ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
12.老練の狙撃手
第一回戦は終わりを告げる。
百二十八人、系六十四の戦闘が終わり、参加者は六十四名にまで絞られる。
一度の戦いで半数が消え行くトーナメント。
最後に残るのは、ただ一人の優勝者。
――表の月の聖杯戦争。
それが、裏に飲み込まれるまで、後四回戦。
影は胎動し、そして陽は表を照らす――――
◆
食堂にて、激辛麻婆パン――なお、購入者は愛歌だけのようだ――を食していると、携帯端末が鳴り響く。
誰のものではない、自分のものだ。
内容は想像がついている、むぐむぐと口に地獄を見るほど辛い麻婆を詰め込んで、飲み込む。
ふぅ、と嘆息が漏れた。
これを食べきった時が、日常の中で一番生を感じる瞬間だ。
(……むむむ、マスターですら嘆息を漏らすこの激辛麻婆パン……もしや宝具の類では?)
(何をバカな事を言っているの、セイバー? 朝食、美味しかったわ。じゃあ、二階に向かいましょう?)
あの麻婆を美味しかったと言い切る愛歌は、やはり大概だ。
周囲の視線が愛歌に突き刺さる――が、いつものこととそれを無視する。
視線の種類が好奇のものや、恐ろしいものを見る類ではなく、勇者を見るものであることに、愛歌は気が付かないのであるが。
(ふむ……果たして如何な対戦相手であろうな)
セイバーが愛歌に問いかける。
端末からの連絡は、当然第二回戦の対戦相手を発表するためのものであった。
未だそれが誰であるかはしれないが、故に。
(余は麗しい美少年が良いな。レオという者も悪くはないが、アレは人間味が薄すぎる。もっとこう、純真で穢れを知らない無垢な少年が良い)
(貴方もまた、随分な戯言ね。そんなマスター、この聖杯戦争にいたかしら)
それも、ここは殺し合いのための戦場。
一回戦に参加している者であれば、そんな少年もいたかもしれない。
しかし二回戦に進んでいるということは、“絶対にセイバーの願いは成就しない”。
真意はどうあれ、その対戦相手は“人を一人殺している”のだから。
穢れを知らないなど――ありえない。
(余は夢想を語っておるのだ。まったく、水を指すのは無粋であるぞ? ううむ……今は思いの中の美少年ではなく、現実の美少女であるな、奏者よ、抱擁させよ)
(絶対に、絶対に嫌よ)
即答であった。
(奏者のイケズ! 奏者はどうしてそうも美しいのだ! ……ではない、麗しいのだ!)
(言い直せていないわ、セイバー……ちょっと、気配が近いわ、近いわよ)
――間近にセイバーの存在を感じる。
霊体化しているため彼女がどのような態勢であるかはしれないが――これは間違いなくろくでもない!
(うむむ……しかし、このやりとりにもマンネリを感じる余であるわけだが……奏者よ、何かここはひとつ、マンネリ打破のための案はないだろうか)
(何変なこと聞いているのかしら!? というか、倦怠期の夫婦みたいなこと言わないでくれる?)
――そもそも、愛歌はそれを全力で阻止する。
愛歌に相談しては、意味もないだろうに。
無論、それを口にするではないが。
(ふむ、夫婦か、良い響きだな。どうだ奏者よ、もしもこの聖杯戦争、勝利の暁には結婚式など――)
(しないわよ。そもそも、そんなこと言い出すのをやめなさい、不吉よ。それに、わたしも貴方も女同士じゃない!)
(――それがどうしたというのだ?)
セイバーは、まるで疑問にも思っていないというふうに答えた。
愛歌の感情が一瞬でセイバーに怒りとして向けられる。
(非生産的よ――!)
愛歌が勢い良く飛び上がる。
少女らしからぬ跳躍力で階段を一息に駆け上がり――着地。
「さて――到着ね」
二階掲示板、夕方までに、順番にそって対戦者の発表は行われる。
今は朝の中頃、愛歌達は幾分はやい連絡であった。
(うむ、次なる対戦相手の確認とまいるぞ)
近づいて確認する。
そこには二人の名前と、決戦場の名。
――一つは、沙条愛歌。
つまり、自分。
もう一人は――
――ダン・ブラックモア
「……あら」
聞いたことのある名前だ。
それを悟ったのだろう、セイバーが横から問いかける。
(知った名か?)
「えぇ、昔現実の戦場で一度だけ――彼は魔術師ではなかった筈なのだけど」
なるほど、とは思うが、そうは行かないこともある。
――現実の戦場?
沙条愛歌は、一体どのような人生を送ってきたのだ――?
――天才魔術師であることは、解る。
だが、セイバーにとってこれは恐らく――愛歌が初めてのぞかせた、彼女のパーソナル。
少しそれに、興味を惹かれて、しかし――
「――世には、遅咲きという言葉がある。神童と呼ばれる言葉があるようにな」
決して若くはない。
何かを悟ったかのような、経験に満ちた声。
セイバーの意識は中断され、そちらを見遣る。
――ほう、と思わず声が出た。
声による想像を、そのままその場に写しだしたかのような、老いてなお力を宿す瞳。
――スラリとした背は、彼の老巧を知らしめていた。
衰えの無い身体は、年を経てその強さを現す、まるで大樹のよう。
彼が、ダン・ブラックモア。
「わしは確かに魔術師ではなかった。身に魔術回路を宿せど、それを疎ましく思っていたのでな。――だが、此度の戦争に参加するために、急造の調整を受けたのだ。説明はこれでよろしいかな? 幼きメイガス殿」
「遅咲き……なるほどね。この年になって魔術師としての才能を開花させた。――貴方、狙撃だけの男ではなかったのね」
ダン・ブラックモア――彼の祖は名のしれた魔術師であるらしい。
「いいや、わしは銃を持つことでしか生きられない軍人だ。――しかし、君に対し、軍人として向ける弾丸は持ちあわせていない――安心し給え、今のわしは騎士としてこの場に参加している」
「たしか、女王陛下の騎士だったわね、貴方は。――いいわ、正々堂々、真正面からの決闘を期待しているわ。勿論、わたしのそれは“メイガス”としての決闘であるのだけど」
騎士――なるほど、彼ほどその言葉にふさわしい者はそういないだろう。
無論、騎士の中の騎士、騎士を統べる王がこの戦争には参加しているが――それを含めても、だ。
彼の精神は、騎士王にすら匹敵しうるものである。
セイバーは直感でもって、それを感じ取った。
「この場は戦場に相応しくない。――アリーナで会うのを楽しみにしているよ」
そう言って、ダンは愛歌から背を向けた。
ゆっくりとした足取りでその場を立ち去る。
愛歌はそれを、黙って見守っていた。
顔には笑み――彼の宣戦布告を、愛歌は敵意で受け取ったのだ。
◆
マイルームにて、白いベンチのようなイスに腰掛けながら、愛歌は紅茶に口をつける。
小指ほどの小さなスプーンで砂糖を一杯。
少しの甘みと紅茶の味わいは、愛歌が今よりも更に小さいころから親しんできた味だ。
特殊な作り方など何一つしていない、ごくごく平凡なものではあるが、これが愛歌にとっての紅茶であった。
「うむ……昼の長閑に、この味は実に良い」
セイバーは、愛歌がいれた紅茶を、嗜むように飲んだ。
元々、随分と昔から飲み慣れている愛歌は香りを楽しむことなどないが、セイバーは違うようだ。
「何とも、高級な茶葉ではあるが、最高級のものではないような。……恐らく、奏者の家ではこれが普通だった、そうであろう?」
「よく分かるわね、その通りよ。わたしの家は昔は名門の
――沙条家は、かつて黒魔術の名門であったようだ。
神秘の衰退とともに、魔術師としてではなく、単なる一資産家としての側面が強くなってはいたが。
「しかし……そなたは不思議な縁を持っている。――あの美老年、一体何ものだ?」
「サー・ダン・ブラックモア。女王の国――そこに仕える騎士。まぁ、有り体に言えば軍人なのだけど、とても優秀な狙撃手だったわ」
もう退役して、愛歌が直接相対したのは、教官として演習に繰り出している彼であった。
戦場、とは言うがあくまで修練の最中でのこと。
その後彼が率いる部隊とともに、レジスタンスを襲撃した経験もある。
その際の愛歌は遊撃で単独行動に出ていたため、彼と顔を合わせはしなかったが。
そのどちらも加味した上で、戦場で一度。
愛歌はそう称する。
「…………」
「――どうしたの? セイバー」
セイバーは、それを聞き黙りこくった。
何かを思案するようではあるが――愛歌の問いかけには答えない。
「いや、なんでもない」
視線は、愛歌のいれた紅茶を眺めたままだ。
「そう? 変なセイバーね」
――それはいつものことだけれど。
言いながら、愛歌は紅茶を呑み干す。
喉を潤す感触が、実に心地よいものであった。
「ブラックモア卿はアリーナで待っているはずよ。騎士として戦う、と言ったけれど、彼は一体どのように戦うのかしら。軍人のそれは、騎士の正々堂々とはかけ離れたものに思えるのだけど」
「さてな――それはアリーナでなければ解らぬだろうよ。しかしマスターよ、ゆめゆめ気をつけるのだぞ」
立ち上がる愛歌、それを追いかけるために紅茶を飲み干そうとするセイバーはふと、顔を上げた。
その目には遊びがない。
鋭く、愛歌を突き刺していた。
「――あの御仁、そなたを殺せる人間だ」
それを、愛歌は――
「何を解りきったことを言っているの? ――彼は戦争をしに来ているのよ? 余計な心配は不要。いい? セイバー」
顔だけをちらりと向けて、諭すように言う。
「勝つのはわたし、そしてそれに仕える貴方なのよ?」
そこに、疑いなどという感情は、存在していなかった。
◆
(にしてもよぉ、旦那。こいつはちょっときついんじゃないですかい?)
緑衣の男――アーチャーは自身のマスター、ダン・ブラックモアに問いかける。
ダンとアーチャーはアリーナへ向け歩を進めていた。
「……こいつ、とは?」
(あの嬢ちゃんのことさ。あんな子どもを手にかけようっていうのかい。俺ぁごめんだね、寝覚めが悪くなっちまう)
アーチャーは、皮肉げではあるが、あくまで本音をダンに告げる。
彼の目に、愛歌はあまりに幼い少女にしか思えない。
「――おまえは軍に対しての戦争を仕掛けた義賊だからな。女子どもを手にかけた経験はないか。無理もない話だ」
(そんな外道に堕ちるのはごめんだね。……あぁ、旦那のことはいってないぜ? この時代、どんな戦争をしようと、災禍が普通の人間に及ぶなってのは、難しい話だからな)
「そもそも、今のわしは騎士としてこの戦いに参加している。そのような悪逆、許すべくもない」
なら、と憤慨に近い声をアーチャーは上げる。
(その騎士の信念に則って、あの嬢ちゃんに自分の命を捧げるっていうのかい? おたくの願いはそんな安くは無いだろう)
それにダンは、顔を伏せ首を振って否定する。
「――そうではない、そうではないのだアーチャー。あの
だから、それをアーチャーは問いかけているのだ。
けれどもそこで、ふと気になったことをアーチャーは問う。
(……にしても旦那、あの嬢ちゃんのことをずっと
「言葉通りの意味だ。あの魔術師は人知を逸している。――あれはハーウェイの王の同種だ」
――つまり、
「人ではないのだよ、あの魔術師は」
レオ・B・ハーウェイは西欧財閥の王。
世界を管理しようとするものの、頂点に立つもの。
その彼に、人間としての機能はない。
あれは世界を調停するための“機関”だ。
故に、彼は人ではあるが、人間としては生きていない。
沙条愛歌も、それと同様。
違いがあるとすれば、彼女は機械ではなく――
「――悪魔の類、であるということだな」
(……悪魔)
言葉の意味を、アーチャーは捉えかねているようであった。
ダンは足を止める――アリーナの目の前に到着したのだ。
アーチャーは、ダンを追いかけるように後ろからついてきていた。
振り返り、戦場への扉を前に、アーチャーへ言葉をかける。
「心してかかれ。――一度、おまえも相対してみれば解るだろう。あの悪魔の恐ろしさを」
(それは騎士として、堂々と、ですかい?)
「――“いいや”。おまえの信念に基づき、正々堂々と、だ」
ダンは正統な決闘を望んでいた。
それは彼を信頼する、アーチャーならばよく解っている。
その彼が――アーチャーの好きにしろと、命令したのだ。
それほどまでの強敵なのか――?
――否、“それ以上”の強敵なのだ。
ダンはアーチャーを慮っている、どうあろうと、アーチャーでは沙条愛歌に敵わない。
それは――
「余計なお世話ですよ、旦那」
アーチャーはダンの隣、顔を付き合わせるように、現れた。
「アーチャー、この扉を潜るなら覚悟せよ。これは戦士と戦士の戦いではない――悪魔を、討伐するための戦いだ」
それはさながら、龍を退治する聖人のような――
――まったくもって、らしくない想像をアーチャーはして。
ダン・ブラックモアとともに、アリーナへと突入する。
二回戦スタート、騎士とはいっても、竜退治をするなら知恵も使うでしょう。
という話。
あと、冒頭で少し触れてますが、本作の進行は少し特殊なので、三回戦終了後というか、ルート選択後に詳しい話をと考えています。