ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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75.外道なる女の話

 沙条愛歌は、ようやく人として理解すべきことを理解した。

 それは長い旅路の成果でもあり、沙条綾香の、そして愛歌に関わった多くの者達の功績でもある。

 

 それだけ多くのことを、愛歌はここまで学んできたのだ。

 手に入れてきたものは多く、それゆえに今の愛歌は、かつての彼女とは完全なる別種の存在である。

 

 誰もがそれを、素晴らしい成長だと褒め称えるだろう。

 手放しに喜んで、それで実際に良いことなのだ。

 

 大多数の人間にとって、愛歌の脅威が、脅威たり得なくなった。

 それでなくとも、愛歌が人らしくあることは、それだけで特別なことなのだから。

 あらゆる面に置いて、彼女を否定する者は居ないだろう。

 

 そう、それで当然なのだ。

 

 何もおかしなことはない。

 

 

 ――ただそうすることで、舌なめずりをするどうしようもない悪魔がその場に居ない限りは。

 

 

 原初の女神、地獄のそこから現れたかのような純白の少女は、やはり狂気を伴って悪魔のようだ。

 誰しもが無条件に彼女へ畏怖をいだき、恐れおののくか、はたまた狂い咲く花弁に魅入られるか。

 

 どちらにせよ、愛歌と関わることで得られる結論はつまり、“どうしようもない”その一点に限る。

 少なくとも、間桐慎二のあり方をみれば――実際の彼の行動はともかく――異常を認識するに足りない例はないだろう。

 

 だがそれでも、

 

 “であるからこそ”、彼女は本物の悪魔と対等で入られたのだ。

 沙条綾香の模倣でのみ生きる頃の彼女は、自身の絶対性を揺らいでいた。

 それでも、彼女が狂っていることは事実だった。

 

 どれだけまがい物に近かろうと、悪魔と渡り合うだけの精神があった。

 

 それが失われたのである。

 人となったことで、人らしい感性を得たことで。

 ピタリと、彼女は悪魔の甘言にのる、か弱な子羊に“嵌められて”しまった。

 

 型にはまった。

 罠に、はめられた。

 

 どちらにせよ確かなことは、――今の彼女は、どれだけ言い繕ったといしても、普通の少女。

 それも、幼く――未だ一人立つことのできない精神しか、持ちあわせてはいないのだ。

 

 これが遠坂凜だったなら。

 これがレオ・B・ハーウェイだったなら。

 

 彼女たちは、どれだけ確かな信念を持っていようと、その本質は狂人だ。

 どれだけの犠牲を払ってでも、前に進む覚悟がある。

 それほどの人間であれば、たとえ悪魔であろうとも、敵と断じて真正面から向かい合うことはできる。

 たとえそれが、どれほど無謀なことであろうと。

 

 だが、普通の人間であれば、どうか。

 それはつまり、悪魔にとって単なる獲物でしかないということ。

 

 ――食い物にされる、ということだ。

 

 さもありなん、それが例えば、どうしようもない弱みを持つものであれば、尚更だ。

 それがたとえ――沙条愛歌であったとしても。

 

 無論、本来の彼女は決して弱い人間ではない。

 むしろ、凛やレオのように、どうしようもなく間違えた狂人の類だ。

 通常であれば、彼女はその程度には人としても強い。

 

 どれだけ人らしくなろうと、人としての咎を受け入れるだけの強さはあった。

 

 だが、それも本人が自覚のあることならば、という話になる。

 

 

 ――結果が、これだ。

 

 

 殺生院キアラは勝利を確信する。

 完全に決まった。

 ――全てのピースが、彼女の中で朧気でしかなかったイメージが、こうして投影された瞬間である。

 

 目前には沙条愛歌。

 ――明らかに憔悴した様子で、理性を失ってそこにいる。

 

「ふふふ――あは、あはは、アハハハハハ―――――ッッ!」

 

 笑う。

 笑う他にない。

 三度目の正直といえば確かにその通り。

 現実世界でのことを考えれば、都合五度、キアラは愛歌に苦渋を飲まされつづけたことになる。

 

 それでも、ようやくここまで来たのだ。

 

 もはや愛歌は正気ではいられない。

 なにせ、“人を殺して平気でいられる人間などいない”のだから。

 レオですら、凛ですら、理由なくば人は人を殺せない。

 

 そうそれは、

 

 

 ――――殺生院キアラですらそうなのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 キアラの中にも、殺しに対する忌諱ならある。

 ただ、勝手に自分の行動で誰かが死ぬのは許容できるだけ、わざわざ人をその手にかけるなど、“あまりにも非効率で仕方がない”。

 

 それを持って上回るほどの成果。

 ――例えば、どうしようもなく華麗な宝石を穢した者へ、怒りの鉄槌を下すなど。

 そんな理由がなければ、人は人を殺せない。

 人は殺しを肯定することのできる生物ではなく、殺すということは、すなわち単なる結果、もしくは手段でしかないのだ。

 

 だからこそ、それをつつけば、人はたやすく瓦解する。

 

 なにせ、絶対に受け入れることのできない疵なのだから。

 それは人としての感性を手に入れた愛歌であっても同じこと。

 

 ――彼女の場合、それをこうしてたった一手で崩壊へ持って行くには、どうしてもタイミングは限られていた。

 もしも彼女が実際に人を殺す場面に、今の状態で出くわしていれば、その時に彼女は自己の武装を終えていただろう。

 

 それによって、過去の咎も全て単なる咎へと変える。

 許すのではなく、単なる結果に帰してしまうのだ。

 

 だからこそ、本人がその事実に思い至っていない――無防備である今でなければならなかった。

 人として完成させ、なおかつ未熟である今を突く。

 

 ――それこそが、殺生院キアラの最大の策。

 ここまで全ての導線を導いた、彼女の謀略だ。

 

「待っていましたわ、待っていましたわ、待っていましたわ――! この時を、この時を、この時をォ――――!」

 

 ムーンセルを手に入れる。

 そうすることで、自分は新たな魔人へと新星し、愛歌の敵として立ちはだかる。

 

 彼女は実際そんなことを考えていたのだろう。

 

 だが、

 

「そんなはずが無いではありませんか。私は貴方を愛しているのに――! どうして敵として屠ることなど考えましょう」

 

 ――愛歌は甘かった。

 否、人間という存在そのものが甘かった。

 

 殺生院キアラはその程度の考えで掴める存在ではない。

 本物の悪魔、地獄の鬼にして淫婦なのだから。

 それを、普通の人間が捉えられるはずがない――故に、この結末。

 

「貴方があの塵屑に汚されたその時から、こうなることを想定していたのです。私が貴方に殺されたことも、貴方に殺しという概念を植え付けるためのもの――! この月の裏側に引きずり込んだのも、より確実に、貴方へ人間性を植え付けるため!」

 

 月の表で、自分自身が聖杯を手にするだけでは、なお足りない。

 キアラはそうも考えていた。

 アンデルセンという最大クラスのハズレサーヴァントを引いてしまったこともあるが、本質は、こうして月の裏側にて、全ての種を芽吹かせるため。

 

「私が、単なる嫌がらせで貴方の記憶を桜さんのバグに奪わせたとでもお思いですの? 甘いったらありませんわ。“そんなはずはない”。私は、貴方に私に対する憎悪を、募らせて頂きたかった」

 

 ――なにせ、それは余りにも人間らしい感情だから。

 人でなければ、そんな感情は得られないのだから。

 

「あぁそうそう、これもしておかなければなりませんわね」

 

 ――言葉とともに、キアラは更にムーンセルを駆動させる。

 既にその権限は彼女のものだ。

 全てを操るのは思うがまま、自由自在でなくてはならない。

 

「――アルトリア・ペンドラゴン。確か本来のアーサー王はそのような名の少女なのでしたか。ですが、それでは行けません。“彼”には、もっと相応しい、愛歌さんの騎士になっていただかなくては」

 

 そのために、ムーンセルの記述を書き換える。

 あらゆる平行世界の中から、正しくアーサー王が男であった歴史を呼び出し、上書きをする。

 それを“月の聖杯戦争が行われる前”に実行しておく。

 

「あぁついでに、ムーンセルには“レオ・B・ハーウェイ”と最も相性の良いサーヴァントをかの騎士王にしておくよう命じておきましょう。お喜びくださいませ? ――そのサーヴァントは、かの大淫婦バビロンすら屠るサーヴァントですわ」

 

 それだけではない。

 ――アーサー・ペンドラゴンに、愛歌の最初の鍵をこじ開けて貰う必要がある。

 

「沙条愛歌にとて、SGと呼ばれる心の疵は存在致します。人であれば当然。私とてそうであるように」

 

 ――シークレット・ガーデン。

 乙女の花園、秘密を薔薇にする、魅惑の桃源郷。

 

 それを、まず騎士王が詳らかにさせる。

 

 一つ目のそれを名付けるならば――

 

 

「――――恋する乙女、実に愛歌さんらしいですわね」

 

 

 誰かに恋をしてみたいという願望。

 誰かを愛してしまいたいという欲望。

 それはすなわち、人としては、あってはならない願望だ。

 

 愛とはすなわち肉欲、愛することは罪なのだ。

 それに憧れるなら一層のこと、その罰についても理解していなくてはならない。

 

 まずそれが、最初のSG。

 

 そしてキアラは、ゆっくりと愛歌へ近づいていく。

 既に崩れ落ちた彼女は完全な抜け殻だ。

 今の彼女に自分の感情を制御するすべはない、意図してキアラが壊したのだから。

 

 だからこそ、こうして今も自閉の中にいる。

 そして――キアラはそんな愛歌を抱き寄せる。

 ごそごそと胸元をあさり――感触を存分に楽しみながら――それを取り出した。

 

 不可思議なデータである。

 破損していることは確かで、そしてそれを修復することは絶対に敵わない。

 なにせ既にゴミとしてそれは定義されているのだから。

 

「……やはり、心底大事にしていましたわね?」

 

 ――それこそが、すなわち愛歌の二つ目のSGにして、同時に、

 

 かつて沙条綾香であったものだ。

 

 キアラはそれを、ポイと何処かへ放り捨てる。

 宙を数秒ただよって、やがてどこかへと消え去った。

 空間ごと、遠く彼方へ運ばれたのだ。

 

 ともかく、キアラは口にする。

 これこそが――

 

 

「――――離別。大切なモノを失いたくないという、二つ目の秘密」

 

 

 愛歌は元来から絶対者である。

 それはすなわち、望んだものは全て手に入れなくてはならないという業でもある。

 叶わなければ彼女のアイデンティティは崩壊とは言わずとも、少なからず罅が入るだろう。

 そして同時に、それは手に入れたものを手放したくないという願望である。

 

 それこそが秘密。

 愛歌が手にした、二つ目の秘密。

 

 これは当然、沙条綾香の手によって開示されたものだ。

 正確には、彼女の最終的な消滅によって。

 

 策を弄したのはキアラであるが――そも、あの戦闘事態がキアラにとっては茶番のようなものだ。

 なにせ、必要がないのだから。

 綾香を使い、愛歌から二つ目のSGを引き出せればそれでいい。

 

 わざわざあのような方法を選んだのは、間桐慎二が、彼に率いられたサーヴァント達の奮闘があまりにも滑稽だったから。

 愛らしいではないか。

 恋に恋する若者を、応援しなくて何が大人か。

 

 であるからこそ慎二に手を貸したのだし――

 

「まぁ、ついでにメルトリリスさんという駒を手に入れたのは事実ではありますからね」

 

 ――あのバグ。

 キアラが施した毒は、同時にコノような効果もあった。

 消滅したメルトリリスを回収し、パッションリップのように手足とする。

 

 ムーンセルへの権限を可能な限り高める上で必要なことだった。

 本来であればBBの本体である間桐桜の吸収も行いたいところだが、それは後でも良いだろう。

 目の前には、待ち望み続けたメインディッシュがあるのだから。

 

 ともあれ、かくして愛歌の二つのSGは開放された。

 それにより、愛歌は同時に“人らしい感覚”、つまり恥じらいを得たのである。

 

 沙条綾香が打ち込んだ楔が、完全に愛歌を飲み込んだ瞬間であった。

 

 つまるところそれは――

 

 

「――――第三のSG、絶対に隠されなければならない、本来ならば本人すら自覚しない最大の秘密。それを――変革させる」

 

 

 ことこれまでのキアラの策は、全てこの結末にたどりつく。

 沙条愛歌を籠絡する、そのために、あらゆる感情を彼女の中で芽吹かせた。

 

「生まれたばかりの秘密など、それはもはや蜜でしかございませんわ。私からしてみれば、ただ啜りとるだけの餌」

 

 そして、それは確実になされたのだ。

 だから、つまり、

 

 だからこそ、

 

 キアラは無造作に愛歌の髪を掴み上げる。

 

 実にサラサラとした、人形のように透き通る髪だ。

 あぁ、何と美しいことだろう。

 

 思い切り髪を引き上げ、顔を上げさせる。

 

 端正な顔つきがそこにはあった。

 思わず見惚れてしまいそうな整った顔立ちは、まさしく絶世の美と呼ぶに相応しい。

 

 同時に身体を持ち上げる。

 

 小さな肢体は、幼いながらも丸みを帯びている。

 柔らかな肌に――艶やかでみずみずしい身体、これぞこの世のものではない思考の造形。

 

 あぁ、これほど待ち望んだ者が目の前にある。

 

 それをキアラは自覚して。

 

 

 ――――何の興味もなく、放り捨てる。

 

 

 どうでもいい。

 

 今の彼女には、沙条愛歌の興味など毛の先ほども存在していなかった。

 

 だって、そうだろう?

 

 今の彼女は人間だ。

 

 悪魔でも、狂人でもない。

 

 極普通の少女なのだ。

 

 

 ――そんな存在、キアラにとってまったくもって無価値であると決まっている。

 

 

 キアラがそう謀ったのだ。

 愛歌を人間に変えることで、彼女は自身の大望を成就させた。

 だが同時に、それは愛歌に感じていたあらゆる感動を吐き捨てることと同義であった。

 

 あぁ“ソレで構わない”。

 今のキアラの興味は愛歌になどない。

 

 こんな、ボロ屑のように転がった憐れな小娘など、歯牙にかける価値もない。

 

 だからこそ――その、奥。

 

「――さぁ」

 

 愛歌が未だ抱える。“それ”こそが、キアラが手にするべき望みであった。

 

 

「――――私と愛しあいましょう? この世全ての者を司る、万物の始まりにして終わり。――――“根源の渦”っっ!」

 

 

 ムーンセル。

 つまり、根源にすら匹敵しうるものを御した存在となったキアラは、かくして、自身の最後の望みを口にする。

 

 それは、そう。

 

 

 ――彼女はつまり、この世の全てを収めた「根源」すらも、自身の愛するべき対象と定めたのだ。

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