ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「――ちょっと! まだつながらない!?」
「ダメです! こちらはどうにも……ジナコ・カリギリ、そちらはどうです?」
『ど、どうって言われても、ハッカーじゃないアタシにこんなばかみたいな量どこから手を付けていいか……あぁ、もう! 役立たずなのはわかってるでしょ!?」
「それでも、です。今はとにかく情報が――」
――まずい。
――――まずい。
――――まずい、まずい、まずい。
何が、という具体的な言葉は存在しなかった。
けれども、誰もが感じていた。
この状況はいけない。
凛も、ラニも、ジナコも、桜も。
各々が、可能な限りの死力を尽くし、現状の打破に努めている。
――愛歌との通信が途絶えて既に一時間。
未だ事態は何も解決していない。
全力を賭して復旧に急いでいた凛達も、いよいよ追い詰められてきていた。
故に、役に立たないとわかっていてもジナコを投入せざるを得なかった。
ジナコにしても、今の状況は不安でしかなく、文句は言いながらも無意味な手は動かし続けている。
そうしていなければ、彼女たちは現状を正しく理解できなかった。
何が起こったのかわからない。
しかも、何をどうすれば解決できるのかもわからない。
その上で、己等の絶対の切り札である愛歌が沈黙しているのだ。
不安を抱かないということの方が無理な相談。
だからこそこうして手を動かしている。
どれだけ無意味だろうと、無価値だろうと、自分を殺さない、そのために。
「――ともかく、桜! 今すぐ解析を急いで。私はもう一度アタック仕掛けてみる」
「私も手伝います。現状、情報が何も得られないのなら、もうソレしか選択肢はありません」
凛とラニが、互いに頷き合って行動に移す。
桜の返事はなかった。
その余裕すら、彼女は持ちえていなかったのだ。
募る焦燥を抑える。
大丈夫、絶対に大丈夫だ。
自分たちは負けていない、まだ心は折れていないし何より、今もまだ、愛歌のことを信じているのだ。
――あぁして、気丈にも殺生院キアラへ挑む愛歌の姿を。
今も、愛歌達はあそこで激闘を繰り広げているはずなのだ。
だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
――本当に?
そんな思考が、凛の脳裏をかすめる。
思ってしまって――振り払おうとして、その気力があまりにも必要であることを、彼女は理解した。
だが、それでも。
(……コノ程度の、ことでぇ――!)
諦めるには、至らなかった。
一瞬ぐらついた凛、それはラニにも理解できており、思わず眼を鋭くさせるが、それでも直ぐにそれは安堵へ変わった。
まだ、大丈夫。
――――月見原生徒会は、折れていない。
そんな、時だった。
『――――ぁ、あぁ、あんた。あんた。……アタシを連れ去った』
通信の向こうで、声がした。
「どうしたのジナコ!?」
『――や、やっちゃってカルナさザザ――ザザザザザ』
ぷつん。
通信が、途絶えた。
猛烈な嫌な予感が、脳裏を、そして背筋を駆け巡る。
直感してしまった。
――まずいことになった。
自分たちが、そしてジナコが。
窮地に在るのだと、自覚する。
――どうする、どうすればいい?
ことここに来て、凛にとって思考が停止するなどありえない。
今も打開策を練り続け、そしてそれはラニや桜とて同じこと。
自己に異常が迫っているのは間違いなく確実。
であれば、それに対処する必要がある。
愛歌は愛歌を信じる他に無く、であれば――
「桜、生徒会室のリソースを全部守りに突っ込んで。今は愛歌のことじゃない。私達が生き残ることを考える!」
「……でも。――いえ、それではダメですよね。分かりました。ラニさんは周囲のサーチを」
「――既にしています。――――ですが、これは」
絶句。
ラニは明らかに狼狽していた。
何故か。
間違いなくラニは“それ”を知ってしまったのだ。
とはいえ、だからといってその事実を、躊躇うことはしなかった。
「……この生徒会室以外の全てのデータが、消滅している?」
何を――問う間もなく理解した。
まさか、それは――
「サクラ迷宮すら、ですか?」
「……えぇ」
根こそぎ全てが消えていた。
後には何も残らずに、そしてそれが、ラニの言葉で肯定された。
否。
「その通りですわ。――美味しく、いただかせてもらいました」
――その女の声で、確定された。
「……殺生院キアラ」
このような場所に現れる存在は、一つしかない。
BBは既にキアラに吸収されていて、NPCは意味が無い。
他のマスター達は既に消滅していて――
故に、キアラ以外ありえない。
愛歌であれば、こんなことにはなっていないはずなのだから。
だがしかし、視線を向けた凛の眼は、その直後に見開かれる。
一体全体どういうことか、驚愕か、困惑か。
どちらにせよ――目の前の彼女は異常であった。
まず、ひと目で異常であるということが解るのが何より。
――かつてのキアラとは、明らかに雰囲気が違っていた。
凛であれば無視できる程度であった色変が、明らかに濃さを増しているのだ。
どういうことか。
――明らかにキアラは、その存在そのものを強固にしていた。
クラクラと脳が揺れる。
そして同時に、目の前のキアラの姿を認識する。
さながらそれは、白の純白なる無垢のようであった。
だが同時に、ネグリジェのような、けれどももっと背徳的な、ランジェリーの類でもあった。
まるで、清楚でありながら己の淫靡を隠さない、むしろさらけ出すかのような様相。
キアラは明らかに化けていた。
法衣から飛び出したピンク混じりの黒髪が、うねうねと、気色悪くもあくまで淫蕩の如く、宙をうねり駆けまわる。
「――お久しぶりでございます。こうして直接顔を合わせるのは、もう随分久しいことでございますわね」
「……何をしに来たのかしらないけれど、言いのかしら。――随分と無防備じゃない?」
強がりであることはわかっている。
今ですら目の前の女に、わかっていながら籠絡されそうなのだ。
凛の正気は、もはや狂気の領域にあった。
いわゆる英雄と呼ばれるほどのそれだ。
「あら、そうでしょうか。残念ですけれども、今のあなた達相手に、児戯以上の手間は必要ないのですが。それに――」
先程からずっと走り続ける嫌な予感。
その原因は、しかし――考えたくはない、その一点だけは。
だめだ。
だめだ。
だめだ。
――聞いては、だめだ。
それを聞いたら、もう自分はダメになってしまう。
それでも、愉悦に満ちたキアラは躊躇うことなく。
「――それに、あなた達の切り札である愛歌さんは、既に敗北していますもの」
言い切ってしまう。
ラニの顔が驚愕に染まる。
愕然としたそれは、先のそれとは比べ物にならない。
なにせ、“解る”のだ。
見ただけで、表情の変化があまりにもありありと見て取れる。
そして同時に、“自分が同じような顔をしている”こともまた理解する。
「そん、な――」
唯一声を出せたのは桜だった。
だが、それでも、
それはつまり、凛達生徒会メンバーの、決定的な隙に相違なく。
「あら、では頂いて置きましょう。――これでピースは全てですわ」
殺生院キアラが――間桐桜の、前に、いる。
「――っ! 桜、逃げて――!」
叫べたのは、もはや最後の気力だっただろう。
これが分水嶺、ここで堕ちれば、もう自分は這い上がれない。
絶対に、絶対に、絶対に。
それはすなわち――
――それ以上は思考が続くことはなく。
キアラは手を振り上げた。
桜は動かない、動けない。
自分たちがまたそうであるように――
――直後、キアラの手刀が、桜の心臓を貫いた。
「――ぁ」
声が、漏れていた。
息がとぎれとぎれになって、明らかに苦しそうにしながら。
桜は呻いて、されどもキアラを睨みつける。
あぁ、だめだ。
止めろ、やめて、やめてくれ――それ以上は、
同時、桜の口は言葉を紡いだ。
必死にかすれた声で、けれどまっすぐ、確かな声で。
「ぁき、……らめな……ぃで…………」
真っ直ぐな瞳は、きっと愛歌がくれたもの。
――あの演説は間桐桜だって聞いていた。
BBがそれを肯定されたように、桜だって肯定されていた。
だから、だから、
桜は最後まで諦めることなく――この世界から消滅した。
「……あら、あらあら。あらあらあら」
桜を吸収し、手に入れて。
故にキアラは愉しげに笑う。
同時、興味深そうに声を立てる。
「麗しいですね、美しいですわね。――まったくもって、AIとは何ときれいなものなのでしょう。人としての愛を得て、その純白さはより拍車がかかっている」
しかし、とそこで嘆息とともに首を振る。
「であれば、もう少しあの娘にもそういった純白さを保ってほしかったのですが。……あれはダメですわね、ただきれいなだけで、まるでお伽話のヒーローです」
そんなもの、この世には何の意味もないと言わんばかりに。
「……ぁ、あぁ」
――凛は、口元が震えていた。
終わった。
終わってしまった。
解るのだ。
“もうどうにもならない”。
目の前のそれは、間違いなく悪鬼の菩薩。
全てを飲み込み、そして愛する愛の化身。
「ふふ、ふふふ――いいですわね、その笑顔。もう言葉も発せないほど絶望した、この世から遠のいてしまったような死後の顔。では――」
ゆっくりと、キアラがこちらに近づいてくる。
――近くのラニに意識を向けようとして、しかし。
――既に、ラニの姿はそこになかった。
あぁ、解ってしまった。
決定的に、沙条愛歌と、月見原生徒会は、殺生院キアラに敗北したのだと。
◆
かくしてキアラは全てのピースを手にした。
ムーンセルの掌握をほぼ完全にしたキアラは、更にアンデルセンの宝具によって完全なる姿に生まれ変わる。
あの状態は、ほぼ魔人に至ったキアラが、最後の変化を行う直前であった。
頭部に現れた二つの角がその変化。
――ここに、随喜自在第三外法快楽天、魔人キアラは、誕生する。
「ふふ、ふふふ――あぁ、素敵、素敵素敵素敵。これぞ悦楽! これぞ愉悦! 人が愛することのできる、最愛のそれ!」
愛と欲、あらゆる感情にまみれた声で、暗闇の中、キアラは一人勝ち誇る。
正確には、隣にアンデルセンの姿が在るのだが、今はそれも眼に入っていない。
アンデルセン事態、既に終えた仕事に対して、満足気に頷くだけなのだが。
「では、これよりはじめましょう。これこそ私の望んだ快楽の宴――全てを無に溶かし、そして私と交わりましょうではないですか」
――ゆっくりと、キアラは“それ”の準備を始める。
手元には、胸元に大きな穴を開けた愛歌の姿が在る。
月見原の旧制服は、夜闇に溶けて、さながら黒のシルエットであった。
「混沌は混沌へ。されど秩序は元より混沌。――これ以上の猶予は必要ございません」
愛歌もまた、殺生院キアラに取り込まれていた。
彼女を媒体に、ムーンセルの権能によってキアラは根源へと到達したのだ。
無論、ムーンセルのあり方も、根源のあり方も、大きくその形を変えるわけではない。
ただ、これにより彼女は“記録”だけではない。
もっと根本的な、“ありとあらゆる欲全て”をこの身に浴びることが可能になった。
ムーンセルはあくまで、記録を刻み、場合によっては変化させるだけの装置だ。
だが根源は違う、世界を新たに塗り替える。
それはすなわち“キアラの主観からしても”、世界が組み変わるのである。
故に、つまりキアラは――
――世界どころか、あらゆる時空、あらゆる存在全てを、快楽に溶かすことが可能となった。
そう、これより始まるは、単なる神の淫蕩ではない。
世界全てを欲に導く――
否、世界どころではない、時間すら、空間すら、ありとあらゆるものを使った――
「さぁ、はじめましょう。私が、私のために、全てを溶かす一人遊びを!」
――キアラ一人の、独壇場である。