ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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74.開幕する最後の宴

『…………外道』

 

 事これに関して、――キアラの態度は、まさしく凛の一言に集束されるだろう。

 それほどまでに、殺生院キアラは多大な愉悦で持って、BBを陥落してみせた。

 

 鮮やかなまでの手口は、さしもの愛歌とて怖気を禁じ得ない。

 

「――さて」

 

 そして、それほどのことをやってなお。

 まるでBBのことなど最初からどうでも良かったかのように、キアラは愛歌へ振り向いた。

 

「ようやく、こうして真っ向から相対することができますわ。――貴方を、私のものへすることができる」

 

 魅せつけるようにして、BBを貶め、嘲笑い。

 それを手土産に、キアラは愛歌を挑発した。

 間違いなくそれは、愛歌自身を揺さぶるためのもの。

 

 ――けれども、生憎と愛歌の興味はキアラヘなかった。

 

 そも、振り返った先に愛歌の姿はなかった。

 ただ油断なく、キアラを睨むつけるセイバーの姿があるのみ。

 

 だとすれば、愛歌は――?

 考えるまでもなく、キアラの後ろに、気配が出現した。

 

「おや――」

 

 互いに背を向けあって、愛歌は“BBの元へ”転移して現れたのだ。

 

「本当に――本当に、本当に無様ね、BB」

 

 ここまでして、貴方の価値など何もなかった。

 ――そう言い切って、愛歌はBBを見下ろしていた。

 

「……何の、ようですか」

 

 対するBBは、まったくもって憔悴しきった様子ではあったが、澱むことなくそれに応ずる。

 バカにしに来たのかと、そう睨みつけるのだ。

 

「あら、自己が崩壊して、それでもなお反応するなんて、人間技じゃないわね。実にAIらしい、というところかしら」

 

 勿論そのとおりだと、愛歌は言外に同意してみせた。

 無理もない、お互いに――愛歌にとってもBBにとっても、お互いは絶対に相容れない天敵同士なのだから。

 

「貴方のしたことを、根に持っていないといえば嘘になるけれど、それでも別に、貴方が嫌いかといえば、そうではないのよね」

 

 とはいえ、愛歌はそれでBBを罵倒するような手合いではない。

 今は“その御礼も兼ねて、多少はBBを貶しながらも”話をしようとやってきた。

 そういうことだ。

 

「……それで? ――私は貴方が嫌いです。絶対に、間違いなく、これからもずっと」

 

「そうね、私もきっと、貴方のことは“どうでもいい”わ。最初から――きっと、今この瞬間に至っても」

 

 未来永劫、BBは愛歌を好まないと、そう宣言した。

 ――同時、愛歌もまた過去現在、自分にとってBBという存在は、この世にあってなお意味のないと宣言する。

 

 互いに、お互いのことを絶対に好かないと確認し合ったうえで――

 

 

「――――それでも、貴方を肯定することが、私にはできる」

 

 

 沙条愛歌は、そう言い切った。

 

 

 ◆

 

 

「では、そうですね。あまり長い時間をかけても意味はないでしょう。――BB、命じますわ。私にムーンセルの管理権限を」

 

 殺生院キアラは、愛歌とBBの会話をそこで打ち切って割って入る。

 振り返りながら言うそれは、余りに無常ではあったが――

 

「……オーダーを、受諾。これより三分後、ムーンセルの管理権限をマスター:殺生院キアラに委託します」

 

 答えたBBの言葉の中に、時間の猶予が見受けられる。

 つまりは、こういうことだろう。

 ――話をするなら、その三分で済ませてしまえ。

 

 長話をする必要もない。

 その程度で、十分だろうと。

 

「そうね。じゃあ……」

 

 ――そしてそれに愛歌も相違はないと応じて、少しだけ、言葉を選ぶ。

 けれども、言うべきことは一つしかないだろう。

 言いたいことは幾らでもあるが、BBに、かけるべき言葉は一つだけ。

 

 そう、それこそが――

 

 

「――安心なさい、貴方は正しく、人としてそこに在るのだから」

 

 

 ――――それこそが、“沙条愛歌にとっての本心”でもある。

 

「人として? 貴方は何を言っているのです?」

 

 対するBBは、全く何もわからないという調子で答える。

 まったくもってその通り、それはまさしく愛歌の妄言としか思えなかった。

 

 よりにもよって、今まさに人間性を否定されたBBに対して、貴方は人だなどと。

 ――嘯くにしろ、ましな言葉はなかったというのか。

 そんな侮蔑どころか嫌悪に近い言葉を無視して、愛歌は続ける。

 

「何もおかしいことはないでしょう。貴方は自分の存在に絶望した。自分には何もないと言われて、それをどうも思わない人はいないのだから」

 

 自然なことだと、愛歌は言う。

 けれどもありえない。

 

「生憎だけれど、私はAI。貴方が何を言おうと、それはあくまで自分の存在を否定された衝撃でしかない」

 

「――でも、絶望したでしょう?」

 

「それは――!」

 

 否定出来ない。

 否定するつもりになれない自分がいる。

 

 仕方のないことだから?

 自分の今の状態を定義するならば、絶望以外のそれがないから?

 

 ――なら。

 

「なら、“貴方が私に抱いているもの”は何? ――少なくとも、その一点に関して、私は断言してあげる。決してそれは“機能”ではない」

 

 AIとしての当然の思考回路ではない。

 そう、愛歌は言い切った。

 

「そんな、はずは――」

 

 ありえない――ということはない。

 “十年もの間愛歌を観察した”。

 その上で、変わらないことが何一つあったということはありえない。

 

 まず、何よりも愛歌の態度。

 それまで完全に自分を認識していなかった――おそらくはAIだから――愛歌が、そこでようやくこちらを対等に扱った。

 

 であれば、何故か。

 彼女の態度が変化したのは、“自分が変わったから”ではないか?

 そう考えなければ説明がつかない。

 あそこまで徹底してBBを無視していた愛歌が。

 

「――そんな、はずは」

 

 ない。

 

 言い切ることは、ついぞできなかった。

 

 ――――ゆっくり、BBの体が溶けて透ける。

 殺生院キアラに取り込まれようとしているのだ。

 それを今更止めるということはできない。

 見越した上で愛歌達は対策を用意しているのだから、それを切るだけだ。

 

 その時は刻一刻と迫っている。

 一拍、開いた沈黙に愛歌はセイバーをちらりと見た。

 

 今も憮然とした態度で自分と、キアラ、そしてBBを見ている。

 ――切り札の一つ。

 

 神話礼装。

 それはすなわちサーヴァントの“原初”を引き出す力。

 これはBBの「バビロンの大淫婦」へ対抗するための手段だが、キアラへの対抗札ともなりうるだろう。

 

 そして、もう一つ――

 これは愛歌の切り札であるが――いや、今はそれはともかく、だ。

 

「感情というのはね、案外単純なものなの。これは桜にも言ったけれど――良いことは良い、そう言い切るだけで、感情はかなり単純になるわ」

 

 語る。

 それはBBへ向けるための言葉でもあり、

 

 ――同時に、沙条愛歌が自己の中で、それを確立するための儀式でもあった。

 

 あぁ、そうだ。

 ようやくわかった。

 否、わかってはいたが、ここでようやく形に出来た。

 

 もやもやとした霧―ー“理解したことで得たそれ”は、余りにも複雑怪奇で、理解不明なものではあるが、“それでいい”のだ。

 なにせそれこそが――

 

 

「――人が人であることの証明。わからないことが、人であるということよ」

 

 

 ――――それこそが、愛歌がこの月の裏側で手に入れた、結論であった。

 

 決定的なものが、心の奥底からあふれだす。

 

 あぁそうだ。

 これこそが感情。

 これこそが情動。

 これこそが――人。

 

 誰かを愛し、誰かを理解できないことを悩む、極普通の感覚だ。

 

「わからないことが、人?」

 

「そう、私もね、不思議な感覚だけれど、こうすることで――わからないということが、わかってくる」

 

 あまりにも不可思議なものいいではあった。

 だが、“ストンと腑に落ちる”。

 それはまさしくそういう言葉だった。

 

「それでよかったんだわ。わからないからと理解しようとする必要はない。――これは私のように“全てを知っている”ような手合いからするとね、相当難しいことだと思うのよ」

 

 ――逆に、人の感情を“理解できない”ことで存在として定義されるAIもまた、同様に。

 それは枷であった。

 自分が人であるということを確定させる上で。

 

 それでも。

 

 結論は、出た。

 

「……何が、複雑よ。何が、難しいよ。そんな事、余りに単純なことじゃない」

 

 けれども。

 

「あぁ……こんなにも、貴方の言葉が理解できる。どれもこれもが、おかしな物言いだというのに、それでもわかってしまう。卑怯、卑怯ですこんなの……!」

 

 それが、答だった。

 

「今更、そんなことを言われても困る……! 私は、もっと自分が解らなくなってしまう。……それじゃあ、それじゃあ――!」

 

「……惜しい? 自分の存在を失うことが」

 

 今もなお、BBの消滅は進んでいる。

 だから、ここが分水嶺だ。

 

 ――彼女はここで悩むことができる。

 結論を、出すことができる。

 

 そして、それを持ってこの問答を終わりとしよう。

 

 ――愛歌は、人という存在が解らなかった。

 

 だから、沙条綾香の真似をした。

 

 それによって、人という感覚を得た。

 

 それがこの旅の終わり、ようやく手に入れた、愛歌の結論。

 

 そして、それを観察し続けた、BBの――

 

 

「…………うん、私は。私は、まだ、死にたく――ない」

 

 

 消滅でもあった。

 

「……おつかれ、さま」

 

 消え失せた影にそう言って。

 愛歌はゆっくりと振り返る。

 

 かくして、少女はひとつの形を変えた。

 

 混沌なる災禍、ポトニア・テローン。

 世界そのものと化すはずだった少女は、しかし。

 

 ――前を向いた。

 少女は確かに儚んでいた。

 消え去ったBBを惜しみ、そしてそれを寂寥に変えた。

 

 同時に、少女の顔は、どこか晴れやかだ。

 もう憂いはないと、後は全てに決着をつけるだけだと。

 

 愛歌は生まれ変わる。

 

 

 ――――どこまでも人らしい顔で、これまで一度として浮かべたことのない穏やかな顔で、キアラを見据えていた。

 

 

「終わりましたわね」

 

「おかげさまでね」

 

 キアラの言葉にそう返し、愛歌は一歩踏み出した。

 同時、転移でキアラの後ろに出る。

 両者は再び背を向けあって――

 

「……殺す。ここで貴方の咎を、幕引きにしてあげる」

 

「大変結構。実に麗しい劇でございましたわ。……茶番、と言ってあげるほうがよろしいかしら」

 

 ――愛歌の顔に怒りが浮かんだ。

 こいつが、最後の敵だ。

 

 目の前に――決着を着けるべき相手がいる。

 

「であれば、私もそのように振る舞わねばありませんわね。アンデルセン、準備を」

 

「ふむ、頃合いか」

 

 アンデルセンが、そこでようやく傍観者ではなく、一人の役者として舞台にあがる。

 とはいっても、彼の役割はあくまで物語の進行役であるのだが。

 

「……セイバー!」

 

「あぁ――! 征くぞ奏者よ!」

 

 愛歌の言葉に、セイバーの叫びが返ってきた。

 待ちわびていたと言わんばかりに、彼女はそこで剣を振るう。

 己の存在を、全力で誇示していた。

 

 振り返り、再び愛歌は相対する。

 同時に、ここでセイバーも壇上に上がる。

 役者は揃った、舞台はこうして幕を開け――

 

「――ですが、その前に」

 

 

 ――開けることはなく、セイバーはこの空間から姿を消した。

 

 

「……な」

 

「お色直しの必要がございますの。ですのでまずはそちらのサーヴァントから。そして貴方には、もう少しここに残っていただきます」

 

『気をつけて、愛ザザ――』

 

 同時。

 

 ――通信の向こう側にノイズが走る。

 凛達もまた、この場から隔離された。

 

 これで、愛歌はこの場に取り残されることとなる。

 

 ――危機か?

 否である、キアラの様子がおかしい。

 つまり、戦闘ではなく、その前の何かを、愛歌に見せつけようとしているのだろう。

 

 それを許すことになるのは業腹だ。

 だが、ようやくここまできた。

 全てが終わりに近づこうとしている。

 

 キアラを捉えた。

 

 そう、それだ。

 ――これが最後の戦いとなる。

 

 泣いても笑っても、終わりはもうそこまで来ている。

 愛歌に何一つ躊躇いはない、あとは目の前のそれをどうにかするだけでいい。

 

 簡単ではないか。

 これまでと何一つ変わらない、たとえそれが、どれだけ全知全能に近かろうと、不滅であることなどありえないのだから。

 

 もうそこまで来ている。

 さぁ、戦いの時だ。

 

「――行くわ、貴方のそれを、私は全力で止める。それが私の役目、こうしてここで、私がしなければならないこと」

 

「よろしいですわ。その心意気、しかと受け取りました。――ですがご生憎、貴方のそれは無意味に変わる。だって私は、これより神になるのですもの」

 

 キアラもまたもはや言葉はないとそう叫ぶ。

 名乗りを上げる。

 もはや躊躇いは不要。

 

 

 魔人キアラは、かくして爆誕の時を迎える――

 

 

「残念でしたわね。たとえ貴方であろうと、そこにあるのは絶望ですわ。――見せて差し上げます。そして絶望なさい、己が無力を――惨めな姿で!」

 

 そこには、血気せまる修羅があった。

 女は、かくして愛歌のそれに応えて、自身の気配を膨れ上がらせ――――

 

 

 そして、

 

 

「――――なんて、言うはずがございませんわ」

 

 

 それを、一瞬にして霧散させる。

 

「……え?」

 

 ――突然、その豹変に愛歌は理解をできないという様子で目を見開く。

 確かにキアラは、こうしてここで魔人となるはずなのだ。

 なのに、なぜ今の彼女はそれを“どうでもよい”という様子で笑っている?

 

 アレは確かに魔性の菩薩だ。

 だからこそ、人を愛し、愛さなくては生きていけない。

 

 だからこうして愛歌の敵として、倒さなければならない存在として、そこにいるのではないのか?

 

「――堕落ですわね。そんなこともわからないとは」

 

 だのに、キアラは嗤っている。

 嘲笑っている。

 それは愛歌を愛するためではなく――愛歌を侮辱するために。

 

 今の愛歌に、何の意味もないとでも言わんばかりに。

 

「――人になった? 貴方はそう仰りましたよね?」

 

「それが、何だというの?」

 

 当然ではないか。

 それを、この月の裏側で結論としたのだ。

 

 ――騎士王がつなぎ、キアラを打倒することで手に入れた、結論。

 

 その何処に、恥を覚える必要がある。

 

「――教えて差し上げましょうか?」

 

「何……?」

 

 訝しむ。

 この女が、一体何を言っているのかがわからない。

 必要のないことを口にしようとしている、それは解る、惑わせるために、言葉を投げかけようとしているの在ろう。

 

 だが、わからない。

 ――その予想が一切たたない。

 

 一体何を語るという。

 あの女は、いまさら愛歌に何を向けようという?

 

「目をそらしている。貴方はこうして確かに孵化した。だけれど、そうしたことで発生した問題から眼をそらしている。――良いですか?」

 

 かくして、

 

 

 ――キアラは語る。

 

 

 それを、――扉を開く。

 

 引き金を引く。

 

 どちらでもよい、ただ確かなことは――――

 

 

「――――――――貴方は、これまでどれほどの命を奪ってきたというのです?」

 

 

 それが愛歌の予想もしなかったことでもあり――愛歌の手を止めるには、十分すぎるものだった。


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