ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
『…………外道』
事これに関して、――キアラの態度は、まさしく凛の一言に集束されるだろう。
それほどまでに、殺生院キアラは多大な愉悦で持って、BBを陥落してみせた。
鮮やかなまでの手口は、さしもの愛歌とて怖気を禁じ得ない。
「――さて」
そして、それほどのことをやってなお。
まるでBBのことなど最初からどうでも良かったかのように、キアラは愛歌へ振り向いた。
「ようやく、こうして真っ向から相対することができますわ。――貴方を、私のものへすることができる」
魅せつけるようにして、BBを貶め、嘲笑い。
それを手土産に、キアラは愛歌を挑発した。
間違いなくそれは、愛歌自身を揺さぶるためのもの。
――けれども、生憎と愛歌の興味はキアラヘなかった。
そも、振り返った先に愛歌の姿はなかった。
ただ油断なく、キアラを睨むつけるセイバーの姿があるのみ。
だとすれば、愛歌は――?
考えるまでもなく、キアラの後ろに、気配が出現した。
「おや――」
互いに背を向けあって、愛歌は“BBの元へ”転移して現れたのだ。
「本当に――本当に、本当に無様ね、BB」
ここまでして、貴方の価値など何もなかった。
――そう言い切って、愛歌はBBを見下ろしていた。
「……何の、ようですか」
対するBBは、まったくもって憔悴しきった様子ではあったが、澱むことなくそれに応ずる。
バカにしに来たのかと、そう睨みつけるのだ。
「あら、自己が崩壊して、それでもなお反応するなんて、人間技じゃないわね。実にAIらしい、というところかしら」
勿論そのとおりだと、愛歌は言外に同意してみせた。
無理もない、お互いに――愛歌にとってもBBにとっても、お互いは絶対に相容れない天敵同士なのだから。
「貴方のしたことを、根に持っていないといえば嘘になるけれど、それでも別に、貴方が嫌いかといえば、そうではないのよね」
とはいえ、愛歌はそれでBBを罵倒するような手合いではない。
今は“その御礼も兼ねて、多少はBBを貶しながらも”話をしようとやってきた。
そういうことだ。
「……それで? ――私は貴方が嫌いです。絶対に、間違いなく、これからもずっと」
「そうね、私もきっと、貴方のことは“どうでもいい”わ。最初から――きっと、今この瞬間に至っても」
未来永劫、BBは愛歌を好まないと、そう宣言した。
――同時、愛歌もまた過去現在、自分にとってBBという存在は、この世にあってなお意味のないと宣言する。
互いに、お互いのことを絶対に好かないと確認し合ったうえで――
「――――それでも、貴方を肯定することが、私にはできる」
沙条愛歌は、そう言い切った。
◆
「では、そうですね。あまり長い時間をかけても意味はないでしょう。――BB、命じますわ。私にムーンセルの管理権限を」
殺生院キアラは、愛歌とBBの会話をそこで打ち切って割って入る。
振り返りながら言うそれは、余りに無常ではあったが――
「……オーダーを、受諾。これより三分後、ムーンセルの管理権限をマスター:殺生院キアラに委託します」
答えたBBの言葉の中に、時間の猶予が見受けられる。
つまりは、こういうことだろう。
――話をするなら、その三分で済ませてしまえ。
長話をする必要もない。
その程度で、十分だろうと。
「そうね。じゃあ……」
――そしてそれに愛歌も相違はないと応じて、少しだけ、言葉を選ぶ。
けれども、言うべきことは一つしかないだろう。
言いたいことは幾らでもあるが、BBに、かけるべき言葉は一つだけ。
そう、それこそが――
「――安心なさい、貴方は正しく、人としてそこに在るのだから」
――――それこそが、“沙条愛歌にとっての本心”でもある。
「人として? 貴方は何を言っているのです?」
対するBBは、全く何もわからないという調子で答える。
まったくもってその通り、それはまさしく愛歌の妄言としか思えなかった。
よりにもよって、今まさに人間性を否定されたBBに対して、貴方は人だなどと。
――嘯くにしろ、ましな言葉はなかったというのか。
そんな侮蔑どころか嫌悪に近い言葉を無視して、愛歌は続ける。
「何もおかしいことはないでしょう。貴方は自分の存在に絶望した。自分には何もないと言われて、それをどうも思わない人はいないのだから」
自然なことだと、愛歌は言う。
けれどもありえない。
「生憎だけれど、私はAI。貴方が何を言おうと、それはあくまで自分の存在を否定された衝撃でしかない」
「――でも、絶望したでしょう?」
「それは――!」
否定出来ない。
否定するつもりになれない自分がいる。
仕方のないことだから?
自分の今の状態を定義するならば、絶望以外のそれがないから?
――なら。
「なら、“貴方が私に抱いているもの”は何? ――少なくとも、その一点に関して、私は断言してあげる。決してそれは“機能”ではない」
AIとしての当然の思考回路ではない。
そう、愛歌は言い切った。
「そんな、はずは――」
ありえない――ということはない。
“十年もの間愛歌を観察した”。
その上で、変わらないことが何一つあったということはありえない。
まず、何よりも愛歌の態度。
それまで完全に自分を認識していなかった――おそらくはAIだから――愛歌が、そこでようやくこちらを対等に扱った。
であれば、何故か。
彼女の態度が変化したのは、“自分が変わったから”ではないか?
そう考えなければ説明がつかない。
あそこまで徹底してBBを無視していた愛歌が。
「――そんな、はずは」
ない。
言い切ることは、ついぞできなかった。
――――ゆっくり、BBの体が溶けて透ける。
殺生院キアラに取り込まれようとしているのだ。
それを今更止めるということはできない。
見越した上で愛歌達は対策を用意しているのだから、それを切るだけだ。
その時は刻一刻と迫っている。
一拍、開いた沈黙に愛歌はセイバーをちらりと見た。
今も憮然とした態度で自分と、キアラ、そしてBBを見ている。
――切り札の一つ。
神話礼装。
それはすなわちサーヴァントの“原初”を引き出す力。
これはBBの「バビロンの大淫婦」へ対抗するための手段だが、キアラへの対抗札ともなりうるだろう。
そして、もう一つ――
これは愛歌の切り札であるが――いや、今はそれはともかく、だ。
「感情というのはね、案外単純なものなの。これは桜にも言ったけれど――良いことは良い、そう言い切るだけで、感情はかなり単純になるわ」
語る。
それはBBへ向けるための言葉でもあり、
――同時に、沙条愛歌が自己の中で、それを確立するための儀式でもあった。
あぁ、そうだ。
ようやくわかった。
否、わかってはいたが、ここでようやく形に出来た。
もやもやとした霧―ー“理解したことで得たそれ”は、余りにも複雑怪奇で、理解不明なものではあるが、“それでいい”のだ。
なにせそれこそが――
「――人が人であることの証明。わからないことが、人であるということよ」
――――それこそが、愛歌がこの月の裏側で手に入れた、結論であった。
決定的なものが、心の奥底からあふれだす。
あぁそうだ。
これこそが感情。
これこそが情動。
これこそが――人。
誰かを愛し、誰かを理解できないことを悩む、極普通の感覚だ。
「わからないことが、人?」
「そう、私もね、不思議な感覚だけれど、こうすることで――わからないということが、わかってくる」
あまりにも不可思議なものいいではあった。
だが、“ストンと腑に落ちる”。
それはまさしくそういう言葉だった。
「それでよかったんだわ。わからないからと理解しようとする必要はない。――これは私のように“全てを知っている”ような手合いからするとね、相当難しいことだと思うのよ」
――逆に、人の感情を“理解できない”ことで存在として定義されるAIもまた、同様に。
それは枷であった。
自分が人であるということを確定させる上で。
それでも。
結論は、出た。
「……何が、複雑よ。何が、難しいよ。そんな事、余りに単純なことじゃない」
けれども。
「あぁ……こんなにも、貴方の言葉が理解できる。どれもこれもが、おかしな物言いだというのに、それでもわかってしまう。卑怯、卑怯ですこんなの……!」
それが、答だった。
「今更、そんなことを言われても困る……! 私は、もっと自分が解らなくなってしまう。……それじゃあ、それじゃあ――!」
「……惜しい? 自分の存在を失うことが」
今もなお、BBの消滅は進んでいる。
だから、ここが分水嶺だ。
――彼女はここで悩むことができる。
結論を、出すことができる。
そして、それを持ってこの問答を終わりとしよう。
――愛歌は、人という存在が解らなかった。
だから、沙条綾香の真似をした。
それによって、人という感覚を得た。
それがこの旅の終わり、ようやく手に入れた、愛歌の結論。
そして、それを観察し続けた、BBの――
「…………うん、私は。私は、まだ、死にたく――ない」
消滅でもあった。
「……おつかれ、さま」
消え失せた影にそう言って。
愛歌はゆっくりと振り返る。
かくして、少女はひとつの形を変えた。
混沌なる災禍、ポトニア・テローン。
世界そのものと化すはずだった少女は、しかし。
――前を向いた。
少女は確かに儚んでいた。
消え去ったBBを惜しみ、そしてそれを寂寥に変えた。
同時に、少女の顔は、どこか晴れやかだ。
もう憂いはないと、後は全てに決着をつけるだけだと。
愛歌は生まれ変わる。
――――どこまでも人らしい顔で、これまで一度として浮かべたことのない穏やかな顔で、キアラを見据えていた。
「終わりましたわね」
「おかげさまでね」
キアラの言葉にそう返し、愛歌は一歩踏み出した。
同時、転移でキアラの後ろに出る。
両者は再び背を向けあって――
「……殺す。ここで貴方の咎を、幕引きにしてあげる」
「大変結構。実に麗しい劇でございましたわ。……茶番、と言ってあげるほうがよろしいかしら」
――愛歌の顔に怒りが浮かんだ。
こいつが、最後の敵だ。
目の前に――決着を着けるべき相手がいる。
「であれば、私もそのように振る舞わねばありませんわね。アンデルセン、準備を」
「ふむ、頃合いか」
アンデルセンが、そこでようやく傍観者ではなく、一人の役者として舞台にあがる。
とはいっても、彼の役割はあくまで物語の進行役であるのだが。
「……セイバー!」
「あぁ――! 征くぞ奏者よ!」
愛歌の言葉に、セイバーの叫びが返ってきた。
待ちわびていたと言わんばかりに、彼女はそこで剣を振るう。
己の存在を、全力で誇示していた。
振り返り、再び愛歌は相対する。
同時に、ここでセイバーも壇上に上がる。
役者は揃った、舞台はこうして幕を開け――
「――ですが、その前に」
――開けることはなく、セイバーはこの空間から姿を消した。
「……な」
「お色直しの必要がございますの。ですのでまずはそちらのサーヴァントから。そして貴方には、もう少しここに残っていただきます」
『気をつけて、愛ザザ――』
同時。
――通信の向こう側にノイズが走る。
凛達もまた、この場から隔離された。
これで、愛歌はこの場に取り残されることとなる。
――危機か?
否である、キアラの様子がおかしい。
つまり、戦闘ではなく、その前の何かを、愛歌に見せつけようとしているのだろう。
それを許すことになるのは業腹だ。
だが、ようやくここまできた。
全てが終わりに近づこうとしている。
キアラを捉えた。
そう、それだ。
――これが最後の戦いとなる。
泣いても笑っても、終わりはもうそこまで来ている。
愛歌に何一つ躊躇いはない、あとは目の前のそれをどうにかするだけでいい。
簡単ではないか。
これまでと何一つ変わらない、たとえそれが、どれだけ全知全能に近かろうと、不滅であることなどありえないのだから。
もうそこまで来ている。
さぁ、戦いの時だ。
「――行くわ、貴方のそれを、私は全力で止める。それが私の役目、こうしてここで、私がしなければならないこと」
「よろしいですわ。その心意気、しかと受け取りました。――ですがご生憎、貴方のそれは無意味に変わる。だって私は、これより神になるのですもの」
キアラもまたもはや言葉はないとそう叫ぶ。
名乗りを上げる。
もはや躊躇いは不要。
魔人キアラは、かくして爆誕の時を迎える――
「残念でしたわね。たとえ貴方であろうと、そこにあるのは絶望ですわ。――見せて差し上げます。そして絶望なさい、己が無力を――惨めな姿で!」
そこには、血気せまる修羅があった。
女は、かくして愛歌のそれに応えて、自身の気配を膨れ上がらせ――――
そして、
「――――なんて、言うはずがございませんわ」
それを、一瞬にして霧散させる。
「……え?」
――突然、その豹変に愛歌は理解をできないという様子で目を見開く。
確かにキアラは、こうしてここで魔人となるはずなのだ。
なのに、なぜ今の彼女はそれを“どうでもよい”という様子で笑っている?
アレは確かに魔性の菩薩だ。
だからこそ、人を愛し、愛さなくては生きていけない。
だからこうして愛歌の敵として、倒さなければならない存在として、そこにいるのではないのか?
「――堕落ですわね。そんなこともわからないとは」
だのに、キアラは嗤っている。
嘲笑っている。
それは愛歌を愛するためではなく――愛歌を侮辱するために。
今の愛歌に、何の意味もないとでも言わんばかりに。
「――人になった? 貴方はそう仰りましたよね?」
「それが、何だというの?」
当然ではないか。
それを、この月の裏側で結論としたのだ。
――騎士王がつなぎ、キアラを打倒することで手に入れた、結論。
その何処に、恥を覚える必要がある。
「――教えて差し上げましょうか?」
「何……?」
訝しむ。
この女が、一体何を言っているのかがわからない。
必要のないことを口にしようとしている、それは解る、惑わせるために、言葉を投げかけようとしているの在ろう。
だが、わからない。
――その予想が一切たたない。
一体何を語るという。
あの女は、いまさら愛歌に何を向けようという?
「目をそらしている。貴方はこうして確かに孵化した。だけれど、そうしたことで発生した問題から眼をそらしている。――良いですか?」
かくして、
――キアラは語る。
それを、――扉を開く。
引き金を引く。
どちらでもよい、ただ確かなことは――――
「――――――――貴方は、これまでどれほどの命を奪ってきたというのです?」
それが愛歌の予想もしなかったことでもあり――愛歌の手を止めるには、十分すぎるものだった。