――

 

「……私は、託したかったのね」

 

 そんなことを、ぽつりとつぶやく。

 

「アレは、随分と不快ではあったけれど、嫌いではなかった。――それがアレだけ体を張ったのだもの、自分がそれを無意味にしたくはなかった」

 

「…………」

 

 愛歌は、何も語らない。

 ――メルトは続けた。

 

「結果が、これ。不器用だけれど、AIらしいといえばらしいのではないかしら」

 

 だから十分だ、そう笑う。

 けれども――

 

「それは違うぞ。……そんなことを思うようでは、メルトリリス。貴様は決して、AIで収まるような手合いではないよ」

 

「――――」

 

 ふむ、と頷く。

 メルトリリスは――あることを思い出した。

 

「――私は、AIとしては何のために生まれてきたのかしら」

 

「どういうことだ?」

 

「リップは、守られるために恋をした。……私は? 何も得ていない。手に入れるための恋、きっとそれがしたかったはずなのに」

 

 ――つまり、自分がわからなくなった。

 メルトリリスは、そういいたいのだ。

 本人は、それすらも言語化できていない様子だけれども。

 

 それに、

 

 

「――――恋なんて、碌なものじゃないと思うわ」

 

 

 愛歌は、そっけない言葉で言ってのける。

 

「相手が要るの。しかも、それは自分にとって、誰よりも素晴らしい人じゃなければならない。それに加えて、“相手はこっちを振り向いてくれるかなんて未知数”なのよ。……不合理極まりない、不毛な行為」

 

 ほとんど息継ぎ一つなく。

 よどみを覚えず愛歌は言い切った。

 それこそが、今の彼女の答えであるというように。

 

 ――それは、どこかぶっきらぼうな言葉ではあったけれど。

 

「――――」

 

 メルトの心を撃ちぬくには、十分だった。

 

「……あーあ」

 

 理解した。

 “愛歌は一体何を知ったのか”。

 

 その結論は、語るまでもないだろう。

 

 ともかく、メルトは最後にぽつりと、つぶやいて。

 

 

「――ほんっとうに、羨ましいわ。私も、貴方みたいな恋、してみたかったなぁ」

 

 

 らしくもなく、そんな言葉を口にして。

 

 泡沫のごとく、世界から消え去ってしまうのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――――奏者よ」

 

 階段を駆け下りながら、ふとセイバーは呼びかける。

 既に二人、凛達の通信はまだ届くものの、声をかけてくることはない。

 

 メルトリリスとの戦いが終わり、桜のレリーフも彼女自身の手によって消滅した。

 かくして、両者は今、最後の舞台へと向かっている。

 

 その足に迷いはなく。

 愛歌もセイバーも、いまさら立ち止まるつもりはない。

 ただ――

 

「なぁに?」

 

 それでも、いささか迷宮の最奥へは時間がかかった。

 本の数分ではあれ、会話の余裕は存在していた。

 故に、セイバーは声をかけたのだろう。

 

「余は、奏者のことを愛しているぞ」

 

「知っているわよ……」

 

 嘆息とともに、愛歌は頷く。

 これまでセイバーが一体何をしてきたか、今更語るまでもないだろう。

 それにどれだけ煮え湯を飲まされてきたか、愛歌はチラリとセイバーを睨む。

 

 ――が、しかし。

 

「――忘れるな、そう言っているのだ」

 

「……何だか、前にもそんなことを言われた気がするわ、何度も」

 

 セイバーの顔は、随分と真面目なものだった。

 先程も、そうやってからかってきたというのに、今はこんな顔をする。

 ――ここが大一番だから?

 いや、そんな殊勝なサーヴァントではないはずだ。

 

「さて、そうだったかな。……まぁ気にするほどのことではない。気に留めておけばそれでよい」

 

 まったくもって――それはセイバーからしてみれば、似合わない言葉だった。

 さもどうでも良いかのように、けれども決してそうではないと思っている。

 二律背反、なぜそのように迷う? であれば愛歌はどう反応すればいい?

 

 解らないことだらけだ。

 

 まったくもって、セイバーですらこうなのだから……

 

「はぁ……」

 

 嘆息。

 ――人というのは難しい。

 わかってはいる、そういうものだと。

 けれども、そう思わずに入られないのだ。

 

「ともかく、これが最後よ、迷うことなく進みましょう? その方が、ここまで来た意味があるというもの」

 

「……そうだな。あまり気負っていても仕方がない。――その時はその時、もっと享楽的なのが余なのだから」

 

 ――つまり、とセイバーは続ける。

 

「故に、後悔だけはしないこととしよう。たとえこの先に何が待ち構えていようとも。後悔だけは、決して」

 

 それには、愛歌も同意する。

 ――これでようやく、全てが終わる。

 

 そして――――

 

 

 始まるのだ、この戦いに、月の裏側へ引導を渡すための戦いが。

 

 

 ◆

 

 

 ――そこは、いかにも静寂な空間だった。

 愛歌は語らず、セイバーは睨む。

 無機質な機会の音声だけが響く。

 

 曰く、侵入者を検知、これより先に進むべからず。

 ――その声は、間違いなくBBのものだった。

 

 予想はできていたことではある。

 

 ――――既にBBはムーンセルを掌握している。

 

 その上で、この不毛なゲームを愛歌へ仕掛けた。

 正確の悪い彼女らしい考え、自分たちは踊らされていたのだ。

 

 だからどうした。

 

 たとえそうだとしても、それに対抗しうるよう、愛歌達は手札を揃えた。

 若干の危険は伴ったが愛歌は成し遂げたのだ。

 

 故に負けない。

 負けは絶対に考えない。

 

『……気をつけて、あなたは私達の最期の希望。――愛歌、負けるんじゃないわよ』

 

『ご武運を。あまり言葉を連ねるつもりはありませんが、とりあえずそれだけは伝えておきます』

 

 凛が、そしてラニが、通信機越しにそう伝える。

 おそらく、このまま何事もなければこれが最後の会話になるだろう。

 

 愛歌達が勝利すれば尚更。

 

 ――三者は、月の表へと帰還することになる。

 今、愛歌はこの二人の期待を背に戦っている。

 けれども、表へ帰れば、それはそのまま敵意へと変わるのだ。

 

 少なくともラニ=Ⅷは、敵になる。

 

 構わない。

 その程度のことを期待するほど愛歌はお人好しではないし、楽観主義者でもない。

 

 ただ、少しだけ――こうして彼女たちと触れ合ったのに、手放さなければならないものがあるというのは、いかにも惜しい。

 

 結局のところ愛歌は――

 

『――――センパイ』

 

 思考の最中に割って入るように、間桐桜が最後に声をかける。

 

『健康管理AIの私が、こういう無茶な期待を押し付けるのは、本当ならありえないことなのですが――それでも、今はそれしかありませんから、言わせてください』

 

「…………」

 

 愛歌は答えず耳を傾けて、

 

『絶対に――――』

 

 しかし、

 

 

「――――お待ちしておりましたわ、皆様方」

 

 

 それを遮る声がひとつ。

 

 女の声だった。

 

 ――見えてくる。

 遠くには、“三つ”の人影が見えた。

 

 横に並び立つ二つ、それと向かい合う、空に浮かんだもう一つ。

 

 一つの方はBBで、そしてもう一つは――

 

 ――影は振り返り、そして満面の笑みで愛歌を見た。

 

「……やっぱり」

 

 呆れの吐息とともに、愛歌は彼女をそこで見とめた。

 

 そう――

 

 

 ――――死んだはずの殺生院キアラが、今も確かに、そこにいた。

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